ポニーテールの勇者様

相葉和

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109 アフロの提案

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わたしはカークの館の談話室でアフロと対峙していた。
談話室の中はわたしとアフロの二人だけで、他には誰もいない。
アフロは腕を組み、目を細めてわたしを見ている。

・・・まるで訓練場でアフロと試合をした時みたいね。
いきなり見えない手で殴られたりしないわよね?

それを思い出して思わず身構えた時、アフロが口を開いた。

「ユリ、本当にライオット領に行くつもりなの?」

何を考えてるのかと言わんばかりの口調でアフロがわたしに問いかけた。

「・・・ええ。わたしだって色々心配だけど、ニューロックに賛同してくれる領地は多い方がいいと思うの。ライオット領の太守が王都から離反するかどうかを悩んでいるのならば、話をして味方ににつけたいと思う」
「罠だとは考えないのかしら?」
「んー、まあ直接わたしに会って品定めをしたいって事だと思うけど、もしも罠ならば罠ごとぶっ壊せばいいかなーとか。あはは・・・」

はあ、とアフロがため息を吐き、手をおでこに当てて首を振った。

「ユリ自身はきっと大丈夫でしょう。だけど、あなたが不在の間のニューロックはきっと狙われるわよ」
「でもカークさんはわたしがライオット領に行くことは秘密にしておくからって、痛っ!」

話の途中で突然、わたしはおでこに強い衝撃を受けた。
水の防御も張っておらず、バシッという衝撃で軽く仰け反った。

「いたた・・・アフロちゃん、今わたしを叩いた?」
「指でユリのおでこを弾いただけよ」
「見えない手でデコピン!?不意打ちなんでひどい!」
「『デコピン』という技名がついているのね。覚えておくわ」
「いや、わたしの国の俗名みたいなものだから。いや、そんなことはどうでもよくて・・・」

わたしは涙目で、痛みを和らげるために額を掌でスリスリしながらアフロに聞いた。

「アフロちゃんはカークさんがわたしの不在を秘密にしたところで無駄だと思っているのね」
「ユリ、今日の帰り道に襲撃された事をもう忘れたの?どこに内通者がいるかも分からないのよ?」

確かに、アフロが言うのももっともだ。
もしもニューロックにいる王都派の人間がなんらかの方法でわたしの不在を知ったら、王都に密告をしたり、ライオット領に暗殺者の類を送り込んでくるかもしれない。
たとえニューロック内では少数の反対派であっても、王都につけ入れられる隙は作りたくない。

「つまり、アフロちゃんはわたしがニューロックを離れることに反対なのね」
「できれば考え直して欲しいと思っているわ」
「・・・アフロちゃん、ひとつ聞いてもいいかしら?」
「何かしら?」

アフロの主張には筋が通っている。
でも腑に落ちない点もある。

「アフロちゃんは別にニューロックに何の思い入れもないと思っているの。そりゃ、協力のお願いはしているし、アフロちゃんがこの領地にいる時に身辺が騒がしくなるのは嫌なことかもしれないけれども、いざと言う時にはニューロックを見捨てて他所に行くこともできる訳じゃない?そこまでしてニューロックを心配してくれる理由があ痛っ!」

またデコピンされた・・・

「ワタシがそんな薄情な精霊だと思っていたの?」
「いえ、そんなことは・・・でもそんなに情に厚いとも思っていなくて・・・ごめんなさい」
「そりゃ、ワタシはニューロックが滅んだって別に構わないわよ」
「やっぱり構わないんじゃない!わたしの謝罪を返して!」
「でもニューロックが危険に晒されるのは嫌なのよ」

・・・もう訳がわからないでござる。

「アフロちゃん、もう少し詳しく説明してくれると助かるのだけど」
「・・・ワタシはアドルを気に入っているわ」
「うん、知ってる。よく知ってる」

・・・迷惑なぐらいにね。

「ワタシはアドルだけではなく、ミライも気に入っているの。同じくらいね」
「ああ、ミライちゃんね。アフロちゃんに懐いてるもんね」

ミライがアフロに走り寄って飛び上がって抱きついたのを見た時は本当に驚いたものだ。
アフロもミライを優しく抱き止めていたっけ。

「アドルはユリの護衛で一緒にライオット領に行くでしょうけど、さすがに今回はミライはここに置いていくでしょう?ワタシはニューロックではなく、ミライを守りたいの。あなた達に協力する以上、ニューロックを守れと言われれば手を貸すわ。でもわざわざ余計な危険を招きたくないの。わかる?」

アフロお得意の『わかる?』を久しぶりに聞いた気がする。

「うん、少し腑に落ちた。でも今更ライオット領に行かないという訳にも・・・」
「そこで提案があるわ」
「提案?」
「あなたが二人になればいいのよ」
「はい?」
「あなたは密かにライオット領に行くけれども、ニューロックにも残る。そしていつも通りにそろばんのオンライン授業をやることで反対派に不在を悟らせることもない」

訳がわからないでござるが再びやってきたでござる・・・

「ワタシの能力には、擬態というものがあるわ」
「うん、腕を見えなくしたり、大きさを変えたり、土に同化したりできるよね。それで?」
「ワタシがユリに擬態するわ。姿形、そっくりにね」
「ああ・・・なるほど。そういうことね」

つまりわたしのそっくりさんをニューロックに残す。
アフロがわたしの代役を務めるということだ。

「でも、見た目だけじゃ言動でさすがにバレるんじゃない?それに今の話だとそろばんの授業をアフロがやることになるけど、できるの?」
「擬態といっても見た目だけではなく、もっと深い能力なのよ。記憶も能力も写し取れるわ。ワタシの自我と精霊としての力はそのまま残るから、性格以外はほぼユリそのものになるわ」

つまりハタから見ると、言動がアフロちゃんになったわたしが出来上がるわけか。
それはそれでどうなんだろう・・・
知らないところでわたしのアイデンティティが危ぶまれる気がする。

「まあ、わたしの見た目で変な事をしなければいいとは思うけど・・・」
「変なことって何よ。ワタシの方が上品だし、むしろ良いことではないかしら?」
「それは聞き捨てならないわね」
「それと擬態は解除するまで永続する。擬態中はお互いに多少の制約が発生するのだけれどもたいしたことではないわ、いざという時にはどちらかが自分で解除すれば良いだけのことよ」

わたしの異議はスルーで、アフロは説明を続けた。
アフロの説明を聞いてもまだ色々と疑問があるので、実際にやってみてから考えることにした。

「とりあえず試してみたい。アフロちゃん、どうすればいいの?」
「ユリはそのまま立っていなさい。これからワタシが魔術を発動してユリの体を通り抜けるわ。気持ち悪いかもしれないけど少し我慢して受け入れなさいね」
「はい!?」

わたしの素っ頓狂な返事に構わず、アフロがわたしにゆっくりと近づいてきた。
そしてアフロは輪郭を残したまま眩い光に包まれたかと思うと、ぬっと両手でわたしを抱きしめた。

質量も温度も感じさせないアフロの体が、次第にわたしに侵食してきた。

「いやああああああ!気持ち悪い!気持ち悪いよ!」

痛みはないものの、無数の異物が全身に突き刺さるような、今まで感じたことのない感触に思わず絶叫した。
視界が消え、音も消え、上下感覚も消えて、何もない異空間に放り出された感覚が襲う。
内臓が異物で圧迫されて、今にも口から飛び出そうな気持ち悪さと恐怖感が増していく。
そしてわたしは気を失った。



「・・・リ・・・ユリ、起きなさい」
「ん・・・あれ、わたしは・・・」
「ユリ、気が付いたようね」
「あっ・・・わたし意識を失っ・・・てえええええ!?わたし!?わたしだ!」

目が覚めたわたしの前に、わたしがいた。
最初は頭がすぐに追いつかなかったが、気持ちが落ち着いたところで、ようやく目の前のわたしがアフロの擬態能力によってコピーされたわたしであることが理解できた。

「本当にわたしだわ・・・顔そっくり」
「顔だけじゃないわよ。ホラ、胸だってスッキリしているわよ」
「ちょっ!しまって!出さないで!わたしの姿で変な事をしないでって言ったよね!?てかスッキリした胸って何よ!」

自分が自分に服をめくって胸をペロンとした姿を見せられるとは・・・

「別にユリ本人に見せても減るものではないでしょう?」
「ほう、それ以上減りようがないってか?その喧嘩買うわ」
「自分に喧嘩を売っても仕方がないでしょうに」

はあ、とため息を吐いて手をおでこに当てて首を横に振るわたしのコピーは、アフロがため息を吐く時の仕草そのものだった。

「・・・本当にわたしの姿のまま、中身はアフロちゃんなんだね」
「そうよ。ちょっと擬態生成に手こずったけど、上手くいって良かったわ」

アフロ曰く、わたしの中の水の精霊と風の精霊の核はコピーすることができず、むしろ擬態作りの邪魔をすることになったためにわたしに余計に負担がかかって意識を失う羽目になったらしい。
次回は最初から核を避けて擬態を作るようにするので、負担は減るだろうとのことだ。

「支配契約とは違うけど、今、ユリの体の中にはワタシの魔力で作った核が入っている。その核によってワタシはこの擬態を維持しているわ」
「なるほど・・・よく分からないけどすごいわね」

どこをどう見てもわたしだ。
見た目完璧。
あとは・・・能力だね。
わたしのそろばんの技能も本当にコピーできているのだろうか。

「ねえ、アフロちゃん。そろばんの能力を試してみたいの。今から読み上げ算を読むから答えてみて」

わたしは4桁の揃いの加算を10口読んでみた。

「・・・なり、4598トールなり、2243トールでは!」
「40332トールね。ユリ、読みにくかったら『トール』ではなく『円』でもいいわよ」
「・・・ご明算よ。それに『円』まで知っているなら本物かもね」

・・・念のためもう一つだけ。

「27×23。よく聞いてね。27×23よ。この答えを出せるかしら?」
「621よ」

アフロは即答した。

「・・・どうやって計算したか説明してくれる?」
「2×3が6で、7×3が21で、合わせて621よ」
「はあ・・・これは疑う余地がないわね。わたしのそろばんの能力も知識もコピーされているわね」

アフロの説明は一見意味不明に聞こえるかもしれないが、正解を導く解法を簡潔に説明していた。

今の2桁のかけ算、もちろん普通に計算をしても答えは出せる。
だけとあえて念を押して問題を出したのは、特殊な解法があるからだ。

『2桁同士のかけ算で、かける数とかけられる数の2桁目が同じ数字、かつ、1桁目同士を足すと10になる場合』は、特殊な解法で答えを求めることができる。

その解法は、『2桁目の数字と、2桁目の数字に1を加えたものをかけたものが答えの3,4桁目になり、1桁目同士をかけたものが答えの1,2桁目になる』というものだ。

例えば78×72であれば、2桁目が7なので、7に1を加えた8とかけて、7×8=56が3,4桁目の答え、つまり『56##』となる。
そして1桁目同士をかけた、8×2=16が1,2桁目のの答えとなるので、合わせて『5616』が答えとなる。

ただ単に計算ができるだけではなく、このマニアックな解法をアフロが行使したことで、アフロがわたしのそろばん能力もコピーした証明だと信じることができた。

「ユリ、これで大体理解いただけたかしら?」
「うん、わかった。これでわたしがライオット領に行っている間もわたしはニューロックに存在できて、そろばんの授業もできるって算段ね・・・でも心配だからなるべく早く帰ってくるわ」

なお、擬態を解除するにはアフロが術を解くか、わたしが土の精霊の核を魔力として体外に放出してしまえばいいそうだ。
そして再び擬態を作るためには、またあの気持ち悪い儀式をしなければならないらしい。
よって、ライオット領を訪問中はずっと擬態を維持しなければならないが、わたしの魔力とアフロの魔力が相互リンクしているため、お互い負担にはならないそうだ。
よく分からないけど、そういうことにしよう。

「ユリ、今日はここまでにして、訪問中の対応については後で認識合わせをしておきましょう」
「そうだね、じゃあ擬態を解除しようか。土の精霊の魔力を放出すればいいんだよね」
「体の中心・・・このあたりにワタシの魔力の核があるはずよ。そのまま外に押し出してしまいなさい」
「だからわたしの顔で服をはだけないで!」

慎ましい胸をさらけ出したアフロに苦言を呈したその時、応接室の扉が開かれた。

「ユリ、アフロさん。だいぶ時間が経っているが大丈夫かい?さっき悲鳴みたいなものが聞こえたから・・・うわあああ!」
「アドル!?いやああああ!わたしじゃないけど!わたしだから!見ちゃダメぇぇぇ!」

わたしは慌ててわたしのコピーに抱きついて露出した胸を隠したが、おそらく見られてしまっただろう・・・

アドルは間違いなくラッキースケベの精霊に愛されていると思う。
・・・アドルのバカ!


後日、アフロとの最終認識合わせの中で、アフロには『絶対に人前で服をはだけないこと』と三十回ほど念を押しておいた。



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