ポニーテールの勇者様

相葉和

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019 父と娘

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「・・・」

寝起きで回転の悪い頭でもなんとなく分かる。
わたしは今、テーブル越しに、見知らぬ男に槍を突きつけられている。
おそらく、ミライのお父様に。

ミライはすがるように男の足に掴まり、止めようとしてくれているように見える。
わたしも下手に事を荒げるのは避けたい。
とりあえず相手の出方を伺う事にする。

「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・誰だ」

よし、質問待ってました!

「・・・わたしは、海で溺れて、浜に打ち上げられた所をミライちゃんに助けていただきまして」
「嘘をつくな」
「え?いや、本当ですよ?」
「ミライが外に出られるはずがない。お前が娘を騙して押し入ったのだろう?金目当てか?逃げ損ねたのは運の尽きだったな」

外に出られるはずがないって、何ですかそれは。
実は足が悪かったとか?

本当は足が治っているのに勇気がなくて歩けなかったミライがわたしにびっくりした拍子に歩けるようになって、ミライが歩いた!みたいな?
だったらむしろわたしは恩人じゃない?絶対違うと思うけど。

「いや、本当なんですって。ミライちゃんがこの家の窓からわたしを見て、途方に暮れているわたしの様子を心配して、わざわざ来てくれたんです」
「父様、本当なの。ミライがお外に行って、ユリお姉ちゃんを助けたの。母様が言ってたでしょう?困っている人は助けてあげなさいって。ユリお姉ちゃんは困っていたの」
「本当か、ミライ。外に出られたのか?本当に?」

ガン!
ちょっ!あぶなっ!

お父様が急に槍を手放したため、テーブルで跳ねた槍の切っ先が目の前で揺れた。
わたしは慌てて立ち上がり、椅子が倒れるのもお構いなしに一歩下がって刃先を避けた。
お父様は両手でミライちゃんの肩を掴み、真っ直ぐミライを見ている。
それから少し言葉を交わした後、お父様は笑顔でミライを抱きしめた。

この親バカめっ。
まあ直近の命の危機は去ったので良しとしよう。



「・・・先程は失礼しました」
「いえいえ、こちらこそ、眠りこけてしまいまして・・・」

一応、誤解は解けたため、皆でテーブルを囲んで座り、お互いに謝罪し、自己紹介をする。
父親の名前はドルフというらしい。

「娘は、妻が亡くなってからというものの、すっかり落ち込んでしまって、家から出ることもできず、ずっと引きこもっていたのです。ですから、外に出て、おまけに知らない人を家に招き入れるなんて信じられなくて」

なるほどそういうことだったのか。
わたしの残念な姿が役に立って何よりだよ。

「そうなの。ユリお姉ちゃんはミライが助けたの」

素敵なドヤ顔を見せるミライを、ドルフも喜びの表情で見つめる。

「だけどなミライ、勝手に知らない人を家に入れるのはダメだと言ったろ?そのお姉さんは優しい人だから良かったが、次はちゃんと父様に相談しなさい」
「分かった!」

ニコニコしながらミライが答える。
仲良し父娘って感じで、とても良い絵面だ。

「こんなに笑っている娘を見たのも久しぶりです。あなたが溺れてくれていてよかった!」

言い方!
まあいいけど。

「あの、ドルフさん。わたし、溺れてしまったせいで、荷物や着ていた服をダメにしてしまいまして。それで、見ての通り、お母様の服をミライちゃんから借りているのですが、少しの間、お借りしても良いですか?なるべく早めにお返ししますので」
「よかったら差し上げますよ。よくお似合いですし。きっと妻も喜ぶでしょう。せっかくなので、着替え用にもう二、三着お持ちください。帰りにも必要でしょう」

遠慮するのも悪いと思って、ご厚意に甘える事にする。
せっかくなので他にも色々聞いてみる事にした。

「あのー、わたしがここに流れ着いた事はお話したと思いますが、右も左も分からなくて。ここは何と言う街ですか?」
「ここは王都管理区に属するナーズです。港町で、漁業が盛んです。わたしも漁師をやっています」

ナーズに住む人の多くは漁を生業としているらしい。普通の狩猟だけでなく、漁場を荒らす海の魔獣退治も行うらしい。海の魔獣を専門に狩る仕事もあるそうだ。
魔獣って食べられるのかな?

「海の魔獣は食べません。魔石狙いですよ。海の魔獣から水の精霊の力を多く宿した魔石が採取出来るのはご存じでしょう?」
「え、ええ、そうですね・・・」
「もしかしてあなたの地区では魔獣を食べるのですか?」

うっ、何て答えよう・・・

「えーと、食べる地域もあったような・・・」
「ああ、もしかしてニューロック出身の方ですか?あの地方は魔獣でも食べると聞いた事があります」

知らない地名が出てきたが、安易に肯定もできないので笑顔ではぐらかす。

「しかしニューロックの方から流れ着いたとすると、随分な距離ですね。よく死ななかったものだ」
「実はショックで少し記憶も失っておりまして。船から落ちたのですが、その時には既にこの近辺に来ていたのかも知れませんね」
「船という事は、王都との連絡船かな。ニューロックからの定期便はこの時期走ってたかな・・・」

ドルフが腕を組み、あれこれと推測を始める。
このままこの話題を続けると墓穴を掘りそうな予感がするので、話を変える事にする。

「たぶん王都に用事があったと思うので、王都に行けば何か思い出すかも知れませんし、わたしを探している人に会えるかもしれません。ですので、王都には向かいますが、せっかくなのでナーズを見学してから王都に向かおうと思うのですが、どこか観光に良い所とかありますか?」

王都には行くつもりだし、王都でアドルを探して無事を確認しなければならないので、嘘は吐いていない。

「観光ですか?いやあ、小さな港町ですし、見所は少ないですねえ。市場は活気があって楽しめるかもしれませんね。明日はちょうどお得市の日ですし、ちょっとした祭りみたいで面白いですよ」

お得市は普段のお店の他に、露店や屋台がたくさん出て賑やかなのだそうだ。

・・・楽しいかもしれないけど、お金がないから指を咥えて見る事しか出来ないね。

もっと低予算、むしろ無料で観光できる所はないか尋ねようとした。
しかし、ミライからひとつの提案が出された。

「ユリお姉ちゃん」
「なに、ミライちゃん」
「ミライが市場を案内しようか?」
「「えっ!?」」

わたしとドルフさんが揃って驚きの声を上げる。
なにしろ半年近く、家から一歩も出れなかった子なのだ。

「ユリお姉ちゃんと一緒ならミライも市場に行きたい」

一体どのタイミングで懐かれたのかは分からないが、唐突な提案に何と答えれば良いかわからない。
会って半日しか経っていない人様の娘さんを連れ出すのはちょっとダメだろう。
しかし、ミライの話の続きを聞いて、私は掌を返した。

「市場を案内するから・・・代わりに・・・その後でいいから・・・ミライの母様のお墓参りに一緒に付いて来てほしいの」
「ドルフさん、わたしにお任せください。必ずやミライちゃんをお母様の墓前に連れて参ります」

ミライのお願いを聞いた瞬間、わたしの胸はズキューンと撃ち抜かれていた。
既にわたしの心は観光目的から、ミライをお母様のお墓参りに連れて行くというミッションに切り替わっていた。
ミライのために、何が何でも達成しなければならない。

「ユリさんのおかげで娘が変わろうとしてくれているのです。こちらこそ、是非お願いします」

ドルフもミライの提案を喜び、快く承諾してくれた。

町に繰り出すのは明日にして、今夜はこのままドルフの家に泊めてもらうこととなった。
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