ポニーテールの勇者様

相葉和

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139 セントロード軍との戦い

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わたしの華麗な最後通告に従うわけもなく、王都から出撃してきた艦隊はニューロックに向けて進行を続けていた。
バルゴは過日にライオット領沖で火の精霊を使ってわたしを殺したと思っているので、投影の魔道具に映し出されたわたしが本物だと信じていないのかもしれない。
相手がどう考えているかは知らないが、敵の艦隊がニューロックに迫ってきているのであれば、わたし達も計画通りに行動することにする。

先の通信の通り、バルゴは王都の王城にいた。
つまり今回の戦いでも火の精霊は王都から自由に動けないはずだというのが我々の見解だ。
もしも火の精霊が自由に動き回れるのであれば、ニューロックで好きに暴れるなり、わたしの寝込みを襲うなりと、わたしを殺す機会などいくらでもあった。
それがなされないことが大きな理由だ。
そして、ライオット領沖でわたしが火の精霊に遭遇してやられた後、火の精霊は忽然と姿を消した。
高度な魔道具と強力な魔力を使える術者を使ったとしても、短時間だけ具現化するのが精一杯だということだ。
よって、もしも火の精霊が現れたとしても、防衛を第一にして魔力切れまで時間を稼ぐなり、魔道具を見つけて破壊することで火の精霊は消えるはず。
その間に総力を上げて敵の艦隊を全滅させる。
それが今回の戦いの基本方針である。

「なあ、ユリ。今回も一人で大丈夫かい?」
「なに、アドル。心配してくれるの?ありがとう。嬉しいわ」
「そんなの・・・当たり前だろ」

アドルがそっぽを向いて照れ隠ししている。
ニューロックに戻ってから、日中はお互いにやらなければいけない事があるのでなかなか顔を合わせられなかったが、夕食時や、夜の自由時間では一緒の時間を過ごすことができた。
もっとも、ディーネやアフロ達もついてくるので二人きりという訳にはなかなかいかなかったが。

・・・早く平和な星にしたいね。
もっとゆっくり、平穏な時間を過ごしたい。

「大丈夫よ、アドル。それに一人じゃないわ。ディーネちゃんも一緒だし、向こうには警備隊の皆さんだっているし。むしろアドルは敵の本体側を受け持つんだから、こっちのほうが心配かな」
「おっ、言ってくれるね。新しい武器も量産したし、それにこっちにはアフロさん達もいる。しっかり撃退してやるから任せてくれ」
「あー、わたしよりアフロちゃんのほうが頼りになるんだ。ふーん」
「いや、そういう意味じゃなくて・・・」

アドルが困惑した表情を浮かべて弁解する。
周りの人達も生暖かい目でわたし達のやりとりを見ている。
アドルがそんなつもりで言ったのでは無いことぐらい分かっているが、こんな軽口がすごく楽しい。

・・・温かいな。
ずっとみんなと一緒にいたい。

「アドルの言う通りよ。ユリよりワタシのほうが頼りになるのよ。わかったでしょ?」
「ちょっ、アフロちゃん。別にアドルはそんなつもりで言ったんじゃなくて・・・」
「ユリが最初にアドルの言を責めたのではなくて?」
「うぐぐ・・・」

今度はわたしの言が逆手に取られてしまった。

「・・・ユリ殿、アドル殿。いつまでもじゃれ合ってないで、準備を頼む」
「はーい、カークさん。では、わたしとディーネちゃんはヨルドに行ってきますね」
「うむ、よろしく頼む。西岸警備隊長のルークには連絡済みだ」

ヨルドはニューロックの西岸の町で、西海岸の海上警備を行っている都市でもある。
わたしとディーネは西海岸の防衛のため、二人でヨルドに向かうのだ。
サラ、アフロ、ミネルヴァは王都の艦隊と対峙するため、コーラルに残る。

「サラちゃん。もしも火の精霊が現れたらすぐに連絡してね」
「そっちもよ。すぐに連絡しなさいよ」
「うん、もちろん!」

サラに教わった風の魔術による遠距離通話。
これによってすぐに互いに連絡がとれる。
送る相手はサラではなくても良いが、その場合はこちらから一方的に声を届けるだけになるし、その魔術を知らない人にとっては突然声が聞こえる怪奇現象でしかないので、サラやアフロに送るのが無難なのだ。

「じゃあディーネちゃん、行こっか」
「うむ、承知したのじゃ」

ヨルドは西海岸の北側。
地球のオーストラリアに照らし合わせると・・・何処なんだろ?
南側だったらパースという都市があったと思うけど、北側はわたしの知識の中には無かった。
とりあえずヨルドはそこそこ大きな港湾都市だというので行けば分かると思う。
・・・方角にはあまり自信がないのでナビはディーネちゃんに任せるけど。

距離はコーラルから約五百キロ。
わたしとディーネが全力で飛べば半日もかからない距離だ。
皆に手を振り、わたしとディーネはヨルドへと飛んだ。



「お待ちしておりました勇者殿。そして勇者殿の導き手であるディーネ殿。お会いできて光栄です」
「はい・・・こちらこそ・・・」
「うむ。妾はディーネちゃんじゃ。よろしく頼むのじゃ」

ヨルドの町に到着し、防衛部隊が集まっているという港湾地域の防衛拠点に赴くと、警備隊長のルークを筆頭に、全兵士が跪いてわたしを迎えた。
正直、ドン引きしている。

「えーと、あの、ルークさん。ぜひ普通に・・・」
「勇者殿の来訪で我々も士気が上がりました。勇者殿は我々が必ずお守りいたしますので、どうかご安心を」
「いやいや、むしろわたしも前線に立つつもりですし。そのために来たのですから・・・」
「私の娘をはじめ、この町では勇者殿が力を入れている『そろばん』の技術習得に励んでいる者も多くいます。この戦いの後で、是非直接ご指導いただければ励みとなります」
「お任せください!」

よーし、ちゃちゃっと終わらせてそろばんの指導をしよう!
いっそのこと、今から沖に出向いて、向かってきている船を全部沈めちゃえば・・・

「ユリよ。考えが先走ってはおらぬかの?」
「あははー、ディーネちゃん。よくお分かりで・・・」

今回のこちら側の戦いは、警備隊だけでも十分に戦えることを示す事も目的の一つだ。
わたしも多少の手助けはするが、警備隊の戦力を知らしめ、ニューロックは強いという認識を植え付けさせて再度侵攻してくるような気を削がなければならない。

「ルークさん。新しい武器や魔道具の配備は問題ないですか?」
「はい、全ての船に搭載済みです。いやいや、それにしても凄い武器ですね。さすが勇者殿です」
「まあ、実際に開発したのはエスカやアドル達ですけどね。わたしは原理やアイデアだけですし・・・ところで、ルークさん。戦いにあたって、必ず守ってほしい事があります」

わたしはルークに、火の精霊と思わしきものが現れたらすぐに報告すること、絶対に戦わないこと、火の精霊だと確認できた場合、全艦全速で逃げることを伝えた。

「逃げる・・・のですか?」
「はい。相手にしてはいけません。絶対にかなわないからです。わたしでも今はまだ倒せないと思います。ですので全力で逃げてください。逃げる間はわたしが皆さんをお守りします」
「・・・承知しました。勇者殿の言葉はすべてにおいて優先せよ、逆らえば命はないと言われておりますので、ご命令には従います」
「誰がそんなこと言ったの!?」

・・・あとでカークさんに問い詰めてみよう。
アフロちゃんな気もするけど。

「・・・ですが、もしも勇者殿が危険な目に遭うような場合には、ご命令に逆らい、命にかえてお守りする事をご容赦ください。結果的に命令違反で死を賜るのと同じですから、構いませんよね?」
「構います!」

これだから脳筋というか体育会系は・・・
とりあえずわたしも危険な目に遭わないように気をつけることにする。

「勇者殿。先遣隊からの連絡によるとセントロードの艦隊は約百五十隻。対するこちらの船は補給艦を含め八十隻です」
「お互いすごい数同士ね・・・まあ、数の上では負けているけど、武装の違いは大きいと思うわ。大丈夫、かならず勝つわ」
「その勇者殿のお言葉が何より力になります。早速今夜出航して、明日セントロードの艦隊を迎え撃ちたいと思いますが、いかがでしょうか」
「うん、それでいきましょう!」
「承知しました。旗艦にご案内しますので、どうぞこちらへ」

そしてわたしとディーネは旗艦へと乗り込み、日付が変わると同時に全艦で出航した。



「太守、ニューロック軍を捕捉しました」
「ほう、先遣隊からの報告通り、本当にこちらに向かって来ていたのか。意外だな」

セントロード軍の旗艦で、太守は感心と呆れが半分ずつ混じった感想を漏らした。
王都からニューロックを攻撃するようにとの勅命を受けての出撃だったが、太守はあまり乗り気ではなかった。
正直、現在の王はあまり好きではない。
突如現れた『異世界からの勇者』とその庇護を受けて独立したニューロックには期待と興味を持ったものだが、先月、王の手によって勇者が討たれたと聞いた時には大いに失望したものだ。
とはいえ、勅命は勅命である。
王に逆らってしまったニューロックには可哀想だが、戦いである以上は負ける訳にはいかない。
ニューロックが所有している兵力よりも多い艦数で沿岸を取り囲み、敵艦隊と港湾地域の防衛部隊を殲滅する。
その後の揚陸作戦は、北側、東側から攻めてきている王都軍本体とライオット軍と連携してニューロックを完全制圧するという算段だ。
案の定、敵の艦隊数はこちらより少なかった。
太守としては、ニューロックの艦隊は沿岸地域に陣を張って、陸上の防衛部隊と連携してこちらを迎え撃ってくると推測していたのだった。

「ニューロックの連中は、勇者が死んでしまったのでやけになったのでしょうか?」
「しかし、死んでいなかったという見解もあるのだろう?偽物だという噂だが」

先日、王がニューロックに向けた最後通告をした時の放送を音声のみだが艦橋で聞いていた太守は、そこで自称勇者の声明を聞いた。
王から勅命を受けた際には『勇者はもうこの世にいないので恐れることはない』と言われていたにもかかわらずだ。

「・・・勇者が実は生きていると思わせるための陽動なのか、はたまた本当に生きているのか・・・」
「太守、何か言いましたか?」
「いや、何でもない・・・敵の動きを報告せよ」
「敵は、散開、あるいは扇形の陣形を取っています。まだ有効射程外ですが、こちらを半包囲するような布陣です」
「こちらの方が数は上なのだぞ?敵の司令官は阿呆なのか?」

薄い艦隊数で包囲したところで、各個撃破されるか、中央突破されるのがおちである。
戦力数的に上であるセントロードのほうにはどちらも選択できる余地がある。

「・・・こちらも左右に陣を開いて、敵艦隊に対峙せよ」
「迎え撃ちますか?」
「中央突破でも良いが、後ろをちょろちょろされるのも気に入らないからな。望み通りここで全滅させてやるとしよう。兵力は倍近くある。一隻に対して二隻以上で迎え撃つように配置せよ。それと水中船は敵の旗艦を発見次第、集中的に旗艦を攻撃せよ」
「はっ!」

指示を伝え、司令席に深くもたれる。
一刻ほど後には最初の砲火が交わるだろうか。
そう考えて、ほっと一息ついた時だった。

「太守!敵の砲撃です!」
「なんだと?まだ射程外であろう!?」
「はっ・・・こちらはまだ射程外ですが、敵の攻撃は届いていて・・・現在、ニ隻が大破、三隻が中破との事です」
「なんだと・・・」

以前、王の勅令で出撃したグレース軍は、敵の射程を見誤って敗北したという。
その情報は共有しており、今回はその時の敵の射程を計算に入れた上で距離を測ると共に、こちらの艦砲もギリギリまで改造して同等レベルまで射程を強化していた。
にも関わらず、ニューロックの艦隊はさらにそれを上回ってきたというのか。

「太守、指示を!」
「ぬ・・・一旦後退!それと作戦変更だ。火力を集中して中央突破を行う!」

セントロード軍はやや混乱が生じたものの、太守の命令に従って艦列を整え始めた。
その間にもニューロックからの砲撃を受けて、大破した船や行動不能に陥った船は増えていった。



「先制攻撃は成功したみたいね」
「はっ。これも勇者殿が開発した『れえるがん』のおかげです」
「あはは・・・」

レールガン。
それは長い砲身を使い、電磁力で加速した砲弾を飛ばす技術を応用した武器だが、わたしはこんなものの作り方など知らない。
実際に開発をしたのはエスカとその助手のルルだが、その時のわたしの説明もひどいものだった。

『電磁力やフレミングの法則・・・といってもピンとこないと思うけど、例えば長い砲身を用意して、砲身の中で魔石の魔力を単一方向への力へと上手に作用させて、砲身の中を通る砲弾をめちゃくちゃ加速させて長距離まで飛ばすような仕組みなんだけど・・・』
『・・・実に面白い!面白いわユリちゃん!』

そんなヒントだけを元にエスカが原理設計を行い、造り上げたのがこの『れえるがん』だ。
多少魔石のコストがかかるものの、有効射程範囲の広さと威力で即採用され、量産された。
その技術は西岸警備隊にも共有され、突貫工事で半数以上の艦船に搭載されている。
その『れえるがん』の攻撃によって敵の足を止める事に成功し、既に数十隻に被害を与えていた。

「敵は後退して陣形を再編しています・・・中央突破に出るものかと」
「射程的にこちらが有利とは言え、突っ込まれて火力を集中されると厄介よね・・・『れえるがん』だけでは止められないかも」
「どうします?」
「心を折りましょう」
「は?」

ひとまず『れえるがん』での砲撃は続けてもらうとして、わたしもここからは技術介入、もとい、魔力介入することにした。
負けないにしても、わざわざ被害を増やすことはあるまい。
わたしとディーネは艦橋から出て、旗艦の上空に陣取った。

「ディーネちゃん、敵の砲撃に合わせるわよ」
「承知したのじゃ」

敵が急速接近する。
やがて射程に入ったのか、一斉砲撃を行ってきた。

「今!」
「承知!」

私とディーネは巨大な水柱を前方に展開し、敵の砲撃のほぼ全てを撃ち落とした。
水柱が収まると同時にニューロックの艦隊が『れえるがん』で砲撃して的に被害を与える。
その後も逐次水柱を展開して砲撃を防ぐと共に、海流操作を行って敵船の足を鈍らせる。
これはグレース軍との戦いでも使った戦術だ。
あの時は敵の射程がもっと短かったので射程外に長時間足止めできたが、今回は敵もきっちり艦砲射撃の射程範囲を広げてきている。
もっとも、敵が中央付近に集中しているおかげで砲撃を撃ち落としやすくなってはいるが。

このまま押しきれそうだなと思った時だった。

「ユリよ。海中から船が接近しているのじゃ」
「もしかして水中船?」

水中戦と言えば、わたしとディーネが王都から逃げる時に海中を追いかけ回された記憶が蘇る。
あの時はろくに魔力が使えなかったので色々必死だった。

「こちらの旗艦を狙っているようじゃの。ユリよ、どうするかの?」
「水中船には恨みしかないからね。潰しちゃいましょう。ちょっとの間、水柱はディーネちゃんに任せるね」
「承知したのじゃ」

ディーネにウインクを飛ばして、わたしは海に飛び込んだ。
水中呼吸の魔術を発動しながら魔力を推進力に変えて水中を高速で進む。
程なく、向かってくる水中船を肉眼で捉えた。

(・・・五隻かな)

セントロード軍の水中船は紡錘形に近い形状でそれほど大きくもないが、船の底部に発射口のようなものが見える。
おそらくそこから魚雷を発射するような仕組みになっているのだろう。
最初、船自体が魚雷のようになっている特攻自爆型かと思って一瞬戦慄したが、そうではないようだ。

(こちらの旗艦を狙ってきたのかな。さて、どうしてくれようか)

このまま海中で破壊することもできるが、わたしが手を下して眼の前で乗っている人が死んでしまうと思うとちょっと抵抗がある。
戦争をしているわけだし、何を考えているのかと言われればそれまでなのだが。
だいたい遠距離攻撃で人が死ぬ分には目で見えないし感触が残らないので容認するというのも単なる偽善でしかないが、そこは何とも言えない感情面の問題でもある。

(よし、ちょっと魔力の無駄遣いだけど、決めた!)

わたしは接近する五隻の船の位置に意識を集中して、魔力を放った。
周囲の温度が一気に下がっていき、やがて水中船は完全に沈黙した。



「太守!こちらの攻撃はあの謎の水柱によって妨害されています!」
「三番艦が大破!こちらの旗艦も既に敵の射程に入っています、危険です!」
「水中船から救援信号です!海中からの攻撃はおそらく失敗に・・・」
「・・・」

セントロードの太守は既に敗北の予感を拭う術を見いだせないでいた。
こちらの攻撃は全て防がれ、敵の砲撃は的確にこちらを撃ち抜いていく。
どうしてここまで差がついたのか。
天運なのか、それとも・・・

「太守!水中船が・・・」
「なんだ、どうした!?」
「その・・・浮いています」
「だからどうした。浮上しただけだろう?」
「いえ、その・・・氷漬けで浮いているんです」
「はあ?」

太守は変な声を上げた。
そして部下が示す方向に目を向けると、確かに五隻の水中船全てが、巨大な氷の中に閉じ込められて、海上にプカプカと浮いていた。

「こんな事ができるのは・・・そうか、そうだよな。はははっ!」
「太守・・・!?」

太守の部下は一瞬、太守の気が触れたのかと思ったが、そうではなかった。

「砲撃中止。休戦旗を上げた後、信号灯でもこちらの休戦と通話の意思を敵に知らせよ」
「わかりました・・・全艦、砲撃中止ー!」

程なく、ニューロック軍の旗艦から魔道具による通話回線が開かれた。

「こちらはニューロック軍、西岸防衛隊長のルークです。休戦の意思と通話を希望されたということは、軍事規定によって貴殿の敗北と見なすが、よろしいだろうか」
「ああ、そのつもりだが・・・すまないが、ひとつ確認させてほしい。そちらに自称・・・いや、『異世界の勇者』がいると思うのだが、間違いないだろうか?」
「・・・少しお待ちいただきたい」

通話の魔道具の向こうでザワつく音が聞こえる。
勇者が健在なのかどうかを聞きたかっただけなのだが、もしかして・・・

「はい、お待たせしました。ユリです。その、いわゆる勇者をやってます・・・」

まさかとは思ったが、本人が出てくれるとは思わなかった。
音声だけなので本人とは限らないが、太守は間違いなく本人だと確信していた。

「はじめまして、異世界の勇者殿。わたしはセントロードの太守です」
「いえ、これはどうもご丁寧に・・・」
(勇者殿、相手は敗者なのですから、もっと威厳を持った対応で構いませんよ)
(え、でもやっぱり礼節には礼節で対応しないと・・・)

通話の魔道具では音声しか聞こえないが、勇者の背後でなにやら喧騒が聞こえる。
どうやら勇者の物腰が低いのを指摘しているようだが、先の短い会話だけでも勇者の人柄は何となく分かる。
・・・器が違うのだろうな、と太守は思った。

「勇者殿。二つだけお伺いしたい。勇者殿がご健在であることは分かりましたが、何故首都にいないのですか?そちらには王都からの主力が迫っているはずです」
「あー、コーラルには信頼できる仲間がたくさんいるので大丈夫です。その人達に任せてきましたので!」
(勇者殿、何も正直に言わなくてもいいのですよ?)
(あ、そっか。でもそれ以外に理由なんて無いわよ?)

勇者殿はお人好しでもあるようだなと太守は思った。

「・・・それともうひとつの質問ですが、我が軍の水中船を凍らせたのは勇者殿とお見受けしましたが間違いないですか?」

氷漬けにされた船を見た時、こんなとんでもない真似ができるのは精霊の御力を賜った勇者の仕業に違いないと思った。
思えば先の水柱にしてもそうだ。
魔道具だけで手軽にできるような術ではないだろう。

「はい、わたしがやりました・・・あの、氷漬けにしただけなのですぐに救出すれば中の人は助かると思います。降伏したのであれば邪魔しませんからすぐに回収したほうがいいですよ」
(勇者殿、敗者の処理はこちらに権利が・・・)
(命が助かるなら早めのほうがいいじゃない。それにとっとと連れて帰ってくれたほうが面倒が無いし・・・)

氷漬けにしたのは、戦争中であるにも関わらずできるだけ殺傷はしたくないと考えてのことだったようだ。
やはり器が違う、これは敵わない・・・と太守は思った。

「勇者殿の配慮に感謝します。仰る通り、セントロードは降参します。そもそも我々は王の勅命で動きましたが『勇者は死んだから安心して攻めろ』と言われたのです。しかし勇者殿がご健在だったとあれば話が違いますからね。そうと分かっていれば攻撃なんてしませんでした。すっかり騙されましたよ」
「・・・ずいぶん調子がいい事を言っているように聞こえますけど、そんな事を言って良いのですか?」
「王を批判するような言ですか?構いませんよ。元々セントロードは、いや、少なくとも私個人はあまり現王に好感を持っていませんから。だからという訳ではありませんが、我々は破損した船と兵士を回収して自領に戻りたいと考えております。このまま見逃してはいただけませんか?」
「ふふっ。正直ですね・・・分かりました。良いですよ!」
(勇者殿、それはさすがに・・・)
(あら、わたしの言には従うのでしょう?)
(それはそうですが・・・)

勇者に押されて、ルークも渋々ながらセントロードの無条件撤退を承知した。

「勇者殿、そしてルーク殿。ご配慮、感謝いたします。厚かましいお願いですが、いずれ情勢が落ち着いたら、改めて謝罪と友誼の申し入れをさせていただきたいと思います」
「・・・はい。その時を楽しみにしております」

通信が切れ、セントロード軍旗艦の艦橋は静寂に包まれた。
そして太守は深い溜め息をつくと、部下に号令した。

「総員に連絡。負傷者の救出、破損した船の回収を急げ。水中船もだ。氷を砕いて船員を救出せよ。全てが完了次第、セントロードに帰還する!」
「はっ直ちに・・・王都への連絡はいかがしますか?」
「正直に報告して構わん。『勇者は健在。こちらに勇者が現れて大損害を食らったために敗走。領地に戻る』と連絡せよ」
「はっ!」



セントロード軍との戦いを終えたわたし達は、その日のうちにヨルドの町に帰還した。
あっけないほどの大勝利にヨルドの町は盛り上がり、お祭り騒ぎとなっていた。
ヨルドの町長からは『まだ戦時中なのでささやかに、祝勝会を兼ねた晩餐にご招待したい』ということで、後ほど町長の館にお伺いする約束をした。

そう、まだ戦時中なのだ。
こちらは方がついたものの首都コーラルの状況が気になるので、晩餐に行く前に状況を聞いてみようとサラに風の魔術による遠距離通話をしようとした、その時だった。
タッチの差で、サラのほうから遠距離通話が飛び込んできた。

「ユリ!こっちに火の精霊が出現したわよ!」



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