ポニーテールの勇者様

相葉和

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062 わたしの覚悟

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「ついに、自分で『勇者』って言っちゃったね・・・」
「ユリよ。見事な宣言じゃったぞ。もっと誇るがよい」

カークが提案した建国案発表の翌日、わたしはディーネと二人で客室にいた。
カークの館に滞在している間、わたしとディーネにあてがわれた部屋だ。

他のみんなはそれぞれ役割を持って動いていた。
カークとアドルとエリザ、そしてカークの部下達は、建国宣言の準備、宣戦布告の準備、ニューロック防衛の方法の検討等に取り掛かっている。
そのへんの準備やシナリオ作成は三人に丸投げした。

ホークスは、アーガスのみんなをカークの館に呼んで、今後の事を説明するための準備をしていた。
エスカにはニューロック防衛のための魔道具作りの指揮を依頼する予定だ。

わたしは、建国宣言の時に行う挨拶を考えてほしいとカークに言われ、自室にいた。

「何を言えばいいかなー?」
「ユリの思いをどーんとぶつければ良いのじゃ」
「どーんとねえ・・・」

実際のところ『挨拶を考えろ』というのは、口実だろうと思っていた。
たぶんカークは、これからの重責の前に、一人で色々考える時間をくれたのだろう。
正直、こうして誰にも邪魔されずに、一人で静かに過ごす時間をくれるのはありがたかった。

「でも、一人と言っても、ディーネちゃんはわたしと一心同体なので、わたしと合わせて一人だからね!」
「急にどうしたのじゃ?」

その時、扉をノックする音が聞こえた。
返事を返して、入室を促す。

「師匠!」

はやくも静かに過ごせる時間は終了したようだ。

「師匠、少し体を動かしませんか?気分転換にお手合わせをしていただけないでしょうか」
「お手合わせね・・・そうね、気分転換しましょうか」

わたしとディーネとノーラは、騎士達の訓練場に向かった。
修練に励んでいる騎士達はわたし達を見ると、訓練の手を止め、わたし達に一礼した。

「ど、どうも・・・」
「師匠、恐縮することは無いですよ。ここにいる者たちは昨日の話を知っています」

・・つまり、わたしが異世界人だということも知っているということね。
余所者が太守を唆してとか、こんな奴に何が出来るんだとか思っているんじゃないだろうか。

一人の騎士がノーラに近づいてきた。

「ノーラ殿。これから訓練ですか?」
「ええ。ちょっと場所を借してほしいのだけど。ユリ師匠、この人は訓練教官、兼、分隊長をやっている者です」
「そうなんですね。分隊長さんすみません、少しだけお邪魔します・・・」
「どうぞご遠慮なく。お前達、少し休憩していい。場所をあけろ」

騎士達は壁際に下がり、わたし達に訓練場をまるっと貸してくれた。

・・・これって、もはや公開訓練なのでは。
みんなに見られながら戦わなきゃならないなんて。

下手な試合を見せたら幻滅されそうだ。
どうしたものか。

「師匠、ルールはどうしましょうか。武器を使ってもいいですし、先日のように徒手でも構いませんよ」
「徒手でいいわよ。それと今更だけど、わたしが先日勝てたのはたまたまなのよ。だから師匠なんて呼ばなくていいからね」
「いえ、わたしはユリ師匠を師匠と呼ぶことに決めたのです。では、一手ご指南、お願いします。あ、もちろん格闘用の魔道具は使ってください」

魔道具は使わないけど魔術は使う。
同じことだけど。

審判役の分隊長が始めの合図をかけた。
わたしは前回と同じように虚式の構えを取り、水の防御を展開した。

ノーラが攻め込んできた。相変わらず速い。
正面から飛び込んできたかと思うと、一瞬で姿を見失った。
ノーラはサイドステップで横に飛び、体制を低くして足払いをかけてきた。

打たれ強いわたしに対してひっくり返そうという魂胆のようだったが、反射防御が打撃の威力そのものを吸収し、弾き返した。
一度引いて体制を立て直すノーラに向かってわたしはダッシュで急接近し、ノーラの体に触れようとしたが、やはりノーラの体捌きは素晴らしく、私に一切触らせない。

そこからノーラとの攻防が続いた。
といってもわたしがノーラの攻めを水の防御でガードしている時間の方が圧倒的に長い。
わたしが一方的に攻められているような感じだ。
するとノーラがわたしの頭をめがけてハイキックをしてくるのが見えたので、腕で防ごうとしたが、ノーラの足の軌道は変化し、わたしのがら空きの胴を捕らえていた。
わざと見えるような蹴りからのフェイント攻撃に、わたしはまんまと引っかかってしまったようだ。
水の防御のおかげでダメージはほぼ無いが、ポイント制の試合ならわたしの一本負けだろう。
全くひるまないわたしに、ノーラが次の攻撃を仕掛けてきた。
一歩踏み込んでの右足前蹴り、それを体を左にそらしてよけると、ノーラは体を横に一回転させ、左裏拳をわたしの顔に叩き込んだ。
クリーンヒットだったが、水の防御が完全に機能して、私にはダメージが無かった。

・・・普通なら完全にわたしの負けだ。
だから、ごめんね、ノーラさん!

わたしはノーラの左手を掴むと、空いている右手でノーラの体に向けて掌底を突き出した。
ノーラは体を引いてわたしの掌を避けたかに見えたが、ドンッという音と共に、ノーラの体は十メートルほど吹き飛ばされ、床に倒れた。
周囲の騎士達からは驚きの声があがった。

・・・『なんちゃって発勁』、うまくいったかな?

わたしもあれから研鑽を積んで、そこそこの近距離であれば魔力の塊を放出して、対象を吹き飛ばすぐらいの事はできるようになっていた。
触れなくとも、今ぐらいの近距離であればそれなりに効果を発揮できる程度には魔力を扱う腕が上がっていた。

「ふう・・・さすが師匠です。驚きました。完全に避けたと思っていたのに」

ノーラは起き上がると、降参を宣言した。
どうやら無事なようだ。

「そんなことないよ。ノーラさんだって凄かったもの。有効打はノーラさんのほうが全然多かったから、ポイント制の試合ならわたしの完敗よ」
「いえ、倒せなければ何発当てても同じことです。さすがは師匠です」

・・・ノーラさんの攻撃を何発も食らって立っていられる人はそういないと思うけどね。

念のため、怪我や痛いところが無いか確認したが、大丈夫なようだ。

「ユリ師匠、本日の御指南、ありがとうございました。分隊長殿、場所を貸してくれてありがとう。どうだ?ユリ師匠の力、凄かっただろう?」
「はい。驚きました。まさかノーラさんが吹き飛ばされる所を見るなんて・・・」
「ふふ、そうだろう。わたしの師匠だからな。・・・皆もユリ師匠の力を見て、理解したと思う。だから安心して師匠たちに協力して欲しい!」
「はっ!」

ノーラが壁際に下がっていた騎士達にそう声をかけると、騎士達は頷いたり、わたしに称賛の声をかけてくれたりした。
わたしの力を認めてもらえたようでなによりだ。

・・・ってもしかして、ノーラさん、謀った?
わざと負けたとは思わないけど、わたしの力を皆に見せて信頼を得ようとしたとか・・・

ノーラの真意はわからないけど、体を動かした事で少し頭も体もスッキリした。
この後は部屋に戻って、建国時の挨拶をゆっくり考えることにしようとした。

「あ、そうだ、師匠。後でまたお部屋に伺いますね。見せたいものがあります」
「え?はい。ではお待ちしていますね」

・・・静かに過ごせる時間はまだ来ないようだ。



わたしは部屋に戻り、お茶を飲んで喉の渇きをいやして、ノーラが来るのを待っていた。
それほど待つことなく、ノーラは部屋にやってきた。

「で、ノーラさん。見せたいものって何?」
「これです。出来ましたよ!見てください!」

手に持っていた紙をバッと広げる。

「うわあ、素敵・・・」

紙には絵が描かれていた。
水紋のような縁取りをした枠の中に、大きな翼と嘴をもつ鳥のシルエットが背景として描かれていた。
枠の中央には、女性の横顔と思われるシルエットが薄い黒で描かれている。
その女性のシルエットの髪型は、躍動感を感じるポニーテールだ。
全体的なバランスも良く、まとまり具合も、色合いもとても綺麗だ。

・・・この輪郭と髪型、たぶん、わたしだね。
そして背景はディーネちゃんだ。かわいい!

「師匠のトレードマークであるポニーテールの描写については特にこだわらせていただきました。そしてどうですか、この師匠の横顔。とても凛々しく、美しいと思いませんか?」

ノーラはやりきった顔をして、絵の中のわたしを褒めた。

「もしかしてこの絵、ノーラさんが描いたの?」
「はい。私が描きました。お気に召すと良いのですが」

ノーラの鼻息は荒く、胸を張ってドヤ顔をしている。

・・・ノーラにこんな才能もあったとは。
わたしには絵心がないので、絵が上手な人が羨ましい。
わたしの横顔っていうのがちょっと恥ずかしいが、シルエットなのでまあいいか。

「すごく素敵よ。とても気に入ったわ。ノーラさん、凄いのね!」
「お褒めに預かり大変光栄です。ではさっそく量産して、国旗と、紋章にあつらえます」

・・・今なんて言った?

「ノーラさん、今、国旗って言った?」
「はい、そうですよ。我が国の国章となる絵ですから」
「なんですとおおおお?」

この絵が国章に・・・わたしが国旗に・・・
恥ずかしすぎるでしょうが!
『とても気に入ったわ』とか言っちゃったよ。
何様だよ!

・・・勇者様です。私が自分で言いました。

「ユリよ、良い絵だと思うぞ。妾も気に入ったのじゃ。特にこの鳥の絵。素晴らしいのう。国章に相応しいと思うのじゃ」
「大精霊様のお墨付きとあれば、もう決定ですね。ありがとうございます。では!」

退室の挨拶を済ませると、ノーラは素早く部屋を出て行ってしまった。

「ああああ・・・」

今度こそ静かに過ごせるようになったが、頭の中は全く落ち着かなくなってしまった。



お昼の鐘が鳴り、アドルが昼食のためにわたしを呼びに来た。
食堂に歩みを進めながら、アドルから建国の挨拶の進捗を聞かれた。

「ユリ、演説の進み具合はどう?」
「ちょっとした割り込みがあってね。あまり進んでないわ」

はあ、と溜息を吐く。

「聞いてよアドル。ノーラがね、わたしの顔のシルエットで絵を描いて見せてくれたの。それはとても素晴らしかったのよ。でもそれを国章に使うというの。わたし、そんな事を何も聞かされないまま、騙し討ちみたいな感じで言われたのよ。ちょっとずるいと思わない?」
「あー、うん。そうなんだね・・・」
「アドル?ちゃんと聞いてる?」

アドルは苦笑しながら、こめかみあたりを掻いている。

「その絵、オレ達も協力したんだ。実際に絵を描いたのはノーラさんなんだけど、構成の原案とかで少し協力をね。ユリを擁立した新しい国に相応しい国章になるようにって・・・」

くっ、ここに共犯者がいたとは・・・

「アドル、その・・・絵は本当に素敵だと思うの。だけど、国章とかではなく、例えば、象徴的な何かとか、『マスコットキャラクター』的な扱いとか、そんな感じで使い方の格を落とすのはダメかな?」
「『ますこっときゃらくた』が何かわからないけど、ユリとディーネを意匠したものの格を落とすわけにはいかないよ。国の品位が損なわれてしまう」

ふーん、そういうものですか・・・
もっと国民に近い、親しみのある立ち位置になりたいんだけどなあ。

あ、わたしがしたい事って、そんな感じ?
少しヒントになったかもしれない。

それにこの領地は、太守のお人柄のおかげで結構おおらかっぽい。
わたしの気持ちに共感してくれる可能性は高い。

「それに、ユリ。もう手遅れだと思うんだ」 
「?」

食堂に到着し、使用人が扉を開けてくれた。

そこでわたしが見たのは、部屋の正面に飾られた、例の国章が描かれた大きな旗だった。

「既に完成していたのね・・・」

はい。もう諦めます・・・
わたしはみんなに力を貸すと決めたんだし、存分にわたしを利用してもらう覚悟を決めた。



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