ポニーテールの勇者様

相葉和

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185 火の精霊の提案

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「今、元の世界に帰らせてくれるって言った・・・?」

耳を疑う発言に、わたしの心臓が跳ね動く。
現状は、地球に戻ることなどほぼ諦めていた、いや、正しくは帰還する方法が全く分からないので、まずはそれを探さなければならないという状況なのだ。
それなのに、突如『元の世界に帰る道を作ってやる』などと言われれば動揺するに決まっている。

・・・帰るための方法を知ってる?
あるいは帰るための魔道具を持ってるとか?
わたし・・・帰れるの?

「ユリ。落ち着きなさい」
「そうじゃ。落ち着くのじゃ、ユリよ。奴はまず話をしようと言っているのじゃ」
「え・・・あ、うん・・・」

目が泳ぎ、挙動不審になっているわたしに、アフロは見えない手で軽く頭を小突き、ディーネには羽でお尻をペシペシされた。

・・・うん、よし、まずは落ち着いて情報の整理だ。
話・・・そうね、まずは話よね。
地球に戻れるって話はもちろん聞くとして、まず聞きくことといえば・・・

わたしは深呼吸して、とりあえず気持ちを落ち着けた。

「分かったわ。話をしましょう。最初にいくつか質問をさせてもらっても良い?」
「いいだろう。無知な人間が我に質問をするなどいささか傲慢なことだが、お前は他の人間より賢く、精霊とも縁が深い。質問を許そう」

いや、どっちが傲慢だよ!
なんなんだ、この偉そうな生き物は。
まあ、まずはそのことから聞くんだけどさ・・・

「貴方、さっき『我は火の精霊』と言ったわよね。今の貴方はバルゴではなく、火の精霊なの?」
「・・・なんの質問かと思えば。無粋な」

くっ・・・
いちいち鼻につくわね。

「はっきりさせておきたいのよ。どうなのか答えて」
「いかにも。我は火の精霊だ。そう言っただろう、娘よ」
「じゃあ、バルゴはどうなったの?死んだの?生きてるの?」
「バルゴは死んだ。お前達が殺したではないか」
「うっ・・・」

火の精霊は『お前が殺ったんだろう?』と言わんばかりに、右手に持った剣の剣先をこちらへと向けて軽く振った。
直接わたしが手を下したわけではないが、作戦の指示をしたのはわたしで間違いないので言い返せない。
とりあえず人体発火魔術の影響でバルゴは死んだという解釈で良いらしい。
そして目の前で動いている男はバルゴの姿だが、中身は火の精霊だということで正しいようだ。
しかし肉体乗っ取りや、精神の入れ替わりという概念やニュアンスは分かるものの、実際に目の当たりにすると釈然としないところがある。
他の生物に自分の精神を次々に乗り移らせて戦うゲームをやったり、『私達、入れ替わってる!?』みたいな映画を見たことはあるが、『なるほど乗り移ったんですね、はいそうですか』と現実はすんなり受け入れられるものではない。
どう話を続けるべきか少々困っていると、アフロがわたしに代わって質問を投げかけてくれた。

「つまりアナタはバルゴが死んだ直後にバルゴの魔力の核と融合、もしくは自分の核と入れ替えを行い、バルゴの体そのものを依代として実体を得た。だからアナタはもうバルゴではなく火の精霊だということでいいのかしら?」
「その通りだ、土の精霊」
「・・・だそうよ、ユリ。分かる?」
「なるほどね・・・わたしも理解できたわ。ていうか、そういうことだと理解するしかないのよね・・・うん。分かった。貴方が火の精霊であることは受け入れる。でも、そんな事をして何になるってのよ」
「どういう意味だ、娘よ」

火の精霊が目を細め、訝しげにわたしを見る。
わたしは疑問をストレートにぶつけてみた。

「バルゴが死んだのならば、貴方は契約から開放されるのでしょう?隷属契約だっけ?だったらバルゴの体を依代にするとか余計なことはしないで、そのまま自由になれば良かったじゃない。それに突き詰めて言えば、わたし達が倒したかったのはバルゴであって、別に火の精霊ではないわ。戦わずに済むならそうしたいし。自由になった貴方がどこに行こうと、わたしは別に追いかけたりしないわ」
「ふん。これだから無知な人間は」
「なんですとお!?」

鼻で笑う火の精霊の態度にイライラが止まらない。
分からないから聞いているのに、失敬な。

「契約から開放されたとしても、我に自由は無いのだ、娘よ」
「はあ・・・そうなんだ」
「ふむ。物分かりの悪いお前にために少し説明してやろう」
「・・・」

シュマーさんならば顔面が青筋で埋まったかもしれないが、ぐっと我慢して大人しく説明を聞くことにする。
火の精霊は剣を鞘に納めると、ゆっくりと語り始めた。

火の精霊はこの星の誕生に合わせて先人によって最初に生み出された精霊であり、他の精霊達は火の精霊の魔力の核を分離して生み出されたということ。
そのことはアフロ達の見解通りであり、わたしもその話は聞いている。
なお、先人というのはかつて高度な魔術文明で栄えた人達であり、ある時、自分達の住む星の寿命を知り、新しい移住先としてこの星を作り出した人達だ。
ちなみに先人の話は、わたしもかつてアキムから聞いた範囲で知っている。
そしてその先人達によって造り出された精霊達だが、やはりアフロ達が推測した通り、火の精霊にだけは行動の自由が無いのだそうだ。
他の精霊の数倍の魔力を持つ火の精霊は、その強力すぎる力が暴走したり、人間や環境に悪影響を与えないように行動を制約の魔術によって縛られていた。
そのため、火の精霊が出現できる場所は王城の敷地範囲内と、イスカータ領にある火の精霊の棲処、そして使役の魔道具を使って呼び出された場所付近に限られるのだそうだ。
そのため、バルゴとの契約から開放されたとしても、王城から一歩外に出れば一瞬で棲処に引き戻されるし、使役の魔道具が失われた今となっては、棲処以外に来れる場所はこの王城しか無かった。
だから、火の精霊は自由になりたかった。

「そこで我は考えた。我を支配、あるいは隷属する者がいれば、その者と共に行動できるはずだと」

火の精霊の目論見は正しかった。
バルゴに隷属されることで、バルゴと一緒であればこの世界のどこへでも行けることが分かったのだ。
しかしそれでは真の自由とは言えない。

「そして我は真の自由を得るために、制約から解き放たれるための最後の仕上げをした。それは『我が我を使役している人間そのものになる』ことだ。そしてその計画は成功し、我は今ここにいる。我は真なる自由を得たのだ」
「・・・貴方、最初から自分のためにバルゴを利用するつもりだったのね?」
「いかにも」

間髪入れず、歯切れよく返事を返す火の精霊に嫌悪感が沸き立つ。
自由が無かった火の精霊に同情する気持ちは少しある。
だけど、そのためにバルゴの命だけではなく、結果的に多くの人の命が奪われたことは許せない。
それにしても、自由を得た火の精霊はこれからどうするつもりなのだろうか。
そんな事を考えてた時、再び火の精霊が例の提案をしてきた。

「そこで娘よ。我は娘を元の世界に還す手伝いをしてやろうと思うのだ」
「なんで・・・なんでそんな話の流れになるのかしら?」

火の精霊の提案に、なんとか平静を保つふりをするものの、声は詰まり、体は軽く震える。

「我は目的通りに自由を得た。もはや我はお前と戦う理由がない。お前も我を倒すのが目的ではないと言っただろう?だから元の世界に帰してやると言っているのだ」

確かに、現状では明確に戦う理由はない。
バルゴと火の精霊がこれまでしてきたことに責任を取らせるぐらいのことはさせたいが、その話がまとまりさえすれば本当に戦う理由などなくなるのではないだろうか。
『責任をとって消滅しなさい!』と言っても、火の精霊に消滅されてはこの星に影響が出るだろうし。
ただ、それでもやっぱりモヤモヤ感が消えない。
なんとなく論点がずらされているような気がしてならないのだ。

「えっと、その・・・帰してくれるといっても、貴方はその方法を知っているの?」
「お前を召喚した魔道具はこの星を造った先人共が製作したものだ。それを我は破棄せずに秘匿していた。今は外部からの干渉魔術で使えない状態になっているがな」

召喚の魔道具を使えない状態にしたのは、他ならぬこの星の初代王であり先人の最後の生き残りであったアキムだ。
召喚の魔道具はその影響力の大きさを考え、セーフティロックが掛けられる仕組みになっている。
生前のアキムが遠隔ロックを施して、召喚の魔道具を使用禁止にしたのだ。

「我は昔、先人から様々な魔道具の破棄をするように命じられた。それらの魔道具はすべて強力で危険なものばかりだったからだ。しかし、その命令は使役の魔道具を持たぬ者からの指示だった。そのことに気づいていなかった先人共に、我はあえて従ったふりをして魔道具の破棄をせず、棲処に隠した」

召喚の魔道具や人体発火装置、そしてこれまでにバルゴがわたし達を攻撃する時に使用した魔道具は火の精霊が提供したものらしい。
バルゴが個人でこんな危険な魔道具類を所有していたとは思えなかったし、かつてアキムも『召喚の魔道具ははるか昔に破棄されたはず』と言っていたにもかかわらず、現存していた理由がようやく判明した。

「そして、棲処の残した魔道具の中に送還の魔道具がある」
「送還の魔道具・・・」

わたしはその魔道具の名前を聞き、脊髄反射的に復唱した。
送還の魔道具は召喚の魔道具と対になる魔道具であり、わたしが地球に帰る道を作ることができる魔道具だ。
それがまだ現存している。
わたしは息を呑み、火の精霊の話の続きを待った。

「我は送還の魔道具をお前達に提供しても良いと考えている。我が使うよりも、お前達が好きに調べて使えるようにしたほうが安心するだろうからな」
「それはそうだけど・・・」

火の精霊が送還の魔道具を操作して、わたしをとんでもない場所に送り出すようなことをされたりしてはたまらない。
建設的な提案はありがたいが、条件が良すぎるのがやはり不気味だ。

「帰るのはお前だけか?何ならお気に入りの人間をまとめて連れて帰るがいい」
「えっ!?」

それはさすがに想定外だった。
こっちの世界から逆に連れて行くという発想は無かった。
まあ、アレだったらアドルぐらいなら・・・とか想像したことはあるが、『お気に入りの人間をまとめて連れて行く』などと考えたことはない。
各々こちらでの生活があるだろうし、地球側にしても異世界人が大勢来たり、異世界人であることを隠したとしても言葉の通じない無国籍な人間が大量に流れ込んできては混乱するに決まっている。

「えーと、火の精霊・・・それは、その・・・わたしの事を想っての提案なのかな?つまり好きな・・・親しくなった人と離れたくなければ一緒に連れていっていいよ、みたいなこと?」
「いや、違う」

違うんかい!
いよいよ火の精霊の真意が分からなくなってきた。
ならばどういった意図でそんな提案をするのかと聞こうとしたところで、先に火の精霊が発言した。

「我はこの星の人間を皆殺しにするつもりだ。お前にとって殺されたくない人間がいるならば見逃してやるから、一緒に連れて行けばいいと言っているのだ」

それは大きすぎる爆弾発言だった。
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