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裏切ったら刺しちゃいます

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「だからって、なんでナイフを向けてくるんだ」
「これが、あたしの愛情表現だからです。ある意味、告白に近いかも」

 喉元にナイフを突きつけられる愛の告白があってたまるかっ。
 チクッとする寸前だぞ。

 特殊な性癖を持つ異端者アウトサイダーなら、あるいはあるかもしれない。

 だが、俺は普通の男子。

 普通の恋愛ができればしたいのだ。


「すまない、北上さん。俺は天音みたいな清楚系が好きなんだ」


 いきなり立ち上がり、洞窟の方へ走り出す北上。

 ――って、ヤベェ!!!

 俺は全力で追い駆けて静止した。


「なにをする気だ、北上さん! まさか天音を襲う気か!?」
「……そうです。彼女をこの世から葬り去り、早坂くんをあたしのものにするんです」
「ヤメレ。いいからストップだ」

「なぜ止めるのです」
「なぜって……そりゃ止めるよ。頼むからナイフを降ろしてくれ」

「分かりました。でも、裏切ったら早坂くんを刺しちゃいますからね」


 耳元で囁かれて、俺は背筋がゾクッとした。
 ちょっと嬉しいような……。
 いや、それでも恐怖が勝った。

 恐ろしいので、俺は北上に同意した。


「痛いのは嫌だからな」
「良かった。じゃあ、付き合ってくれるってことですよね」

「え……」


 今の流れ、そういう話だっけ!?
 ていうか……ここまで俺を好きになってくれていたとは。

 ……普通に嬉しいけどね。


「やっぱり、天音さんが……!」


 くるっと背を向ける北上は、また走り出そうとする。
 俺は即座に止めた!!


「やめいッ!」
「恋人が嫌なら愛人でも良いです」

「余計悪いわっ! てか、俺はまだ誰とも付き合ったこともないんだ。
 恋愛経験なんてゼロ。この島に来てから、やっと女子とまともに会話するようになったほどの男なんだぞ」

「それは、あたしもですけどね」
「……う」

 そういえば、北上も恋愛経験はないようだった。
 だからこんなに歪んでしまったのか……?


「よく考えておいてください」


 今度は別の方向へ足を向ける北上。
 そっちは森の方だぞ。

「どこへ行くつもりだ?」
「ちょっと海へ」

「なら、俺も一緒に」
「……良いですけど、裸になるので……ちょっと恥ずかしいですね」

「え!?」

「お風呂代わりに行っているんです。女子全員、わざわざ海水浴しているんですよ」


 ついでに下着を洗ったりもしているようだ。

 その辺りの事情は、さすがに聞こうと思わなかったのだが――なんだ、俺と同じことしていたんだな。

 お風呂がない以上、海を頼るしかない状況だ。

 う~ん、わざわざ片道十五分も掛けていくのも面倒だよな。
 早めに貯水池とか……なんなら風呂も作りたいところだ。


「北上さん、ナイフ貸して貰えないかな」
「ナイフを? 良いですけど……これは貴重なアイテムなので」

「だよね。渋る気持ちはよく分かる。でも、生活をよくする為に必要なんだ」
「現状、命の次に大切なナイフです。ですが、早坂くんの頼みですからね」

 ナイフ一本あるだけで、かなり便利だからな。強力な武器にもなるし。
 ある意味、命を預けるようなものだ。

 それを貸して貰えるのだから、俺は北上から相当信頼されているってことかな。

「まずは貯水池を作るよ」
「がんばってください。あたしも後で合流して手伝うので」

 手渡されるナイフ。ずっしりしていて重い。

「ありがとう。これで作業を進められるよ」
「では、あたしはこれで……。あ、覗きに来てもいいですけどね」

 ニヤッと笑う北上は、森の中へ消えていく。……って、さりげなく!
 気が向いたら、こっそり行こうかな。


 * * *


 洞窟の出入り口より十メートルほど離れた場所に貯水池を作ることにした。
 と、言ってもお風呂ほどのサイズ感にはなりそうだけど。

 しかし、どうやって掘ったものか。

 手では限界があるし、ナイフでは無理だ。
 だから、木材を加工して木製スコップを作るしかないかな。

 この辺りには、北上の残してくれた『丸太』がある。

 ナイフでうまく掘りだせば作れるかな。
 時間は掛かるだろうけど。


「物は試しだ。やってみるか」


 俺は気合を入れて、良さげな丸太を選定した。

 ……よし、これにしよう。

 ちょうど子供サイズの丸太があった。
 天音あたりが椅子に使っていたヤツかな。
 悪いけど、使わせてもらう。


 マルチツールのノコギリを使い、丸太をギコギコと掘り進めていく。
 刃が小さいから、なかなか苦労する。


 ……これ、何時間掛かるんだろう。


 長時間作業を進めていると、背後から気配があった。


「おはよう~。啓くん、早いねえ」
「おはよ、彼岸花さん」

「あ~、リコのことは名前で呼んでって約束でしょー」


 そうだった。
 そんな約束をしていたな。
 けど、女子を名前で呼ぶとか……ハードル高すぎるだろう。


 口が上手く動かない。


「……彼岸花さん」
「もぉ、照屋さんなんだからっ」
「悪い。慣れなくて」

「うん、いいよ。それより、丸太で鰹節でも作ってるの~?」
「鰹節って……」

 そりゃ、地面に落ちてる残骸はそんな感じだけどさ。

 俺は、彼岸花に『貯水池』を作る予定だと伝えた。
 すると彼女は太陽のように笑って、手を鳴らした。

「わぁ、それいいね。水を汲みにいくの大変だもん。500mlのペットボトルも限界があるからね。あとお風呂も海水じゃなくて、お湯で入りたいっ」

 それは俺も思った。
 熱々の風呂に浸かって、ゆったりしたい。

 だからこそ、まずは貯水池だ。
 海水よりも雨水の方が安全だし、塩辛くもない。煮沸消毒すれば、飲めるようになる。
 だから、まずは生活用水の確保だ。


「地面に穴を掘るには、スコップが必要だからね」
「木製のを作るんだね?」

「そのつもり。金属のスコップでもあれば楽勝なんだけどな」
「え、あるけど」


「――――へ?」


 ポカンとしていると、背中から金属の塊を取り出す彼岸花。それは……まさか。


「これ、スコップだよね」
「ウ、ウソ! これって『軍用折り畳みスコップ』じゃないか!?」

「え、そうなの? 園芸部のよもぎちゃんのだと思う」
「よ、艾ちゃんって……知り合い?」

「艾ちゃんは、リコの友達。船が転覆したあの日、間違ってバッグを持ってきちゃったみたいで……」

「そういえば……彼岸花さんは、会った時からスクールバッグをずっと大事そうに抱えていたな」

「あの時はみんなパニックになっていたから」


 膨れたバッグが浮き輪になったのかな。
 けど、おかげでこうしてスコップが舞い降りた。

「彼岸花さん、それ貸してくれないか! それがあれば貯水池どころかお風呂も作れちゃうよ」

「本当!?」

「ああ、保証する。だから貸してくれないかい」

「いいけど……二つ条件があるよ」
「言ってみて」

「一つ目。リコって名前で呼ぶこと」
「努力する」

「二つ目。お風呂の優先権が欲しい」
「なるほど。このスコップは……リ、リコのものだからな。まあ、みんな分かってくれるだろ」

「じゃあ、決まり?」
「決まりで」

 握手を交わし、交渉成立。

 これで俺は、ナイフと軍用折り畳みスコップを手に入れた。

 やべぇ、鬼に金棒。最強じゃん。

 この二つの万能アイテムがあれば、もう何も怖くない。


 俺はさっそくスコップを使い、穴を掘り始めた。
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