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ヤンデレ・トラップ 依存と好きの暴走 side:北上

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 あの日、あの晩――台風が猛接近して船は転覆した、らしい。
 記憶が確かなら、多分そうだったはず。

 よく覚えていない。
 全てが曖昧だ。

 なぜ今になってあの時のことを思い出す?

 どうでもいいことなのに。


「北上さん、ぼうっとしてどうした?」


 この島の唯一信頼できる男子・早坂はやさか てつは、屈託のない笑みを向けた。
 そんなにまぶしい笑顔を向けられると、わたしは心がポカポカした。
 今まで男子とまともに話したことも、付き合ったこともなかったから。


「いえ、その……天音さんは大丈夫ですか?」
「うん。今は寝てる」


 さきほどの『倉島』による人質事件。
 それとストーカーらしき痕跡。
 度重なる精神的苦痛が天音を苦しめた。

 ……その気持ちは痛いほどよく分かる。

 あたしも小学生の頃につきまとわれたから。


「そうですか。これからどうしましょうか?」
「天音の看病は千年世がしてくれることになった。本当は俺がしたいけど、水の確保が最優先事項。早く溜池を完成させなければ」


 彼の使命感には感服するばかりだ。
 どうしてここまで必死になれる。
 他人の為に。

 けれど、そんな身も心も強い彼に魅かれていた。

 とても魅力的。
 早坂くんという人物を、あたしは今までまったく知らなかった。知る機会もなかった。

 こうして出会うまでは。


 出会ってしまって、あたしは彼に好意を抱くようになった。
 はじめて……人を好きになった。

 でも、この島は女子が多すぎる。
 ライバルが多いから、つい腹が立つ。
 なぜかナイフで刺したくなる衝動に駆られる。

 ……あたし、病んでるのかな。


「では、池の完成を急ぎます?」
「いや、日が傾き始めているからね。そろそろ食糧を確保した方がいいと思う。イノシシ肉は燻製にしちゃうし」

「そういえば、そうでしたね。では、手分けして――おや」


 八重樫が「それなら問題ないわ。今日はお魚をゲットしたの」と、救命ボートの中を指さした。

 まったく気づかなかった。
 あんなところに30~40cmほどの魚が数匹横たわっていた。

「それ、どうしたんだ!?」
「良い質問ね、早坂くん。これね、モリで獲ったの」

「銛? って、あの槍みたいな」

「そうそう。弓矢を放って思ったの。矢を“銛”に見立てて使えばいいんじゃないって。で、ほっきーに呼ばれた時に試したんだ。リコが素潜り得意でさ」


 彼岸花にそんな特技があったとは。
 しかし、なるほど。
 その手があったか……。
 思いつかなかったな。


「すげぇじゃん。しかも、大きいな。クロダイか」


 早坂くんが男の子らしく食いつく。

 ……むぅ、いいなぁ。

 あんな風に、あたしにも構って欲しい……。
 こうなったら自分も進んで前へ出よう。

「その魚は“チヌ”とも言いますね。刺身、塩焼きなどで美味しくいただけます」
「お、さすが北上さん。よく知ってるね」

 わっ、褒められた。
 この瞬間がたまらなく嬉しいっ。

 こうなったら、もう一押し。


「八重樫さんたち、この魚を捌きます?」
「リコの実家が魚屋さんでね。リコ、得意なんだ」


 ……なんということ。
 なんちゃってギャルのあたしよりも、ギャルらしい彼女に料理の才能があるとは。しかも、魚屋さんの娘……負けました。


「じゃあ、リコに任せようかな」


 早坂くんもリコに任せてしまった。

 あたしも早坂くんの役に立ちたかったのに。

 悔しい……。

 こうなったら、自分は自分らしく森に住まう動物たちを狩ろうと思った。
 ナイフは先ほど返して貰ったから、この武器さえあれば狩りも出来る。

「すみません。あたしは少し狩へ」
「ちょ、北上さん……どこへ!?」

 背を向けて、あたしは森へ入っていく。


 ――闇に支配されようとしている森の中は、不気味で少し肌寒い。


 つい飛び出してきてしまった。
 でもいい、大物を獲って早坂くんに喜んで貰いたいから、頑張る。


 一歩、また一歩と酷道を突き進む。


 蔓や草木をナイフで刈り取り、道なき道を歩いていくと――。



『…………ガシャ!!』



 なにかに足を取られそうになり、あたしは何とかギリギリで回避。その場に倒れた。


「くッ……!」


 ……何、なんなの?


 次第に足に激痛が走った。
 避けてはいたけど、かすったみたいだ。

 ……ッ、こ、これってまさか。

 足元には『トラバサミ』が仕掛けられていた。
 動物とかの足を挟むトラップだ。
 基本的に大ケガを負い、最悪切断もありえるほどの凶器だ。

 なぜ、こんなものが……。


 立ち上がろうとしても、足を負傷してしまい……動けない。


 やっちゃったなぁ……。
 あたしって本当にバカ。
 ムキになって一人で森に入って……なにやってるんだろ。

 このまま誰にも見つけられず、終わるのかな。

 ……せめて、彼に告白をしたかった。

 涙が出そうになっていると、声がした


『おーい、北上さーん! 近くにいるんだろ!』
「……! 早坂くん!」

 彼の名を叫ぶと、目の前に姿を現してくれた。

「……そこか! おぉ、いたいた。北上さん、こんなところで何やってるんだ」
「あたしのこと、心配してくれたんだ」
「当たり前だろ。さあ、拠点へ戻ろう」

「……その、足をやってしまいまして。近くにあったトラバサミを踏んでしまったんです」

「トラバサミだって? なんで、そんなものが」
「分かりません。もしかしたら、この島に生存者がいるのかも。その人が仕掛けたとか」

「あるいは……倉島か」

「まさか……。もしこの付近まで来ているなら、拠点がバレているかも」
「かもな。早めに戻ろう。……って、そうか。歩けないか」


 早坂くんは恥ずかしそうに頬を掻き、あたしの目の前で腰を下ろした。


「えっと……」
「おんぶするしかないだろ。北上さん、俺に乗れ」
「……いいのですか」

「良いも悪いもない。北上さんがいないと俺は困るんだ」
「…………そ、それなら仕方ないですね」


 彼の肩に手を掛け、痛みに耐えながらも密着した。
 すると早坂くんは耳まで真っ赤にしていた。


「…………っ」
「どうしましたか、早坂くん」
「分かってるクセに! わざとらしく……当てるなよ」

「お礼です。洞窟に着くまで、あたしの感触を味わってください」

「じゃあ、遠慮なく」


 おんぶされて運ばれるだなんて、初めての経験だ。
 男の子に、早坂くんにこんな風に優しくされて幸せ。

 ……?

 ふと、背後に気配を感じた。

 少し振り向くと、草陰に人らしき顔が見えたような。


「…………!」
「どうした、北上さん」

「い、いえ……誰かに見られていたような」
「おいおい。怖いこと言うなよ。こんな森に人間なんて……いや、あのトラップは誰かが仕掛けたものだ。誰かいるんだろうな」


 足を速める彼。
 こうして、あたしは洞窟まで運ばれ――手当を受けた。

 拠点へ戻り、ベッドへ。


「ありがとう、早坂くん」
「助け合わないと、人間は生きていけない。そういうものだろ。……って、ぼっちの俺が言っても説得力ゼロだけど」

「あはは……それは違いますね」
「え?」

「早坂くんは、もう一人ではないのですから。生きて帰れたら、結婚してあげますよ」
「おい、まて北上さん。それは死亡フラグってヤツだ。しかも、ナイフを向けないでくれ!」

「あー、酷いですね。あたし、本気なんですよ」
「せめてナイフは下ろして!」

 こうしないと彼は誤魔化してしまう。
 だから、だから、だから……自分のモノになって欲しいのに。

 もっと話したい。
 もっと笑顔を向けて欲しい。
 もっと依存したい。
 もっと依存したい。
 もっと依存したい。

 もっと、もっと、もっと、もっと、もっと……。

 好き、好き、大好き。


 ――次は、どんなトラップを仕掛けようかな。
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