ポニーテールの勇者様

相葉和

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153 はなむけ

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王都への出発を数日後に控え、今日は午前中からカークの館の大会議室に関係者が集まっていた。
出発準備の状況報告や、現地での対応方針の確認を行うためである。
準備の進捗を確認する報告会は毎日行っているが、基本的には午後にやっていたので午前中にやることは異例ではあるが、今日は通しで全体的な確認をするとのことで朝から招集されていた。
主な確認事項は航海の準備、船の武装、個々の武装、中継地のイスカータまでの体制、イスカータで王都の監査官と合流してからの対応、王都に到着してから発生しうる事態の想定とその対策だ。

「船の武装に関しては問題ないです。『武装を解除して来い』なんていう戯言に付き合う気はありませんから」
「イスカータで合流する監査官がどんなヤツかは分かりませんが、こちらの手の内をなるべく明かさないように対処します」

各々が報告していく。
アドルは武装に関しての報告と、王城に到着してからの対策について語った。

「・・・というわけで、王都ではオレがユリと一緒に行動します。オレは城の構造に詳しいので、いざという時にはユリを連れて逃げるつもりですが、皆もユリが一人にされないように気をつけてください」
「うむ、了解した。我々が全滅したとしてもユリ殿だけは確実に逃がすように皆も頼む」
「いやいやカークさん、不吉な事を言うのはやめてくださいよ。わたしだけ生き残るなんていやですよ」

わたしがこの会談で重要な人物であることは承知しているが、一人だけ生き残るような結果だけはゴメンだ。

「まあ、むざむざ全滅するつもりはないしな。ユリ殿のほうの準備はどうだろうか?」
「わたしがやっているのは相変わらず魔力の訓練ですが、精霊達にしごかれたおかげでまた色々と習得しました。バルゴと戦いになったら刺し違えても倒してみせます」
「死なれては困るのだが・・・」
「わたしだって死にたくないので頑張りますけどね。純粋な魔力同士のぶつかり合いになりそうですし・・・城ごとぶっ壊せれば良かったんですけどねえ・・・」
「城を含む王都周辺は精霊魔力で守られていて破壊できないのじゃ」

ディーネが言う通り、王城とその近辺の土地は物理的な攻撃だけでなく、魔力で攻撃しても破壊することができない。
これはこの星の生誕時に、王族が住む堅牢な場所として王都管理区の中心部が精霊魔力によって構築されたため、王城とその周囲は魔力によって保護されているためだそうだ。
城ごとぶっ壊せるのであれば、かつでディーネが火の精霊に追い詰められた時に既に破壊していたことだろう。

「とにかく不利な状況に追い込まれないよう気をつけつつ、臨機応変に対処ですね」
「まあ、そうだな・・・国民証の解析状況はどうか?」
「エスカとメティスが必死になってやってくれていますが、まだですね。出発ギリギリまで粘ろうと思っています」

先人が作った国民証生成の魔道具はかなり高度で複雑怪奇であり、解析は難航している。
こんな時にアキムがいてくれれば、とつい思ってしまう。

「この星の住人すべての命を盾に迫ってくることは目に見えているが、何よりもまず我々の生殺与奪を掴まれることだけは避けねばならぬ。奴らは必ず我々の国民証の番号を確認しようとするだろうからな」
「それについては一応、代替案を考えています。解析が間に合わなければその方法で対処しましょう」
「うむ、分かった。よろしく頼む。次に船の武装についてだが・・・」

そんな感じで一通りの確認と、最終確認事項の洗い出しを行って本日の会議は終了となった。

「あーユリ殿、ちょっと待ってくれ」
「なんですか?カークさん」

会議室を退出しようとしたところでカークに呼び止められた。
カークは何やら封書を手に持ち、ヒラヒラさせている。

「ユリ殿、すまないがお使いを頼まれてくれないか?この書類を届けてほしいのだ」
「はあ・・・そりゃ構いませんけど」

町で一番大きなホールを持つ多目的施設に届けて欲しいと言われ、カークから封書を受け取った。

「昼食後で構わない、というか午後でないと窓口が空いていないので午後に頼む。具体的には13時半ちょうどに届けて欲しい」
「はあ、時間も決まっているんですか」

会議室に設置された置き時計に目を向けたカークから時間指定での配達を依頼された。
アフロが私の知識を元に作らせて布教した時計の文化は、このコーラルの町で既にかなり浸透していて、カークも便利に使っている。

「どのみちユリ殿は今日の午後は暇なのであろう?」
「まあ、そうですけど。よくご存知ですね?」
「ん?ああ、先程アドル殿に聞いたのでな・・・」
「はあ、そうですか」

アドルにそんな事話したっけな?と思いつつも、午後暇になったのは事実だ。
今日の午後も魔術の訓練を行う予定だったが、アフロが会議の直前に突然『今日の午後の訓練は中止。魔力の充填のためには休養も必要』と、まるで筋肉を休ませるアスリートみたいな事を言ってきた。
魔力の扱いに関してはアフロのほうが詳しいので大人しく従うことにしたため、午後の予定が空いてしまったのだった。
空いた時間でミライと遊ぼうかとも思ったのだが、ミライも朝から用事があると言っていたのでわたしは完全に暇になっていた。
とりあえずお届け物を済ませたら国民証の解析の手伝いでもしようかと考えつつ、会議室を後にした。



午後、ディーネとサラとノーラを連れて、徒歩で多目的施設に向かった。
先日の一件以降、町の人達もフレンドリーで危険も少ないため、徒歩でも安心である。

「そういえばアフロちゃんは?」

ふと、歩きながらディーネとサラに質問する。
魔術の訓練が無くなって暇になったのはわたしだけではない。
アフロも暇になっているはずだ。
まあ、またアドルにくっついて回っているような気もするけど。

「アフロちゃんならミライと出かけたのじゃ」
「え?じゃあミライちゃんの用事ってアフロちゃんとのお出かけなの!?」

・・・もしかしてアフロちゃん、訓練よりもミライちゃんとのお出かけを優先した?
魔力に休養が必要ってのはお出かけするための方便じゃあるまいな・・・

「ユリよ。アフロちゃんとミライの事は心配いらないのじゃ」
「いや、別に心配はしてないけどね。むしろ心配といえばミっちゃんのほうがよっぽど心配だけど・・・」

先日の精霊会議に欠席したミネルヴァは未だに戻ってきていない。
ここまで長期間不在になったことは今までにも無い。

「出発までには戻ってきてくれると信じてはいるけど、大丈夫かなあ?」
「そうじゃのう・・・」

ディーネとサラも詳しいことは知らないらしい。
アフロは知っていそうので、もしも出発ギリギリまで戻らなかったら聞いてみようと思う。
そんな話をしながら歩き、やがて目的の建物に到着した。
入口のすぐ横にある受付で要件を伝える。

「すみませーん、カークさんからこれを頼まれまして・・・」
「あっはい、お待ちしてました!」

受付にいた職員に封書を渡し、無事にミッションコンプリート。
しかし、とっとと帰ろうとしたところで職員に呼び止められた。

「お待ちください!すぐに案内しますので!」

・・・案内?
どこに?
てか、今、封書投げ捨てたよね?

わたしが帰ろうとするのを見た職員が慌てて立ち上がり、邪魔だと言わんばかりに手に持っていた封書をぶん投げるところをしっかりと目撃してしまった。
それほどに慌てて呼び止められるような用事なのかと訝しく思いながらも、わたし達は受付から飛び出してきた職員に連れられて、事務所横の通路を通って建物の奥へと案内された。
さらに『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉も通り抜ける。
その扉の先はまた通路になっていた。
通路にはいくつかの扉があり、それぞれ小部屋になっているようだ。
そして更に奥へと進んでいく。
建物の構造上、この先は多目的ホールと思われるが・・・

・・・つまり、ここって楽屋通路じゃね?
小部屋は舞台に上がる演者が準備するための楽屋っぽいし。
てことは、この先は・・・

予想通り、進路の先には多目的ホールの舞台袖が見えてきた。
舞台袖の先に見えるのはホール正面のステージだろう。
ステージの中央には演台のようなものが見える。
ホールからはザワザワと人の声がする。
一人や二人ではなく、大勢の声だ。

「ねえ、これ何のイベント?ディーネちゃん、サラちゃん、なんか聞いてる?」
「さあのう、妾は全然、なーんにも知らないのじゃ」
「私も!私も知らないのじゃ!」
「・・・」

・・・お前ら、絶対何か知ってるだろ。
やっぱり何か隠してない?

ディーネは羽をパサパサ、首をフリフリして落ち着かないし、サラは口調までおかしい。
舞台袖の手前まで進み、ここで少し待つようにと言われたので控えていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

「ユリ、時間通りに来たわね。待っていたわよ」
「アフロちゃん!?なんで?ここで何を・・・」
「声が大きい。静かになさい」
「・・・」

理不尽に怒られ、一度口を閉ざす。
そりゃお客さんのいるホールの舞台袖で大きな声を出すのはご法度かも知れないが、何のイベントかも知らないし、とにかく訳が分からない。
とりあえず小声で聞くことにする。

「ちょっとアフロちゃん、これ何のイベント・・・」
「皆さん、お待たせしました!」

わたしの小声は、拡声の魔道具で声を張り上げる女性の声に遮られた。
一体何が始まるというのか。

「それではこれより、第一回・ニューロックそろばん競技大会を開催します!」
「はい!?」
「ユリ、声が大きいって言ったわよね?わかる?」
「いやいや、そんな事言われたって、そろばん?競技大会!?」

競技会の開催なんて、わたしは何も聞いていない。
わたしが面食らっている間にも司会進行役が話を続ける。

「・・・では、大会開催にあたり、そろばんの技術を私達にもたらしてくれた最大の功労者である、異世界からの勇者・ユリ様をお招きしております。みなさま、盛大な拍手でお迎えください!」

お招き?
訳も分からずに連れてこられただけですけど!

司会の人が舞台袖にいるわたしに向かってチョイチョイと手招きをする。

「えっ!?えっ!?」

わたしはまだ理解が追いついていない。
実際の所、わたしもそろばんの大会を行う計画立案はしていた。
しかし、大会の開催は早くても半年後くらいを目処にと考えていたし、その準備だってまだ手をつけたばかりだった。
おまけにその後、人体発火事件や王都からの招集の話が出てきたため、計画は中断している状態だった。

ディーネとサラに脇を固められ、ステージ中央へと連行される。
キョドりながらステージ中央の演台の前に進むわたしに、会場にいる大勢の人達からたくさんの拍手を浴びせられる。

「あは、あはは・・・」

とりあえず笑顔を浮かべ、会釈して手を振ってみる。
てか、それ以外何もできない。
・・・誰か情報プリーズ!

「続いて、選手宣誓です。レオさん、お願いします!」
「はいっ!」
「・・・あっ!レオ!レオじゃない!」

進行役に呼ばれて壇上に上がってきた少年は、まぎれもなくレオだった。
レオは鐘楼に仕掛けられた爆弾に巻き込まれそうになったところを間一髪で助けた少年だ。
レオは演台の正面に立ち、まっすぐにわたしの方を見て小さく笑いかけると、小声で囁いた。

「勇者様、お久しぶりです。あなたのお陰で、僕はまだそろばんの練習を続けることができています。本当にありがとう」
「ええ・・・ええ。レオも習ってくれていたんだね・・・こちらこそ、ありがとうだよ!」

感慨深いものがこみ上げる。
あの時、レオの命を救えて本当に良かったと心の底から思った。

レオはわたしに軽く一礼してからホールの方へと向きを変え、大きな声で宣誓を始めた。

「宣誓!我々、選手一同は、勇者様が教えてくれたそろばんの技術を発展させ、これからも計算能力の向上に務めることをここに誓います!まだまた未熟な私たちですが、今日までの練習の成果をぜひ勇者様に見ていただきたいと思います!そして、これから王都に向かう勇者様に、旅の安全と、戦いの勝利と、ニューロックに無事に帰還することを願うため、この大会を勇者様に捧げます!」

拍手が会場に響き渡る。
わたしもレオに拍手を送る。

・・・わたしは今どんな顔をしているだろうか。
たぶん、間抜けな顔をしていると思う。

呆気、唖然、歓喜、感動・・・意味がわからないくらいの感情が嵐のように体の中で暴れている。

「・・・以上で開会式を終わります。それでは早速競技に移ります。係の方、まずはかけ算の問題用紙を選手の皆さんに配ってください。問題用紙を受け取った選手の皆さんは、問題用紙は裏返しのまま、始めの声がかかるまでは絶対に表にしないようにしてください。そろばんと筆記用具は机の上に準備して・・・」

改めてホールを見渡すと、整然と並べられた長机にはたくさんの人が座り、係の人が配る問題用紙を神妙に受け取っている。
大半は子供達だが、ちらほらと大人の姿も見える。
ざっと見たところ、二百人ぐらいの人が選手として来ているようだった。

「あれ?ミライちゃん?ミライちゃんじゃない?」

一番右端の列の先頭の机にチョコンと座っているのはミライだった。
裏返しになった問題用紙をじっと見つめ、手を膝の上に置いている。

・・・よく集中しているようだね。いいよ、ミライちゃん!
って、ミライちゃんの今日の用事ってこれかい!
てか、アフロがここにいた時点で気がつけよ、わたし!

「それでは始めます。かけ算の問題、制限時間は10分です・・・計算用意、始め!」

選手全員が一斉に問題を表に返し、問題に取り掛かる。
大勢が同時にそろばんを弾く心地よい音がホールに響き渡る。

・・・いいねえ、この競技会の雰囲気、たまらん!
だけど・・・

疑問は色々と解消されていない。
それにこの状況にはとても引っかかるものがある。
演台に立ったまま、考えに没頭しそうになったところでアフロに腕を引っ張られ、わたしは静かに舞台袖を通って楽屋に連れて行かれた。



「で、みんな。ちゃんとわたしに説明してくれるかな?わたしに黙って、一体何をしているのかな?」
「ユリよ。怒らないで聞いてほしいのじゃ・・・」
「ディーネちゃん、わたしは怒ってないわよ。本当に説明してもらいたいだけ」

さあ説明して、と促すわたしの前に集まっているのは、ディーネ、サラ、アフロ、ノーラ、加えてホールの職員数名と、いつの間にやら来ていたカークだ。

「さっき司会の子が言ってたでしょう?そろばんの競技大会よ」
「だからアフロちゃん、なんでそれをわたしに黙ってたのよ!」
「ユリを喜ばせるためよ。考えたのは町の人達よ」
「・・・町の人が?」
「町の人達に相談されたのだ。王都へ戦いに向かうユリに、何か力になりたいとか、恩返しがしたいと相談されたのだ」

わたしの疑問にカークが答えた。
町の人達から相談されたカークはディーネやアフロにも相談し、わたしがいつか開催したいと言っていたそろばんの大会をするのはどうか、という話になったらしい。
そこで秘密裏に準備を進め、参加者を募集して今日の開催にこぎつけたらしい。

「そういうことだったのね・・・アフロちゃんも一枚噛んでいるのであれば納得だわ」
「何が納得なのよ」
「手際の良さよ。そろばんの大会を開催するって簡単に言っても、初めてでこんなに準備も手際もうまくいくはずがない・・・わたしの記憶と知識を使えば別だけど」

わたしはそろばんの大会に参加する側だけではなく、大会準備に関してもそれなりに知っている。
父はそろばん塾を経営すると共に、いわゆる組合にも加入していた。
その組合は多くのそろばん塾が参加しており、各塾や市町村の協賛によってそろばんの大会を定期的に開催しているのだ。
そのため、大会準備の様子や裏方の仕事についてもよく知っているし、実際に手伝っていたこともある。
競技用の問題と解答の準備、競技の進行、係の手配・・・もろもろがわたしの知っている手順のとおりだった。

「ユリを驚かせようと思って当日まで秘密にしていたのよ。全然気が付かなかったでしょ?」
「そうね、サラちゃんが魔術の特訓だからと言って、わざわざニューロックの大陸の反対側まで飛んで行かされた理由がよく分かったわ」
「ちゃんと特訓もしたじゃない!」

サラに限らず、魔術の特訓と称してコーラルから遠く離れた場所にちょこちょこ連れて行かれた事を思い出す。
その隙に色々やっていたわけだ。
ネタが分かり、ちょっと力が抜けたところで楽屋の扉が勢いよく開けられた。
職員が紙の束を持って入ってくる。

「かけ算競技が終わりました!解答用紙を集めてきたので採点をお願いします!」
「はーい!」

楽屋に控えていた職員が動き出し、問題用紙を受け取って採点を始める。
集めてきた解答用紙と、答えが記載された紙を照らし合わせてマルとバツをつけ、点数を記入していく。

・・・このあたりの手順も、わたしがよく知っているものと同じだ。
きっとリハーサルもやって、採点の練習をしたんだろうな。

「はあ・・・まったくもう。そういう事なら仕方ないわね」
「何よユリ、口ぶりの割には嬉しそうじゃないの」
「サラちゃん、余計なお世話よ・・・ところで、その採点、わたしにもやらせてください!」

慣れない作業に四苦八苦している職員の手伝いをするため、わたしも採点に参加する。

「皆さん、正解しているところにマルを付ける必要はないですよ。間違っている所と空欄だけにバツをつけて、バツの数を集計するほうが早いです。それと採点が終わったものは競技番号順に並べてください。後で集計がしやすいですからね」
「ユリよ、生き生きしておるのう」
「そりゃそうよ。だって、楽しいじゃない!」

わたしは競技大会に参加することだけではなく、裏方の作業をするのも大好きだ。
誰にも理解されないかもしれないが、そろばんに携わることであれば何でも大好物である。
そんなわけでルンルンで採点をしていると、恐る恐るといった感じで一緒に採点をしている職員に声をかけられた。

「あのう、勇者様・・・」
「はい、なんでしょう?読めない数字でもありましたか?厳しい大会ではないでしょうから、なんとか読めれば正解にしてあげて良いですよ」
「いえ、そうではないのです。その・・・先程の採点の手順ですが、選手の皆さん、間違えている答えのほうが多いのです。ですから、マルの数のほうを数える手順にしてもいいですか?」
「あ・・・そうね、そうしましょう。わたしも薄々、そのほうがいいと思っていました・・・」

わたしがこの星でそろばんを布教してからまだ日が浅い。
いきなりこんな大会を開催したところで、できない子のほうが多いに決まっている。
わたしが競技大会を開催したいと思った時に、せめてあと半年後の方が良いだろうと考えていたのは、そこそこできる子達が増えてから開催したほうが良いという観点もあったためである。

・・・でもまあ、わたしのために開いてくれた大会だし、そんなことにケチをつけるつもりはないわ。
大会に参加するというのは、良い刺激と経験になるしね。

その後も引き続き、割り算、見取り算の採点を嬉々として行った。
個々の総合計点と順位付けについては職員の皆様に任せて一息ついていると、進行役の人に呼ばれたので再びステージへと向かった。

「すみません、勇者様。お呼び立てして申し訳ありません。実は採点結果が出るまでの間、ぜひ読上算を読んでいただきたいと要望がありまして・・・」
「読上算ですか?」
「突然のお願いで申し訳ないのですが、引き受けてくださると嬉しいです」
「はあ、それは構いませんけど・・・」

読上算はそろばんのオンライン授業でも既に取り入れている事なので問題ない。
まだ父のように上手にはできないが、そこそこ読めていると自負しているので、たとえホールで大勢の前であろうとも物怖じすることはない。
というわけで進行役に促されて舞台袖からステージに出て、演台へと進む。

「えー、みなさん。もうすぐ採点結果が出ると思いますが、その間、読上算を行いたいと思います。次の競技大会では読上算や、読み上げ暗算も競技種目に取り入れたいと思いますので、しっかり練習していってください。それでは行きますよー。願いましては・・・」

本来であれば読上算の問題が載っている本や紙を使って読んでいくのだが、あいにく今日は手元にない。
わたしは自分で暗算できる範囲で数字を思い浮かべ、その数字を読み上げながら自分でも頭の中で計算していく。

「・・・円なり、10245円では!・・・さて、それではできた人、挙手してください!」

ババっとたくさんの手が挙がる。
さーて、誰に答えてもらおうかなと迷っていると、突然、最前列に座っている男の子がスッと立ち上がった。

「お、積極的だね、では君に・・・」
「勇者のお姉さん!」
「んっ?」

突然の名前呼びに面食らっていると、続けてその隣の男の子が、さらに続けて女の子が立ち上がって声を張り上げる。

「僕達!」
「わたし達に!」

そして会場の選手全員が立ち上がる。

「「「そろばんを教えてくれてありがとう!」」」

これって・・・
もしかして、呼びかけ!?
またしても図ったわね・・・
これもアフロちゃんの入れ知恵じゃないの?

チラッと舞台袖を見ると、アフロがニヤニヤしている。
ヤス、やはりお前が犯人か。
その後も呼びかけは続いていく。
ニューロックを守ってくれたお礼や感謝の言葉、これから王都に向かうわたしへの激励、そして無事を祈る言葉が続く。

・・・すっごく練習したんだろうね。
わたしのために、わたしのためなんかに・・・

「・・・わたし達は、勇者様のお帰りを待っています。必ず無事に帰ってきてください!」
「勇者様、ありがとう!」
「これからもよろしく!」
「もっとそろばんを教えて!」
「頼むぜ、勇者様!」

最後は皆が好き放題に声を上げる。
会場の皆からの激励が、津波のように押し寄せる。

「・・・ずるい、ずるいよ・・・こんなんじゃ、もう読上算が読めないじゃない・・・」

感動と感激が涙となって、溢れて止まらない。
手で顔を押さえる指の隙間から涙がこぼれ落ちる。

こんなにも温かく、優しい人達に励まされるわたしは幸せ者だ。
この人達の期待に応えたい。
皆を守るために、全力で立ち向かってやる。

そう改めて心に誓った。
やがて、まだ嗚咽しているわたしに進行役が近づき、そっとハンカチを差し出してくれた。

「勇者様・・・よろしければ、皆にお言葉をくださいませんか?」
「うん・・・ひっく、はい・・・はい!」

ハンカチで涙を拭き、大きく深呼吸して心を落ち着ける。
そしてわたしは皆に向かって宣言した。

「・・・皆さん、ありがとう。わたしはまだ未熟だけど、とにかく頑張ります。皆の笑顔を守るために王都に行きます・・・王都に行って、バルゴを一発ぶん殴って言ってやるんです。『国民の命を弄ぶようなやつは王じゃない』って!・・・それから奴を倒して、今の王政をぶっ壊して、平和な星にすることをここに誓います!このポニーテールに賭けて!」



・・・その後、表彰のプレゼンターとして呼び出されるまでの間、再びドッキリを仕掛けてくれたアフロを追いかけ回した。

そして表彰式。
優秀な成績を収めた選手を順に表彰していく。
下位の成績者から名前を呼び、演台の前で賞状を渡して頑張りを労った。

「・・・それでは最後に、本大会の最優秀得点を出した選手の発表です。優勝・・・ミライさん!」
「はいっ!」

名前を呼ばれたミライがタタタっと元気よく駆けてくる。
そしてステージに設置された階段を駆け上がり、演台の前に立つ。
ミライの成績は二位にダントツの点差をつけての圧勝だった。

・・・さすが、わたしとアフロの愛弟子だね。
わたしも嬉しいよ!

互いに一礼し、ミライに賞状と優勝商品の目録を渡す。
ちなみに目録は、『ワンタッチそろばん』が製作できた時にそれと交換できるチケットだ。

「はい、ミライちゃん。優勝おめでとう。これからも頑張ってね!」
「ありがとう!ユリお姉ちゃんも頑張ってね!」
「あはは、言うねえ・・・うん、わたしも頑張るよ!」

こうして、はじめてのそろばん競技大会は無事に幕を閉じた。
第二回大会を開催するためにも、必ず生きて帰ってこようと改めて心に誓った。
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