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「・・・った。やってやったわ。はあ・・・はあ・・・」
王位を簒奪し、この国を奪った男、バルゴが闘技場の壁際で仰向けに倒れている。
火の精霊の魔術を退け、一瞬の隙きをついて放った渾身のゲンコツ。
それは見事にバルゴの顔面にヒットした。
火の精霊は事態をよく飲み込めていないのか、真顔でバルゴを見つめたまま動かない。
「ユリ、何してるの!トドメよ!」
サラが叫ぶ。
残心したまま動いていないのは私も同じだった。
拳にはクリーンヒットをかました感触がまだ残っている。
無論、魔力で拳をコーティングしていたので、全力で殴ったものの拳がくだけているようなことはない。
「えっと、そうね、トドメよね、うん、そうよね・・・」
・・・トドメと言われても、どうしたものか。
考えてみれば、意図的に人を殺めたことなど無い。
昔、ミライを助けるために王都の兵士を殺した事はあるものの、意識がほとんど飛んでいたので実感もない。
なので、わざわざ殺すために動くということに今更ながら抵抗がある。
今の攻撃で死んでてくれたほうがわざわざ殺しに行くという実感がなくて良いのだが・・・
とどめを刺せ、ということはやっぱり生きているのだろう。
首を落とす?それとも凍らせる?
そんな事を考えながら倒れているバルゴに向かって一歩踏み出したその時だった。
「うむ・・・なかなかやるではないか」
バルゴがそう言いながら、ゆっくりと上半身を起こした。
口元から流れる血を腕でぐいっと拭い、ニヤリと笑って見せる。
「ああ、もう、ユリが遅いから!」
「ユリはやはり甘いのじゃ。ユリらしいがの」
「うっ・・・サラちゃん、ディーネちゃん、ごめん」
正直、人殺しはしたくないけれども、千載一遇のチャンスを逃したと思うと後悔が押し寄せてくる。
バルゴは火の精霊の助けも借り、スッと立ち上がった。
治癒魔術も施されたのか、あまりダメージを残しているようにも見えない。
「あのー、いまので『KO勝ち、一本!』ってことで、わたしの勝ちってことにしません?」
「何を言っているのかわからんが、我を殺さなかったのは甘いな。絶好の機会だったぞ」
「やっぱりそうですよねえ・・・」
「ふむ・・・それにしてもだ」
バルゴはわたしが一発入れた頬と顎を撫でながら、感心したように言葉を続ける。
「勇者を名乗るのは伊達ではなかったようだな」
「最初から好きで名乗った訳じゃないですけどね。元はと言えば誰のせいですかね」
「よく修練したものだ。なかなかどうしてやりおる。純粋な魔力のぶつかり合いならば火の精霊の魔力量に引けを取らぬのではないか?」
そんなはずはない・・・と思う。
今までアフロやミネルヴァに聞いた話から推測すれば、魔力の総合力は火の精霊のほうが上だと思われる。
おまけに今のわたしにはアフロの土の精霊力が失われている。
しかし考えてみれば、ひとまず火の精霊の火球攻撃を退けることはできたし、相手が単一の魔力を使う一方で、わたしは水と風の力を使い、そこそこ多彩な攻防が可能だ。
これまでの修練と工夫で、互角に戦えているというのはあながち間違いではないのかもしれない。
「この闘技場という空間をうまく利用し、魔術を使ってみせたことも称賛に値する。魔力で壁が破壊されないことを逆手に水で満たしてみせるとはな。なかなか愉快なことをする」
「そりゃどうも」
・・・褒められすぎて気持ち悪い。
「魔力による攻撃ならいざ知らず、拳で殴られるとも思っていなかった。確かに火の精霊にとって、この狭い空間はやや戦いにくい。このまま魔力のぶつけ合いでは珍妙な奇策でまた不覚を取ってしまうかもしれんな」
「・・・何が言いたいの?負けた時の言い訳かしら?」
「いや、何ということはない。我にも矜持というものがあるのでな。女に殴られたままでは引き下がれないということよ」
「くだらない『プライド』ね」
「・・・来い、火の精霊」
承知、と短く応えた火の精霊は、バルゴに吸い取られるようにスウッと姿を消した。
その途端、バルゴ自身の魔力が大きく跳ね上がった。
「・・・火の精霊を取り込んだの!?」
「ここからが我本来の戦い方よ」
バルゴが剣を素振りする。
剣先から赤い魔力が迸る。
「ここから本気ってわけね・・・」
「我に本気を出させたのだ。誇るがよい」
剣を無造作に構えるバルゴに対し、わたしも虚式の構えを取る。
半身になり、重心が頭から真下にくるよう意識しつつ後ろに下げている右足に体重をかけ、前に出している左足はつま先で地面を軽く触る。
左手は肘を軽く曲げて前に伸ばし、指先は目の正面の位置へ。
右手は丹田の前に軽く添える。
そして全身に水の魔力による防御を強く纏わせ、迎撃の準備を整えた。
「ディーネちゃん、サラちゃん。もしも魔力攻撃が来たら防いで。わたしは直接バルゴを相手にするから」
「分かったのじゃ」
・・・相手が飛び込んでくるならば避けてカウンターを。
来ないならば隙きをついて震脚で飛び出して肘か体当たりを・・・
中国拳法の真髄を見せて差し上げるわ!
・・・まあ、高校時代にちょっと習った技を魔力で底上げして使ってるだけだけどね!
構えを取ってから十数秒。
まだお互いに動きはない。
相手の剣に対して素手では心許ないが自身の魔力防御を信じて、とにかくいつでも動ける体制を取っていた。
・・・取っていたつもりだった。
「遅い」
「いっ・・・!?」
それは瞬きをした瞬間ほどの間だったかもしれない。
わたしのすぐ目の前にバルゴがいた。
一体何が?いつのまに?そんな言葉の頭文字の悲鳴だけが口から飛び出した。
何が起きたのかは理解できなかったが、今ここで理解する必要はない。
今すぐにするべきことは、防御を固めつつ距離を取ること!
わたしは全力で地面を蹴り出し、後ろへ飛び退いた。
慌てて退いたために体制を取りそこね、その勢いのまま横向きで床を転がるはめとなった。
そのまま壁際間近まで転がったところでとまり、直ぐに上体を起こす。
バルゴの追撃に備えなければならない。
しかしバルゴは追っては来ていなかった。
「何?今、何が起き・・・ぎゃああああああああっ!痛い!痛いいいいい!んあああああっ・・・!」
「ユリ!」
ディーネがわたしに駆け寄るのが見える。
手を伸ばし、ディーネに応えようとした。
起き上がってディーネに近づきたかった。
しかし、それは叶わなかった。
わたしの左手と左足は切り落とされていた。
左手は手首の少し上から、左足は膝下から切断され、絶え間なく血が流れ続けていた。
切断された箇所は焼けるように熱く、激痛という言葉では言い表せないほどの痛みで、絶叫をやめたらそのまま意識を失うのではないかと思えた。
「ほう、痛むか。ライオット領沖で火の精霊に半身を削られたときには悲鳴の一つも上げなかったと聞いたが?」
「あっ・・・ぐあああっ・・・」
・・・それは義体だったからだよ!
答える義理は無いけど!
実際、痛みでそれどころではない。
死ななかっただけでも重畳だったと思うが、とっさに飛び退いたから左手左足だけで済んだのか、あえて狙って切られたのかは分からない。
「ディーネ、これを!」
「サラちゃん、ありがとうなのじゃ!」
サラがわたしの切り落とされた左手と左足を投げてよこした。
どうやら拾いに行ってくれていたらしい。
ありがとうという気持ちと、もっと丁重に扱えという思いがせめぎ合うが、それ以上に痛みがしんどい。
すぐさまディーネが治癒魔術で接合を始める。
痛みも徐々に和らいでいく。
「はあ・・・はあ・・・」
「ユリよ、手足は直せるが、失った血は元に戻せぬ」
「うん・・・ありがとう・・・はあ・・・」
「お前ら。治療が済むまで我が大人しく待っているとでも思うのか?」
治癒が始まってホッとしたのもつかの間、バルゴの非情な声が聞こえた。
バルゴが剣先に魔力を集めているのが見える。
・・・今攻撃されたら絶対にマズイ!
でもどうすれば・・・
その時、穏やかな風が吹いた。
そしてその風は威力を増し、暴風となって荒れ狂う。
わたし達の周囲だけを除いて。
「やらせないわよ!ほら、ディーネは治療に集中しなさい!」
「サラちゃん、頼んだのじゃ!」
サラはわたし達とバルゴの間に入り、風の魔術による結界を造り出した。
魔力による防御と風の刃による攻撃を併せ持つ、攻防一体の術だ。
多少なりともバルゴの体を切り刻み、時間を稼ぐ事ができるかもしれない。
しかしバルゴはまるでそよ風の中にでも立っているように、平然としていた。
「はあ!?なんともないってどういうことよ!?」
「我が着ているこの武具一式は、火の精霊を取り込んで魔力を高めることによって、我の身体能力を飛躍的に高めると同時に魔力による攻撃を無効にする魔道具でものだ」
「はあ!?聞いてないわよ!そんなのずるいじゃないの!」
「今言った。さて、風の精霊よ。どこまで抗えるかな?」
「これだから・・・これだから火の精霊は嫌いなのよっ!」
バルゴはスルスルと暴風の中を進み、サラに近づいて剣を振り下ろした。
サラは魔力の防御を集中し、なんとか剣を食い止める。
「んぎぎぎぎ・・・」
「ほう、さすがは風の大精霊。なかなかやりおる」
バルゴの剣圧をサラが止め続ける。
サラが必死に魔力を放出して防いでいる一方で、バルゴは余裕綽々の様相だ。
まるで子供をあしらうかのように、風の精霊の相手をしている。
「ディーネちゃん・・・わたし達も加勢に・・・・」
「駄目じゃ。まだ治癒が終わっておらぬのじゃ。それに・・・」
「・・・それに?」
「・・・なんでもないのじゃ」
・・・ディーネが言いかけたことは何となく分かる気がする。
認めたくないけど。
その時、風の結界が消滅した。
サラは肩で息をしている。
サラにはもう結界を維持できるほどの魔力が無くなったということだ。
それでもサラは退かず、バルゴの真正面に立ちふさがっていた。
「そこまでだな、風の精霊」
「何言ってるの・・・まだよ、まだなんだから・・・」
「いや、終わりだよ」
バルゴが懐に手を入れ、何かを取り出した。
それは見覚えのある魔道具だった。
「・・・駄目、サラちゃん、逃げて!」
「遅い」
バルゴが取り出した魔道具、それはアフロを閉じ込めたものと同じ、あの水晶玉のような魔道具だった。
サラの姿は一瞬で消え失せ、水晶玉に取り込まれてしまった。
それと同時に、わたしの中から風の魔力が消えていくのも感じた。
「ああっ・・・サラちゃん・・・サラちゃ・・・」
「ユリ、しっかりするのじゃ!」
魔力は生命力や活力にもなる重要な要素だ。
重傷を負い大量の血を失ったわたしにとって、急激な魔力の欠損が身体に与えた影響は大きかった。
わたしは体を支える力も無くなり、ズルズルと床に突っ伏した。
「・・・降参なのじゃ。妾はどうなってもよい。ユリの命は助けてほしいのじゃ」
薄らいでいく意識の中で最後に聞いたのは、そんなディーネの言葉だった。
王位を簒奪し、この国を奪った男、バルゴが闘技場の壁際で仰向けに倒れている。
火の精霊の魔術を退け、一瞬の隙きをついて放った渾身のゲンコツ。
それは見事にバルゴの顔面にヒットした。
火の精霊は事態をよく飲み込めていないのか、真顔でバルゴを見つめたまま動かない。
「ユリ、何してるの!トドメよ!」
サラが叫ぶ。
残心したまま動いていないのは私も同じだった。
拳にはクリーンヒットをかました感触がまだ残っている。
無論、魔力で拳をコーティングしていたので、全力で殴ったものの拳がくだけているようなことはない。
「えっと、そうね、トドメよね、うん、そうよね・・・」
・・・トドメと言われても、どうしたものか。
考えてみれば、意図的に人を殺めたことなど無い。
昔、ミライを助けるために王都の兵士を殺した事はあるものの、意識がほとんど飛んでいたので実感もない。
なので、わざわざ殺すために動くということに今更ながら抵抗がある。
今の攻撃で死んでてくれたほうがわざわざ殺しに行くという実感がなくて良いのだが・・・
とどめを刺せ、ということはやっぱり生きているのだろう。
首を落とす?それとも凍らせる?
そんな事を考えながら倒れているバルゴに向かって一歩踏み出したその時だった。
「うむ・・・なかなかやるではないか」
バルゴがそう言いながら、ゆっくりと上半身を起こした。
口元から流れる血を腕でぐいっと拭い、ニヤリと笑って見せる。
「ああ、もう、ユリが遅いから!」
「ユリはやはり甘いのじゃ。ユリらしいがの」
「うっ・・・サラちゃん、ディーネちゃん、ごめん」
正直、人殺しはしたくないけれども、千載一遇のチャンスを逃したと思うと後悔が押し寄せてくる。
バルゴは火の精霊の助けも借り、スッと立ち上がった。
治癒魔術も施されたのか、あまりダメージを残しているようにも見えない。
「あのー、いまので『KO勝ち、一本!』ってことで、わたしの勝ちってことにしません?」
「何を言っているのかわからんが、我を殺さなかったのは甘いな。絶好の機会だったぞ」
「やっぱりそうですよねえ・・・」
「ふむ・・・それにしてもだ」
バルゴはわたしが一発入れた頬と顎を撫でながら、感心したように言葉を続ける。
「勇者を名乗るのは伊達ではなかったようだな」
「最初から好きで名乗った訳じゃないですけどね。元はと言えば誰のせいですかね」
「よく修練したものだ。なかなかどうしてやりおる。純粋な魔力のぶつかり合いならば火の精霊の魔力量に引けを取らぬのではないか?」
そんなはずはない・・・と思う。
今までアフロやミネルヴァに聞いた話から推測すれば、魔力の総合力は火の精霊のほうが上だと思われる。
おまけに今のわたしにはアフロの土の精霊力が失われている。
しかし考えてみれば、ひとまず火の精霊の火球攻撃を退けることはできたし、相手が単一の魔力を使う一方で、わたしは水と風の力を使い、そこそこ多彩な攻防が可能だ。
これまでの修練と工夫で、互角に戦えているというのはあながち間違いではないのかもしれない。
「この闘技場という空間をうまく利用し、魔術を使ってみせたことも称賛に値する。魔力で壁が破壊されないことを逆手に水で満たしてみせるとはな。なかなか愉快なことをする」
「そりゃどうも」
・・・褒められすぎて気持ち悪い。
「魔力による攻撃ならいざ知らず、拳で殴られるとも思っていなかった。確かに火の精霊にとって、この狭い空間はやや戦いにくい。このまま魔力のぶつけ合いでは珍妙な奇策でまた不覚を取ってしまうかもしれんな」
「・・・何が言いたいの?負けた時の言い訳かしら?」
「いや、何ということはない。我にも矜持というものがあるのでな。女に殴られたままでは引き下がれないということよ」
「くだらない『プライド』ね」
「・・・来い、火の精霊」
承知、と短く応えた火の精霊は、バルゴに吸い取られるようにスウッと姿を消した。
その途端、バルゴ自身の魔力が大きく跳ね上がった。
「・・・火の精霊を取り込んだの!?」
「ここからが我本来の戦い方よ」
バルゴが剣を素振りする。
剣先から赤い魔力が迸る。
「ここから本気ってわけね・・・」
「我に本気を出させたのだ。誇るがよい」
剣を無造作に構えるバルゴに対し、わたしも虚式の構えを取る。
半身になり、重心が頭から真下にくるよう意識しつつ後ろに下げている右足に体重をかけ、前に出している左足はつま先で地面を軽く触る。
左手は肘を軽く曲げて前に伸ばし、指先は目の正面の位置へ。
右手は丹田の前に軽く添える。
そして全身に水の魔力による防御を強く纏わせ、迎撃の準備を整えた。
「ディーネちゃん、サラちゃん。もしも魔力攻撃が来たら防いで。わたしは直接バルゴを相手にするから」
「分かったのじゃ」
・・・相手が飛び込んでくるならば避けてカウンターを。
来ないならば隙きをついて震脚で飛び出して肘か体当たりを・・・
中国拳法の真髄を見せて差し上げるわ!
・・・まあ、高校時代にちょっと習った技を魔力で底上げして使ってるだけだけどね!
構えを取ってから十数秒。
まだお互いに動きはない。
相手の剣に対して素手では心許ないが自身の魔力防御を信じて、とにかくいつでも動ける体制を取っていた。
・・・取っていたつもりだった。
「遅い」
「いっ・・・!?」
それは瞬きをした瞬間ほどの間だったかもしれない。
わたしのすぐ目の前にバルゴがいた。
一体何が?いつのまに?そんな言葉の頭文字の悲鳴だけが口から飛び出した。
何が起きたのかは理解できなかったが、今ここで理解する必要はない。
今すぐにするべきことは、防御を固めつつ距離を取ること!
わたしは全力で地面を蹴り出し、後ろへ飛び退いた。
慌てて退いたために体制を取りそこね、その勢いのまま横向きで床を転がるはめとなった。
そのまま壁際間近まで転がったところでとまり、直ぐに上体を起こす。
バルゴの追撃に備えなければならない。
しかしバルゴは追っては来ていなかった。
「何?今、何が起き・・・ぎゃああああああああっ!痛い!痛いいいいい!んあああああっ・・・!」
「ユリ!」
ディーネがわたしに駆け寄るのが見える。
手を伸ばし、ディーネに応えようとした。
起き上がってディーネに近づきたかった。
しかし、それは叶わなかった。
わたしの左手と左足は切り落とされていた。
左手は手首の少し上から、左足は膝下から切断され、絶え間なく血が流れ続けていた。
切断された箇所は焼けるように熱く、激痛という言葉では言い表せないほどの痛みで、絶叫をやめたらそのまま意識を失うのではないかと思えた。
「ほう、痛むか。ライオット領沖で火の精霊に半身を削られたときには悲鳴の一つも上げなかったと聞いたが?」
「あっ・・・ぐあああっ・・・」
・・・それは義体だったからだよ!
答える義理は無いけど!
実際、痛みでそれどころではない。
死ななかっただけでも重畳だったと思うが、とっさに飛び退いたから左手左足だけで済んだのか、あえて狙って切られたのかは分からない。
「ディーネ、これを!」
「サラちゃん、ありがとうなのじゃ!」
サラがわたしの切り落とされた左手と左足を投げてよこした。
どうやら拾いに行ってくれていたらしい。
ありがとうという気持ちと、もっと丁重に扱えという思いがせめぎ合うが、それ以上に痛みがしんどい。
すぐさまディーネが治癒魔術で接合を始める。
痛みも徐々に和らいでいく。
「はあ・・・はあ・・・」
「ユリよ、手足は直せるが、失った血は元に戻せぬ」
「うん・・・ありがとう・・・はあ・・・」
「お前ら。治療が済むまで我が大人しく待っているとでも思うのか?」
治癒が始まってホッとしたのもつかの間、バルゴの非情な声が聞こえた。
バルゴが剣先に魔力を集めているのが見える。
・・・今攻撃されたら絶対にマズイ!
でもどうすれば・・・
その時、穏やかな風が吹いた。
そしてその風は威力を増し、暴風となって荒れ狂う。
わたし達の周囲だけを除いて。
「やらせないわよ!ほら、ディーネは治療に集中しなさい!」
「サラちゃん、頼んだのじゃ!」
サラはわたし達とバルゴの間に入り、風の魔術による結界を造り出した。
魔力による防御と風の刃による攻撃を併せ持つ、攻防一体の術だ。
多少なりともバルゴの体を切り刻み、時間を稼ぐ事ができるかもしれない。
しかしバルゴはまるでそよ風の中にでも立っているように、平然としていた。
「はあ!?なんともないってどういうことよ!?」
「我が着ているこの武具一式は、火の精霊を取り込んで魔力を高めることによって、我の身体能力を飛躍的に高めると同時に魔力による攻撃を無効にする魔道具でものだ」
「はあ!?聞いてないわよ!そんなのずるいじゃないの!」
「今言った。さて、風の精霊よ。どこまで抗えるかな?」
「これだから・・・これだから火の精霊は嫌いなのよっ!」
バルゴはスルスルと暴風の中を進み、サラに近づいて剣を振り下ろした。
サラは魔力の防御を集中し、なんとか剣を食い止める。
「んぎぎぎぎ・・・」
「ほう、さすがは風の大精霊。なかなかやりおる」
バルゴの剣圧をサラが止め続ける。
サラが必死に魔力を放出して防いでいる一方で、バルゴは余裕綽々の様相だ。
まるで子供をあしらうかのように、風の精霊の相手をしている。
「ディーネちゃん・・・わたし達も加勢に・・・・」
「駄目じゃ。まだ治癒が終わっておらぬのじゃ。それに・・・」
「・・・それに?」
「・・・なんでもないのじゃ」
・・・ディーネが言いかけたことは何となく分かる気がする。
認めたくないけど。
その時、風の結界が消滅した。
サラは肩で息をしている。
サラにはもう結界を維持できるほどの魔力が無くなったということだ。
それでもサラは退かず、バルゴの真正面に立ちふさがっていた。
「そこまでだな、風の精霊」
「何言ってるの・・・まだよ、まだなんだから・・・」
「いや、終わりだよ」
バルゴが懐に手を入れ、何かを取り出した。
それは見覚えのある魔道具だった。
「・・・駄目、サラちゃん、逃げて!」
「遅い」
バルゴが取り出した魔道具、それはアフロを閉じ込めたものと同じ、あの水晶玉のような魔道具だった。
サラの姿は一瞬で消え失せ、水晶玉に取り込まれてしまった。
それと同時に、わたしの中から風の魔力が消えていくのも感じた。
「ああっ・・・サラちゃん・・・サラちゃ・・・」
「ユリ、しっかりするのじゃ!」
魔力は生命力や活力にもなる重要な要素だ。
重傷を負い大量の血を失ったわたしにとって、急激な魔力の欠損が身体に与えた影響は大きかった。
わたしは体を支える力も無くなり、ズルズルと床に突っ伏した。
「・・・降参なのじゃ。妾はどうなってもよい。ユリの命は助けてほしいのじゃ」
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周囲からも『清』の中の『濁』だと彼のパーティー在籍を疑問視する声も多い。
素直過ぎる勇者パーティーの面々にゴウキは捻くれ者とカテゴライズされ、パーティーと意見を違えることが多く、衝突を繰り返すが常となっていた。
しかしゴウキはゴウキなりに救世の道を歩めることに誇りを持っており、パーティーを離れようとは思っていなかった。
そんなある日、ゴウキは勇者パーティーをいつの間にか追放処分とされていた。失意の底に沈むゴウキだったが、『濁』なる存在と認知されていると思っていたはずの彼には思いの外人望があることに気付く。
『濁』の存在である自分にも『濁』なりの救世の道があることに気付き、ゴウキは勇者パーティーと決別して己の道を歩み始めるが、流れに流れいつの間にか『マフィア』を率いるようになってしまい、立場の違いから勇者と争うように・・・
一方、人を疑うことのないクレア達は防波堤となっていたゴウキがいなくなったことで、悪意ある者達の食い物にされ弱体化しつつあった。
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