ポニーテールの勇者様

相葉和

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194 怪物

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仕留めたはずだった。
いや、殺せずとも瀕死に追い込める、そう確信しての一撃だった。
娘は逃げ場もなく我の魔力攻撃を受けざるを得なかった。
事実、我の攻撃は躱されることなく娘を捉えた。
我の攻撃は娘の貧弱な防御障壁を突破して肉体に損害を与えるはずだった。
それなのに何故・・・

「火の精霊。今度こそあなたを解放してあげるわ。これが最後の勝負よ」

攻撃を退けて立ち上がった娘が吐いたその言葉に、火の精霊は奇妙な感情を覚えていた。

・・・娘の声は落ち着いている。
落ち着き過ぎている。
逆に我はどうしたというのだ。
魔力が細かく揺れ続けて収まらない。
焦りか、怒りか・・・いや、そのどちらでもない。
なんなのだこれは・・・

「娘・・・お前はいったい何者なのだ」
「わたし?今更何者って言われてもねえ。わたしは一介の・・・異世界人?」

とぼけた様子で首を傾げる娘には余裕すらも感じられる。
これが娘の真の力だというのか。
いままで隠してきたのか、それとも戦いの中で覚醒したのか・・・いや、待て。

「・・・娘。闇の精霊はどうした?」
「えっ?闇の精霊?えーと、どこに行ったのかなあ?びっくりして逃げちゃったのかなあ?」
「ふん。芝居は下手か・・・」
「わ、悪かったわね!余計なお世話よ!」

闇の精霊の気配が周囲から消えている。
かわりに、娘の中から微かに闇の精霊の魔力の気配を感じる。
それはつまり、娘が闇の精霊をも自分の支配下に置いたことだ。
攻撃される直前に闇の精霊をも取り込んだというのか。
全く、小賢しい精霊共め。

だが、精霊達が束になったところで、今の我の魔力を凌駕するほどの力になるとは思えぬ。
しかしこの娘からはもはや我を恐れている様子は伺えない。
ただの虚勢か、それとも何か勝算があるというのか。
まさかこんな小娘が我をこれほどまでに脅かすとは・・・

・・・脅かす?
・・・そうか。

我が感じているこれは、恐怖というものなのか・・・?



火の精霊との短いやり取りの中で、闇の精霊とも契約したことがバレてしまったようだが、どうせ戦っている中でバレるだろうから別に構わない。
あくまで直接戦うのはわたし一人だし、仮に難癖つけられたとしても、火の精霊だってバルゴの体を借りているのだから似たようなものだと反論するだけだ。

(ばれたのはユリのごまかし方が下手なせいなのじゃ)
(こういうのってユリの世界では『ダイコン芝居』って言うらしいわよ)
(ダイコン?ダイコンって何?)
(どうやら食べ物のようね。ヤミもユリの記憶を色々覗いてみるといいわよ)
「あんたら、うっさいわよ!それと勝手にわたしの記憶を見るんじゃないの!」

支配した精霊を本体ごと自分の中に取り込むと、その精霊はわたしの精神と深くリンクする。
その影響によって、精霊はわたしの記憶にアクセスすることができるようにもなる。
精霊達はそれを良いことに、興味本位でわたしの記憶に勝手にアクセスしやがっているのだ。
まあ、別にそんなに恥ずかしい記憶もない・・・はずだから別にいいけど。
わたしの中に騒がしい住人が増えたのはちょっとアレだけど、おかげで今のわたしはちょっと前とは比較にならないほど落ち着いている。
ヤミちゃんが作ってくれた貴重な時間と、そこでみんなが最終特訓をしてくれたおかげでもあるが、決してそれだけじゃない。
こうやってみんながついていてくれるからだ。
だから頑張れる。
みんな・・・見ててね!

(・・・で、ユリが手から魔力を放つ時に参考にしたのがこの漫画の主人公じゃ)
(そうそう、この金髪になる子が強いのよねー)
(あたしはこの緑の異星人が・・・)
「あんた達、言ってるそばからわたしの記憶で遊んでるんじゃないわよ!今ぐらいは戦いに集中して頂戴!」

・・・ちょっと不安になってきた。
緊張感が無さ過ぎるんですけど・・・
みんな、ちゃんとついていてくれているよね・・・

(ユリよ、案ずるでない。ユリならば勝てるのじゃ。自分を、そして妾達を信じよ)
(ワタシ達が教えたとおりにやればいいだけよ。分かる?)
(そうよ、あたしも特訓してやったんだから。しっかりやりなさいよ!)
(あの・・・頑張ってください)
(実況できない代わりにちゃんと私が記憶して、後で文章にまとめてあげるからね)
「サラちゃんだけちょっとなんか違う気がするけど・・・みんな応援ありがと。そうだね、とにかく頑張ってみる。あ、でもヤミちゃん。『さんだあぼると』号まで守れるほど余裕はない気がするから先に謝っておくわ。もしも壊しちゃったらごめんね」
(えっ、ちょっ・・・)

わたしは『さんだあぼると』号を背に、構えを取った。

「火の精霊、もう一度言うわ。貴方を解放してあげる。かかってらっしゃい」



由里と火の精霊との戦いの第二幕は火の精霊の攻撃から始まった。
火の精霊は自らを奮い立たせるかのように全身から魔力を迸らせると、大量の火の弾を由里に向けて放った。
しかし火の弾の半数は由里に届く前に、由里の放った魔力の弾によって相殺されていく。
捌ききれなかった火の弾は由里の魔法障壁に防がれるか、由里が持つ魔力剣によって受け流され、あるいは斬られていった。
受け流された火の弾は城の壁や床に着弾するとその威力を失い、斬られた火の弾はそのまま消失した。

「おっと」

立て続けに飛来する火の弾を由里が斬っている最中、由里が首をヒョイッと傾ける。
数秒前まで由里の頭があった空間を物体が通過し、由里の背後でカンッという甲高い音を鳴らした。
城の瓦礫が由里の足元に転がる。
火の精霊は火の弾の中に城の瓦礫を紛れ込ませて由里に向けて放っていた。
王城の壁は魔力による衝撃をすべて無効にする。
破壊されて瓦礫となった壁の破片でさえもその効果は有効である。
仮に魔法障壁で受け止めたとしても、投げられた瓦礫は運動エネルギーそのままに障壁を突き抜け、体に刺さってしまう。
先にその方法で火の精霊を攻撃したのは由里だったが、その後、火の精霊から同じ手を食らって足に負傷を負っている。
そのため由里は瓦礫入りの火の弾にも警戒していたため、一早く気付いてそれを躱すことができたのだった。
その後も襲いかかる火の弾をすべて撃ち落とし、斬り捨て、躱し続けた由里は、火の精霊の攻撃を見事に一巡凌ぎきった。
由里の身のこなし、魔力の威力、魔力制御、そのすべてが以前の由里よりも洗練されていた。
そのことに火の精霊も気付いていた。

「・・・これが本来のお前の力か?今まで手を抜いていたとでも言うのか?」
「んー、まあ同じ手は食わないってことよ。てか、わたしの『反則雪合戦攻撃』を堂々とパクり続けるなんてずるいわ。『著作権侵害』で訴えるわよ」
「何を言っているのか全く分からぬ」
「まあ、理解してもらう必要もないし、特許を取っているわけでもないからいいんだけどね」
「・・・小細工はやめだ。力で押し切らせてもらおう。ゥォオオオ・・・」

再び火の精霊が複数の火の弾を生み出し、由里に向かって放出した。
火の精霊にしては珍しく気合を入れた発声を行い、それと共に無数の火の弾が生み出されていく。
由里の前面をすべて覆い尽くすほどの火の弾が、由里に向けて同時に着弾する。
由里は先と同様に障壁と魔力剣で捌ききるが、直後、由里は一層巨大な魔力の奔流を感じ取った。
目にするのは二度目か三度目か、魔力で紡ぎ出された巨大な火の玉が火の精霊の上に準備されていた。

「本命はそっちね・・・てか、準備に小細工してるじゃないのよ。嘘つき!」
「ふんっ・・・死ね!」

由里のクレームに耳を貸すことなく、火の精霊が声を振り絞りながら火の玉を放る。
しかし、再戦直前に由里がこの火の玉を食らった時は足を負傷していたため躱せなかったが、既に傷が癒えている今ならば避けることができるし、再戦直後にはこの火の玉をギリギリで相殺できている。
とはいえ、魔力の無駄遣いをするよりも攻撃を躱す事を選択した由里は、今まさに避けようと動き出そうした、その時だった。

「ちょっ!?左右からも!?」

同じサイズの巨大火の玉が、正面だけではなく左右、そして頭上にも生み出されていた。
そして巨大火の玉が全方位から由里に襲いかかる。
火の精霊が渾身の力を込めて魔力を紡いだ真の理由は、この巨大火の玉を同時に生成するためだったのだ。
火の精霊が由里の様子を見る。
やはり逃げる様子はない。
由里は攻撃を受けとめることを選択し、魔力剣の刀身を消して火の玉の攻撃に備えるべく構えていた。
その姿に火の精霊は小さな笑みを浮かべた。

・・・無駄なことを。受けきれると思っているのか。
一発相殺できたところで、他の攻撃までは防げまい。

これで終わりだと、火の精霊は今度こそ確信していた。
そして由里の魔力障壁に衝突した火の玉は、激しい閃光と衝撃音を発しながら、次々と由里の魔力障壁を食い破っていった。

「どっせぇぇぇぇぃぃい!」

火の玉の攻撃に抗うための最後の力を振り絞るかのように、由里は気合の雄叫びを上げた。
由里が再び紡ぎ出した魔力と火の玉が衝突する。
閃光がさらに輝きを増し、周囲を真っ白に包む。
衝撃で生じた激しい爆風が周囲の瓦礫を吹き飛ばしていく。
やがて魔力の奔流が収まり、そして火の精霊の魔力だけがこの場に残った。
それは即ち、由里の魔力がかき消され、由里が敗北したことを意味していた。
火の精霊は自らを魔力障壁でガードし、爆風が落ち着くのを待った。
おそらく娘は消し炭と化しているだろう。
娘の死を確認するためにも、せめて亡骸の欠片が少しでも残っていれば良いのだが・・・と思いながら。
やがて爆風と土煙が収まり、視界が戻ってきた。
直後、火の精霊は目を疑った。

「うへー、髪がちょっと焦げちゃったよ・・・まだ功夫が足りないわね」

火の精霊の前には無傷の由里が立っていた。
そして、致死級の攻撃を受けたことなど何処吹く風で、しきりに髪の毛の先を気にしていた。

「・・・・・・何故だ・・・何故、お前が・・・!」
「ええ。お陰で髪が焦げちゃって・・・やっぱり制御が難しいわね」
「髪などどうでも良かろう!」
「どうでもいいですって!?わたしの髪、ポニーテールを切られただけじゃなく、今度は焦げているのよ!そんな言い方、女の子に失礼じゃないのよ!」

論点がずれている・・・そもそも髪を切ったのは娘自身ではないか・・・
ともかく、火の精霊が聞きたい事はそんなことではなかった。

「我が聞きたいのは、お前のその魔力の事だ・・・」
「あ、これ?凄いでしょう?ふふっ」
「何故・・・何故お前が火の魔力を纏っているのだ!!!」

火の精霊の言う通り、今、由里が全身から放出している魔力は、紛れもなく火の魔力だった。
火の精霊と一切の契約をしていない娘が、何故火の魔力を使えるのか。
そして何故自分の攻撃が効かなかったのか。
火の精霊は今、自分がとんでもない怪物と戦っているのではないかと思い始めていた。



複数の巨大火の玉攻撃を凌ぎきった直後・・・

(ぶっつけ本番にしてはうまくいったようね。よくやったわ、ユリ)
(うむ、ユリよ。本当によくやったのじゃ)
「うん。みんなのおかげよ。復活直後の一発は力づくでどうにかできたけれども、今回の同時多発火の玉はそうはいかなかったからねー。特にヤミちゃんには感謝だね」
(ううっ・・・うううっ・・・)
「あれ、ヤミちゃん?」
(私の・・・私の船が・・・)
「あー・・・」

火の玉攻撃による余波によって、『さんだあぼると』号は見る影もなく完全に破壊されていた。
やはり先に謝っておいて正解だったようだ。
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