ポニーテールの勇者様

相葉和

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151 国民証の発行手続き

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「やっとお役所に来れたの!」
「そうね。アフロちゃんのお説教、長かったもんね・・・」
「何か言ったかしら?」
「いえ、なんでも無いです・・・」

午前中に役所に行くつもりだったが、町の人達との諍いでミライに怪我を負わせてしまい、一度館に戻ることになったために時間を食ったのだが、さらにそこからアフロにめちゃくちゃ説教されてしまい、既に時間は夕方近くである。
そんなこともあったのでミライには館に残っていてもらおうとも思ったのだが、どうしてもついてきたいというので、同行者としてミライ、ディーネ、サラ、ノーラ、それに加えてお目付役としてアフロも一緒についてきている。

「心配しなくてももう大丈夫なの!町の人達はみんな味方なの!」
「まあ、そうだといいんだけれども、全員がそうだとは限らないからね」

知人や親しい人を亡くしている人の中には、頭では分かっていても気持ちに整理がついていない人だっているかもしれない。
そんな人が暴発しないとは限らない。
警戒しておく事は無駄にはならないはずだ。
そんなわけで周囲の警戒を怠ることなく役所に向かったものの心配は杞憂に終わり、町の人達からは激励の声援をいただきつつ、役所に無事に到着した。
これからここで国民証を作るのだ。
役所の扉を開けると、そこは銀行の待合室のようになっていた。
正面には窓口があり、フロアにはいくつもの椅子が設置されていて数名が座っている。
どうやら受付を済ませたら椅子に座って待ち、名前を呼ばれたら窓口に行って要件を話すというシステムらしい。
わたしも受付をするために、窓口の端にある案内カウンターに向かった。

「あのー、すみません、カークさんから依頼していただいた者です。国民証を・・・」
「はい、勇者様ですね。お待ちしておりました」
「えーと、よろしくお願いします。大変遅くなりましてすみません」
「はい、勇者様、大変お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「・・・」

・・・皮肉かな?
受付嬢の笑顔が怖い。

わたし達は待たされることなく、笑顔の張り付いた受付嬢に案内されて役所の奥に連れて行かれた。
やがて受付嬢が『許可が出るまで使用禁止!』と書かれた紙の貼ってある扉の前で立ち止まり、扉を開けて明かりをつける。
飾り気のない四畳半程度の部屋、その中央に一脚の椅子が置いてあった。
椅子の肘掛けには手を固定するかのような輪っかが、背もたれにはシートベルトのような幅広のベルトが備え付けられ、上部にはサークレットのようなものが引っ掛けてあった。

「・・・えーと、これが国民証を発行する魔道具なんですか?」
「はい、そのとおりです」
「椅子の感じからして大人用に見えますけど、国民証の発行って赤ちゃんが使用する事が多いのではないのですか?」
「生まれたばかりの赤ちゃんには魔道具の部分だけを外して使いますが、訳あって成長されてから国民証を作る方も時折いらっしゃいます。その場合はこちらの椅子に座っていただき魔道具を使用いたします。今は国民証の発行を停止しておりますし、今日は特別に勇者様だけがご利用されるという事でしたので、朝からはりきって準備してお待ちしておりました」
「えーと・・・ありがとうございます」

・・・いちいち言い方にトゲがあるような気がするが、気のせいだと思うことにしよう。
しかしこの椅子・・・ネットの資料画像とかで見たことあるヤツにそっくりなんだけど。
座って大丈夫なのかな?

わたしには海外で死刑を執行する時に使う、あの椅子にしか見えない。
だいたいなぜベルトで拘束されなければならないのだろうか。

「成長してから国民証を発行する場合、人によっては少し痛みを伴うことがあるようでして、そんな方が暴れないように落ち着いてもらうための仕組みとなっております」
「逆に落ち着けないわよ!ちょっと心の準備をさせてほしいわ・・・」
「そうですか?でもせっかく準備させていただきましたし、お時間もだいぶ遅くなってしまいましたので、できればすぐにでもご利用いただけると嬉しく思います。これは独り言でございますが、私、本日は光栄にも勇者様の国民証を発行するお役目をいただきまして、それが済みましたら今日の業務は終了の予定となっております。その後で彼氏とお出かけをする予定となっておりますが、そんな事はお気になさらずゆっくり準備なさってくださいませ」
「いえ、座ります。すぐ座ります」

電気椅子もどきの恐怖よりも全力笑顔のままの受付嬢への恐怖が勝ったわたしは、速やかに椅子に座った。
とにかく受付嬢の仕事を早く終わらせて開放してあげねばならない。
受付嬢は手慣れた手付きで椅子の拘束具をセットすると、最後にサークレットを頭の上に載せた。
このサークレットが魔道具の本体らしい。


「では行きます・・・・・・・・・・・・・・・あら?」
「・・・終わった?終わったの!?」
「いえ、その・・・失敗したようで。今までこんな事は起きたことがないのですが・・・」

そう言うと受付嬢は部屋の壁側に設置されている書籍棚に行き、紙の束を取り出してパラパラとめくり始めた。

「えーと、この魔石が光っている場合は・・・」
「えーと、すみません、わたしはどうすれば・・・」
「いいから黙って座ってていただけますか。今取扱説明書を読んでいますので」
「はい・・・」

受付嬢はどうやら取説を見てエラーの原因を調べているらしい。
やはりわたしが異世界からの人間なので国民証が発行できないせいではないだろうか。
その様子をみたミライがトコトコと近づいてくる。

「ユリお姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よミライちゃん。なんかうまくいかなかったみたい。やっぱりわたしじゃ作れないのかな?」
「あのー、勇者様?」
「はい?」

取説を抱えたままの受付嬢がわたしのそばに来て尋ねた。
笑顔の迫力が増している気がする。

「勇者様、説明書によると、魔道具が勇者様の解析に失敗したらしいのですが、なにか妨害をされたりしていませんか?」
「妨害?そんなことはしてませんし、見ての通り椅子に拘束されて身動きもできませんしし・・・」
「ユリよ」
「何?ディーネちゃん」
「魔力の防御のせいだと思うのじゃ」
「あっ」

そう言えば魔力の防御をしたままだった。
今では無意識でも魔力の防御を纏えるほどになっている。

「そのせいでその魔道具がユリの解析に失敗した可能性があるのじゃ」
「なるほどねー。でも自分でも意識せずに魔力の防御を纏えているって点は褒めてもいい所じゃ・・・」
「妨害されていたのですね?」

先程よりも一段低い声で受付嬢がわたしに問う。
受付嬢のほうにそおっと顔を向けると、そこには笑顔のまま青筋を浮かべるという器用な真似をしている受付嬢が・・・

「いえ、これは妨害のつもりではなく、その・・・」
「妨害を解除してくださいませ」
「はい・・・」

わたしは魔力の防御を解き、魔道具の影響を確実に受けられるように全身の力を抜いた。
どうにでもなれ、という思いで椅子の背もたれに身を委ねる。

「準備できました。お願いします」
「では改めて。始めますよ・・・・」
「はい・・・うひゃっ!?」

なんと表現すればいいかわからないが、全身を中から隅から隅まで触られているような感触が襲う。
痛いというよりも、こそばゆい。

「ひ・・・ひひっ!あっ!」
「もう少しです。もう少しで私が帰れますので我慢してください」
「帰れますって本音が!あはっ!」

思わず変な声が漏れてしまう。
アドルがこの場にいなくてよかった。
しばし悶え苦しんだ後、ようやく魔道具からの干渉が終わった。

「はい、無事に終了しました。おつかれさまでございました」
「はあ・・・はあ・・・ありがとう・・・ございました」
「ユリ、魔力の防御を戻しなさい」
「分かってるわよ、だけど、ちょっと待って・・・」

・・・こんなこと、二度とするもんか。

無事、装置から開放されたわたしは魔力の防御を復活させた。
とりあえず体の不調も無いし、全身を見回してみても特に問題はなさそうだ。

「勇者様、早速ですが国民証を出してみてください」
「えーと、どうすれば・・・」
「本当に手のかかる方ですね。他の方の国民証を見たことはございますよね?その形を漠然とで良いので考えながら『国民証』と言葉を念じて魔力を放出してみてください」
「今またちょっと本音が漏れたよね!?・・・とりあえずやってみます」

わたしは目を瞑り、念じてみる。

・・・国民証・・・国民証・・・出ろっ!

フワッと手から魔力が放出され、魔力がカードの形に変わっていく。
そして掌の上に国民証が現れた。

「おおっ!できた!これがわたしの国民証かあ・・・最初から住所も名前も年齢も入ってる。凄いわねえ・・・」
「本来ですと、必要事項を本人か保護者の方に予め教えていただくのですが、既にカーク様からお伺いしておりましたので、こちらで設定は済ませておきました」
「なるほど。お、裏面にも・・・」

・・・裏面にも例の数字が入ってるね。

「ユリお姉ちゃん、国民証ができてよかったの!」
「ありがとうミライちゃん。ねえ、ミライちゃんの国民証をちょっと見せてもらえる?わたしのと比べてみたいの」
「いいよ・・・はい!」
「ありがとう・・・ふむ、特に代わり映えは無いわね」

わたしが異世界人であっても、特殊な魔力の持ち主であっても国民証の形式に差異は無いようだ。
もちろん表面の個人情報や裏の数字は違うが、基本的な構成はすべて同じだった。
そういえば、住所変更とかで国民証を更新すると表面の情報は変わるが裏の数字は変わらないとの事だが、ミライは魔力を使う練習を一生懸命しており、年の割には魔力量がかなり増大している。
それにミライは大精霊のみんなと接している時間がとても長いので、魔力の紋とやらが変化している可能性だってあるかもしれない。
魔力量の変化だけでは数字が変わらなくても、魔力の質が変わっていれば数字が変わるかもしれないので本当に変わらないか一度試してみたい。
特にこの星の人と違うわたしの場合、そのへんの調整も自由にできるかもしれない。
あの魔道具を何度も使うのは嫌だけれども、実験のためなら仕方がないか・・・

「ミライちゃん、もうひとつお願いがあるのだけれども、国民証の更新をしてみてくれないかな?」
「更新?いいよ」
「それからディーネちゃん、サラちゃん、アフロちゃん。ちょっと相談なんだけれども、わたしの魔力を・・・あ、でも元の魔力を何らかの方法で数値化しないと比較のしようがないか。エスカにも相談してみようかな。つまり何がしたいかというと・・・」
「勇者様、そろそろ・・・」
「ちょっと待って、いま大事な話を・・・」
「勇・者・様」
「何・・・ひいっ!」

振り向くと、すぐ目の前に笑顔のまま大量の青筋を浮かべた受付嬢の顔があった。
唇の端はピクピクと動き、気のせいかもしれないが周囲を威圧するような魔力のオーラも感じる。

「はいっ!なんでしょう!?」
「本日の国民証の発行手続きは、カーク様から特別に勇者様のみに許可されたものです。他の方には行うことができません」
「うん、でもちょっとだけ調べたいことが・・・」
「既に発行は終わっておりますので、本日こちらで行えることはもうございません。ご用がありましたら再びカーク様の許可を頂いてから後日お越しください。もう本日は私のためにもお引き取りくださいませ」
「あの、また本音が・・・」
「お・引・取・り・く・だ・さ・い・ま・せ!」
「はいっ!」

・・・ひとまず無事にわたしの国民証は発行できたし、良しとするか。
次にやるべきことは・・・

わたしは考えを頭の中でまとめつつ、役所を後にした。



「ミライ、知ってるの。こういうの『おやくしょしごと』って言うの」
「その言葉、この星でもあるんだね・・・」
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