ポニーテールの勇者様

相葉和

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164 機会

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バルゴの掌の上で水晶玉が光っている。
その水晶玉が放つやや黄色みがかかった茶色の光は、いとしさと温かみを感じさせる。
そう思わせるのも仕方がない。
なぜならその水晶の中にはアフロが囚われているからだ。
薄ら笑いを浮かべたバルゴが水晶を指で弄ぶ。

「試してみるものだな。まさかこうもあっさりと捕まえることができたとはな」
「・・・なさいよ」
「なんだ?なんと言った?」
「アフロちゃんを返しなさいよ!」

怒号と共に、アフロを奪い返すためにバルゴに飛びかかろうとしたものの、それを察したアドルとディーネに椅子から立ち上がる前に体を押さえこまれてしまった。

「アドル、ディーネちゃん、放して!」
「駄目だ!」
「ユリ、落ち着くのじゃ」
「何でよ!アフロちゃんが奪われたのよ!取り返さなきゃ!」
「今向かっていっても無駄なのじゃ」
「じゃあどうすればいいの!・・・そうだわ。また支配し直せばアフロちゃんを取り返せるよね?・・・土の精霊よ!真の名をもってモガモガ・・・」

ディーネの羽で思いっきり口をふさがれた。
口の中にも羽先が入ってくる勢いで容赦なくバサバサされてちょっと嬉しい、もとい、むず痒い。

それからディーネはわたしの口をふさいでいた羽で、今度はわたしの頭をすっぽりと覆い包むと、小声で問いかけてきた。

「ユリよ。落ち着けと言っているのじゃ」
「何よディーネちゃん、なんで・・・」

わたしも小声で返事をする。
既に気勢をそがれてしまっているため、怒り心頭だった頭の中は落ち着きを取り戻し始めていた。

「ユリよ、今のアフロちゃんの状態では支配契約は出来ぬかもしれんのじゃ。にもかかわらず、ユリは其奴の前でアフロちゃんの真の名を言おうとした。それがどういうことか分かるかの?」
「あっ・・・」

もしも今、アフロの真の名を口にして支配契約を結ぼうとしても出来ない状態だった場合、支配に失敗した上、バルゴにアフロの真の名がバレてしまう。
そうなったらバルゴはわたしがいない所でアフロを水晶玉の魔道具から開放し、バルゴがその名を使ってアフロを支配することができてしまうだろう。

「馬鹿だ、わたし・・・取り返しのつかないことをするところだった・・・」
「落ち着いたようで何よりじゃ。わかっていると思うが、妾達の名はとても大切なものなのじゃ。どんな時でも、それだけは忘れないでほしいのじゃ」
「ディーネちゃん、ごめんなさい。本当にごめんなさい・・・」
「分かってくれれば良いのじゃ。ユリだからこそ、妾達は名をユリに託したのじゃ。アフロちゃんだって同じはずなのじゃ」

羽で頭をヨシヨシされ、わたしの頭は完全に冷静になった。

・・・アフロちゃんの魔力がなくなり、ただでさえあった戦力差がさらに開いてしまっている。
おまけにこちらは多数の人質が取られていて、それに加えてアフロちゃんも人質状態。
全然交渉できるような立場にない。
どうすりゃいいんだ?これは・・・

冷静に、最悪な現状分析できただけだった。
何でもいいから何か交渉できる材料は無いだろうか・・・

「そんなにこの精霊が大事かね?」

飛びかかり損ね、ディーネにたしなめられた様子を見ていたバルゴがわたしに問いかけてきた。
相変わらず掌の上で水晶玉を弄んでいる様子が腹立たしい。

「大事?当たり前じゃない。アフロちゃんはとても大切な仲間で、友人よ」
「ほう?そんなものかね」
「そんなものかって・・・あなただって火の精霊が大事じゃないの?」
「ただの共存関係だ。利用し、利用されている。それ以上でもそれ以下でもない。それにしてもだ・・・」

バルゴの目が細められる。
わたしだけでなく、エリザやアドルにも目を向ける。

「アーガスの抵抗運動、ニューロックの反乱、勇者の敵対。お前達にはさんざん手を焼かされた。すぐに潰してやるつもりだったのだがな」
「・・・」
「だが、お前達は抵抗し続けた。勇者はこの城から水の精霊と共に姿を消し、ニューロックで反乱勢力を立ち上げた。ならばニューロックごと攻め落としてやろうと出兵したが撃退された。まさか落星の魔道具まで退けるとは思ってもみなかった」
「落星の魔道具って、もしかしてコーラルを襲ったあの大きな火の玉の事・・・?」
「ああ。その通りだ」

あの火の玉は脅威だった。
まだ未熟だったわたしだけでは防ぎきれるものではなかったが、最終的にはなんとか凌ぐことができた。
しかしその代償は大きかった。

「そのせいでわたし達は、アキム様を失ったのよ・・・」

悲しみと同時に怒りが蘇る。
いかん、冷静冷静・・・

「その後は・・・そうだ。お前がライオット領にいるとの情報があったのでな。そこを火の精霊に襲わせた。火の精霊はお前を倒したと言ったのだが、お前はどんな手を使ったのか知らぬが生きていた。まさか火の精霊が討ち損ねるとはな。むしろ愉快に思ったわ」
「そりゃ良うござんしたね」
「つまり、所詮は精霊。精霊に任せても当てにならんということだ。互いに利用するだけ利用すればいい。精霊との間に信頼関係など要らぬ。そう思うだろう?」
「・・・思いません。精霊との信頼が無くて星を守ることなんて出来ないと思います。わたしの生まれた星には、その・・・精霊は概念的なもので、目に見えるような形で精霊が現れる事はありません。でも自然や生命には『神様』や精霊のようなものがいると言われていますし、わたし達は敬意を払い、大切にしています」
「ふん・・・敬意か」

バルゴは小馬鹿にするような物言いで吐き捨てた。
ちょっとイライラしているようにも感じる。
それからバルゴは何か考えるように目を瞑ってしばし黙り込んだ後、ひとつの提案をしてきた。

「ならば、お前の言う敬意と信頼とやらを試してみようじゃないか」
「試す?」
「お前に機会をやろう。我と一対一で戦うのだ。ああ、精霊は連れてきて構わんぞ」
「え?ええっ!?」
「我を挑む機会をやるというのだ。そのまま我を倒し、土の精霊を開放して、火の精霊を従えればお前達の望みが叶うのであろう?」
「それは・・・そうですけど」
「そうだな、城の闘技場で戦うことにしよう。お前の精霊への敬意と信頼とやらを我らに見せてみよ」
「あの・・・ちょっとだけ相談させてもらってもいいですか?」
「早くしろ。長くは待たん」

ひとまずバルゴの提案について相談するため、部屋のすみっこに陣取ってアドル達と頭をつき合わせる。

「どうします?アドル、カークさん、エリザさん」
「・・・」
「うむ、絶好の機会とも言えるが・・・」
「罠かもしれないわよ?」
「そうなんですよねえ・・・」

あーだこーだと意見を交わす。
実際、本気でバルゴがタイマンを張ってくれるという保証など無い。
だが、タイマンができるのであれば、もしかしたら勝機を見いだせるかもしれない。
わたしだって以前のわたしのままではない。
それなりに成長はしているのだ。
とはいえ・・・

「やっぱり力量の差はあると思います。でも・・・好機でもあると思います。もしも倒すことができれば・・・」
「駄目だ」
「アドル?」

相談開始からずっと黙っていたアドルが口を開いた。

「君だけを危険に晒す訳にはいかない。相手はバルゴだ。火の精霊だ。負ければ命を落とす可能性だって高い。そんな危ない目に遭わせる訳にはいかない」
「でも、アドル・・・」
「・・・オレだって分かっているんだ。もしかしたらバルゴを倒す千載一遇の機会かもしれないってことは。だけど・・・」

アドルの不安もよく分かる。
だいたいわたし自身、不安しか無いのだから。

「でもアドル。結局のところ、わたし達には何の交渉材料も無いのよね」
「それは・・・確かにそうなんだけど・・・」
「だったら乗ってみるしか無いんじゃない?」
「・・・」
「まずバルゴを屈服させる。そして火の精霊に言うことを聞かせる。それで全ての精霊を集めて星降りの儀式を行う。順番通りじゃないかしら?」
「簡単に言うなよ。簡単に勝てるような相手ではないだろう?」
「元々そういう相手だって分かってたじゃない。でも・・・そうね、アドル。アドルがわたしの勝利を信じてくれなければ勝てる気がしないわね」
「・・・ずるいよ、そんな言い方」
「ふふっ、ごめんね」

アドルのふてくされた顔に思わず笑いがこみ上げる。
アドルも釣られて少し笑い、そして大きな溜息をついた。

「分かった。だけど絶対に死なないでくれ・・・勝つと信じているけど、刺し違えて倒すなんてことはやめてくれよ。危ないと思ったら乱入してでも君を守る」
「うん、分かった。その時は守ってね。アドル」

カークとエリザは『やれやれ、それだけか』とか『若いもんはこれだから』とかボヤいている。
放っといてほしい。

わたしは立ち上がり、バルゴの方を向いた。

「相談は終わったのか?」
「ええ・・・その提案、受けます!」



「これが闘技場・・・すごいね」

フラウスに案内されて連れてこられた闘技場は、円形の大きな広間だった。
通常は騎士達が訓練したり、試合を行う場所なのだそうだ。
だだっ広い円柱状の部屋で、天井も高い。
壁も床も城の壁と同じカラーだが、よく磨かれていて美しい。

「勇者殿は中央でお待ちください。他の皆様はあちらの待機所で見学を」

アドル達はフラウスに連れられて待機所に向かった。
待機所は少し高いところに造られており、闘技場全体を一望できる感じになっている。
城内に残されたのはわたしとディーネとサラだけである。

「ディーネちゃん、サラちゃん。最初から全力で行こうと思うんだけど、いいかな?」
「構わないのじゃ」
「まあ、それしか無いんじゃない?私は火の精霊と相性が悪いからそこだけ気をつけてね」
「うん、分かった」

わたし達が作戦会議をしていると、闘技場の扉が開き、完全武装になったバルゴが入場してきた。

「待たせたな。・・・なんだ、丸腰で良いのか?」
「良いも何も、武器は取り上げられちゃったじゃないですか」
「ふむ、ならば向こうの武器庫から好きな武器を持ってきても良いぞ」
「んー・・・」

武器と言われても、わたしが普通の剣や槍を振り回してもうまく使える気がしない。
せめてニューロックで製作した『ラファルズ』や魔法剣でもあれば別なのだが。

「いえ、このままで構いません」
「そうか、後で言い訳は出来ぬからな」

・・・きっと最後は魔力勝負になるはずだし、武器なんて要らないわよ。
それに、どうせなら武器ではなくゲンコツをくれてやりたいし。

「では、始めようか。ああ、この城の壁は精霊の魔力では破壊できぬようになっている。思う存分魔力を振るうがいい」
「そういえばそうだったわね」

壁をチラッと見る。
絶対に魔力で壊れない壁ならば、何か戦闘中にうまいこと利用できるかもしれない。
そんなことを考えながらバルゴに対峙し、構えを取る。
ディーネとサラもわたしの左右で戦闘態勢を取った。
それを見たバルゴが、再び口を開く。
それと同時に、わたしの全身に強烈な悪寒が走った。
ディーネとサラも全身を震わせている。

「いでよ、火の精霊」
『心得た』

バルゴの横に、真っ赤な肌をした上半身だけの巨人が現れた。

『久しいな、異世界の者よ。今回も楽しませてもらうぞ』

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