ポニーテールの勇者様

相葉和

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001 そうだ温泉に行こう

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「陛下。ようやく候補が見つかった模様です」

自室で休んでいたバルゴの元に護衛騎士隊長がやって来たのは、夕刻の鐘が鳴ってしばらく経った頃だった。

「やっと見つかったか。数ヶ月かかったが、まずはなによりだ。魔導師達も連日の魔術行使でいい加減疲弊しているだろうからな」
「はっ。このまま召喚魔術が一度で成功する事を祈るばかりです。つきましては魔導師長より、引き続き勇者召喚の術式に入るとの事ですが、ご足労いただけますか?」
「勇者、か。分かった。すぐに行く」

まだ着替えをしていなかったバルゴは、勇者という言葉に苦笑を浮かべつつ、手早く装備を整えて自室を出ると、外で控えていた護衛と共に、魔石の灯りに照らされた城の廊下を歩き始めた。



「はああああ、生き返るわ~。やっぱり温泉はいいわね~。ふわああああ…」

まだ疲れが取れていないのか、ちょっと熱めの温泉に足を伸ばして入るやいなや、豪快にあくびが出る。

わたし、千登勢由里は温泉に来ていた。

「忙しいのは嫌いじゃなかったし、徹夜だってたまには仕方ないと思うし・・・むしろ夜中に会社でみんなと夜食を食べながら仕事をするのって普段と違う感じでワクワクするし、何より仕事自体は面白かったんだけどなあ・・・」

岩風呂の縁に肘枕の体制で、水滴で岩の上にのの字を書きながら、誰もいない貸切状態の露天風呂で少し大きめの独り言をつぶやきながら、由里は考えていた。

連日の過重労働による疲れと睡眠不足に加え、上司から後輩へのセクハラに嫌気がさして、辞表がわりに上司の顔面に裏拳を叩きつけて会社を辞めてから1週間が経っていた。

・・・あの後、鼻血を垂らしてぶっ倒れたハゲ上司を応接室に運び出し、応急処置をしてもらっている間にわたしは会社の幹部連中から事情聴取を受けた。
幹部連中が事態の把握に努め、同僚や後輩からも情状酌量の訴えが出たおかげで、わたしは刑事的な責任を取らされることもなく、反省文だけでお咎め無しとなったが、そこは社会人のけじめとして退職することを決意した。

「社会人と言っても、まだ3年目のペーペーなんだけどねー」

短大を出て運良く即就職できた会社だが、3年目程度では愛着も無い。
いや、上司を除けば人間関係も良好だったし、後ろ髪を引かれる思いも少しはあるが、タイミングとしては悪くは無いだろう。

・・・この先もハゲ上司と顔を合わせるのは気まずいし。

辞めた会社の事をいつまでも考えていても仕方がない。
せっかくの温泉を楽しまないと損だ。

「実家のお土産、何にしようかな。友達もみんな元気かな」

岩風呂の縁に頭を乗せ、両腕を左右に伸ばして両肘を縁にかけ、湯船の中で仰向けの姿勢に変える。
申し訳程度の胸が湯から顔を出す事は無い。
しっかり温まること請け合い?やかましいわ。

頭の中で一人ツッコミしてから、明日帰る実家の事や、地元の友達と再会したら何をして遊ぶかなどと考えつつ、のぼせる直前まで温泉を楽しんだ。



「美味しかったー!もう食べられないよ。ふぅ…」

温泉から上がり、部屋に用意された素敵な夕食をたいらげ、一息つく。

友人に勧められたこの温泉旅館。
会社を辞めたお陰で気兼ねなく閑散日の平日に宿の予約が取れたため、実家へ帰る前に泊まってみる事にしたのだが、オススメ通り最高だった。

お酒は飲めなくもない。
むしろ好きだ。特にビールが。
大酒飲みの部類とか、お前に高い酒は勿体無いとか友人からは言われるが、まったくもって心外である。

飲み会では飲むけど一人で飲む気になれないタチだし、後で温泉街でもブラついてみようと思っていたので、食後にお酒ではなく麦茶を飲んでくつろいでいると、何やら廊下の方が騒がしくなった。
数人がドタバタ走り回っているような音が聞こえる。

しばらくするとわたしの部屋がノックされた。
従業員と思わしき女性の声が扉の外からかけられる。

「お客様、お休みのところすみませんがよろしいでしょうか」

とりあえず話を聞いてみることにして、そっと扉を開ける。

「お休みのところ大変申し訳ございません。実はその・・・他のお客様のペットが逃げ出してしまいまして、こちらのお部屋に入ってきていないか、確認させていただきたいと思いまして」

この旅館、ペット同伴可だっけ?と思いつつ、話を聞いてみると、逃げ出したのはハムスターで、わたしと同じように、実家に帰省する途中に立ち寄った客のペットらしい。

小動物だし、基本的にはケージから出す事も無いので、事前に許可を取った上での宿泊だったが、仲居さんが布団を敷きに客の部屋に入った際、部屋の入口付近に置いておいたケージに足を引っ掛けてひっくり返してしまい、大脱走劇が始まったそうだ。

「まだ、遠くには逃げていないと思うのです」

どこの刑事のセリフだよと思いつつ、顔面蒼白で今にも泣きそうな顔になっている仲居さんがちょっと気の毒に思えてきたので、わたしも協力する事にした。
肩の少し下まである髪をヘアゴムで普段どおりのポニーテールに手早くまとめると、仲居さんに提案する。

「こっちの部屋には入ってきていないと思います。良ければわたしも探すのを手伝いますよ?」
「え、いえ、そんな、お客様にそんな事をさせるわけには」
「食後の運動にちょうど良いですし。動物は好きなので触るのも大丈夫です。ハムスターを飼っていた事もありますので」
「本当ですか!それは心強いです!ありがとうございます!」

両手を握りしめられ、めちゃくちゃ感謝された。
さては仲居さん、動物が苦手だな?



「おーい、どーこだー」

なんて、飼い主でもないわたしが声をかけたところでハムスターは逃げるだけなので、小声で独り言気味につぶやきながら、飼い主様からいただいたひまわりの種を握りしめて廊下を彷徨う事、十数分。

かつて、わたしも実家(二階一戸建て)でハムスターを飼っていた。
その時、二階の自室のケージから一度ならずもハムスターに脱走されたことがあったが、その際、一階の薄暗い場所で発見する事がしばしばあった。

つまり、ハムスターは高いところから低いところへ、明るいところから暗いところへ逃げる(持論)。

その経験を活かし、わたしは許可を得た上で旅館の地階を中心に捜索することにしたわけだが、当然ながら実家と違って旅館は広い。
また、この旅館の地階には客室が無く、客が通常利用しない通路はやや薄暗い。
おまけに夜なので窓の外も暗い。
正直ちょっと怖い。
なので引き返そうかと思ったその時。

「いた・・・」

見つけてしまった。
地階の薄暗い廊下をどん詰まりに向かって歩く、ジャンガリアンハムスターの小さなお尻を。

あはー、かわいいなあ、とか思っている場合ではない。
なるべく足音を立てないように、息を殺して、ハムスターのいる方に近づいていく。

途中、ひまわりの種を床にばら撒いて、罠を仕掛けておく事も忘れない。
このまま奥の行き止まりに追い詰めて捕獲を狙う。
かわされて通路手前側に逃げられたとしても、ひまわりの種トラップで足を止めたスキを突いて捕まえる。
我ながら完璧な作戦だ。

3・・・2・・・1・・・今!

ハムスターに肉薄し、捕まえようとしたその時だった。
ハムスターはどん詰まりの壁の下にあった隙間をすり抜けて更に奥に行ってしまった。

「ええええええええ!なんでそんなところに隙間が・・・あ、これって扉?」

うろ覚えだが見ておいた建屋の案内図と、ここまで歩いてきた地理感で、どん詰まりかと思っていたその壁は、小窓もない、壁一面の広さに迫りそうな大きな扉だった。

どうやら建物の端っこまでに、もう一部屋分の空間があるらしい。
ちなみに友人による評価では、わたしは極度の方向音痴らしい。自覚もある。
が、建屋の中程度なら大丈夫だ問題ない。

それはさておき。
扉には右端付近に取っ手があり、左端の上下に蝶番がある。
手前に引いて開ける事ができる扉のようだ。
扉の下にはわずかな隙間があるが、明かりは漏れてきていない。
扉に装飾はなく、何の部屋かを示す札もない。
少なくとも客をもてなすような用途の部屋では無さそうだ。

「物置かな?随分使ってないように見えるけど。取っ手も埃っぽいし」

物置だとすると、ごちゃごちゃしたモノがたくさんある可能性がある。
その場合、ハムスターにとっては格好のかくれんぼの場所になる。
現状、最奥に追い込んでいる状態と思われるので、ここで旅館の関係者を援軍を呼んだほうが良かったのかもしれないが、扉の中がどうなっているかの好奇心が勝り、思い至らなかった。

取っ手を掴み、扉をそっと引いてみる。
鍵はかかっていなかった。
多少のひっかかりと重さはあるが、ゆっくり引けば扉は開いた。

「暗っ!明かりのスイッチは・・・」

扉付近の壁をまさぐり、スイッチがないか探していた時、青白い光が部屋の中心付近から広がり始めた。

・・・古めかしい部屋と思いきや、自動照明とは。
人感センサーかな?

照明に照らされ、部屋の全貌が見え始める。

「やっぱり物置的な部屋ね。それに随分と古そうなものばかり」

壊れてそうな掃除機や、穴が空いて使い物にならなそうな古めかしい布団の類。
部屋の中に入ればカビ臭い匂い。
長い間誰にも使われず、存在自体忘れられていそうな部屋だった。
自動照明だけは立派なのにね。

それはさておき、ハムスターはどこかな?
わたしは照明の中心に立つと、目を皿にして辺りを見回した。
人感センサーがさらに働いたのか、明かりが強くなる。

そして・・・

フッと体が軽くなる感じがすると同時に、目の前が暗転し、わたしの姿は物置から消えていた。



「おおおお!召喚成功だ!」

誰かの声が聞こえる。
視界が戻り、辺りを見渡すと、わたしは大勢のあやしい人達に囲まれていた。
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