ポニーテールの勇者様

相葉和

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154 監察官

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潮風にさらされながら、わたしは船の甲板で進行方向をボケーっと眺めていた。
『星の翼』号は北に向かって海上を進んでいる。
王都からの招聘に応じ、ついにわたし達はニューロックを出発した。
船に乗っているのは王都から直々に呼び出しをかけられたメンバーが主だ。
航海は至って順調。
まずは中継地であるイスカータ領を目指し、船は爆速で進んでいた。
速度的には相当な速さが出ており、この星の高速船よりも数倍速い。
普通の船でこんな速度を出せば風も揺れも凄いはずなのだが、エスカ主導で魔改造された『星の翼』号はたいして揺れることがないばかりか、魔道具によって向い風すら緩和されている。
さながら陽の光にさらされ、穏やかな波にゆっくり揺られる小舟の上にいるかのようだった。

「何を考えているんだい?」
「ん?んー・・・何も考えてなかったかな」
「そうか・・・これ、飲むかい?」

呆けてる私の元に来たアドルは、わたしの隣に座ると果汁入りのカップをわたしに差し出してきた。

「あら、ありがと。ちょうど喉が渇いてたのを思い出したわ」
「そりゃちょうどよかった」

柑橘系の味がするジュースをクッと飲んで渇きを癒し、軽く伸びをすると少し元気が出た気がする。
そう感じるということは、わたしは今、元気がなかったのだろうか。
色々考えることが多すぎて頭が整理できていないのかもしれない。
何も考えてなかったと言うよりも、たくさんのことを同時に考えすぎて訳がわからなくなっていたようだ。

「ねえアドル、イスカータに着くのはいつだったっけ?」
「明後日だよ。早いだろ?この船」
「ふふっ、まるでアドルが作ったみたいに言うわね」
「オレも開発には関わってたからね。無関係じゃないんだぜ?」
「そっか。そうだよね。ありがとう、アドル」

アドルだけにお礼を言うのは変な気もするが、王都に向かう時間を短縮できて、その間に色々と対策や準備ができたのはかなり大きかった。

「こちらこそありがとう。これのおかげで気の持ちようが違うよ」
「まあ、やっつけだけどね・・・」

アドルが腕につけた、見た目はミサンガのような魔道具をわたしに向かって振ってみせる。
わたしもデザインは違うが、同じ魔道具を腕につけている。

「地球・・・えっと、わたしの星ではね、このミサンガが古くなって自然に切れた時に、願い事が叶うと言われているの」
「へえ、そうなんだ。でもこれは切れると困っちゃうなあ」
「そうよ。だから切れないように気をつけてね」
「そんな簡単に切れるような物ではないわよ」

いつのまにやら、甲板にアフロが来ていた。
わたし達の会話を途中から聞いていたらしい。

「アフロちゃんの言うとおりだけど、ホラ、例えば腕ごと切り落とされたりする可能性もあるわけで・・・」
「怖いことを言わないでくれ」
「あはは、ごめん。とにかく気をつけてね。で、アフロちゃん、わたし達に何か用事?」
「特に用事というわけではないわ。アナタ達が艦橋から見えたから邪魔しに来ただけよ」
「どストレートに言うわね・・・」

事あるごとにアドルにちょっかいをかけてくるアフロだが、別に本気でアドルを落とそうとしているわけではないとなんとなく分かっている。
お気に入りではあると思うが、どちらかといえば今はわたしの心配をしに来たのだろう。
なんだかんだでアフロは面倒見が良くて優しいのだ。
姉がいたらこんな感じなのかな、とふと思った。
ディーネとサラは親友、ミネルヴァは手のかかる妹という感じだろうか。
そのミネルヴァは、結局出港まで姿を現さなかった。
ミネルヴァの行き先は既にアフロから聞いているが、戻ってこれないほどにトラブっているのだろうか。

「ミッちゃん、大丈夫かな・・・」

無意識のまま、ミネルヴァへの心配が口からこぼれた。

「大丈夫よ。あの子はそそっかしいところがあるけれども、れっきとした精霊なのよ。必ず来るわ」
「・・・そうだね。もしかしたら今ごろ戻り先を間違えて変なところに行っちゃってるのかもしれないね」
「方向音痴のユリと一緒にするのは流石に可哀想よ。ミネルヴァに謝りなさい」
「ひどいよアフロちゃん!そりゃ方向音痴なのは認めますけどね!」
「認めるもなにも、ただの事実よ」

苦笑いするアドルを尻目に、その後もしばらくアフロと軽口の舌戦を続けることとなったが、間違いなくアフロの気遣いだと分かっていたのでほどほどにやり込められてやることにした。
おかげで少し重たかった気分は晴れ、いつもの調子を取り戻すことができた。



二日後、わたし達は無事にイスカータ領に到着した。
船を港に接岸して、カークとスポークとエリザ、そしてわたしとディーネとノーラが港に降り立った。
イスカータに来たのはエスカを探しに来た時以来であり、ものすごく久しぶりだ。
港そのものは特に変わりはないようだが、わたし達の目の前にいる集団はそんな懐かしい気持ちを吹き飛ばすのに十分だった。
黒ずくめの鎧で重装備をしたたくさんの兵士が、港に降りたわたし達を取り囲んでいた。
その兵士達の間から、一人の文官が歩み出る。

「ようこそ、カーク太守、そして勇者殿。お待ちしておりました。私は王都から派遣された監察官のシュマーと申します。どうぞよろしく」

シュマーと名乗った男は、オールバックの銀髪で、歳は五十代くらいにみえる。
もしかしたらもっと歳をとっているかもしれない。
笑顔で会釈しているが、目は鋭く、値踏みするようにこちらを睨んでいる。

「監察官殿、お初にお目にかかる。私がカークだ。こちらはアーガスの代表であるエリザ、そしてこちらが勇者であるユリ殿だ。監察官殿を迎えるにあたって、まずは代表たる我々が上陸したのだが・・・なかなかの歓迎ぶりに感謝しなければならぬようですな」
「いえいえ、このような辺境ではたいしたおもてなしもできず、申し訳ございません」

カークの皮肉を効かせた挨拶にも一切動じないあたり、ベテランの監察官なのだろう。

「ああ、どうぞご心配なく。こちらの兵士達は護衛とお考えください。我々はカーク太守と勇者殿を無事に王都にお連れするようにと命令を受けています。無礼を働くような事はございません」
「我々が逃げたり変な真似をしないように監視するためではないのですかな?」

カークの再びの口撃にもシュマーは動じず、笑顔を崩さない。

「ところでカーク太守」
「・・・シュマー殿。私はもう太守ではありません。カークとお呼びください」
「いえ、貴殿は今でもニューロック領の太守ですよ。解任もしておりません」
「いえ、ニューロックはもう独立を宣言しておりますので、王都の属領ではありません」
「いえ、我々はニューロックの独立など認めておりませんので、あくまで貴殿はニューロック領の太守です」
「いえ、私は・・・」
「いえ、貴殿は・・・」

カークとシュマーはどちらも主張を譲らず、話が進まない。

・・・この不毛な言い合い、いつまでやるのさ。
めんどくさいなあ・・・

「あのー、監察官さん?」
「はい、勇者殿。なんでしょう?」
「えーと、王は独立したニューロックと対等な『話し合い』をしたい、と言うことでわたし達を呼び出したと思っています。つまり属領の太守という立場ではないと思うのですが、どうなのでしょう?」
「それは違います、あくまでニューロックは属領であり・・・」
「であればカークさんやエリザさんは国家の反逆者であり、今すぐに逮捕されてもおかしくない話ですよね。なのに王は話し合いという選択肢を選びました。つまり現時点では我々の立場は保証されているはずです。王都に着くまではこちらの主張を通していただくのが道理ではありませんか?」
「・・・ふむ、対等ですか・・・」

お?
少し青筋が立ってる?
笑顔で怒れる人を見るのはこれで二度目ね。

「勇者殿、お忘れですかな?今回の会談は対等ではありませんよ。国民の命を助けて欲しければ出頭しろというこちらからの『命令』です。それをよく理解して、大人しく従ってください」
「ふーん、貴方もやっぱり知ってるんだ。王が国民の命を弄んでいる事を。人体発火事件の主犯が国家であり、王である事を。それでも王に従うんだね」
「・・・」

シュマーの青筋がみるみるうちに増えていく。
ちょっと面白い。

「・・・良いでしょう。どのみち王の御前に出るまでの短い間のことです。その間ぐらい、貴方方の戯言にお付き合いいたしましょう。私の心は広いのです」

・・・青筋を立てまくっていたくせによく言うわよ。

「ではカーク殿、とお呼びしましょう。カーク殿、早速ですが、国民証を見せていただけますか?念のため、本人確認をしておきたいのです」
「うむ・・・この通りだ」

カークは国民証を手のひらに出現させて、シュマーに提示する。
それをシュマーが手を伸ばして触れようとしたので、カークはサッと手を引っ込める。

「おや、なぜ手を引っ込めるのですか?国民証をお貸ししていただきたいのですが」
「手に取る必要はないであろう?そのまま見て確認していただきたい」
「お貸ししただけない理由でもあるのですか?」
「渡さなければいけない理由でもあるのですかな?」
「・・・ではそのままでもよろしいので、表だけではなく裏も見せていただけますか?」

・・・やっぱりシュマーは知ってるんだ。
あるいは指示されてるのかもしれない。
国民証の裏面の番号を確認するようにと。

「裏面?はて、裏面を見ても意味はないと思うのだが?」
「念のため、です」
「ふむ・・・では、どうぞ」
「・・・・・・・・カーク殿。指が邪魔なのですが」

カークは裏面を提示しているが、番号の部分を綺麗に指で隠していた。
思わず笑いそうになってしまう。

「指?ここには訳のわからない数字が書いてあるだけだが?そんなところに興味があるのかですかな?」
「・・・いえ・・・いえ、良いでしょう。ご協力、感謝します」

おや、大人しく引き下がったよ。
青筋は出てるけど。

シュマーは続けて、ここに立ち会っているエリザとスポークとノーラの国民証についても確認を行ったが、数字に固執して怪しまれないようにするためだろうか、今度は裏面まで確認しようとすることはしなかった。
確認を終えると、今度はわたしの方にやってきた。
正直、近寄られるだけで気持ち悪い。

「では最後に勇者殿。勇者殿にも国民証を提示していただきたいのですが・・・」
「はい、わたしの国民証ですね。わたしのも・・・」
「いやいや、勇者殿が国民証をお持ちではないことは存じております。しかし国民証をお持ちでない方に王都へ入る事を許可することができません。そこで、特別に、このイスカータの役所で国民証を発行する手筈を整えさせていただきました。国民証発行のために役所までご同行ください。これはお願いではなく、命令です」

シュマーの笑みが深くなる。
既にこの笑顔はわたしにとって不快以外の何物でも無くなっていた。

「さ、役所に参りましょう。ああ、発行作業は私が行いますのでご心配なく」

・・・なるほど、これが狙いだったか。
わたしの国民証を発行する時に、番号を控える作戦なのね。
その策があったからこそ、カークさん達の番号確認は諦めたのだろう。
わたしの番号さえ押さえてしまえば、わたしの命を盾にいくらでも脅迫できるだろうし。
でも残念だったわね・・・

「いえ、それには及びません。この通り、わたしも国民証を発行済みなので。どうぞ確認してください」

そう言って、わたしもカーク同様に国民証を手のひらに出現させ、シュマーに提示する。

「なっ!?そんな・・・国民証の発行は禁じているはずだ!」
「ニューロックで特別に発行してもらいましたの。わたしだけ持っていないのは仲間はずれみたいで嫌だったのです。ほほほ」
「そんなバカな!・・・カーク殿。これは重罪だ!国家反逆罪に当たることだ!勝手に国民証を発行するなど・・・」
「おや、シュマー殿。これは異なことを。我々は属領ではないと先程シュマー殿も認めたではありませんか。ですから反逆罪でもなんでもありませんよ」
「・・・・・・」

・・・すごい、シュマーさんのおでこがメロンの表面みたいになってる。

「・・・勇者殿」
「はい?あ、もう国民証の確認は終わりでいいですか?」
「念のため、やはり役所に同行いただけますか?ええ、もちろん念のためです。もしもそれが偽物であれば困りますので・・・」
「あら、いやですね、もちろん本物ですよ?ちゃんとコーラルの役所で、国民証を発行する魔道具で作ってもらったものですから」
「ですから、念のためです!本物であればもう一度発行しようとしても魔道具が『発行済み』の反応を返します。しかしそれがもしも偽物であれば、ちゃんと本物の国民証を発行できますので・・・」
「なるほど、分かりました。では行きましょうか。念のために、ですね」

そんなわけでわたし達は大勢の兵士に護衛されながら役所に行き、国民証の魔道具で発行手続きをさせられた。
そして当然ながら『発行済み』の反応が返ってきた。

シュマーのおでこは、もはや難解な迷路のようになっていた。

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