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113 色々と想定外な問題
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アコニールの町に着いたわたし達は、多くの人達が行き交う賑やかな大通りを歩いていた。
そして花屋の角を曲がって小道に入り少し歩くと、目的の店はすぐに見つかった。
「おーここだね。少年少女達、ありがとう!君たちの案内がなければ辿り着かなかったよ」
「お安い御用だよ、お姉ちゃん!」
広いこの町で闇雲に歩き回って迷子になる前に、道端で遊んでいた子供達に声をかけて道案内をお願いしたのは大正解だった。
町の子供たちにお礼のチップを渡すと、子供たちはわたしたちに手を振って、元気よく走り去っていった。
「うん、子供たちは元気が一番だね」
「ユリがお礼金をはずんだからじゃないか?」
「そうかもしれないけどね。でも町の人達、みんな元気じゃない?声も大きいし。やっぱり南米のノリなのかな」
「ナンベイ?」
「わたしの星だとこの辺の地域は『南米』って言うんだけど、そこの人達って陽気で明るいイメージなの。想像通りでなんかこっちも楽しくなるわ」
わたしも自然と笑みがこぼれていた。
熱気と元気に溢れたこの町は、いるだけで元気になりそうだった。
・・・このお店の人もそんなノリだとちょっと嬉しいかな。
にぎやかなのは大好きだし。
目の前にある店は『黒豚亭』。
昨日、御者に紹介してもらった宿屋だ。
わたしはそっと扉を押して、宿屋の中を覗き込んだ。
入口付近には受付っぽいカウンターがあったが、人影はなかった。
でも奥のほうで物音が聞こえるので、人はいるようだ。
「すみませーん、どなたか・・・」
「はい、いらっしゃい!お客さんかい?」
いらっしゃいますか、と言い切る前に、奥から女性の大声が聞こえてきた。
パタンパタンと歩く音と共に近づいてきたのは、背が高くて貫禄のある女性だった。
歳は三十前後くらいに見える。
「ふう・・・おまちどうさま!食事かい?宿泊かい?宿泊なら部屋は空いてるよ。人数は三人かな。それと動物がいるんだね・・・二頭かい?三人と二頭で間違いないかい?」
「あっ、はい!三人と二頭で間違いないです!泊まれますかっ!?」
「あははっ。だから空いてるって。大丈夫だよ!」
おかみさんの勢いに少し圧倒されてテンパってしまったわたしは、おかみさんに容赦なく笑われながら、宿の中に招き入れられた。
おかみさんは受付カウンターの向こう側に座ると、帳簿を取り出した。
「で、何泊だい?食事はどうする?朝食も夕食も用意できるよ。とりあえず無しにしておいて、食べたい時にその場で支払って食べてくれても構わないよ。そこの動物は噛んだり暴れたりしなきゃそのまま部屋に連れて行っていいからね。そこの男前さんはどっちの連れだい?お盛んならなるべく他の客人と部屋を離してあげるよ。あんたたち旅の人?ちょうど良かったね。明日は町でちょっとした祭りが・・・」
「あは・・・あはは・・」
おかみさんのマシンガントークにとりあえず頷きを返しつつ、嵐のような説明が落ち着いたところでこちらの宿泊条件を提示した。
「はいよ、二部屋で動物も一緒だね。食事はとりあえず無しで、宿泊日数は分からないんだね」
「はい。朝早かったり夜遅くに出入りするかもしれないですし、もしかしたら出かけたまま日をまたぐことがあるかもしれません。でもおそらく五日は超えないと思いますので、ご迷惑にならないように五日分を先払いしたいと思います。もしも宿泊日数が短くなっても五日分はそのまま受け取ってください」
「んー、そりゃ、こっちは助かるけど、本当にいいのかい?」
わたし達は頷き、五日分の宿泊代をおかみさんに渡した。
おかみさんは少し申し訳無さそうな顔で宿代を受け取り、代わりにできるだけ便宜を図ると言ってくれた。
「あ、そういえば言い忘れてました。ここのお宿、港からここに来る途中で乗った馬車の御者さんからの紹介なんです。ここのおかみさんは自分の妹だからって言っていました」
御者の風貌と口調と、その時のやり取りを説明したところ、どうやら本当におかみさんの兄で間違いないようだった。
「あはは!まったく兄さんってば!・・・そう、そうだったの。まったくもう、それを早く言ってくれなくちゃ。そういうことなら食事はただでつけてあげるよ。食べたくなったらいつでも言ってちょうだい!この時期は鳥が美味しいんだよ。夫が獲ってきた鳥を捌いて下味を付けて、いつでも調理出来る状態になっているからね。焼いても煮込んでもいい味が出てね・・・」
わたし達は満面の笑顔のおかみさんが繰り出すマシンガントークにふたたびまくし立てられた。
『黒豚亭でも鳥は出すんだ』とか思ったが、そんな事はどうでもよろしい。
「あはは・・・ありがとうございます。でも、その・・・客のわたしが言うのもなんですけど、無理はしないでくださいね」
わたしの視線がおかみさんのお腹付近に向く。
おかみさんもそれに気がついたのか、そっとお腹を擦った。
「そろそろ生まれそうなのですか?」
「そうなんだよ。もういつ生まれてもおかしくないって言われてるよ」
「うわあ、それは楽しみですね!」
わたしはおかみさんに会った時から、おかみさんの背の高さやマシンガントークよりも、その大きなお腹がずっと気になっていた。
やはりおかみさんは妊娠していて、もう臨月のようだ。
「でも仕事は仕事。それに動いている方が調子いいから、あたしに遠慮しなくていいからね」
最後に、おかみさんの名前がロゼッタという事を教えてもらった。
ロゼッタはカウンターの椅子からゆっくり立ち上がって、わたし達を客室に案内してくれた。
◇
「・・・いやあ、圧倒されたね」
「ロゼッタさん、気持ちのいい人だったな」
「いい宿を紹介してくれた御者にも感謝だわね」
宿の一室で腰を下ろして休憩したわたし達は、これからの行動について相談を始めた。
「とりあえず、さっさと太守の館に行ってみる?」
「館というより城だったよな、確かに」
太守の館は、アコニールの町に入ったところですぐに見つけることが出来た。
町の奥の方、少し高台になっている所にお城のような建造物が建っていた。
王都の王城ほどではないと思うが、立派な造りだった。
「エリザさん、どうします?」
「そうだな、予定通り、さっさと用事を済ませてしまおうか。太守が友好的で協力的であればユリを紹介して、条約締結に話を運ぶ算段をして、後はカーク殿に任せる」
「友好的でなければ?」
「アタシ達の手に負えませんでしたって事で、やっぱりカーク殿に任せる」
「あはは・・・」
友好的にトントン拍子で話が進むのが一番ではあるが、太守が求めているものの中に『勇者からの庇護』といったニュアンスのものがあった。
具体的に何をすれば良いのかわからないので、そのへんはちゃんと聞いておきたいと思う。
無理難題を投げられたら・・・やっぱりカークさんに丸投げすればいいか。
「そうですね、とりあえずわたしを直に見てみたい、というのが今回の旅の主旨みたいですし、わたしも失礼がないように気をつけなきゃですね」
「相手が失礼な事をするかもしれないよ?」
「度を超えるような事をされなければ我慢しますけどね。限界を超えたら諦めてください」
とはいえ、港での管理官の態度や道中で襲撃された事を考えれば、むしろ敵がいると思っておいた方がいいだろう。
万が一の時は、全力で排除する事もやむを得ない。
荒っぽいのは好きではないが、今更感もある。
・・・人よりも強い力を持つと、意識も変わってくるのだろうか。
ここが地球と違う異世界だから、わたしの心のタガが外れかかっているのだろうか。
あるいはこの体のせい?
ニューロックに戻ったら一度じっくり考えてみようかと、そんな事を考えていたらアドルから出発の声が上がった。
「じゃあエリザ、ユリ。早速、太守の城に行ってみようか」
「そうだな、行こうか」
「うん、分かった!」
◇
太守の城に着き、門を守る守衛に来訪を告げると、ここで想定外の事態が発生した。
「すまないが本人確認のために、国民証を見せてもらってもよろしいか?」
国民証問題!
すっかり忘れてた!
かつてわたしは、王都から指名手配されていた。
・・・いや、今もか。
その際、国民証を所持していない者をすべて逮捕するという手段が取られていた。
アドルとエリザがどこからともなく取り出した国民証を門番に見せたところで、皆の視線はわたしに集中した。
アドル達もどうやら忘れていたのか、あたふたしているわたしを見て『あっ!』と声を上げ、ようやく事態に気がついてくれたようだ。
「アドル・・・わたし、その・・・」
「ごめん、オレも想定していなかった、というか忘れていた。ちゃんと対策しておけばよかったな」
守衛は怪訝そうな顔でコチラをうかがっている。
「そこの娘。国民証は・・・」
「はい!えーと、その、今はちょっと出せないというか、見せられないのではなく、なんと言えばよいか・・・」
「見せずとも構わない。こちらの二名は来訪予定者として確認が取れた。それにこの者達が訪れた場合は、他に従者がいてもそのまま通して構わないと太守よりお達しが出ている。そして丁重に扱えとも・・・というわけで、大変失礼いたしました」
「あ、そうですか・・・」
エリザとアドルの本人証明が取れた途端に、守衛の言葉使いも態度も改まった。
ライオット領の太守、もしかしてこうなる可能性を想定した上で指示を出しておいてくれたのだろうか。
そういえば聡明な太守だとカークが言っていた気がする。
むしろこっちが対策をし忘れていたのが問題なのだが、とりあえずホッとした。
「では、ご案内します・・・そちらの動物もご一緒に?」
「あ、はい。できれば一緒にお願いします。大人しいので大丈夫ですから」
「・・・そうですか。とりあえずご一緒にどうぞ」
もしかして動物が嫌い?
とりあえずディーネとサラには『大人しくね!』と合図を送っておいた。
城門を開けた守衛から城内の文官に引き渡されたわたしたちは、案内されるままに城内を進み、待合スペースのようなところで待機するように命じられた。
「ねえアドル、本当に今更だけど、その『国民証』ってどうすれば手に入るの?」
「国民証はそもそも魔力で作り出すものなんだ。古来からあると言われる、国民証を作り出す魔道具で魔術を施されると作れるようになる。この星では生まれた時に全員がその魔道具で施術されて、いつでも国民証を魔力で出せるようになる。それで身元が証明できるんだ。仮に孤児であっても、役所に行けば無料で発行してもらえるんだ」
・・・なるほど、それならばいつでも取り出せるのも頷ける。
なにより紛失することもなく、おそらく偽造も出来ない、素晴らしい身分証明書だ。
是非地球でも導入してもらいたい。
なんとか魔力無しで実現出来ないものだろうか・・・
なお、魔力の扱い方を教わっていない幼子でも、補助具になる魔道具を使えば国民証を出すことはできるそうだ。
かつてミライが付けていたネックレスはきっとその補助具なのだろう。
そして国民証には、最初に登録した名前と、登録時点からの年齢情報、性別などの個人情報が記載される。
住所や職業などは登録されず、あくまで個体としての情報だけが登録されているそうだ。
「偽名を名乗ったりしても、国民証を確認されれば分かっちゃうってことよね。素晴らしいわ」
「オレはずっと王都に管理されているようでちょっと気に入らないけどな」
確かに、王都から独立した勢力としてはそうかもしれない。
この先、悪いことに使われることが無ければ便利に使っていけばいいとは思う。
「そうだ。わたしは国民証を持ってないわけだし、とりあえず・・・」
面会直前に思いつきでちょっとした打ち合わせを行い、ちょうど打ち合わせを終えたところで城の文官に呼ばれて、わたし達は謁見室のような所に通された。
◇
謁見室の一番奥に、やや豪華な服装の男が立っていた。
壁際には文官と武官が並び、こちらが室内を歩いてくるのを待っている。
わたし達は謁見室の中央付近まで進むと足を止めて、男の顔を見た。
初老くらいの年齢に見えるが、あるいは老け顔なのだろうか。
すると男が一歩、前に出た。
「ようこそニューロックの使者殿。長旅ご苦労だった」
「はい、ありがとうございます。わたしはエリザ、こちらはアドルとリリーです」
わたしはエリザの紹介を受け、軽くお辞儀をした。
直前の打ち合わせで、わたしの名前はリリーという事にした。
名前の『ユリ』を花に見立ててそれを英語にして『リリー』にしただけだが、この世界ではもちろん通じない変換だ。
ちなみに学生時代は『リリーさん』というあだ名で呼ばれていた事もある。
わたしは国民証を出すことが出来ないので本名を確認できない。
もっとも、国民証の提示を求められた場合に出すことができないわけで、その時点で正体がバレる可能性もあるが、だったら偽名でもかまわないだろうという算段だ。
「エリザとリリー、それにアドルと言ったか。確かニューロックの勇者はユリという名前だったな。勇者殿は一緒に来ていないのか?」
「はい、今回は同行しない旨、事前に太守や側近の方々にも説明していると思いますが」
もちろんこれは嘘だ。
太守本人にはわたしが同行する事を伝えてある。
それはライオット領の太守ただ一人が知っている事実だ。
そのため、太守は衆人環視の現状であえてそのような質問をすることで、わたしが同行していない事を周知するためにわざとそう聞いたのだと判断した。
・・・太守、やるじゃん。
なかなか役者じゃん。
しかし、事実は違っていた。
「なんだと?それでは話にならぬではないか。ニューロックの使者は何をしにここまで来たのか。勇者を連れて再度ライオットを訪れよ。分かったらさっさと帰るがよい」
「はい?」
「帰れと言っている。あらためて勇者を連れて来るがいい」
そして太守はわたし達に背を向けると、奥にある扉に向かってあるき始めた。
え?今の本気の質問だったの!?
いやいや、太守とは事前に打ち合わせ済みだったでしょうよ。
何を言ってるのだこの人は。
エリザも慌てて立ち去る太守を止めにかかった。
「いや、太守!ちょっと待ってください!今回、勇者は同行しないと事前に認識合わせをしていましたよね!?」
「知らぬ、私は何も聞いておらぬ」
「はい!?」
太守は足を止めてこちらを振り向いた。
「・・・それに其方ら、なにか勘違いしているようだが私は太守ではない。私は次官のシュクリフだ」
「はい?」
「太守は現在、臥せっておる。会うことは叶わん」
「はい!?」
・・・エリザさん、もはや『はい?』しか言ってないけど、わたしも同じ気持ちだわ。
それにしても太守が病にかかっていたとは。
なんとか病床の太守にお目通りさせていただくか、やむを得ず次官に正体をバラすか・・・
どうやらこの先どのように話を進めていくか、この場で考えなければならなくなったようだ。
そして花屋の角を曲がって小道に入り少し歩くと、目的の店はすぐに見つかった。
「おーここだね。少年少女達、ありがとう!君たちの案内がなければ辿り着かなかったよ」
「お安い御用だよ、お姉ちゃん!」
広いこの町で闇雲に歩き回って迷子になる前に、道端で遊んでいた子供達に声をかけて道案内をお願いしたのは大正解だった。
町の子供たちにお礼のチップを渡すと、子供たちはわたしたちに手を振って、元気よく走り去っていった。
「うん、子供たちは元気が一番だね」
「ユリがお礼金をはずんだからじゃないか?」
「そうかもしれないけどね。でも町の人達、みんな元気じゃない?声も大きいし。やっぱり南米のノリなのかな」
「ナンベイ?」
「わたしの星だとこの辺の地域は『南米』って言うんだけど、そこの人達って陽気で明るいイメージなの。想像通りでなんかこっちも楽しくなるわ」
わたしも自然と笑みがこぼれていた。
熱気と元気に溢れたこの町は、いるだけで元気になりそうだった。
・・・このお店の人もそんなノリだとちょっと嬉しいかな。
にぎやかなのは大好きだし。
目の前にある店は『黒豚亭』。
昨日、御者に紹介してもらった宿屋だ。
わたしはそっと扉を押して、宿屋の中を覗き込んだ。
入口付近には受付っぽいカウンターがあったが、人影はなかった。
でも奥のほうで物音が聞こえるので、人はいるようだ。
「すみませーん、どなたか・・・」
「はい、いらっしゃい!お客さんかい?」
いらっしゃいますか、と言い切る前に、奥から女性の大声が聞こえてきた。
パタンパタンと歩く音と共に近づいてきたのは、背が高くて貫禄のある女性だった。
歳は三十前後くらいに見える。
「ふう・・・おまちどうさま!食事かい?宿泊かい?宿泊なら部屋は空いてるよ。人数は三人かな。それと動物がいるんだね・・・二頭かい?三人と二頭で間違いないかい?」
「あっ、はい!三人と二頭で間違いないです!泊まれますかっ!?」
「あははっ。だから空いてるって。大丈夫だよ!」
おかみさんの勢いに少し圧倒されてテンパってしまったわたしは、おかみさんに容赦なく笑われながら、宿の中に招き入れられた。
おかみさんは受付カウンターの向こう側に座ると、帳簿を取り出した。
「で、何泊だい?食事はどうする?朝食も夕食も用意できるよ。とりあえず無しにしておいて、食べたい時にその場で支払って食べてくれても構わないよ。そこの動物は噛んだり暴れたりしなきゃそのまま部屋に連れて行っていいからね。そこの男前さんはどっちの連れだい?お盛んならなるべく他の客人と部屋を離してあげるよ。あんたたち旅の人?ちょうど良かったね。明日は町でちょっとした祭りが・・・」
「あは・・・あはは・・」
おかみさんのマシンガントークにとりあえず頷きを返しつつ、嵐のような説明が落ち着いたところでこちらの宿泊条件を提示した。
「はいよ、二部屋で動物も一緒だね。食事はとりあえず無しで、宿泊日数は分からないんだね」
「はい。朝早かったり夜遅くに出入りするかもしれないですし、もしかしたら出かけたまま日をまたぐことがあるかもしれません。でもおそらく五日は超えないと思いますので、ご迷惑にならないように五日分を先払いしたいと思います。もしも宿泊日数が短くなっても五日分はそのまま受け取ってください」
「んー、そりゃ、こっちは助かるけど、本当にいいのかい?」
わたし達は頷き、五日分の宿泊代をおかみさんに渡した。
おかみさんは少し申し訳無さそうな顔で宿代を受け取り、代わりにできるだけ便宜を図ると言ってくれた。
「あ、そういえば言い忘れてました。ここのお宿、港からここに来る途中で乗った馬車の御者さんからの紹介なんです。ここのおかみさんは自分の妹だからって言っていました」
御者の風貌と口調と、その時のやり取りを説明したところ、どうやら本当におかみさんの兄で間違いないようだった。
「あはは!まったく兄さんってば!・・・そう、そうだったの。まったくもう、それを早く言ってくれなくちゃ。そういうことなら食事はただでつけてあげるよ。食べたくなったらいつでも言ってちょうだい!この時期は鳥が美味しいんだよ。夫が獲ってきた鳥を捌いて下味を付けて、いつでも調理出来る状態になっているからね。焼いても煮込んでもいい味が出てね・・・」
わたし達は満面の笑顔のおかみさんが繰り出すマシンガントークにふたたびまくし立てられた。
『黒豚亭でも鳥は出すんだ』とか思ったが、そんな事はどうでもよろしい。
「あはは・・・ありがとうございます。でも、その・・・客のわたしが言うのもなんですけど、無理はしないでくださいね」
わたしの視線がおかみさんのお腹付近に向く。
おかみさんもそれに気がついたのか、そっとお腹を擦った。
「そろそろ生まれそうなのですか?」
「そうなんだよ。もういつ生まれてもおかしくないって言われてるよ」
「うわあ、それは楽しみですね!」
わたしはおかみさんに会った時から、おかみさんの背の高さやマシンガントークよりも、その大きなお腹がずっと気になっていた。
やはりおかみさんは妊娠していて、もう臨月のようだ。
「でも仕事は仕事。それに動いている方が調子いいから、あたしに遠慮しなくていいからね」
最後に、おかみさんの名前がロゼッタという事を教えてもらった。
ロゼッタはカウンターの椅子からゆっくり立ち上がって、わたし達を客室に案内してくれた。
◇
「・・・いやあ、圧倒されたね」
「ロゼッタさん、気持ちのいい人だったな」
「いい宿を紹介してくれた御者にも感謝だわね」
宿の一室で腰を下ろして休憩したわたし達は、これからの行動について相談を始めた。
「とりあえず、さっさと太守の館に行ってみる?」
「館というより城だったよな、確かに」
太守の館は、アコニールの町に入ったところですぐに見つけることが出来た。
町の奥の方、少し高台になっている所にお城のような建造物が建っていた。
王都の王城ほどではないと思うが、立派な造りだった。
「エリザさん、どうします?」
「そうだな、予定通り、さっさと用事を済ませてしまおうか。太守が友好的で協力的であればユリを紹介して、条約締結に話を運ぶ算段をして、後はカーク殿に任せる」
「友好的でなければ?」
「アタシ達の手に負えませんでしたって事で、やっぱりカーク殿に任せる」
「あはは・・・」
友好的にトントン拍子で話が進むのが一番ではあるが、太守が求めているものの中に『勇者からの庇護』といったニュアンスのものがあった。
具体的に何をすれば良いのかわからないので、そのへんはちゃんと聞いておきたいと思う。
無理難題を投げられたら・・・やっぱりカークさんに丸投げすればいいか。
「そうですね、とりあえずわたしを直に見てみたい、というのが今回の旅の主旨みたいですし、わたしも失礼がないように気をつけなきゃですね」
「相手が失礼な事をするかもしれないよ?」
「度を超えるような事をされなければ我慢しますけどね。限界を超えたら諦めてください」
とはいえ、港での管理官の態度や道中で襲撃された事を考えれば、むしろ敵がいると思っておいた方がいいだろう。
万が一の時は、全力で排除する事もやむを得ない。
荒っぽいのは好きではないが、今更感もある。
・・・人よりも強い力を持つと、意識も変わってくるのだろうか。
ここが地球と違う異世界だから、わたしの心のタガが外れかかっているのだろうか。
あるいはこの体のせい?
ニューロックに戻ったら一度じっくり考えてみようかと、そんな事を考えていたらアドルから出発の声が上がった。
「じゃあエリザ、ユリ。早速、太守の城に行ってみようか」
「そうだな、行こうか」
「うん、分かった!」
◇
太守の城に着き、門を守る守衛に来訪を告げると、ここで想定外の事態が発生した。
「すまないが本人確認のために、国民証を見せてもらってもよろしいか?」
国民証問題!
すっかり忘れてた!
かつてわたしは、王都から指名手配されていた。
・・・いや、今もか。
その際、国民証を所持していない者をすべて逮捕するという手段が取られていた。
アドルとエリザがどこからともなく取り出した国民証を門番に見せたところで、皆の視線はわたしに集中した。
アドル達もどうやら忘れていたのか、あたふたしているわたしを見て『あっ!』と声を上げ、ようやく事態に気がついてくれたようだ。
「アドル・・・わたし、その・・・」
「ごめん、オレも想定していなかった、というか忘れていた。ちゃんと対策しておけばよかったな」
守衛は怪訝そうな顔でコチラをうかがっている。
「そこの娘。国民証は・・・」
「はい!えーと、その、今はちょっと出せないというか、見せられないのではなく、なんと言えばよいか・・・」
「見せずとも構わない。こちらの二名は来訪予定者として確認が取れた。それにこの者達が訪れた場合は、他に従者がいてもそのまま通して構わないと太守よりお達しが出ている。そして丁重に扱えとも・・・というわけで、大変失礼いたしました」
「あ、そうですか・・・」
エリザとアドルの本人証明が取れた途端に、守衛の言葉使いも態度も改まった。
ライオット領の太守、もしかしてこうなる可能性を想定した上で指示を出しておいてくれたのだろうか。
そういえば聡明な太守だとカークが言っていた気がする。
むしろこっちが対策をし忘れていたのが問題なのだが、とりあえずホッとした。
「では、ご案内します・・・そちらの動物もご一緒に?」
「あ、はい。できれば一緒にお願いします。大人しいので大丈夫ですから」
「・・・そうですか。とりあえずご一緒にどうぞ」
もしかして動物が嫌い?
とりあえずディーネとサラには『大人しくね!』と合図を送っておいた。
城門を開けた守衛から城内の文官に引き渡されたわたしたちは、案内されるままに城内を進み、待合スペースのようなところで待機するように命じられた。
「ねえアドル、本当に今更だけど、その『国民証』ってどうすれば手に入るの?」
「国民証はそもそも魔力で作り出すものなんだ。古来からあると言われる、国民証を作り出す魔道具で魔術を施されると作れるようになる。この星では生まれた時に全員がその魔道具で施術されて、いつでも国民証を魔力で出せるようになる。それで身元が証明できるんだ。仮に孤児であっても、役所に行けば無料で発行してもらえるんだ」
・・・なるほど、それならばいつでも取り出せるのも頷ける。
なにより紛失することもなく、おそらく偽造も出来ない、素晴らしい身分証明書だ。
是非地球でも導入してもらいたい。
なんとか魔力無しで実現出来ないものだろうか・・・
なお、魔力の扱い方を教わっていない幼子でも、補助具になる魔道具を使えば国民証を出すことはできるそうだ。
かつてミライが付けていたネックレスはきっとその補助具なのだろう。
そして国民証には、最初に登録した名前と、登録時点からの年齢情報、性別などの個人情報が記載される。
住所や職業などは登録されず、あくまで個体としての情報だけが登録されているそうだ。
「偽名を名乗ったりしても、国民証を確認されれば分かっちゃうってことよね。素晴らしいわ」
「オレはずっと王都に管理されているようでちょっと気に入らないけどな」
確かに、王都から独立した勢力としてはそうかもしれない。
この先、悪いことに使われることが無ければ便利に使っていけばいいとは思う。
「そうだ。わたしは国民証を持ってないわけだし、とりあえず・・・」
面会直前に思いつきでちょっとした打ち合わせを行い、ちょうど打ち合わせを終えたところで城の文官に呼ばれて、わたし達は謁見室のような所に通された。
◇
謁見室の一番奥に、やや豪華な服装の男が立っていた。
壁際には文官と武官が並び、こちらが室内を歩いてくるのを待っている。
わたし達は謁見室の中央付近まで進むと足を止めて、男の顔を見た。
初老くらいの年齢に見えるが、あるいは老け顔なのだろうか。
すると男が一歩、前に出た。
「ようこそニューロックの使者殿。長旅ご苦労だった」
「はい、ありがとうございます。わたしはエリザ、こちらはアドルとリリーです」
わたしはエリザの紹介を受け、軽くお辞儀をした。
直前の打ち合わせで、わたしの名前はリリーという事にした。
名前の『ユリ』を花に見立ててそれを英語にして『リリー』にしただけだが、この世界ではもちろん通じない変換だ。
ちなみに学生時代は『リリーさん』というあだ名で呼ばれていた事もある。
わたしは国民証を出すことが出来ないので本名を確認できない。
もっとも、国民証の提示を求められた場合に出すことができないわけで、その時点で正体がバレる可能性もあるが、だったら偽名でもかまわないだろうという算段だ。
「エリザとリリー、それにアドルと言ったか。確かニューロックの勇者はユリという名前だったな。勇者殿は一緒に来ていないのか?」
「はい、今回は同行しない旨、事前に太守や側近の方々にも説明していると思いますが」
もちろんこれは嘘だ。
太守本人にはわたしが同行する事を伝えてある。
それはライオット領の太守ただ一人が知っている事実だ。
そのため、太守は衆人環視の現状であえてそのような質問をすることで、わたしが同行していない事を周知するためにわざとそう聞いたのだと判断した。
・・・太守、やるじゃん。
なかなか役者じゃん。
しかし、事実は違っていた。
「なんだと?それでは話にならぬではないか。ニューロックの使者は何をしにここまで来たのか。勇者を連れて再度ライオットを訪れよ。分かったらさっさと帰るがよい」
「はい?」
「帰れと言っている。あらためて勇者を連れて来るがいい」
そして太守はわたし達に背を向けると、奥にある扉に向かってあるき始めた。
え?今の本気の質問だったの!?
いやいや、太守とは事前に打ち合わせ済みだったでしょうよ。
何を言ってるのだこの人は。
エリザも慌てて立ち去る太守を止めにかかった。
「いや、太守!ちょっと待ってください!今回、勇者は同行しないと事前に認識合わせをしていましたよね!?」
「知らぬ、私は何も聞いておらぬ」
「はい!?」
太守は足を止めてこちらを振り向いた。
「・・・それに其方ら、なにか勘違いしているようだが私は太守ではない。私は次官のシュクリフだ」
「はい?」
「太守は現在、臥せっておる。会うことは叶わん」
「はい!?」
・・・エリザさん、もはや『はい?』しか言ってないけど、わたしも同じ気持ちだわ。
それにしても太守が病にかかっていたとは。
なんとか病床の太守にお目通りさせていただくか、やむを得ず次官に正体をバラすか・・・
どうやらこの先どのように話を進めていくか、この場で考えなければならなくなったようだ。
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