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「これで全員分の確認が完了です。ご協力、感謝します」
「はいはい。どういたしまして!」
やけっぱち気味に返事を返すが、フラウスは表情一つ変えない。
わたしたち全員の国民証とその裏面の番号は、すべて王都側に記録されてしまった。
国民証の番号を知られてしまったということは、命を握られているのと同意である。
王都側が所有している魔道具にその数字を使うと、対象の人物は世界中のどこにいても突然発火して死ぬ。
実際に魔道具を見たわけでは無いが、この見解は間違っていないと思う。
さもなければ、今まで誰も気にすらしなかったこんな無機質な数字をわざわざ記録するはずがないのだ。
いきなり全員燃やされることは無いと思うが、生殺与奪を握られていると思うと気持ちの良いものではない。
ぶすくれながらも、とりあえず全員が城に入れるようにための登録が済むまで待つ。
やがてフラウスは兵士達に何か指示を出してから、こちらに向き直るとわたしに近づき、静かに言った。
「それでは勇者殿。王がお待ちです。私と一緒に来てください。それとこの先、王城に入って王に謁見できるのは勇者殿と、カーク殿、エリザ殿、アドル殿、そして勇者殿に協力している精霊様だけです。ご了承いただきたい」
「はあ!?」
「俺達は城に入れないのか?」
「じゃあなんで私達の国民証まで細かく確認したのよ!」
「承諾できませんな」
フラウスにそう言われ、カークの側近やアーガスのメンバーがぎゃあぎゃあと文句を言い立てる。
それもそのはず、城に入らせてもらえないのであれば国民証の登録などという名目で裏面まで確認させる必要などなかったはずだ。
「俺達も王に会わせろよ!」
「ユリさん達だけを別行動させるなんて認めないわ!」
「話が違うだろう!」
「城に入らせろよ!」
「ちょっと待って、みんな。一度落ち着いて・・・」
わたしはとりあえず一度冷静になってもらおうと皆に呼びかけてみたが、ヒートアップしているアーガスのクルー達は抗議をやめない。
・・・王都の兵士達が大勢取り囲んでいる状況で、こんなに大騒ぎしたら捕縛されちゃうかもしれない。
わたし達は丸腰なのだし、余計な騒動はマズイというのに・・・
「黙らんか、貴様ら!」
「ひいっ!?」
わたしのそばで突然発せられた大声に、思わずビクッとして変な声を出してしまったが、港湾施設一帯に響き渡るようなフラウスの怒号によって、騒ぎは一瞬で沈静化した。
フラウスは一歩前に進むと、腰の剣を抜いてアーガスのクルー達に向けた。
「貴様らは反逆者だ。直ぐに処刑されず、こうして生かされているのは王の指示によるものだ。貴様らには何も選択の余地が無いという事を今一度自覚されたい。大人しく指示に従え!」
態度も言葉遣いも威圧的になったフラウスの一喝に合わせて兵士達も武器を抜き、わたし達との距離を詰めてくる。
・・・このままではヤケになって暴発する人が出るかもしれない。
なんとかしないと・・・
そう考えたわたしは、誰かが変なことを言い出す前に会話の中心に立つことにした。
「フラウスさん、わたしはそれで構わないわ。カークさん、エリザさん、アドルもそれでいいわよね?」
「うむ、他に選択肢もないだろうからな」
カークの同意に合わせて、エリザとアドルも頷いた。
ディーネ、サラ、アフロには聞くまでもないだろう。
「勇者殿。ご理解、感謝いたします。王は勇者殿との平和的な会談を望んでおいでです。我々としても諸処、穏便に事を運びたいと考えております」
・・・さっき、わたしたちに向かって反逆者って怒鳴ったくせに。
信じられるもんですか。
でもここは大人しくしておくべきだと思う。
今はまだ、ね。
「ところでフラウスさん。わたし達以外のみんなはどうなるの?」
「この港湾施設内に宿泊所がありますのでそこで待機していただきます。自由に出歩くことはできませんが、勇者殿を含め、我々に歯向かうような素振りさえ見せなければ乱暴な真似はいたしません」
「そう、分かったわ」
「・・・どちらへ行かれるのですか?」
わたしはフラウスの言葉に頷くと同時に、皆の所に向かって歩き出していた。
そんな私の背中に向かってフラウスが声をかける。
わたしは振り向かずに答えた。
「急にみんなと別行動することになったじゃない?城に入る前に少しぐらい話をさせてよ」
「・・・手短にお願いします」
カークは自分の側近と、アドルとわたしはアーガスのクルーと話をし、互いに激励の言葉をかけた。
エリザもアーガスのクルーに声をかけた後、恋人であるホークスと抱き合い、しばしの別れを惜しんでいる。
そしてわたしは最後に、わたしにとってとても大切な人達と話をした。
「エスカ、メティスちゃん。みんなと『星の翼』号のこと、お願いね」
「ユリちゃん・・・ううっ・・・」
「ユリさん・・・必ず戻ってきてください」
エスカは今にも泣きそうな顔をしている。
メティスも心配でたまらないという表情だ。
「ふたりとも、わたしは大丈夫。必ず王と話をつけて戻ってくるから」
「・・・うん、待ってる。『星の翼』号で必ずユリちゃんを迎えに行くからね!」
「うん。頼んだ」
エスカとメティスと握手をし、その場から離れる。
もう一人、大切な子と話をするために。
「ミライちゃん。ちょっと行ってくるね。少しの間だけ待っててね」
「ユリお姉ちゃん!」
わたしは飛び込んできたミライを抱き止め、そのままきつく抱きしめた。
「絶対、絶対に戻ってくるから。怖い思いをさせちゃってごめんね!」
「・・・ミライは大丈夫なの。だからユリお姉ちゃんはお役目が終わったらちゃんと戻って来てほしいの。ミライ信じてるの」
「大丈夫よミライちゃん。ワタシ達もついてるわ」
「アフロお姉ちゃん!」
わたしがミライを抱きしめていた手を離すと、ミライはアフロの胸に飛び込んでいった。
頭がまるごとアフロの胸の谷間に沈み込む。
「アフロお姉ちゃん、ユリお姉ちゃんをよろしくお願いしますなの。ユリお姉ちゃんだけだとやっぱり心配なの」
「え、ミライちゃん?わたし頼りない!?」
・・・お姉さんの立ち位置、やっぱりアフロちゃんに取られている気がする。
ちょっとジェラシーだわ。
それからミライは再びこっちに来て、ディーネとサラを抱きしめた。
「ディーネちゃん、サラちゃん。ユリお姉ちゃんをよろしく頼みますなの!」
「うむ、心得たのじゃ」
「任せなさい!」
ディーネとサラがミライの抱擁を受けている間に、わたしはミライの父であるドルフとも話をし、これで一通りの挨拶を終えた。
「フラウスさん、お待たせしました」
「もうよろしいのですね?では参りましょう」
歩き出したフラウスの後をわたし達もついていく。
港湾施設の奥へと進む。
もう記憶から消えかけていたが、歩いているこの先には、港湾施設から城に入るための階段があったはずだ。
ん?階段?
そういえば・・・
「フラウスさん!そっちにある階段は結構長くて疲れた記憶があります。面倒なので昇降機を使わせてください。前にも使わせてもらったじゃないですか」
「ふむ・・・良いでしょう。ではこちらにどうぞ」
フラウスは階段を使うルートではなく、港湾施設から城内に直通で入ることができる昇降機の方へと進路を変えて歩き始めた。
実際、初めて階段を使って城内からここに降りてきた時はかなり疲れた。
ただしあの時はこの世界に召喚されたばかりで元々疲れていたし、寝不足でもあったせいだ。
今は元気なので別に階段でも良かったのだが、わたしにはもう一つ確認したいことがあったのだ。
昇降機に向かう通路の途中にはアレがある。
確かこのへんから・・・
「あれ?」
「勇者殿。どうしましたか?」
「いえ、確かこのへんにも通路があったはずだなーと思ったもので・・・」
初めてディーネに会った場所に続く通路。
それは壁面が青白く光る綺麗な通路で、見ればひと目でわかるはずの通路だった。
たしかこの辺にあったはずなのだが、通路らしきものは無かった。
「ああ、勇者殿。そこにあった通路でしたら、既に埋めてしまいました」
「え?埋めたですって!?」
「ええ。元々は水の精霊が好んで使っていた部屋に通じる通路だったのですが、水の精霊も逃げてしまいましたし、海に直結していた部屋でしたので、防衛の面からも潰してしまうのが得策と考え、埋めました」
「・・・」
・・・わたしとディーネちゃんが出会った場所なのに。
それ以前に、ディーネちゃんと先王が色々と語り合った思い出の場所だったのに。
そう思うと、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
もちろん、いざという時の逃げ道になるかもと思っていたのも確かではあるが、見る影もなく完全に埋めて潰されているとは思わなかった。
怒りに拳を震わせていると、ポンと肩を叩かれた。
羽根に。
「ユリよ。気にすることはないのじゃ」
「ディーネちゃん、でも・・・」
「思い出は、妾の心の中にあるのじゃ。それにユリに出会う直前のあの部屋は、孤独で退屈なだけのつまらない部屋だったのじゃ。潰してくれてせいせいしたのじゃ」
「・・・そっか。ディーネちゃんがそう言うならわたしが怒ることではないわね」
正直、完全に割り切れたわけではないし、ディーネがわたしに気を遣ってくれただけな気もするが、ディーネが気にするなというならそれ以上言うことはない。
通路のことはそれ以上触れず、わたし達は昇降機に乗り、城内へと上がった。
◇
バルゴが鎮座する玉座の元に、一人の男がやってきた。
男はバルゴに恭しく一礼し、跪く。
「陛下。叛徒共の国民証の情報、無事に入手したとのことです」
「ふむ。ご苦労だった。勇者一行は素直に国民証を出したのか?」
「いえ、多少渋りはしましたが、最終的にはこちらの指示に従って大人しく提示したようです。尚、勇者殿の国民証も既に発行されており、私が直接確認済みです。もちろん、こちらの情報も入手済みとのことです」
「そうか・・・」
バルゴは少し考えた後、男に指示を出した。
「奴らの国民証の情報を魔道士長に渡し、いつでも発動できるように準備させよ」
「はっ。・・・ではすぐに奴らを始末するのですか?」
「いや。すぐには処刑せぬ。奴らは大事な人質だ。勇者を屈服させるためのな」
「なるほど・・・承知いたしました」
「・・・どうした?処刑せぬと聞いて安堵しているように見えるが、奴らに絆されたのか?シュマー」
「まさか、そんなことはございません。陛下のご意向を正確に把握しておきたかっただけでございます。ではその時まで、港湾施設に捕らえている人質をせいぜい丁重に扱うよう、監視の兵には伝えておきましょう」
シュマーは跪いたまま顔を上げずに答えた。
「はいはい。どういたしまして!」
やけっぱち気味に返事を返すが、フラウスは表情一つ変えない。
わたしたち全員の国民証とその裏面の番号は、すべて王都側に記録されてしまった。
国民証の番号を知られてしまったということは、命を握られているのと同意である。
王都側が所有している魔道具にその数字を使うと、対象の人物は世界中のどこにいても突然発火して死ぬ。
実際に魔道具を見たわけでは無いが、この見解は間違っていないと思う。
さもなければ、今まで誰も気にすらしなかったこんな無機質な数字をわざわざ記録するはずがないのだ。
いきなり全員燃やされることは無いと思うが、生殺与奪を握られていると思うと気持ちの良いものではない。
ぶすくれながらも、とりあえず全員が城に入れるようにための登録が済むまで待つ。
やがてフラウスは兵士達に何か指示を出してから、こちらに向き直るとわたしに近づき、静かに言った。
「それでは勇者殿。王がお待ちです。私と一緒に来てください。それとこの先、王城に入って王に謁見できるのは勇者殿と、カーク殿、エリザ殿、アドル殿、そして勇者殿に協力している精霊様だけです。ご了承いただきたい」
「はあ!?」
「俺達は城に入れないのか?」
「じゃあなんで私達の国民証まで細かく確認したのよ!」
「承諾できませんな」
フラウスにそう言われ、カークの側近やアーガスのメンバーがぎゃあぎゃあと文句を言い立てる。
それもそのはず、城に入らせてもらえないのであれば国民証の登録などという名目で裏面まで確認させる必要などなかったはずだ。
「俺達も王に会わせろよ!」
「ユリさん達だけを別行動させるなんて認めないわ!」
「話が違うだろう!」
「城に入らせろよ!」
「ちょっと待って、みんな。一度落ち着いて・・・」
わたしはとりあえず一度冷静になってもらおうと皆に呼びかけてみたが、ヒートアップしているアーガスのクルー達は抗議をやめない。
・・・王都の兵士達が大勢取り囲んでいる状況で、こんなに大騒ぎしたら捕縛されちゃうかもしれない。
わたし達は丸腰なのだし、余計な騒動はマズイというのに・・・
「黙らんか、貴様ら!」
「ひいっ!?」
わたしのそばで突然発せられた大声に、思わずビクッとして変な声を出してしまったが、港湾施設一帯に響き渡るようなフラウスの怒号によって、騒ぎは一瞬で沈静化した。
フラウスは一歩前に進むと、腰の剣を抜いてアーガスのクルー達に向けた。
「貴様らは反逆者だ。直ぐに処刑されず、こうして生かされているのは王の指示によるものだ。貴様らには何も選択の余地が無いという事を今一度自覚されたい。大人しく指示に従え!」
態度も言葉遣いも威圧的になったフラウスの一喝に合わせて兵士達も武器を抜き、わたし達との距離を詰めてくる。
・・・このままではヤケになって暴発する人が出るかもしれない。
なんとかしないと・・・
そう考えたわたしは、誰かが変なことを言い出す前に会話の中心に立つことにした。
「フラウスさん、わたしはそれで構わないわ。カークさん、エリザさん、アドルもそれでいいわよね?」
「うむ、他に選択肢もないだろうからな」
カークの同意に合わせて、エリザとアドルも頷いた。
ディーネ、サラ、アフロには聞くまでもないだろう。
「勇者殿。ご理解、感謝いたします。王は勇者殿との平和的な会談を望んでおいでです。我々としても諸処、穏便に事を運びたいと考えております」
・・・さっき、わたしたちに向かって反逆者って怒鳴ったくせに。
信じられるもんですか。
でもここは大人しくしておくべきだと思う。
今はまだ、ね。
「ところでフラウスさん。わたし達以外のみんなはどうなるの?」
「この港湾施設内に宿泊所がありますのでそこで待機していただきます。自由に出歩くことはできませんが、勇者殿を含め、我々に歯向かうような素振りさえ見せなければ乱暴な真似はいたしません」
「そう、分かったわ」
「・・・どちらへ行かれるのですか?」
わたしはフラウスの言葉に頷くと同時に、皆の所に向かって歩き出していた。
そんな私の背中に向かってフラウスが声をかける。
わたしは振り向かずに答えた。
「急にみんなと別行動することになったじゃない?城に入る前に少しぐらい話をさせてよ」
「・・・手短にお願いします」
カークは自分の側近と、アドルとわたしはアーガスのクルーと話をし、互いに激励の言葉をかけた。
エリザもアーガスのクルーに声をかけた後、恋人であるホークスと抱き合い、しばしの別れを惜しんでいる。
そしてわたしは最後に、わたしにとってとても大切な人達と話をした。
「エスカ、メティスちゃん。みんなと『星の翼』号のこと、お願いね」
「ユリちゃん・・・ううっ・・・」
「ユリさん・・・必ず戻ってきてください」
エスカは今にも泣きそうな顔をしている。
メティスも心配でたまらないという表情だ。
「ふたりとも、わたしは大丈夫。必ず王と話をつけて戻ってくるから」
「・・・うん、待ってる。『星の翼』号で必ずユリちゃんを迎えに行くからね!」
「うん。頼んだ」
エスカとメティスと握手をし、その場から離れる。
もう一人、大切な子と話をするために。
「ミライちゃん。ちょっと行ってくるね。少しの間だけ待っててね」
「ユリお姉ちゃん!」
わたしは飛び込んできたミライを抱き止め、そのままきつく抱きしめた。
「絶対、絶対に戻ってくるから。怖い思いをさせちゃってごめんね!」
「・・・ミライは大丈夫なの。だからユリお姉ちゃんはお役目が終わったらちゃんと戻って来てほしいの。ミライ信じてるの」
「大丈夫よミライちゃん。ワタシ達もついてるわ」
「アフロお姉ちゃん!」
わたしがミライを抱きしめていた手を離すと、ミライはアフロの胸に飛び込んでいった。
頭がまるごとアフロの胸の谷間に沈み込む。
「アフロお姉ちゃん、ユリお姉ちゃんをよろしくお願いしますなの。ユリお姉ちゃんだけだとやっぱり心配なの」
「え、ミライちゃん?わたし頼りない!?」
・・・お姉さんの立ち位置、やっぱりアフロちゃんに取られている気がする。
ちょっとジェラシーだわ。
それからミライは再びこっちに来て、ディーネとサラを抱きしめた。
「ディーネちゃん、サラちゃん。ユリお姉ちゃんをよろしく頼みますなの!」
「うむ、心得たのじゃ」
「任せなさい!」
ディーネとサラがミライの抱擁を受けている間に、わたしはミライの父であるドルフとも話をし、これで一通りの挨拶を終えた。
「フラウスさん、お待たせしました」
「もうよろしいのですね?では参りましょう」
歩き出したフラウスの後をわたし達もついていく。
港湾施設の奥へと進む。
もう記憶から消えかけていたが、歩いているこの先には、港湾施設から城に入るための階段があったはずだ。
ん?階段?
そういえば・・・
「フラウスさん!そっちにある階段は結構長くて疲れた記憶があります。面倒なので昇降機を使わせてください。前にも使わせてもらったじゃないですか」
「ふむ・・・良いでしょう。ではこちらにどうぞ」
フラウスは階段を使うルートではなく、港湾施設から城内に直通で入ることができる昇降機の方へと進路を変えて歩き始めた。
実際、初めて階段を使って城内からここに降りてきた時はかなり疲れた。
ただしあの時はこの世界に召喚されたばかりで元々疲れていたし、寝不足でもあったせいだ。
今は元気なので別に階段でも良かったのだが、わたしにはもう一つ確認したいことがあったのだ。
昇降機に向かう通路の途中にはアレがある。
確かこのへんから・・・
「あれ?」
「勇者殿。どうしましたか?」
「いえ、確かこのへんにも通路があったはずだなーと思ったもので・・・」
初めてディーネに会った場所に続く通路。
それは壁面が青白く光る綺麗な通路で、見ればひと目でわかるはずの通路だった。
たしかこの辺にあったはずなのだが、通路らしきものは無かった。
「ああ、勇者殿。そこにあった通路でしたら、既に埋めてしまいました」
「え?埋めたですって!?」
「ええ。元々は水の精霊が好んで使っていた部屋に通じる通路だったのですが、水の精霊も逃げてしまいましたし、海に直結していた部屋でしたので、防衛の面からも潰してしまうのが得策と考え、埋めました」
「・・・」
・・・わたしとディーネちゃんが出会った場所なのに。
それ以前に、ディーネちゃんと先王が色々と語り合った思い出の場所だったのに。
そう思うと、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
もちろん、いざという時の逃げ道になるかもと思っていたのも確かではあるが、見る影もなく完全に埋めて潰されているとは思わなかった。
怒りに拳を震わせていると、ポンと肩を叩かれた。
羽根に。
「ユリよ。気にすることはないのじゃ」
「ディーネちゃん、でも・・・」
「思い出は、妾の心の中にあるのじゃ。それにユリに出会う直前のあの部屋は、孤独で退屈なだけのつまらない部屋だったのじゃ。潰してくれてせいせいしたのじゃ」
「・・・そっか。ディーネちゃんがそう言うならわたしが怒ることではないわね」
正直、完全に割り切れたわけではないし、ディーネがわたしに気を遣ってくれただけな気もするが、ディーネが気にするなというならそれ以上言うことはない。
通路のことはそれ以上触れず、わたし達は昇降機に乗り、城内へと上がった。
◇
バルゴが鎮座する玉座の元に、一人の男がやってきた。
男はバルゴに恭しく一礼し、跪く。
「陛下。叛徒共の国民証の情報、無事に入手したとのことです」
「ふむ。ご苦労だった。勇者一行は素直に国民証を出したのか?」
「いえ、多少渋りはしましたが、最終的にはこちらの指示に従って大人しく提示したようです。尚、勇者殿の国民証も既に発行されており、私が直接確認済みです。もちろん、こちらの情報も入手済みとのことです」
「そうか・・・」
バルゴは少し考えた後、男に指示を出した。
「奴らの国民証の情報を魔道士長に渡し、いつでも発動できるように準備させよ」
「はっ。・・・ではすぐに奴らを始末するのですか?」
「いや。すぐには処刑せぬ。奴らは大事な人質だ。勇者を屈服させるためのな」
「なるほど・・・承知いたしました」
「・・・どうした?処刑せぬと聞いて安堵しているように見えるが、奴らに絆されたのか?シュマー」
「まさか、そんなことはございません。陛下のご意向を正確に把握しておきたかっただけでございます。ではその時まで、港湾施設に捕らえている人質をせいぜい丁重に扱うよう、監視の兵には伝えておきましょう」
シュマーは跪いたまま顔を上げずに答えた。
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