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141 祝勝会
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王都軍との交戦から一日が過ぎた。
ニューロックの西側を攻めてきたセントロード軍を追い払い、北側から攻め寄ってきた王都軍の主力は旗艦『星の翼』号を筆頭に、首都コーラルの戦力とアフロやサラ達の精霊の力で対抗、最終的にはわたしも合流して火の精霊を退け、敵艦隊に壊滅的なダメージを与えた。
・・・決定的なダメージは、火の精霊が召喚した巨大火の玉をそのまま敵艦隊に食らわせてやったミっちゃんのおかげだけど。
そこまでやるつもりではなかったけれども、敵が撃ってきた攻撃をそのまま利用したという結果なので自業自得よね。
その後、戦後処理をしつつ、ニューロックは全領地に向けて勝利宣言を行った。
ニューロックの戦力が高いこと、わたしが健在であることも改めて通達した。
・・・これでしばらくの間は軍事侵攻が無くなるといいな。
なお、王都からの返答や声明は一切無かった。
王都はこの戦いの結果に対してダンマリを決め込んだようだ。
一方、勝利に湧き上がるコーラルの町はお祭り騒ぎとなっていた。
もちろんカークの館でも戦勝祝賀会が開催された。
夜、大会議室を宴会場にして、館の主であるカークや側近、そしてノーラやアーガスのみんなと一緒に料理や酒を楽しみ、皆の武勇伝で盛り上がっていた。
「それで、エスカさん。火の精霊が出現するまではどうやって敵艦隊をやりこめていたの?」
「ユリちゃん、よくぞ聞いてくれました!ユリちゃん考案の『れえるがん』も凄かったけど、一番活躍したには『ぱとりおっと』かもしれないわね」
ニューロック艦隊にも『れえるがん』は搭載していた。
『れえるがん』は従来の艦砲よりもさらに射程が長く、セントロード軍との戦いでも活躍した武器だ。
さらにヘリコプターと同じようにプロペラによって飛行する『ラプター』が空から爆撃を行って敵艦隊を翻弄したそうだが、数ではニューロック軍よりも多い敵を前に、やはり一番怖いのはどこまで敵の攻撃を回避できるかだったのだろう。
パトリオット、それは地球でも名前は知れている迎撃用の武器、パトリオットミサイルの名前だ。
レーダーで敵ミサイルの飛来を検知すると、その敵ミサイルの弾道を計算して、パトリオットミサイルを敵ミサイルの弾道上に向けて発射する。
パトリオットミサイル自身にもレーダーが搭載してあり、敵ミサイルの起動に合わせて自身の向きを微調整し、敵ミサイルに着弾、もしくは着弾直前に自爆して敵ミサイルを空中で撃ち落とすというものだ。
エスカに新武器のアイデアを聞かれた時に、着想としてそんな武器があることをエスカに伝えると、エスカはそれに類する武器を作り上げ、名前はそのまま『ぱとりおっと』と命名した。
そしてその『ぱとりおっと』は敵の砲弾をことごとく撃ち落とし、味方の被害をかなり減らすことに成功したそうだ。
「敵の射程も『れえるがん』の射程には及ばなかったけれども、以前より長くなってたし、敵の数はこっちの倍以上だったから、『ぱとりおっと』が無ければ消耗戦に持ち込まれてまけてたかもしれないね」
「すごいわ、エスカ!」
「ま、それも火の精霊が出てくるまでだったけどねえ。作戦通り、すぐに逃げたわよ」
逃げることに専念させたため、逃走の時に一番被害が出たらしいが、逃げ遅れていたら更に被害は増えていただろう。
作戦に間違いはなかったと思う。
「それよりもユリちゃんよ。こっちが苦労して戦ってた敵艦隊をあっさり壊滅させちゃってさ」
「あはは・・・。あれはわたしじゃなくて、ミっちゃんのおかげなのよ」
わたしは敵艦隊壊滅の顛末をエスカに語った。
わたしもまさかそんな勝ち方になるとは思っていなかったとも。
「なので、わたしはあくまで火の精霊を牽制していただけなのよ。でもそうね・・・ねえ、ミっちゃん。あれってどんな魔術だったの?」
「うん?」
口いっぱいに肉を頬張っているミネルヴァがテーブルの向こうから振り向いた。
「あべば、べぶにばいびばももばばぐで・・・」
「・・・しゃべるのは食べてからでいいから」
精霊に食事は不要らしいのだが、普通に食べることはできるらしいし、味覚もあるそうだ。
とはいえ、そこまで食いまくる精霊を見たのはミネルヴァが初めてだったが。
「んで、あの火の玉のことよね。別になんてことないわ。あんたも知ってることよ」
「わたしも知ってる?いやいや、知らないわよ」
「知ってるわよ。あたしはあの火の玉の進行方向に、光の結界への入り口を配置しただけ」
「え?・・・でもそうすると、ああっ、そうか!」
「そ。こんな事もあろうかと、あたしは火の精霊の所に行く前に、ディーネに敵艦隊の上空を飛んでもらって、そこに光の結界を作っておいたのよ」
・・・ここにも真田さんがいたとは。
エスカと気が合うのも頷ける。
「もちろんかわりにヨルドに作った結界は解除しちゃったから、手軽には行けなくなったけどね。あっちの祝勝会に出るなら自力で飛んでいってちょうだい」
「うん。むしろそのままヨルドに火の玉を飛ばさないでくれて良かったわ・・・」
それからも各テーブルで各々の武勇伝を聞いたり、ダンスや剣舞などが披露されて祝勝会は大いに盛り上がった。
ミライもかわいらしい声で皆の前で歌を披露して、皆の心を癒やした。
「ふう・・・夜風が気持ちいい」
喧騒にちょっと疲れたわたしは、ひとりバルコニーに出て外の風を感じることにした。
雲ひとつない夜空は、たくさんの星が煌めいていた。
・・・そういえば、いつぞやにアドルと二人で夜空を眺めたっけ。
ニューロックの大陸中央付近にあるドルッケンで魔石の発掘と新武器の開発をしている時に、アドルと二人で夜道を散歩したことを思い出した。
思い返すとちょっと恥ずかしい出来事だったが、はたしてそんな思いが伝染したのか、ふと背後から声をかけられた。
「ユリ、休憩かい?」
「アドル・・・アドルも休憩?」
「ああ、夜風に当たろうかなと思って」
「ふふっ、アドルはお酒に弱いもんね」
バルコニーの手すりに肘をかけて一息ついたアドルの横顔を見る。
最初に出会った時は少し少年らしさを感じたその顔は、以前よりもずっと精悍になったような気がする。
・・・贔屓目かもしれないけど。
「でも戦いが一段落したって実感して、ようやく疲れが押し寄せてきたってのが正直なところかな」
「アドルも頑張ったもんね」
アドルは戦いが始まる前には物資の補充や装備の開発、作戦立案等を行い、戦いが始まれば旗艦『星の翼』号でエリザと一緒に戦術の指揮を行ったり『ラプター』の部隊を率いて直接戦闘にも参加していた功労者である。
ずっと気を張って働き詰めだったのだから仕方がないことだ。
「アドル、今夜はゆっくり休むと良いよ。明日は寝坊したって構わないでしょ?」
「・・・なにより、ユリが無事で本当に良かった」
「え?・・・うん。ありがと」
会話が成立しない返事をされて少し戸惑ったが、アドルがわたしに本当に言いたかったことはこれなのだと察した。
アドルは手すりに持たれていた体を起こし、わたしの正面に向き合った。
「ユリ。前にも約束したけど、オレは必ず君を守る。バルゴを倒したら、元の世界に帰るための手助けもする。改めて誓うよ」
まっすぐにわたしの瞳を見つめるアドルの目に、まるで吸い込まれるかのように一歩前に体が動いた。
よろけないよう、バルコニーの手すりを掴む。
心地よい夜風が二人の間を通り抜ける。
アドルも一歩、私に近づき、無言のまま見つめ合うその時間は、長いとも短いとも分からなかった。
祝勝会の喧騒が嘘のように静寂が二人を包む。
ふと、手すりに乗せている手の上に、アドルの手が重なる。
ほんのりと温かい掌の温度が心地よい。
恥ずかしいという気持ちよりも、安心感と高揚感が体を突き抜ける。
そして、どちらかともなく互いの顔が近づき、星の光に照らされた影が一つになっていく。
そして、唇がアドルに触れると思ったその瞬間・・・パァンという音とともに、わたしの頬が弾け飛んだ。
「え?え?」
「!?」
アドルは突然のわたしの挙動に動揺しているが、それ以上にわたしも動揺している。
少なくともアドルに平手打ちされたわけではない事だけは理解できたが、それ以外の事はすぐには理解できなかった。
が、すぐに犯人は見つかった。
「ああっ!なにやってんのよアフロ!もー、いいところだったに!」
「アフロちゃん、台無しなのじゃ」
「仕方ないでしょ・・・」
「みんな、しー!しーなの!」
「ミライ、もう遅いわ。とっくにばれてるわよ」
声だけが聞こえたが、ちょっと意識を向ければ魔力の気配で分かる。
「そこ!」
感じ取った魔力の気配を排除するように自分の魔力をバルコニーの端に向けて放出する。
そして現れたのは精霊全員とミライだった。
当然その中にアフロもいるわけで、わたしの頬を殴ったのはアフロで間違いないだろう。
「・・・すまぬユリよ。サラちゃんが言い出しっぺなのじゃ」
「ちょっと、私だけのせいじゃないでしょ!ユリとアドルがバルコニーに出るのが見えたので、面白いものが見れるかなと思ってそっと後をついていったら、ディーネ達とミライも気がついたみたいだから、せっかくなので皆で見守ろうって言っただけじゃない!」
「・・・ほう、それで?」
わたしは両指をポキポキと鳴らして、サラににじり寄った。
「えーと、ユリ、ちょっと落ち着きなさいね?・・・それで、その、私達はそっと見守るために、ミネルヴァには光の魔術でこっちの姿を隠してもらって・・・」
「あんたも風魔法でユリの背中を押したでしょ?ディーネは遮音結界で騒音を消してたし」
「せっかくなので二人の世界にしてやりたかったのじゃ。アフロちゃんが手を出したのは計算外だったのじゃ」
「・・・イラッとしてつい手が出てしまったのよ。悪かったわよ」
「アフロお姉ちゃん、めっなの!せっかく二人はいい雰囲気だったの・・・ユリお姉ちゃんがこれ以上・・・えーと、『いきおくれ』たら大変だって言ってたのに、惜しかったの」
「・・・ミライちゃん。それ、誰が言ってたのか教えてくれるかしらあ?」
「・・・ユリお姉ちゃん。ミライは用事を思い出したのでそろそろお部屋に戻ろうと思うの」
「待ちなさい、ミライちゃん。わたしとお話しましょう。ね?」
その後の祝勝会の様子については、誰も口にしたがる事はなかった。
◇
翌日、コーラル町の数カ所では火災騒ぎが起きていた。
祝勝ムードのお祭り騒ぎで悪乗りした結果、出火したものと思われたが、この時はまだそれが最悪の事態の幕開けだと知る余地はなかった。
ニューロックの西側を攻めてきたセントロード軍を追い払い、北側から攻め寄ってきた王都軍の主力は旗艦『星の翼』号を筆頭に、首都コーラルの戦力とアフロやサラ達の精霊の力で対抗、最終的にはわたしも合流して火の精霊を退け、敵艦隊に壊滅的なダメージを与えた。
・・・決定的なダメージは、火の精霊が召喚した巨大火の玉をそのまま敵艦隊に食らわせてやったミっちゃんのおかげだけど。
そこまでやるつもりではなかったけれども、敵が撃ってきた攻撃をそのまま利用したという結果なので自業自得よね。
その後、戦後処理をしつつ、ニューロックは全領地に向けて勝利宣言を行った。
ニューロックの戦力が高いこと、わたしが健在であることも改めて通達した。
・・・これでしばらくの間は軍事侵攻が無くなるといいな。
なお、王都からの返答や声明は一切無かった。
王都はこの戦いの結果に対してダンマリを決め込んだようだ。
一方、勝利に湧き上がるコーラルの町はお祭り騒ぎとなっていた。
もちろんカークの館でも戦勝祝賀会が開催された。
夜、大会議室を宴会場にして、館の主であるカークや側近、そしてノーラやアーガスのみんなと一緒に料理や酒を楽しみ、皆の武勇伝で盛り上がっていた。
「それで、エスカさん。火の精霊が出現するまではどうやって敵艦隊をやりこめていたの?」
「ユリちゃん、よくぞ聞いてくれました!ユリちゃん考案の『れえるがん』も凄かったけど、一番活躍したには『ぱとりおっと』かもしれないわね」
ニューロック艦隊にも『れえるがん』は搭載していた。
『れえるがん』は従来の艦砲よりもさらに射程が長く、セントロード軍との戦いでも活躍した武器だ。
さらにヘリコプターと同じようにプロペラによって飛行する『ラプター』が空から爆撃を行って敵艦隊を翻弄したそうだが、数ではニューロック軍よりも多い敵を前に、やはり一番怖いのはどこまで敵の攻撃を回避できるかだったのだろう。
パトリオット、それは地球でも名前は知れている迎撃用の武器、パトリオットミサイルの名前だ。
レーダーで敵ミサイルの飛来を検知すると、その敵ミサイルの弾道を計算して、パトリオットミサイルを敵ミサイルの弾道上に向けて発射する。
パトリオットミサイル自身にもレーダーが搭載してあり、敵ミサイルの起動に合わせて自身の向きを微調整し、敵ミサイルに着弾、もしくは着弾直前に自爆して敵ミサイルを空中で撃ち落とすというものだ。
エスカに新武器のアイデアを聞かれた時に、着想としてそんな武器があることをエスカに伝えると、エスカはそれに類する武器を作り上げ、名前はそのまま『ぱとりおっと』と命名した。
そしてその『ぱとりおっと』は敵の砲弾をことごとく撃ち落とし、味方の被害をかなり減らすことに成功したそうだ。
「敵の射程も『れえるがん』の射程には及ばなかったけれども、以前より長くなってたし、敵の数はこっちの倍以上だったから、『ぱとりおっと』が無ければ消耗戦に持ち込まれてまけてたかもしれないね」
「すごいわ、エスカ!」
「ま、それも火の精霊が出てくるまでだったけどねえ。作戦通り、すぐに逃げたわよ」
逃げることに専念させたため、逃走の時に一番被害が出たらしいが、逃げ遅れていたら更に被害は増えていただろう。
作戦に間違いはなかったと思う。
「それよりもユリちゃんよ。こっちが苦労して戦ってた敵艦隊をあっさり壊滅させちゃってさ」
「あはは・・・。あれはわたしじゃなくて、ミっちゃんのおかげなのよ」
わたしは敵艦隊壊滅の顛末をエスカに語った。
わたしもまさかそんな勝ち方になるとは思っていなかったとも。
「なので、わたしはあくまで火の精霊を牽制していただけなのよ。でもそうね・・・ねえ、ミっちゃん。あれってどんな魔術だったの?」
「うん?」
口いっぱいに肉を頬張っているミネルヴァがテーブルの向こうから振り向いた。
「あべば、べぶにばいびばももばばぐで・・・」
「・・・しゃべるのは食べてからでいいから」
精霊に食事は不要らしいのだが、普通に食べることはできるらしいし、味覚もあるそうだ。
とはいえ、そこまで食いまくる精霊を見たのはミネルヴァが初めてだったが。
「んで、あの火の玉のことよね。別になんてことないわ。あんたも知ってることよ」
「わたしも知ってる?いやいや、知らないわよ」
「知ってるわよ。あたしはあの火の玉の進行方向に、光の結界への入り口を配置しただけ」
「え?・・・でもそうすると、ああっ、そうか!」
「そ。こんな事もあろうかと、あたしは火の精霊の所に行く前に、ディーネに敵艦隊の上空を飛んでもらって、そこに光の結界を作っておいたのよ」
・・・ここにも真田さんがいたとは。
エスカと気が合うのも頷ける。
「もちろんかわりにヨルドに作った結界は解除しちゃったから、手軽には行けなくなったけどね。あっちの祝勝会に出るなら自力で飛んでいってちょうだい」
「うん。むしろそのままヨルドに火の玉を飛ばさないでくれて良かったわ・・・」
それからも各テーブルで各々の武勇伝を聞いたり、ダンスや剣舞などが披露されて祝勝会は大いに盛り上がった。
ミライもかわいらしい声で皆の前で歌を披露して、皆の心を癒やした。
「ふう・・・夜風が気持ちいい」
喧騒にちょっと疲れたわたしは、ひとりバルコニーに出て外の風を感じることにした。
雲ひとつない夜空は、たくさんの星が煌めいていた。
・・・そういえば、いつぞやにアドルと二人で夜空を眺めたっけ。
ニューロックの大陸中央付近にあるドルッケンで魔石の発掘と新武器の開発をしている時に、アドルと二人で夜道を散歩したことを思い出した。
思い返すとちょっと恥ずかしい出来事だったが、はたしてそんな思いが伝染したのか、ふと背後から声をかけられた。
「ユリ、休憩かい?」
「アドル・・・アドルも休憩?」
「ああ、夜風に当たろうかなと思って」
「ふふっ、アドルはお酒に弱いもんね」
バルコニーの手すりに肘をかけて一息ついたアドルの横顔を見る。
最初に出会った時は少し少年らしさを感じたその顔は、以前よりもずっと精悍になったような気がする。
・・・贔屓目かもしれないけど。
「でも戦いが一段落したって実感して、ようやく疲れが押し寄せてきたってのが正直なところかな」
「アドルも頑張ったもんね」
アドルは戦いが始まる前には物資の補充や装備の開発、作戦立案等を行い、戦いが始まれば旗艦『星の翼』号でエリザと一緒に戦術の指揮を行ったり『ラプター』の部隊を率いて直接戦闘にも参加していた功労者である。
ずっと気を張って働き詰めだったのだから仕方がないことだ。
「アドル、今夜はゆっくり休むと良いよ。明日は寝坊したって構わないでしょ?」
「・・・なにより、ユリが無事で本当に良かった」
「え?・・・うん。ありがと」
会話が成立しない返事をされて少し戸惑ったが、アドルがわたしに本当に言いたかったことはこれなのだと察した。
アドルは手すりに持たれていた体を起こし、わたしの正面に向き合った。
「ユリ。前にも約束したけど、オレは必ず君を守る。バルゴを倒したら、元の世界に帰るための手助けもする。改めて誓うよ」
まっすぐにわたしの瞳を見つめるアドルの目に、まるで吸い込まれるかのように一歩前に体が動いた。
よろけないよう、バルコニーの手すりを掴む。
心地よい夜風が二人の間を通り抜ける。
アドルも一歩、私に近づき、無言のまま見つめ合うその時間は、長いとも短いとも分からなかった。
祝勝会の喧騒が嘘のように静寂が二人を包む。
ふと、手すりに乗せている手の上に、アドルの手が重なる。
ほんのりと温かい掌の温度が心地よい。
恥ずかしいという気持ちよりも、安心感と高揚感が体を突き抜ける。
そして、どちらかともなく互いの顔が近づき、星の光に照らされた影が一つになっていく。
そして、唇がアドルに触れると思ったその瞬間・・・パァンという音とともに、わたしの頬が弾け飛んだ。
「え?え?」
「!?」
アドルは突然のわたしの挙動に動揺しているが、それ以上にわたしも動揺している。
少なくともアドルに平手打ちされたわけではない事だけは理解できたが、それ以外の事はすぐには理解できなかった。
が、すぐに犯人は見つかった。
「ああっ!なにやってんのよアフロ!もー、いいところだったに!」
「アフロちゃん、台無しなのじゃ」
「仕方ないでしょ・・・」
「みんな、しー!しーなの!」
「ミライ、もう遅いわ。とっくにばれてるわよ」
声だけが聞こえたが、ちょっと意識を向ければ魔力の気配で分かる。
「そこ!」
感じ取った魔力の気配を排除するように自分の魔力をバルコニーの端に向けて放出する。
そして現れたのは精霊全員とミライだった。
当然その中にアフロもいるわけで、わたしの頬を殴ったのはアフロで間違いないだろう。
「・・・すまぬユリよ。サラちゃんが言い出しっぺなのじゃ」
「ちょっと、私だけのせいじゃないでしょ!ユリとアドルがバルコニーに出るのが見えたので、面白いものが見れるかなと思ってそっと後をついていったら、ディーネ達とミライも気がついたみたいだから、せっかくなので皆で見守ろうって言っただけじゃない!」
「・・・ほう、それで?」
わたしは両指をポキポキと鳴らして、サラににじり寄った。
「えーと、ユリ、ちょっと落ち着きなさいね?・・・それで、その、私達はそっと見守るために、ミネルヴァには光の魔術でこっちの姿を隠してもらって・・・」
「あんたも風魔法でユリの背中を押したでしょ?ディーネは遮音結界で騒音を消してたし」
「せっかくなので二人の世界にしてやりたかったのじゃ。アフロちゃんが手を出したのは計算外だったのじゃ」
「・・・イラッとしてつい手が出てしまったのよ。悪かったわよ」
「アフロお姉ちゃん、めっなの!せっかく二人はいい雰囲気だったの・・・ユリお姉ちゃんがこれ以上・・・えーと、『いきおくれ』たら大変だって言ってたのに、惜しかったの」
「・・・ミライちゃん。それ、誰が言ってたのか教えてくれるかしらあ?」
「・・・ユリお姉ちゃん。ミライは用事を思い出したのでそろそろお部屋に戻ろうと思うの」
「待ちなさい、ミライちゃん。わたしとお話しましょう。ね?」
その後の祝勝会の様子については、誰も口にしたがる事はなかった。
◇
翌日、コーラル町の数カ所では火災騒ぎが起きていた。
祝勝ムードのお祭り騒ぎで悪乗りした結果、出火したものと思われたが、この時はまだそれが最悪の事態の幕開けだと知る余地はなかった。
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