ポニーテールの勇者様

相葉和

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120 賭けの報酬

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「はあ・・・。それで船を逃がすために身を挺して火の精霊に立ち向かったわけね」
「はい、その通りです」

火の精霊に敗北したわたしを待っていたのは『死んでしまうとは情けない』という主旨のアフロによるお説教だった。
しかしわたしにだって言い分はあるという事で状況説明をして、一応納得は得られたようだ。

「ワタシも本当にユリが死ぬような目に遭うとは思っていなかったけれども、結果的にはワタシの提案を聞き入れてくれてよかったわね」
「うん、アフロちゃんには本当に感謝している。ありがとう」
「失った魔力については、賭けの報酬に上乗せさせてもらうわ」
「ぐぬぬ・・・」

そう言われてしまうと反故にも出来ない。
それにアフロの提案のお陰でわたしはこうして生きているわけだし。

アフロの提案、そして賭け。
話はわたしがライオット領に出発する前に遡る。

わたしはアフロの考えた、『わたしがニューロックに残っていると偽装するための擬態入れ替り作戦』を採用した。
それは、『アフロがわたしの容姿そっくりに擬態し、さらにわたしの能力をコピーして完全にわたしになりすます』というものだ。
この作戦を身内で知っているのは一握りの人達だけ、船で一緒にライオット領に向かうメンバーと、カークとスポーク、そしてミライだけだった。

しかし、さらに極秘の作戦があった。
それはわたしの擬態をもう一体作り出すことだった。
アフロは自らの魔力を使い、分身をもう一体出現させた。
わたしに擬態したままアフロが生み出した分身は、やっぱりそのままわたしにそっくりだった。

『この分身にユリの意識と精神を移すの。ディーネとサラの魔力も少し持っていけると思うわ』

そう言うとサラはふたたび術式を行使して、わたしの精神を分身に移した。
わたしの意識は魔力の依代側に移り、わたしの本体は文字通り意識を失ったように眠りについた。
ディーネとサラを支配したことで得た魔力の核も、一部ではあるけど一緒に移ったことも感覚でわかったし、水と風の魔術をコントロールできることも確認した。

『うん、問題なさそう・・・でもわたしの本体、このまま死んだりしないよね?』
『大丈夫よ。肉体も時間が止まっているような感じになるわ。それに分身が消滅すれば意識は本体に戻るはずよ』
『はずって・・・本当に大丈夫?』
『それよりも、分身が消滅しないように気をつけなさい。分身はワタシの魔力で出来ているから土の魔術が使えるわ。後で少し教えてあげる。ただし魔力を使いすぎると分身は消滅するからね。分身生成にはかなりの魔力を使っているんだから、大事に使いなさいよ』
『うん、分かった』
『もしも分身が消滅することになったら、ワタシの言うことをひとつ聞いてもらうわ』
『えー』
『えーじゃない。分かったわね』

こうして、実際にライオット領に向かったのはわたしの精神を入れたアフロの分身体というわけだ。
この事は誰にも言っていない。
さすがにディーネとサラにはすぐにバレると思ったので予め説明しておいたけれども。
そんなわけで、ライオット領で敵に襲撃された時に手足の損傷を一瞬で復元できたのはこの分身体のおかげだ。
その程度の損傷ならば問題ないけど、火の精霊の攻撃には全く耐えられなかった。
火の精霊に分身を消滅させられると同時にわたしの精神は本体に戻って現在に至る、というわけだ。

「ところでアフロちゃんは、なぜわたしが本体に戻ってくるって分かったの?分かったからここで待っていたのでしょう?」
「分身はワタシの魔力よ。ワタシの魔力が消滅したことはすぐに分かったわ。なのですぐにここに来て、ユリが起きるのを待っていたわけ。起きるまでにそこそこ待たされたけどね」
「そうなのね・・・起きるまでどれぐらいかかったのかしら?」
「そうね、分身の消滅に気がついたのは一九時くらい、今は二一時だから、ざっと二時間ぐらいかしらね」
「そう・・・え、今なんて言った?」
「だから二時間ぐらいよ」

アフロが懐中時計のようなものを見ながらそう言った。

「え、時計?それって懐中時計?なんで?」
「なんでって、作ったからよ」
「えーと、ごめんなさい、そういう意味ではなくて・・・」

この世界に時計はなかった。
国で共通して鳴る鐘の音と、天体の動きでおおよその時間を決めているだけだったはずだ。

「そろばんの授業で必要になったからよ」

曰く、アフロがわたしの代わりに行ってくれていたそろばんの授業で、授業の開始や終了の時間があやふやだったり、時間を測って行う練習をする時に、時間を測る概念が無くて困ったそうだ。
一応、この世界にも砂時計のようなものはあるが、アフロがわたしの記憶を探った所、時計というものの存在を見つけたという。

「記憶を!?どうやって!?」
「ユリ、ワタシはあなたの能力も含めて擬態したのよ。記憶だって含まれるわ。あなたの世界の情報はなかなか興味深かったわよ」

くっ・・・またしてもわたしの記憶が精霊に読まれる事態になっていたとは・・・
能力がコピーできるという時点でなぜその可能性に気が付かなかったんだ、わたし・・・

そんなわけでわたしの記憶から時計の存在を知ったアフロは、そろばん作りを行っている工房に突撃して無理やり試作品を作らせた。
二十四時間制をそのまま使うのが便利だと踏んだアフロは、ちょうど一日で八万六千四百秒を刻み、秒針、長針、短針が連動して動く魔道具を三日かけて工房の職人に作らせたそうだ。

「それは・・・みんなかなり大変だったんじゃない?よく三日で作れたわね・・・」
「そんなに待ちたくなかったから『三日で作れ』って言ったのよ。『作れるわよね?』って聞いたらみんな快く対応してくれたわよ。勇者からのお願いとはいえ、睡眠時間も削って作ってくれるなんて、さすが優秀な工房ね」

それ、絶対脅して作らせてるよね?
わたしのアイデンティティが・・・

「出来上がった時計、とても便利だしカークに言ってこの国に広げてもらえるようにお願いしたわ。量産用の工房も建造中よ」
「はあ、そうですか・・・」
「そろばんの授業でも時計を紹介して、使い方と読み方、ついでに時間の計算も授業に取り入れたわよ」
「どんだけ優秀なんですかアフロちゃんは!」

・・・もう、わたしいらなくね?

「あ、でもアフロちゃん、もうわたしの擬態を解除しちゃったから、そろばんの能力やわたしの記憶はなくなっちゃったのよね」
「見た目は解除したけれども、能力と記憶は面白いからしばらくこのまま貸しておいて頂戴。これがわたしの賭けの報酬よ。いいわね?」
「そんなあ・・・」
「なんでも言うことをひとつ聞いてもらうって、そう言ったわよね。分かる?」
「・・・ご随意に」

アフロちゃんがわたしの知識と技能を持ったままならば、そろばんを教えられる先生が増えるわけだし、まあいいか・・・
わたしの過去の記憶をずっと見られるのはちょっとアレだけど。
それにやっとわたしも明日からそろばんの授業に復帰できる・・・ってそうじゃない。
その前にやることがある。

「アフロちゃん、そうよ、こうしちゃいられないのよ。『星の翼』号が沈められちゃって、みんな小型艇で脱出したの。後のことはディーネちゃん達に任せたけど、すぐに助けに行かないと。もしまだ火の精霊に追われていたら・・・」
「それなら大丈夫よ。ユリが起きる前にサラから聞いたわ。みんな無事。火の精霊は消えたそうよ」
「そう・・・それならよかった。でもサラちゃんからどうやって聞いたの?」
「遠くに声を送る魔術ね。風の精霊が使える特殊な魔術よ。教えてもらえばユリも使えるのではなくて?」

サラは皆の無事を確認した後、アフロに向けて現況を発信したらしい。
わたしが起きた後、アフロからわたしに伝えてもらうためだろう。
さすがサラちゃん。
わたしも今度その術を教えてもらおう。

「アドル達は一旦ライオット領に戻って、そこで船を借りて戻ってくる予定だそうよ」
「そっか、よかった・・・」

わたしだけ先に帰ってきてしまってなんだか申し訳ない。
でもみんな無事で本当に良かった。
しかしニューロックに帰るためにかかる時間を考えると、来週ぐらいになっちゃうかな。
こっちからも船を出して途中で合流できないかな?
カークさんからジェイスさんに太守の通信方法で連絡してもらおうかな。
・・・わたしが通信用の魔道具を城ごとぶっ壊してなければいいけど。

わたしは懐かしの自分の体で軽く伸びをして、特に遜色なく全身が動く事を確認すると、部屋を出た。

「とりあえず夜遅いけど、カークさんに事情を説明してみる。まだ起きてるといいんだけど」
「待ちなさい、ユリ!」

小走りでカークの部屋を目指すと、その途中にある応接室から懐かしい音が聞こえてきた。

・・・この音は、麻雀牌の音!

ダッシュで応接室に入ると、そこには麻雀をやっているカークと側近達がいた。

「カークさん、ちょうど良かったです!」
「?」

カークが怪訝そうに首を傾げている。
あ、もしかしてアフロちゃんだと思ってる?

カークは、アフロがわたしに擬態していることを知っている。
今ここでカークに話しかけているのはわたしではなくアフロだと思っているに違いない。

「わたし・・・えーと、アフロちゃんではなく、わたし本人ですけど、色々あって戻ってきまして・・・麻雀の途中ですみませんけど、ちょっとあっちでお話しませんか?その後でわたしも麻雀に混ぜてください」

カークがさらに首を傾げる。
こいつ何を言ってるんだ?と言わんばかりの顔だ。
もしかして、ちょうど四人で打っているから交代は嫌だと言うことですか!?

しかしそうではなさそうだった。
カークも何か言っているが、何を言っているのか分からない。
まるで知らない言語で話されているような・・・

「ああっ!『言語理解の魔道具』が無い!」

そうだった。
わたしは火の精霊とひとりで対峙する直前に、ディーネに装飾品の全部を渡した。
その時に言語理解の魔道具も渡していたんだっけ。
でも、それだとおかしいこともある。

わたしは遅れて談話室にやってきたアフロに飛びついた。

「ねえアフロちゃん、アフロちゃんはわたしと会話できてたよね?なんで?」
「・・・ユリに擬態した時に、記憶と能力も借りたでしょう。その時に日本語ってやつを覚えたわよ。今ワタシとユリは日本語でお話しているの。気が付いていなかったのかしら?」
「そ、そうでしたか・・・」

アフロちゃん、何もかもハイスペック過ぎる・・・

ひとまずアフロを通訳にしてカークに事情を説明し、明日ライオット領と連絡を取ってみることになった。



「ところでアフロちゃん。わたしにこの星の言葉、教えてくれないかな?」
「そうね・・・アドルをわたしにくれるならば教えてあげてもいいわよ」
「却下よ」
「・・・賭けの報酬、やっぱりアドルに変えてもいいかしら?」
「却下よ!」
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