ポニーテールの勇者様

005 結界チャレンジ

等間隔に並ぶ橙色の照明に照らされた薄暗い城内の廊下を、バルゴ王とその護衛騎士達と共に歩く。
何度も階段を下りていく。
城の地下に向かって進んでいるらしい。

・・・いい加減、足が疲れてきたんですけど、まだですかねえ？

城内の廊下は若干暑い。
歩き続けた疲労も相まってじわりと汗も出ている。
今の季節は夏だろうか。
そもそもこの世界に四季のような概念はあるのだろうか。
せっかく温泉に入ったのに、また汗をかいちゃったよ、ちくせう。

そんな事を考えながら歩いていると、どうやら目的の場所に着いたようだ。

・・・波の音？

港や海辺で聞くような、一定間隔で押し寄せてくる波のような音が聞こえる。
もしかして城内に船着場があるのだろうか。

「ここには軍船や、貨物船が停泊できる港があるのです」

フラウスがそう説明し、通りがけにチラ見できる範囲の船について解説してくれる。

「定期運用の貨物船が、城に資材や税収品を運びこみます。軍船は主に海の魔獣退治ですね」

つまりここは城の地下でもあるが、海抜ゼロ地点付近に建造されている城用の港らしい。
海の魔獣なんてやつもいるのか。
さすがはファンタジックな世界である。

今は夜のため、港で働いているものは少なく、せいぜい警備の兵士がいる程度だ。
てか今何時？

旅館でハムスターの捜索に出撃したのは十九時過ぎぐらいだっただろうか。
あれから四時間ぐらいは経っているとすると、日付が変わる前ぐらいだろうか。
そう思うとちょっと眠たくなってきた。足も痛いし。

あれ？貨物船で荷物を運んでくるのであれば、階段ではなく、昇降機的なものがあるんじゃないの？
そう思って聞いてみる。

「ああ、昇降機なら埠頭から集荷所に入ってすぐのところにあるぞ。城内直通だ」
「あるなら使わせてくださいよ！歩き過ぎて疲れたし、階段はきついし、眠いし・・・」
「自分の城だ。自分の足で歩けなくてどうする？」
「わたしの城じゃないですし」
「・・・帰りは使わせてやるから」

バルゴとわたしの会話を聞いた護衛騎士達が「陛下にそんな口の聞き方を・・・」「さすが勇者殿といったところか・・・」とヒソヒソ声で話をしている。
なんと言われようが合理主義のわたしは引かない。
わたしは肝の据わった女。
別に眠いから機嫌が悪いわけではない。たぶん。

港湾地区を抜けると、小奇麗な回廊に差し掛かる。
通路の壁はクリスタルのように磨かれ、青白く、薄く光っている。
床は水色の絨毯のようなものが隙間なく敷かれている。
地下の奥まった場所にしては違和感があるぐらいに、豪華で綺麗だ。

小奇麗な回廊は何度か曲がり角はあったが、一本道だった。
五十メートルほど進むと、これまた豪華で重厚な扉があり、その両脇に警備の兵士と思われる二人が立っている。
フラウスが警備兵に声をかけると、一人の警備兵が扉を開く。
通路に明かりが漏れる。

「うわあ・・・これが、水の精霊の結界？」

扉を開けると、キラキラ光る半透明の油膜のようなものが、部屋いっぱいに見えた。
水の精霊の結界だと、直感で思った。

「仰るとおり、これが水の精霊の結界です。我々ではこの先に進むことができませんでした。なお、この部屋の中の構造ですが、部屋に入って少し進むと、床がくり抜かれている場所があり、海と直結しています。そこで水の精霊が休眠していると思われます」
「海側から水の精霊に接触する事も試みたが、やはり海中からも結界で阻まれてしまった。水の精霊を中心に、この部屋と海中を囲うように結界を広げていると思われる」

わたしは結界の美しさにしばし見とれていたが、やるべきことを思い出し、一歩前に出る。
この結界をわたしが抜けられるかどうか。
わたしにとって、王にとって、この星にとって、重要なことはその一点である。

「このまま部屋の中に向かって進んでみればよいでしょうか？」
「頼む」
「もしも入れたら、速やかに戻ってきてください。今日は確認だけなので、部屋の奥まで進む必要はありません」

バルゴとフラウスにそう言われ、結界の中に進む決意を固める。
結界の直前まで進んで歩みを止める。あと一歩で結界に飛び込める距離だ。

・・・これが実は盛大なドッキリで、部屋に入った途端に落とし穴があって、小麦粉まみれになったわたしに旅館の仲居さん達が「ドッキリ成功！」ってプラカードを持って出てきてくれたらむしろ嬉しいんだけどな・・・

いっそそんな結末になることを祈りつつ。

「せぇ～のっ、はい！」

目を瞑り、部屋の中に、結界の中に、右足を大きく踏み出した。

ガクン！

「・・・うひゃっ！あぶなっ！」

まさかの段差トラップだった。
部屋の中は廊下に比べて二十センチほど低くなっていた。
目を瞑ったまま踏み込んだために、段差に気が付かずに足を取られ、危うくすっ転ぶところだった。

絶叫マシーン好きとしてはヒュッと落ちるような感覚を味わうのは嫌いではないが、状況が状況だけに心臓がまだバクバク言っている。
変な声も出ちゃったし。
外で聞かれていない事を祈ろう。

改めて部屋の中を見渡す。

「ドッキリ成功・・・は無いね、やっぱり」

やはり仲居さん達の出迎えはなく、部屋の中はがらんとしていた。

ちょっとしたオフィスビルの一室ぐらいの広さがあるだろうか。
廊下と同じく、部屋の壁や天井は磨かれて薄く青白く光っており、床は模様入りの青絨毯のようなものが敷かれている。
幻想的かつ高級感を感じる部屋だ。
もっとも、水の精霊の結界の中にいるため、キラキラ光る油膜越しに見える風景ではあるが、内側からは割と透明感が高いように見える。
 
部屋の奥の方には、話に聞いていた通り、床が五メートル四方程度に切り取られ、海に直結しているであろう穴が空いている。
話のとおりであれば、そこが水場になっていて、水場の中には水の精霊がいるのだろう。

この部屋に繋がる廊下の床より、この部屋の床のほうが低いのは、部屋の中にある水場のせいだろうか。
先程の段差は、水位が急に上がっても城内に水が入り込まないようにするための工夫なのかもしれない。

「とりあえず部屋には入れた。結界はクリアできたと考えて良いよね。そこにいるらしい水の精霊が気にはなるけど、どうせ今は何も出来ないし」

・・・ちょっとだけチラ見してみる？
水の精霊ってどんなのだろう？
ファンタジー小説に出てくるウンディーネのような感じだろうか。それともでっかい水棲怪獣だろうか。

水の精霊が気になったところで、もう一つ気になる事があった。
『結界』って、普通は侵入検知機能とかあるのが普通だったりしないのかな。
わたしが今ここに入っていることが水の精霊に探知されていたら？

「・・・うん、やめよう。予定通り戻りましょうね」

唐突に怖くなったわたしは回れ右をして、元来た回廊に向かって急いだ。
結界をすり抜け、回廊に戻る。

ガッ！

・・・段差に足を引っ掛け、盛大にすっ転びながら。

怖さのせいで段差を完全に忘れてたよ。

「勇者殿。よくぞ・・・その・・・大丈夫ですか？」

戻ってきたわたしに、結界を抜けることが出来た事をたたえる言葉でも掛けようとしていたフラウスだっただが、廊下に向かってビターンとすっ転んで出てきたわたしを見て、なんとも言えない顔をしながら、掛ける言葉を変えたようだ。

「・・・段差があるなら先に教えて下さい」
「いや、入る時はともかく、戻る時は分かるのではありませんか？」

ぐうの音も出ねえよ！

とにかく、結界を抜けることが出来たわたしは、さすがは勇者殿と讃えられ、これで星が救われると護衛騎士達は活気づいた。
足も掬われたけどな！

「見たとおりだ。勇者殿は水の精霊の結界を通り抜けることが出来た！明日はいよいよ水の精霊の凶暴化を鎮めるための作戦を行う！皆、今日はゆっくり休み、明日に備えよ！」

バルゴの檄に護衛騎士や警備兵は士気を上げ、明日に備えるために最低限の見張りを残して、本日は解散。おのおの自室に戻って休むこととなった。わたし達も城内に戻ることにする。

今度はしっかり昇降機を使わせてもらい、城内に戻ると、客室に案内してもらった。

「本日はこちらの部屋を使ってください。後ほど侍従が湯浴みのご案内をします。夜分のため、来賓向けの夕食は準備出来ませんが何卒ご容赦ください。軽食程度であれば用意させますが、召し上がりますか？」
「いえいえ、お腹は足りていますので大丈夫です。湯浴みも結構ですので。今日はこのまま休みます」
「そうですか。では、何かありましたら、部屋の外にいる護衛に申し付けください。ごゆっくりどうぞ」

早く一人になりたかったわたしは、フラウスの申し出を断り、客室の扉を閉じてもらった。
城で一番豪華な客室を用意するとバルゴが言っていたが、たしかに高級そうな家具や調度品が並んでいる。
天蓋付きのベッドとか、どこのお姫様だよ。・・・ちょっと憧れてたけど。
ジーパンだけ脱いでベッドにダイブし、フカフカの掛け布団に包まると、どっと疲れが押し寄せてきた。

「あ～・・・疲れた。本当に疲れた。異世界の勇者殿って何さ、知らんがな・・・」

実家に帰る前の、ただの温泉旅行のはずが、なんでこんな事になってしまったのだろうか。
布団に包まって愚痴をこぼし、今日一日の事を思い返す。

・・・温泉に入って、美味しいご飯を食べて、行方不明のハムスターを探していたら、異世界に勇者として召喚されたでござる？
まったく訳がわからない。
未だに夢なんじゃないかと思うけど、既にダメージを受けているほっぺたのためにつねるのは自重する。

「歩き疲れて足が痛いし、やっぱり湯浴みさせてもらえばよかったかな・・・明日、水の精霊が開放できれば帰れるだろうし、まあいっか・・・」

独り言をつぶやき、しばし無心になった後、改めて考える。
今の独り言に違和感を感じたのだ。何かが思考の中で引っかかっている。

そしてガバッと起き上がる。
気がついてしまった。いや、なんで気が付かなかった？

フラウスさんはこう言っていた。

『まず、勇者殿にお願いしたいのは、水の精霊の凶暴化を抑えることです』

まず？
『まず』って事は『次』もある？
そう言えば精霊はあと何種類いる？
少なくとも火と風と光って単語が出た気はする。それ全部？
すべての精霊が凶暴化しているとは言っていない。凶暴化していないとも言っていないけど。
水の精霊問題を解決したら帰っていいって言ってた？言われてないよね。
勝手にそう思っただけだよね。
そもそも日本に戻れるの？召喚の魔術があるなら帰還の魔術もあるよね？
まさか一方通行だったりしないよね？ちゃんと帰れるよね・・・

思考に落ちること数刻。

「・・・考えても仕方がない。寝よう」

『まず』明日やるべき事は水の精霊の凶暴化を治してあげる事だ。
明日改めて、日本に帰してもらう事を交換条件にして、水の精霊の対応をしてもいいだろう。

そんなことよりも、

「替えのパンツ、どうしよう・・・」

乙女としては、替えの下着が無い事のほうが切実だった。