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188 光と闇
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王城の屋上広場、その床を突き破って現れたのは、海の向こうへと飛び去っていったはずの『さんだあぼると』号だった。
全く訳がわからないが、わたしの見間違えでなければ『さんだあぼると』号は空から落ちてきたのではなく城内から飛び出してきた。
まるで大規模な脱出マジックでも見ているような気分だ。
しかし手品はまだ続いていた。
破壊された床のから生える船の先端にある扉が内側から蹴破られ、ひょっこり出てきた女の子は紛れもなくミネルヴァだった。
「何故・・・どうしてミっちゃんが!?」
「お久しぶりね、ユリ。遅くなって悪かったわね」
手を振るミネルヴァにわたしの思考はついていけていない。
処理落ちした頭で状況を整理していると、やがてミネルヴァの表情が曇ってきた。
「・・・あんた、ユリ、よね?そばにディーネもいるし」
「そうだよ。でも何故に疑問形?」
「いや、なんか雰囲気が違うのよね。なにか足りないような・・・」
足りない?
胸の話ならばその喧嘩買うけど・・・ああっ!
「もしかしてこの髪?ポニーテールなら切り落としちゃったから・・・」
「ああっそれよ!それが無くなってるからおかしな感じなんだわ!」
「わたしの判断基準はポニーテールですかっ!」
そんなことでアハ体験しないでいただきたい。
ポニーテールが本体とでも思っているのだろうか。
「あんたからそのポニーテールが無くなったら何が残るっていうのよ」
「さすがにそれは酷いわよっ!髪型が変わったって顔を見れば分かるでしょうが!」
「じゃああんたは魔獣の顔に見分けがつくの?」
更に酷い例えが飛び出したが、要するに精霊的にはいちいち人の顔で判断するのではなく、魔力の感じとざっくりとした体型や輪郭で個人を区別しているらしい。
「まああんたがユリならそれでいいわ。で、バルゴと火の精霊はどこよ?」
「えーとたぶん床が破壊された拍子に城内に落ちたと思うわ。そのぐらいじゃ死んでないと思うけど。それとバルゴは・・・」
わたしとディーネとアフロは手短に状況をミネルヴァに説明した。
「というわけで面倒な状況よ」
「なるほどちょうどいいわ。そんなわけでユリ。あたしと契約しなさい」
「へ?」
「今ならお得なおまけもつくから。ほら、とっとと契約する!」
どう聞いても悪徳訪問販売である。
もっとも売り込んでいる商品はミネルヴァ自身なので、むしろ押しかけ女房だろうか。
「いや、いきなりそんなこと言われても・・・大体どうして『さんだあぼると』号が突然城内から出てきたの?ミっちゃんはいつどうやって戻ってきたの?それに・・・」
「いいから!諸々話せば長くなるのよ。後でちゃんと説明してあげるから契約しなさい!」
再び契約の押し売りをされた。
わたしとしては構わないが、そんなお手軽に契約して良いものだろうか。
そんなわたしの背中をディーネが押した。
「ユリよ。契約したほうが良いと思うのじゃ」
「ディーネちゃん?」
「火の精霊は手強い。少なくとも今のままでは勝てないと思うのじゃ。ならばミっちゃんの力も借りたほうが良いのじゃ」
「ユリ、ワタシもそう思うわ」
「アフロちゃんも?」
「いつ火の精霊が戻ってくるかも分からないわ。ディーネの言う通り、とっとと契約しなさい。次も待ってるんだから」
アフロが明後日の方向に睨みを利かせながらそう進言する。
アフロが見ている方向は『さんだあぼると』号と、船の飛び出しによって破壊されて瓦礫と化した広場だ。
その床の下には火の精霊がいるはずであり、いつ戻ってわたし達を攻撃してくるかも分からない。
ミネルヴァ本人の売り込みに加えて、二人の大精霊に後押しされてはわたしに断る理由は無い。
いや、もともと断るつもりはなかったが、軽微な問題点がひとつあった。
「ミっちゃん、依代はどうするの?その姿のままがいい?ただ、ちゃんと想像して創造するためには少し時間がかかるかもしれないけど・・・」
「そんなもんいらないわよ。全部片付いてからでいいから、とりあえず取り込んどきなさい」
「え、それでいいの?」
「いいの!まだやることがあるんだから急ぐ!」
「はいっ!」
わたしは完全にミネルヴァに押し切られ、ちゃちゃっと契約を済ませることにした。
ひとまずサラには音声を拾わないようにしてもらい、ミネルヴァの真の名を聞いて支配契約を実行した。
ミネルヴァの輪郭が光り、そして歪んでいく。
やがてミネルヴァの体が光球へとかわり、わたしの体の中へと取り込まれていった。
「これで契約完了よね」
「ユリよ。ミっちゃんの意識と魔力は感じられるかの?」
「うん、ミっちゃんの魔力を体の中で感じる。ミっちゃんがいることも分かるわ」
ディーネを初めて取り込んだ時に比べて格段に魔力の扱いがうまくなっている今、取り込んだ光の精霊の魔力をはっきりと認識することができている。
ミネルヴァからシェアされた光の魔力の核のおかげで、自分の魔力量が増大したこともはっきりと感じ取れた。
わたしは意識を集中して、わたしの中のミネルヴァに話しかけた。
(ミっちゃん。契約成功よ。よろしくね!)
(・・・)
(あれ、ミっちゃん?)
(・・・・・・)
応答がない。
え、なんか失敗した?
(ミっちゃん?ミっちゃん、聞こえる?)
(・・・ふふっ、これであたしもユリの記憶から異世界の情報を見ることができるわ)
(それがミっちゃんの狙いかっ!!!)
(わっ!?いきなり大声出さないでよ、もう。びっくりしたじゃないの。それにしてもあんた、取り込んだ精霊と会話するのがうまいじゃないの)
(ディーネちゃんと契約した時にはかなり長い間この状態だったからね。慣れているわよ。あと一応言っておくけれども、勝手に記憶を覗くのは禁止ですからね)
言ったところで守られる気はしないが、一応釘は刺しておく。
力を貸してくれるのだから、少しぐらいの役得には目を瞑るつもりだけど。
(じゃ、もう一人のほうも頼むわよ)
(え、もう一人?)
(そのぶっ壊れた船の中にいるでしょ?)
(ええっ!?)
ミネルヴァに言われて船の方に目を向けると、歪んだ船の扉の陰から、そっとこちらを覗いている女性の姿があった。
しかし、わたしの視線に気がつくやいなや、サッと引っ込んでしまった。
「やっぱり、闇の精霊ね」
「アフロちゃん?」
「ユリ、あそこにいるのは闇の精霊。たぶんミネルヴァが連れてきたんだわ」
さっきからアフロが睨みを利かせていたのは、どうやら闇の精霊にむけたものだったようだ。
見ればディーネの視線も同じ方向を向いていた。
おそらく二人共、闇の精霊の魔力に気がついていたのだろう。
念のため、ミネルヴァにも確認しておくことにする。
(ミっちゃん、あそこにいるのって闇の精霊なの?)
(そ。闇の精霊。色々あったけどなんとか連れてこれたわ。これがあたしの本当の目的。きっとあんたの力になれるはずよ。一応話はついてるけど、あとは自分で口説いてね)
(えー・・・)
ミネルヴァの台詞に一抹の不安を覚えつつ、わたしも闇の精霊に目を向けた。
闇の精霊はと言えば、ちょっと顔を覗かせては引っ込める動作を繰り返している。
このままわたしが近づいていったらどこかへ逃げて行ってしまうのではないだろうか。
「・・・ねえディーネちゃん、アフロちゃん。どうすればいいと思う?」
「うーむ。妾も闇の精霊とはほとんど話をしたことがないのじゃ」
「ワタシも話をした記憶が無いわね。闇の精霊は孤独を愛しているのよ。あまり他の者と関わりを持ちたくないのだと思うわ」
「えっ!?違っ・・・(超小声)」
「ん?」
一瞬、闇の精霊の声が聞こえた気がしたので、闇の精霊にバッと顔を向けた。
案の定、闇の精霊は再び奥に引っ込んでしまった。
・・・今、『違う』って言おうとしたよね?
(ミッちゃん、聞こえる?)
(何?)
(ねえ、今アフロちゃんが言ったことは本当?闇の精霊は孤独が好きなの?)
(いや、そんなことは無いと思うわよ。あたしとはよく喋るし。でも他の精霊と話をしているのは見たことないわね)
・・・うーん、それだけだと判断がつかない。
ミっちゃんだけが特別っていうこともあるよね?
唯一心を許せる相手的な感じで。
(他の精霊には関心が無さそう?いえ、精霊だけじゃなく、他のことにも興味は無さそう?)
(いやいやとんでもない。ああ見えて好奇心は旺盛な子よ。そうでなければあたしも連れて来れなかったと思うし)
(ふーん。ミっちゃんはどんな手を使ってたぶらかして連れ出したの?)
(言い方!でもあの子が他の精霊を拒絶しているとは思えない。そういう態度に見えるかもしれないけど、本気で拒絶しているなんてことは無いわよ。それにユリにはものすごく興味がありそうだったし)
(ということは・・・)
もしかして、コミュニケーション障害に近いものかな?
ならばその線でいってみるか・・・
わたしは学生時代や社会人時代に、コミュニケーション障害、いわゆる『コミュ障』な子が身近にいた。
隣の席の同級生だったり同じ部の後輩だったりと、何かと接する機会が多かった。
加えて実家のそろばん塾を手伝っている時も、コミュ障気味な生徒はチョイチョイいた。
そのため、カウンセラーほどに理解があるわけではないが、多少は接し方を心得ている。
・・・違ったらゴメンナサイだけど、ひとまずコミュ障だと仮定して。
まず、コミュ障の子は周囲に誤解を与えやすい。
言いたいことが言えない、誤解されても訂正ができない、他人と接するのが怖い、他人の感情が読めず自分のことをどう思っているのか心配で仕方がない等々・・・ケースは様々ではあるが、基本的な接し方に変わりはない。
まず、見下すような態度を取らないこと。
そして言葉を省略しないこと。
言葉を省略しないというのは、できる限り理由と説明をはっきりつけて、具体的に話すということだ。
例えば「どうしてこれができないの?」という聞き方はNGである。
コミュ障の子は、叱られるとか嫌われるかもしれないという受け方の比重が大きく、かえって萎縮させてしまう。
負の感情が先に前に出てしまうからだ。
こういう場合、例えば「わたしはあなたがこれのやり方を知っていて、あなたならできると思っていたの。だから、できなかった理由を教えて欲しいの」と言い換えてみる。
もちろんこの言い方が必ずしも正解とは限らないし、過保護で回りくどいだけかもしれないが、主語と述語、そして理由をはっきり言うことが大事なのだ。
最初の一歩はここからで、互いにいい関係性を作ってから言葉を徐々に砕いていけばいい。
その他にも、こちらから話しかけまくらずに向こうが話し始めるまで待つとか、飲み会は無理に誘わないとか色々あるが、それはひとまず置いておくとして、わたしは早速闇の精霊に声をかけることにした。
「あのー、闇の精霊さん?」
「・・・」
再び闇の精霊がそろりと顔を覗かせる。
わたしはすかさず続けて言葉を紡いだ。
「わたしの名前は由里よ。ミっちゃん・・・光の精霊から話は聞いているかもしれないけど、わたしは今、火の精霊を倒すために戦っているわ。そのためにはあなたの力が必要なの。わたしに力を貸して欲しい。お願いできるかな?」
「・・・・・・」
闇の精霊はわたしの顔から目を離さずにもじもじとしていた。
このそぶりは、おそらく私の質問に対して回答をしようとしているものの、言葉がすぐに出て来ない反応と思われる。
わたしの勘が間違っていないことを信じて、わたしは闇の精霊が言葉を発するまで待つことにした。
「・・・」
(目が少し泳いでる・・・おっと、またこっちに視線が戻ったね。いいよ、まだ待つわよ)
「・・・・・・」
(おおっ、口が少し開いた!もう少しかな?)
「・・・・・・・・・・・・・あの・・・わたし・・・」
ついに闇の精霊から待ちに待った言葉が出たその時、空からの声で邪魔された。
「うわわわっ!!!」
「えっ!?ちょっとサラちゃん!せっかくいいところだったのに邪魔を・・・」
「しょーがないでしょ、突然攻撃されて・・・ああっ、投映の魔道具が!」
思わず非難の声をあげてしまったが、状況はすぐに分かった。
サラは火の精霊から攻撃を受けたのだ。
瓦礫の下から撃たれた火の弾の不意打ちにサラは、手に持っていた投映の魔道具で咄嗟に自分を庇ったのか、あるいは避けきることができなかったのかは分からないが、火の弾は放映の魔道具に直撃してしまい、放映の魔道具は見事に破壊されてしまった。
「ちょっと火の!なんてことしてくれるのよっ!これじゃ私の役目が無くなっちゃうじゃないの!」
「いやいや、別にサラちゃんの役目はそれじゃないから・・・」
中継の仕事ができなくなったと悪態をつくサラの様子で、とりあえずサラが無事であることは確認できた。
しかし安堵したのも束の間だった。
「ユリ、火の精霊が来るじゃ!」
「ええ、分かってるわ!」
穴の開いた床から這い上がってきた火の精霊は案の定無傷だった。
わたしは闇の精霊との対話が終わらぬまま、再び火の精霊と対峙しなければならなくなってしまった。
全く訳がわからないが、わたしの見間違えでなければ『さんだあぼると』号は空から落ちてきたのではなく城内から飛び出してきた。
まるで大規模な脱出マジックでも見ているような気分だ。
しかし手品はまだ続いていた。
破壊された床のから生える船の先端にある扉が内側から蹴破られ、ひょっこり出てきた女の子は紛れもなくミネルヴァだった。
「何故・・・どうしてミっちゃんが!?」
「お久しぶりね、ユリ。遅くなって悪かったわね」
手を振るミネルヴァにわたしの思考はついていけていない。
処理落ちした頭で状況を整理していると、やがてミネルヴァの表情が曇ってきた。
「・・・あんた、ユリ、よね?そばにディーネもいるし」
「そうだよ。でも何故に疑問形?」
「いや、なんか雰囲気が違うのよね。なにか足りないような・・・」
足りない?
胸の話ならばその喧嘩買うけど・・・ああっ!
「もしかしてこの髪?ポニーテールなら切り落としちゃったから・・・」
「ああっそれよ!それが無くなってるからおかしな感じなんだわ!」
「わたしの判断基準はポニーテールですかっ!」
そんなことでアハ体験しないでいただきたい。
ポニーテールが本体とでも思っているのだろうか。
「あんたからそのポニーテールが無くなったら何が残るっていうのよ」
「さすがにそれは酷いわよっ!髪型が変わったって顔を見れば分かるでしょうが!」
「じゃああんたは魔獣の顔に見分けがつくの?」
更に酷い例えが飛び出したが、要するに精霊的にはいちいち人の顔で判断するのではなく、魔力の感じとざっくりとした体型や輪郭で個人を区別しているらしい。
「まああんたがユリならそれでいいわ。で、バルゴと火の精霊はどこよ?」
「えーとたぶん床が破壊された拍子に城内に落ちたと思うわ。そのぐらいじゃ死んでないと思うけど。それとバルゴは・・・」
わたしとディーネとアフロは手短に状況をミネルヴァに説明した。
「というわけで面倒な状況よ」
「なるほどちょうどいいわ。そんなわけでユリ。あたしと契約しなさい」
「へ?」
「今ならお得なおまけもつくから。ほら、とっとと契約する!」
どう聞いても悪徳訪問販売である。
もっとも売り込んでいる商品はミネルヴァ自身なので、むしろ押しかけ女房だろうか。
「いや、いきなりそんなこと言われても・・・大体どうして『さんだあぼると』号が突然城内から出てきたの?ミっちゃんはいつどうやって戻ってきたの?それに・・・」
「いいから!諸々話せば長くなるのよ。後でちゃんと説明してあげるから契約しなさい!」
再び契約の押し売りをされた。
わたしとしては構わないが、そんなお手軽に契約して良いものだろうか。
そんなわたしの背中をディーネが押した。
「ユリよ。契約したほうが良いと思うのじゃ」
「ディーネちゃん?」
「火の精霊は手強い。少なくとも今のままでは勝てないと思うのじゃ。ならばミっちゃんの力も借りたほうが良いのじゃ」
「ユリ、ワタシもそう思うわ」
「アフロちゃんも?」
「いつ火の精霊が戻ってくるかも分からないわ。ディーネの言う通り、とっとと契約しなさい。次も待ってるんだから」
アフロが明後日の方向に睨みを利かせながらそう進言する。
アフロが見ている方向は『さんだあぼると』号と、船の飛び出しによって破壊されて瓦礫と化した広場だ。
その床の下には火の精霊がいるはずであり、いつ戻ってわたし達を攻撃してくるかも分からない。
ミネルヴァ本人の売り込みに加えて、二人の大精霊に後押しされてはわたしに断る理由は無い。
いや、もともと断るつもりはなかったが、軽微な問題点がひとつあった。
「ミっちゃん、依代はどうするの?その姿のままがいい?ただ、ちゃんと想像して創造するためには少し時間がかかるかもしれないけど・・・」
「そんなもんいらないわよ。全部片付いてからでいいから、とりあえず取り込んどきなさい」
「え、それでいいの?」
「いいの!まだやることがあるんだから急ぐ!」
「はいっ!」
わたしは完全にミネルヴァに押し切られ、ちゃちゃっと契約を済ませることにした。
ひとまずサラには音声を拾わないようにしてもらい、ミネルヴァの真の名を聞いて支配契約を実行した。
ミネルヴァの輪郭が光り、そして歪んでいく。
やがてミネルヴァの体が光球へとかわり、わたしの体の中へと取り込まれていった。
「これで契約完了よね」
「ユリよ。ミっちゃんの意識と魔力は感じられるかの?」
「うん、ミっちゃんの魔力を体の中で感じる。ミっちゃんがいることも分かるわ」
ディーネを初めて取り込んだ時に比べて格段に魔力の扱いがうまくなっている今、取り込んだ光の精霊の魔力をはっきりと認識することができている。
ミネルヴァからシェアされた光の魔力の核のおかげで、自分の魔力量が増大したこともはっきりと感じ取れた。
わたしは意識を集中して、わたしの中のミネルヴァに話しかけた。
(ミっちゃん。契約成功よ。よろしくね!)
(・・・)
(あれ、ミっちゃん?)
(・・・・・・)
応答がない。
え、なんか失敗した?
(ミっちゃん?ミっちゃん、聞こえる?)
(・・・ふふっ、これであたしもユリの記憶から異世界の情報を見ることができるわ)
(それがミっちゃんの狙いかっ!!!)
(わっ!?いきなり大声出さないでよ、もう。びっくりしたじゃないの。それにしてもあんた、取り込んだ精霊と会話するのがうまいじゃないの)
(ディーネちゃんと契約した時にはかなり長い間この状態だったからね。慣れているわよ。あと一応言っておくけれども、勝手に記憶を覗くのは禁止ですからね)
言ったところで守られる気はしないが、一応釘は刺しておく。
力を貸してくれるのだから、少しぐらいの役得には目を瞑るつもりだけど。
(じゃ、もう一人のほうも頼むわよ)
(え、もう一人?)
(そのぶっ壊れた船の中にいるでしょ?)
(ええっ!?)
ミネルヴァに言われて船の方に目を向けると、歪んだ船の扉の陰から、そっとこちらを覗いている女性の姿があった。
しかし、わたしの視線に気がつくやいなや、サッと引っ込んでしまった。
「やっぱり、闇の精霊ね」
「アフロちゃん?」
「ユリ、あそこにいるのは闇の精霊。たぶんミネルヴァが連れてきたんだわ」
さっきからアフロが睨みを利かせていたのは、どうやら闇の精霊にむけたものだったようだ。
見ればディーネの視線も同じ方向を向いていた。
おそらく二人共、闇の精霊の魔力に気がついていたのだろう。
念のため、ミネルヴァにも確認しておくことにする。
(ミっちゃん、あそこにいるのって闇の精霊なの?)
(そ。闇の精霊。色々あったけどなんとか連れてこれたわ。これがあたしの本当の目的。きっとあんたの力になれるはずよ。一応話はついてるけど、あとは自分で口説いてね)
(えー・・・)
ミネルヴァの台詞に一抹の不安を覚えつつ、わたしも闇の精霊に目を向けた。
闇の精霊はと言えば、ちょっと顔を覗かせては引っ込める動作を繰り返している。
このままわたしが近づいていったらどこかへ逃げて行ってしまうのではないだろうか。
「・・・ねえディーネちゃん、アフロちゃん。どうすればいいと思う?」
「うーむ。妾も闇の精霊とはほとんど話をしたことがないのじゃ」
「ワタシも話をした記憶が無いわね。闇の精霊は孤独を愛しているのよ。あまり他の者と関わりを持ちたくないのだと思うわ」
「えっ!?違っ・・・(超小声)」
「ん?」
一瞬、闇の精霊の声が聞こえた気がしたので、闇の精霊にバッと顔を向けた。
案の定、闇の精霊は再び奥に引っ込んでしまった。
・・・今、『違う』って言おうとしたよね?
(ミッちゃん、聞こえる?)
(何?)
(ねえ、今アフロちゃんが言ったことは本当?闇の精霊は孤独が好きなの?)
(いや、そんなことは無いと思うわよ。あたしとはよく喋るし。でも他の精霊と話をしているのは見たことないわね)
・・・うーん、それだけだと判断がつかない。
ミっちゃんだけが特別っていうこともあるよね?
唯一心を許せる相手的な感じで。
(他の精霊には関心が無さそう?いえ、精霊だけじゃなく、他のことにも興味は無さそう?)
(いやいやとんでもない。ああ見えて好奇心は旺盛な子よ。そうでなければあたしも連れて来れなかったと思うし)
(ふーん。ミっちゃんはどんな手を使ってたぶらかして連れ出したの?)
(言い方!でもあの子が他の精霊を拒絶しているとは思えない。そういう態度に見えるかもしれないけど、本気で拒絶しているなんてことは無いわよ。それにユリにはものすごく興味がありそうだったし)
(ということは・・・)
もしかして、コミュニケーション障害に近いものかな?
ならばその線でいってみるか・・・
わたしは学生時代や社会人時代に、コミュニケーション障害、いわゆる『コミュ障』な子が身近にいた。
隣の席の同級生だったり同じ部の後輩だったりと、何かと接する機会が多かった。
加えて実家のそろばん塾を手伝っている時も、コミュ障気味な生徒はチョイチョイいた。
そのため、カウンセラーほどに理解があるわけではないが、多少は接し方を心得ている。
・・・違ったらゴメンナサイだけど、ひとまずコミュ障だと仮定して。
まず、コミュ障の子は周囲に誤解を与えやすい。
言いたいことが言えない、誤解されても訂正ができない、他人と接するのが怖い、他人の感情が読めず自分のことをどう思っているのか心配で仕方がない等々・・・ケースは様々ではあるが、基本的な接し方に変わりはない。
まず、見下すような態度を取らないこと。
そして言葉を省略しないこと。
言葉を省略しないというのは、できる限り理由と説明をはっきりつけて、具体的に話すということだ。
例えば「どうしてこれができないの?」という聞き方はNGである。
コミュ障の子は、叱られるとか嫌われるかもしれないという受け方の比重が大きく、かえって萎縮させてしまう。
負の感情が先に前に出てしまうからだ。
こういう場合、例えば「わたしはあなたがこれのやり方を知っていて、あなたならできると思っていたの。だから、できなかった理由を教えて欲しいの」と言い換えてみる。
もちろんこの言い方が必ずしも正解とは限らないし、過保護で回りくどいだけかもしれないが、主語と述語、そして理由をはっきり言うことが大事なのだ。
最初の一歩はここからで、互いにいい関係性を作ってから言葉を徐々に砕いていけばいい。
その他にも、こちらから話しかけまくらずに向こうが話し始めるまで待つとか、飲み会は無理に誘わないとか色々あるが、それはひとまず置いておくとして、わたしは早速闇の精霊に声をかけることにした。
「あのー、闇の精霊さん?」
「・・・」
再び闇の精霊がそろりと顔を覗かせる。
わたしはすかさず続けて言葉を紡いだ。
「わたしの名前は由里よ。ミっちゃん・・・光の精霊から話は聞いているかもしれないけど、わたしは今、火の精霊を倒すために戦っているわ。そのためにはあなたの力が必要なの。わたしに力を貸して欲しい。お願いできるかな?」
「・・・・・・」
闇の精霊はわたしの顔から目を離さずにもじもじとしていた。
このそぶりは、おそらく私の質問に対して回答をしようとしているものの、言葉がすぐに出て来ない反応と思われる。
わたしの勘が間違っていないことを信じて、わたしは闇の精霊が言葉を発するまで待つことにした。
「・・・」
(目が少し泳いでる・・・おっと、またこっちに視線が戻ったね。いいよ、まだ待つわよ)
「・・・・・・」
(おおっ、口が少し開いた!もう少しかな?)
「・・・・・・・・・・・・・あの・・・わたし・・・」
ついに闇の精霊から待ちに待った言葉が出たその時、空からの声で邪魔された。
「うわわわっ!!!」
「えっ!?ちょっとサラちゃん!せっかくいいところだったのに邪魔を・・・」
「しょーがないでしょ、突然攻撃されて・・・ああっ、投映の魔道具が!」
思わず非難の声をあげてしまったが、状況はすぐに分かった。
サラは火の精霊から攻撃を受けたのだ。
瓦礫の下から撃たれた火の弾の不意打ちにサラは、手に持っていた投映の魔道具で咄嗟に自分を庇ったのか、あるいは避けきることができなかったのかは分からないが、火の弾は放映の魔道具に直撃してしまい、放映の魔道具は見事に破壊されてしまった。
「ちょっと火の!なんてことしてくれるのよっ!これじゃ私の役目が無くなっちゃうじゃないの!」
「いやいや、別にサラちゃんの役目はそれじゃないから・・・」
中継の仕事ができなくなったと悪態をつくサラの様子で、とりあえずサラが無事であることは確認できた。
しかし安堵したのも束の間だった。
「ユリ、火の精霊が来るじゃ!」
「ええ、分かってるわ!」
穴の開いた床から這い上がってきた火の精霊は案の定無傷だった。
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旧タイトル
「役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
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