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はじまりの深淵とダークエルフの男

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 二階建ての建物を優に超える怪物が現れた。

 地下二十五階以降にいたメテオゴーレムを大きくし、更に不気味にした奇怪な外観。コイツが最深部のボスモンスターか。

 ローザが背後で叫ぶ。

「お城のような大きさです……! というか、あのオーガストって人、犯罪者ギルドの親玉だったんですか!? どういうことですか」

「さあな。俺にもさっぱりだ……でも、コイツが敵だってことは確かだ」


 まだ信じられないけど、オーガストが自白したんだ。間違いはないのだろう。


「驚いたか、アビス」
「ああ、ちょっとな……お前、ダークエルフだったのか」
「そうさ。尖っていた耳はナイフで切り落として人間そっくりにしたんだ」

「そこまでして俺になんの恨みがある! そもそも、お前とは初めて会ったはずだ」

「思い出せないだろうな、アビス。お前は記憶喪失・・・・だからな」
「な……記憶喪失だって?」


 ニヤニヤと笑うオーガストは、まるで俺のことを知っている風だった。まさか、こいつ……俺に関する情報を握っているとでも?


「教えてやろう、全ての真実をな!!」


 ――俺は、そのオーガストの話を聞き、全てを思い出した・・・・・・・・


 ▼△▼△▼△


 ……三年前……


 暗い、見えない、怖い。
 俺は深淵しんえんの中にいるらしい。

 どうしてこんな場所にいるのか。思い出せない。でも、同時に光も見えた。


「――おぉ、ついに三年の眠りから目覚めたか」
「……あなたは?」

「私は、ウィンザー伯爵……いや、名は“アーサー”だ。お前の父さ」

「お父さん?」
「うむ。これからは父さんと呼ぶがいい。……おぉ、そうだ。お前の名前をつけないとな」

「なまえ?」

「そうだなぁ、ゲームマスター代理ローザ様が最果てのダンジョン『アビス』でお前を発見したから――うん、“アビス”としよう」

「あびす……それが、おれの、なまえ?」


 この日、俺は『アビス』と名付けられ、伯爵であるアーサーの息子となった。

 けど、父さんは何人もの孤児を迎えていた。その理由は分からないけど、孤児院やっているとかだった。
 その中に『オーガスト』というダークエルフがいた。


 一ヶ月後。


 普通の子供として育てられた俺は、不自由なくのびのびと屋敷で暮らしていた。


「アビス、今日はお前に話さなければならないことがある」


 父さんは険しい表情で言った。
 そういえば最近、様子がおかしい。
 なんだろうと首を傾げる。

「どうしたの、父さん」
「気づいているかもしれないが、他の子供たちは旅立った」
「うん。俺ひとりになっちゃった」
「オーガストやその他の子供たちはもう必要ない。私に必要なのは、アビスお前だけだ。お前だけが私の息子なんだ」

 優しい言葉、優しい表情で俺を抱きしめる父さん。
 そう、父さんは俺だけには特別優しかった。不思議だった。どうして他の子供たちよりも俺を優先してくれるのか。大切にしてくれるのか。


「ねえ、なんで俺は特別なの?」
「そうだな、今こそ話そう。……この世界はな“具象ぐしょう世界せかい”だと思われる」
「え? 具象世界?」

「うむ。そのことに気づいているのは極一部だけ。だいたいの人間は、この世界に疑問を持たない。現実と認識しているからだ」

「……ど、どういうこと?」

「おかしいとは思わないか、アビス。バッテンを描けばステータスが現れ、己の装備を変えたり、アイテムを使ったりできる。それだけではない、便利なスキル。職業。ギルドやパーティ……。危険なモンスターが世界中に跋扈ばっこしている」


 それは、普通のことだと思っていた。
 みんな同じようにしていたし、特に疑問に思わなかった。でも、父さんは違った。昔から、なにかの研究に打ち込んでいるようだったけど……まさか、なにか重大な発見をしたのかな。


「父さんは、世界の事を知りたいの?」
「そうだ! 私は世界の真実を知りたいのだ。その為に、三年前から研究しているのだよ」

「三年前って……」
「ゲームマスター代理ローザ様の書物によれば、この世界は誕生してから、たったの三年しか経過していないようなのだ」

「そ、そんな。でも、父さんは大人だよ? 街にも大人がたくさんいるよ」
「簡単なことだ。大人からはじまったからだ」
「ど、どういうこと?」

「記録によれば、三年前が『αアルファテスト時代』と呼ばれている。その半年後が『βベータテスト時代』と言われている。その間の記憶は全て消されているようだが……そして、この世界が出来て一年目に『正式サービス』と呼ばれる時代がきた」

「そんな時代があったんだ」

「ああ、この世界の歴史さ。いいか、アビス……お前は、世界に関わる重大な『何か』を知っている、あるいは持っているはずなんだ」

「お、俺が?」
「そうだ。なにか覚えはないか?」


 覚えがないわけではなかった。
 俺は長い長い眠りに就き、やっと目覚めたような気がする。


 ……ああ、そうだ。


 幼馴染と再会しようという約束があったような……そんな気がした。


「そういえば――」


 言いかけたその時、突然、父さんが倒れた。


「……かはっ」
「と、父さん!? って、お前……オーガストか!?」


 父さんの背後には、かつての孤児オーガストがいた。父さんに捨てられた子供たちもいた。

 ま、まさか……復讐?


「アビス……お前が憎い。よくも俺たちの居場所を奪ったなああああ!!」

「そ、そんなことを言われても」

「俺たちは捨てられ、なぜお前だけが特別なんだ。こんなの不公平だ」
「それは父さんの決めたことだ。仕方ないだろう」

「仕方ない!? ふざけるな、ふざけるな!! もういい、アビス……お前を永遠に苦しめてやる。お前の記憶も、このかつての父の記憶も全て消してやるッ!!」


「な、なにをする気だ!!」


「俺はダークエルフの生まれ。記憶を消すなんて造作もない。アビス、おまえは馬鹿貴族共と変わらない普通の生活を送ればいいさ。
 けどな、直ぐにどん底へ沈めてやる! じわじわとなぶり殺すようにな」


 そうして、俺は過去の記憶を全て失った。

 それから――。


 父さんは廃人のようになって、元気を失っていた。俺は少しでもそんな父さんを元気づけたくて、偶然出会ったレイラという女性と婚約を交わした。


 ▼△▼△▼△


 そうだ、それが俺の過去。
 オーガストは、あの時の子供だったんだ。

 ずっと俺と親父を恨んで、ずっと復讐の機会を伺っていたんだ。


「オーガスト、お前ッ!!」

「ようやく思い出したか、この馬鹿が! 恨むならお前の存在を恨め! お前がいなけれれば、我々孤児は『カーネイジ』などという犯罪ギルドを組織しなかった。帝国と共和国の治安も少しは違っただろうな!
 だが、こんな怪物を生み出したのは、お前とあの父親だ!!」


 確かに、親父のしたことは最低だった。
 でも、それでも父親だ。


「待ってください!!」


 突然、ローザが叫ぶ。
 まて、そういえばローザの名前が過去の記憶で出てきた気がする。

 あの時、確か――『ゲームマスター代理』と。

 なんだ、ゲームマスター代理って?


「女がでしゃばってくるな!!」
「そうですか、オーガスト。あなたがわたしの幼馴染の記憶を消したのですね」

「それがどうした。そんなことより、これでゲームオーバーだ。ギガントメテオゴーレムの一撃がお前たちを滅ぼす。ついでだ、ヴァナルガンドも一緒にあの世に送ってやる!」

 オーガストは冷血に俺たちを見下す。
 だめだ、こいつは復讐に憑りつかれている。もう何を言っても届かない。

 ふと、ヴァナルガンドのギルドマスター、ヘルが弱々しく声を掛けてきた。良かった、まだ意識があったんだ。


「……アビスさん」
「大丈夫か、ヘル!」


「私はもう間もなく体力が尽きて死ぬでしょう。メンバーも全員がやられてしまった。あの男……オーガストに騙されたんです。悔しいです……とてもとても悔しい。だから、アビスさん……せめて、仇を……」


 直後、ヘルは力尽きて死んだ。
 ヴァナルガンドのメンバーも次々に霊魂となっていく。


「俺は……俺は」

「フハハハハ!! ヴァナルガンドの雑魚共は消え去ったか!! さあ、次はアビス、お前の番だ。この最果てのダンジョンで闇に溺れろ!!」


「オーガスト!! お前はここで散れ!!」


 ギガントメテオゴーレムは無視だ。
 あの男だけは絶対に許さない。

 予めフル支援を受けていた俺は、高速移動し――オーガストの前へ。


「――なっ!!」


 驚くオーガストは、ハンマーを取り出して防御しようとするが、あまりにも動作が遅かった。
 インビジブルアックスを怒りのまま思いっきり振り振り下ろし、オーガストの右腕を叩き落とす。


「うおらああああああああッ!!」

「アビス、貴様ああああああああああああああああ!! ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」


 ギガントメテオゴーレムが動き出す。
 その前にオーガストを倒す!
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