ポニーテールの勇者様

相葉和

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158 呉越同舟

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「まさか勇者殿がそこまで悪あがきをするとは。甚だ失望しましたよ」
「諦めるなんてまっぴら御免よ。シュマーさんこそ、まさかわたしをここまで追い詰めるとは思わなかったわ。さすがは監察官、というところかしら。でも追い詰められているのはシュマーさんだって同じことよ」
「ほう・・・そういうことですか。そういうことなのですね」
「・・・どうやらお喋りが過ぎたようね。わたしとしたことが」

シュマーの挑発に乗ってうっかり口を滑らせてしまったわ。
これは感づかれたね・・・
だけどそんなの関係ない。
どのみち引く気なんて、無い!

気合を入れて強く打ち込む。
シュマーは全く動じない。

「勇者殿、さすがに強いですね。しかしその虚勢が何処まで通じるか・・・ふむ」

シュマーの動きが止まる。
危険な匂いを察したのだろうか。

「どのみち、わたしもここで引く事はできません。まあ大丈夫でしょうけれども」

シュマーがゆっくりと手を前に伸ばし、そしてそっと手を離す。

「二索!」
「ロン!」
「なっ!?なぜだ!?二索は筋ではないか!貴方には安牌のはずだ!」
「はずだ!って言われても、現物でもない筋なんて安牌でもなんでも無いわよ?筋を信用しすぎるのは初心者の悪い癖ですよ」
「くっ・・・」

沈みかけの軍船からシュマーと王都の兵士達を救出して『星の翼』号で保護してから数日。
『星の翼』号はゆっくりと王都に向けて進行していた。
『星の翼』号に乗せたシュマー達を、わたし達は賓客としてもてなしていたものの、さすがに暇を持て余しはじめたようなので、手っ取り早い解決策として麻雀を教えてみたところ、シュマー達は見事にハマった。
特にシュマーは伊達に監察官をやっておらず、頭の回転がとても早かった。
いち早くルールや戦略を覚えて、わたし達と卓を囲めるほどになっていた。
ちなみに筋というのは1・4・7、2・5・8、3・6・9といった三つ飛ばしの数字の事であり、『5が捨ててあれば2と8であがられる可能性がやや低い』といった麻雀の戦術の一つである。
もちろん、絶対ではない。
逆に狙って罠に掛けることもある。

「はい。これで逆転ですね。お疲れ様でした!」
「いやいや勇者殿。まだ夜は長いですよ。もう一戦行きましょう」
「えー、またですかあ?」
「おや、勝ち逃げですか?」

・・・シュマーさん、負けず嫌いだとは思っていたけど、筋金入りだったよ。
まあ、楽しいからいいけど。

そんなわけで、今夜の勝負も長くなりそうだった。



翌日の午後、わたしはシュマーにそろばんを見せてみた。
わたしが船に持ち込んだ私物のそろばんだ。

「ほう、これが『そろばん』という魔道具ですか」
「魔道具ではないです。ただの道具です」
「ただの道具?そんなもので計算するならば、計算機をつかえばよろしいではないですか」
「いえ、そろばんというのは個人の計算能力を上げて、ひいては脳の活性化にも繋がり・・・」

わたしはシュマーにそろばんがどのように優れているかを説明した。

・・・こうやって、昔カークさんにもそろばんの説明をしたっけ。
懐かしいな。
早くニューロックに戻ってそろばんの普及活動を再開したいわ。

しかしわたしの説明をきいてもシュマーは訝しげな表情を崩さない。
だったら実際にやってみたほうが早いだろう。
わたしはディーネにミライを呼んでくるようにお願いした。
その間に手書きでちゃちゃっと6級程度の見取り算問題を紙に書いていく。
程なくミライがやってきたので、二人にテーブルと椅子を用意し、見取り算の問題をミライとシュマーに手渡した。
ミライにはわたしのそろばんも渡した。

「シュマーさん、それは『見取り算』という計算問題です。会計処理と同じような感じで、上から順に数字を足していってください。答えは下の空欄に書いてくださいね」
「私にもそろばんをやれというのですか?」
「いえ、シュマーさんは計算機を使ってください。ミライちゃんはそろばんを使ってね。で、シュマーさんとミライちゃん、どちらが早く正確にできるか競争しましょう!」
「私がミライ殿と?こんな小さな子に負けるわけが・・・」
「ユリお姉ちゃん、こんな簡単な問題でいいの?」
「むっ?」

ミライの素朴な質問にシュマーは少し驚いた様子を見せた。
しかし同時に、それは挑発とも受け取れる言葉でもあった。
ミライは何も考えていないだろうが。

「分かりました。良いでしょう・・・計算機を」

シュマーは側近の文官から計算機を受け取り、問題の横に置いた。
ミライは問題用紙を裏返し、そろばんは問題用紙の左側に縦に置き、手を膝の上に置いて待っている。

「・・・ミライ殿、その作法は?」
「あのね、『はじめ!』の合図がかかるまではこうやって待つの」
「そうなのですか・・・分かりました」

それを聞いたシュマーもミライと同様に問題用紙を裏返し、手をそっと膝の上に置いて待つ。
めちゃくちゃ律儀だ。

「答えを全問書き終えたら『はい!』と言って手を上げてくださいね。それでは行きます・・・計算用意、始め!」

二人が同時に問題用紙を表に返し、計算に取り掛かる。
シュマーが計算機で数字を入力する作業を行う隣で、ミライがパチパチと小気味よい音を立ててそろばんを弾いていく。
シュマーが答えを書く。
ミライも負けじと答えを書く。
まるでそろばんの競技会の決勝戦を行っているような雰囲気だ。
計算機対そろばんの異種格闘技戦だけど。

「はい」
「はいっ!」

二人同時、いや、シュマーのほうが少しだけ先に終わったように見えた。

「早かったのはシュマーさんですね。では採点しますね」
「ミライ、負けちゃったの・・・」
「まだ分からないわよミライちゃん。正解数が多いほうが勝ちだからね。同点の場合は先に終わったほうの勝ちだけど」

しかし採点結果は両者全問正解であったため、勝負はシュマーの勝ちとなった。
シュマーは勝ち誇る顔をするかと思いきや、やや苦い表情を浮かべている。
ギリギリの勝負だったし、相手が子供なので素直に喜べないのかもしれない。
しかし皮肉は忘れないようだ。

「危ないところでしたが私の勝ちです。やはり計算機で十分ということでよろしいのではないですか?」
「ミライ負けちゃったの・・・ユリお姉ちゃんの手書きの字は読みにくいの」
「そこ!?」

しかし、これは『そろばんあるある』でもある。
そろばんの問題集や試験問題は、そろばん特有の数字フォントを使っている。
そのため、この数字フォントに慣れまくっている人は、手書き文字や見慣れないフォントの場合に少しやりにくいのだ。
時間制限もなく、単なる計算であればあまり問題にならないのだが、スピード競技を行う場合は特に顕著に現れる。
おまけに手書きの文字は不揃いなので余計に見づらかったのだろう。
・・・わたしの字が汚いわけじゃないけどね!
そんなわけで、ミライも普段から見慣れた数字フォントではなかったのでやりにくかったようだが、これはあくまで前哨戦だ。

わたしはもう一度、シュマーとミライに6級程度の難易度の見取り算の問題用紙を配布した。
もちろんさっきとは別の問題である。

「シュマーさん、ミライちゃん。もう一度お願いします」
「子供が勝つまでやらせる気ですか?手を抜いてさしあげましょうか?」
「いえ、そんなつもりはないですし、これで最後です。シュマーさんはまた計算機を使ってもらって構いませんよ。ただし、さっきよりも全力でやったほうがいいです。次はミライちゃんが勝つと思いますから」
「ほう?」
「そんなわけでミライちゃん。今度は『そろばんを使わずに』やっていいよ」
「分かったの!」

ミライは返事をすると、すぐさまわたしにそろばんを返した。
怪訝そうにシュマーがわたし達のやり取りを見ている。

「ミライ殿も計算機を使うのですか?」
「いえ、使いませんよ」
「では何を?」
「筆記用具だけですが」
「・・・」

シュマーは『お前は何を言っているんだ』という表情をしている。
ミライは既に問題用紙を裏返しにして待機している。

「では始めますよ。シュマーさん、準備はいいですか?」
「むっ・・・・・・お待たせした。どうぞ始めてください」

慌ててシュマーも準備を整え、手を膝において待つ。
しかしシュマーの目はミライのほうに向けられたままだ。

「では始めます。計算用意・・・始め!」

ミライが問題用紙を返すと、筆記用具を右手に握りしめ、そろばんを弾き始めた。
正しくは、空中で指を踊らせ、弾いているような素振りを見せている。
指が机を直で叩き、爪がコツコツと音を立てる。

「なっ!?ミライ殿は何をしているのですか!?そこに見えないそろばんがあるのですか!?」
「もちろん何もないですよ。まあ、意味合い的にはそうかも知れませんが。ミライちゃんには、見えないそろばんが見えているのです」
「はあ!?」

シュマーは『ちょっと何を言っているのか分からない』という表情をしている。
手も止まってしまい、ミライとわたしを交互にキョロキョロと見る。

「あの、シュマーさん。まだ競技中ですよ。ミライちゃんの気が散るので邪魔しないでくださいね」
「む、失礼した・・・」

シュマーも問題用紙のそばに計算機を置き、急いで計算を始めた。
やや出遅れる形となったが、出遅れなくても結果は同じだったろう。
シュマーが半分も終わらせないうちにミライは全ての問題の答えを書き終え、終了の声を上げた。

ミライの答えは全問正解、シュマーは遅れて終わらせたにも関わらず動揺したのか1問間違え、結果はミライの完勝となった。

「ミライ、勝ったの!」
「・・・勇者殿、ミライ殿。その・・・説明していただけますか?」

何をどう聞けばいいのか分からないのでとりあえず全部説明してくれ、という事だろうか。
たぶんそうだろう。
ミライがドヤ顔でシュマーに答えた。

「ミライ、暗算でやったの!暗算のほうが早いの!」
「『アンザン』・・・?」
「はい。ミライちゃんがやったのは暗算です。そろばんの技術は、突き詰めれば暗算を習得することなのですよ」
「・・・つまりミライ殿はその計算問題を頭の中だけで行った、ということですか?」
「その通りです。さすがシュマーさん、理解が早いですね」

そろばんを習い、そろばんの腕が上達するということは『そろばんを使って桁数の多い問題をより速く、より正確に弾く技術を身につける』ということだ。
しかしそれはそろばんの技術の一面でしかない。
そろばんを習うことの究極のゴールは『そろばんを使わずに計算ができるようになること』なのである。
言葉だけではそれこそ何を言ってるんだ状態だが『暗算ができるようになるためにそろばんを習う』と言えばわかりやすいだろう。
よく『そろばんの1級を取ったので塾をやめた』と言う人がいるが、暗算の技術が未熟であればせっかくの1級の技量がもったいないなと思う。
もちろん各個人の考え方や家庭の事情などもあるだろうが、わたし個人の意見では、そろばん検定の1級よりも、暗算検定の1級のほうが上等だと思っている。
最近はフラッシュ暗算のようなものも流行っているので、そろばんを習う生徒さん達には是非、暗算の技術習得こそ頑張ってほしいと思う。

・・・という話をできるだけ簡潔に分かりやすく、かいつまんでシュマーに説明してみた。
ちょっとわたしが暴走しすぎて今度こそ『何を言っているのか分からない』だったかもしれないが、説明が伝わっていることを期待したい。

「・・・勇者殿の熱意ある説明に圧倒されましたが、なるほど理解しました。それにしてもミライ殿は凄いですね。こんな計算を計算機も何も使わずにやってしまうとは・・・」
「ミライ、頭の中にそろばんがあるの!」
「頭の中に、ですか?」
「あー、これもそろばんあるあるなのですが、そろばんを習熟している人には、数字がそろばんの形に見えるのです」
「・・・ちょっと何を言っているのか分かりません」

・・・ついに表情だけではなく、言葉でも出てきたね。
まあ、無理もない。

例えば『72』と言われると、数字の72をそのまま思い浮かべるのではなく、そろばんに72を置いた『形』で頭に浮かぶ。
続けて『34』と言われれば、『106』が置かれたそろばんの形が自動的に思い浮かぶ。
意識などしていない、それがわたしにとって自然な数字の形なのだ。
もちろんわたしだけではなく、そろばんの熟練者達には当たり前のことなのである。

「ミライちゃんにも、それがもうできているのです。ミライちゃんは人一倍そろばんに真面目に取り組んでいますからね。今この星で一番うまい子はミライちゃんかもしれません」
「えへへー」

ミライが照れ笑いをする。
もっとも、そろばんはアフロのほうがうまいと思うが、あれは反則なので勘定には入れない。

「なるほど・・・よく分かりました。もしもこのそろばんというものが王都にも普及するようなことになったら、私の娘にも習わせてみたいと思います」
「ええ、是非!」
「そして、ミライ殿よりも上達させてみせますよ」
「シュマーさんて、本当に負けず嫌いですよね・・・」



夕食後、甲板で食休みをしていたわたしの所に、シュマーがやってきた。
わたしには護衛がわりにディーネとサラがついているので変な真似はされないと思うが、他に人の姿もないので一応警戒しつつ、シュマーの言動を待つ。

「勇者殿、今更そんなに警戒しなくても良いですよ。この船の上では我々は何もいたしません」
「一応、ここは甲板だし、油断したところで撃たれたり突き落とされたりしたらたまりませんから」
「本当に貴方がそんなことを考えているとは思えませんね。そんな相手と一緒に麻雀したりしないでしょう?」
「・・・それで、わたしに何の用ですか?」
「どうという事はありません。ただ一度、貴方と二人だけで話をしてみたいと思ったのです」

言葉の軽さとは裏腹に、シュマーは鋭い目つきでわたしの顔を見る。

「勇者殿は何を企んでいるのですか?」
「企む?」
「勇者殿だけではありません。貴方達全員ですね。私達は敵です。敵のはずです。それなのに我々を助け、その後も拘束したり監禁するどころかこの好待遇。何か企んでいると考えるのが普通です。例えば・・・密かに我々を洗脳したりしているのでは?」
「そんな怖いことしてませんから!」

・・・何を言い出すのかと思えばそんなことか。
実際、シュマーや王都の兵士達の処遇についてはカークやエリザ達とも議論した。
監禁しておくべきという意見もあった。
しかし最終的にはわたしの意見を尊重してくれたので、今のような賓客待遇で迎えることができた。
おかげさまでシュマーだけでなく、兵士の皆さんも何気に船旅を楽しんでくれているようで、こちらのメンバーと打ち解けている兵士もいる。

「私には理解のできないことです。一体どういうつもりなのか教えていただけますか?」
「んー、そりゃまあ、折角の機会なので懐柔しちゃおうって気はありましたよ。バルゴの裏をかくのに監察官が味方についていれば色々と助かりそうですし」
「そんなことを直接私に言うとは、貴方はよっぽどのお人好しですね」
「うるさいですねえ・・・自覚はありますよ。でもね、わたしの生まれた故郷では『呉越同舟』という言葉があるのです。たとえ敵対する相手であっても同じ場所に居合わせた時には仲良く協力しましょう、みたいな言葉です」
「ほう」

シュマーが目を細め、興味深そうにわたしの顔を見る。
あまりまじまじと見られると気後れするのでやめていただきたい。

「だから、その・・・短い間かもしれませんけど、せっかく一緒に行動することになったのですから、どうせなら仲良くしたいじゃないですか。それに船が沈みかけた時、あなたは娘さんに会いたいと言いましたよね。別に敵であっても同じ人間だし、家族だっているわけで、私は別にあなた個人に恨みがあるわけでもないし・・・みすみす救える命を見捨てるなんてできませんよ。救えるものなら救いたいじゃないですか」
「・・・それが自分達の首を絞めることになるとしても、ですか?」
「簡単には負けませんよ。自分達の運命は、自分達で切り開いてみせます!」

わたしの言葉にシュマーは鼻で笑い、顔を背けた。
失礼な。

「やはり貴方はお人好しのようだ。そんな事で私が手心を加えると思ったら大間違いです。とはいえ、私の役目は貴方を王の前に連れて行くことだけです。その後のことは自分達でなさってください」
「言われなくても!」

シュマーの軽い挑発じみた言葉に、わたしは笑顔を返す。
シュマーも小さく笑うと、一礼して船室へと引き上げていった。



シュマーが甲板から姿を消したところでディーネとサラが口を開いた。

「ニューロックを出発する前にユリが『監察官共を洗脳しちゃおう計画』というものを考えていたのは秘密じゃな」
「ミネルヴァがいないと難しいものね」
「ディーネちゃん、サラちゃん、シーッ!」
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