上 下
2 / 5

2.聖女レイエスの黄金

しおりを挟む
 城塞都市ジークフリートに繋がる唯一の長橋を進む。
 たくさんの人たちとすれ違う。こんなに多くの人たちがいるだなんて。

 正門までたどり着くと、そこには多くの衛兵が駐留していた。都市の中へ入るには厳重な検査があるようだけれど……大丈夫なのかな。

「おかえりなさいませ、サンダルフォン辺境伯。失礼ですが、そちらの泥まみれの女性は……」
「この方は大切な客人であり、聖女レイエス様だ。丁重に扱うのだ」
「そ、そうでありましたか! 大変失礼いたしました。お通りください」

 素直に去っていく衛兵。
 よかった。これで安心して都市へ入れる。
 馬に乗ったまま奥へ。次第に大きな建物が見えてきた。人の往来や活気があって、まるでお祭りのようだった。……凄い。これが城塞都市なんだ。

「ここがジークフリートなのですね、バルムンク様」
「そうか、君はこの領地ははじめてなんだね」
「はい。ベルフェゴル伯爵の領地で長いこと暮らしていました。伯爵は、わたしが領地の外へ出ることを嫌がっていましたので」

 伯爵とは三年ほど一緒に過ごしていた。領地内で静かな毎日が続いた。自由な外出や旅行は許されなかったけど、それでも幸せだった……なのに。

「伯爵は君を束縛していたようだね」
「そうですね。あまり自由はありませんでした。けど、愛していました。少し前までは……。今は両親を伯爵に殺されて復讐心が芽生えています。本当はいけないのに」

「今は体と心を癒すんだ。俺の城なら安全だし、不自由もさせない」

 また優しい瞳を向けられ、わたしは泣きそうになった。でも、グッと堪えた。辛いけど、今この場で涙を流しても笑われるだけ。


「アハハハ! なんだよ、あの女」「おいおい。辺境伯様ってば泥女を拾ってきたぞ」「ダハハハッ……! ボロ雑巾じゃねえか」「うわ、ひでぇな~」「あの顔、どこかで見覚えがあるんだよな」「大丈夫かよ、アレ」「奴隷の女か?」「あんな泥まみれでどうしたんだよ」「かわいそうに」


 ……気づけば周囲から注目が集まっていた。
 人々は、泥にまみれたわたしを怪訝な顔をして見つめていた。そんな目で見つめないで欲しい。恥ずかしいだとか気が重いだとか、そういう感情が入り混じって、わたしは眩暈めまいがした。
 辛い、そう感じているとバルムンクが冷静な口調で人々に語り掛けた。

「この方は聖女レイエス様だ。ベルフェゴル伯爵の暴虐により、彼女は家族を……全てを失った。いいか、彼女を笑うものはこの俺が許さん。これ以上の狼藉ろうぜきは死罪に値すると思え」

 キッパリと言い放つと、人々は口をつぐんだ。
 よかった。ただでさえ精神的に参っているのに、更なる追い打ちだなんてもう無理だった。
 ――ああ、でももう意識が……。

 ここまでずっと無理をしていた。
 朦朧もうろうとする中で闇に襲われ、わたしは気絶した――と思う。


 ◆


 ふと目を覚ますと、ふかふかのベッドの上にいた。
 広くて温かみがあって柑橘かんきつ系の良い香りがした。そっか、わたしは意識を失って……。

「……バルムンク様」
「残念ですが、私はバルムンク様ではありません」

 目の前に猫がいてわたしは驚いた。言葉を話す三毛猫だった。とても珍しい。精霊の類、かしら……。

「あなたは?」
「私はシェムハザ。ご覧の通り猫です」
「言葉を話せるのね」
「そんなことよりも、あなたは聖女レイエス様でしょう。そっちの方が驚きです」
「知っているのですか?」
「有名人ですからね。ベルフェゴル伯爵と婚約していたとか」

 まさか三毛猫に知られているとは思いもしなかった。そんな有名だったんだ。わたしと伯爵の関係って。

「でも彼は、わたしに酷いことを……」
「なるほどなるほど。レイエス様はご家族を殺されたのですね」
「なぜ、それを?」

 シェムハザはベッドから降りた。
 トコトコと扉の方へ向かいながらも理由を教えてくれた。

「人の心が読めるんです。一日に三回までですけどね」

 キャットドアから飛び出していくシェムハザ。そうなんだ、あのコにはそんな力があるんだ。だから、わたしのことを。
 ……いえ、感心している場合ではない。
 今自分の置かれている状況を確認。

 服は……変わっていた。誰かが着替えさせてくれていた。まるでお姫様みたいな豪華なドレス。もう泥まみれではなくなっていた。

 ということは、気絶してからバルムンクのお城に連れてこられたということね。ここまで丁寧に扱ってくれるなんて感謝しかない。

 そうだ。彼に感謝の気持ちを伝えなきゃ。

 ベッドから降りて扉を開けて進む。広い廊下が続いていて、どちらへ進めばいいか分からない。直観で歩いて進む。
 なんて広さなの……これがお城なんだ。
 伯爵の邸宅も凄い広さではあったけれど、このお城はもっと広大だった。

 少し歩くと話し声が聞こえてきた。


「――黄金だ。メフィストフェレス帝国には黄金が必要なのだ。サンダルフォン辺境伯、聖女レイエスを招き入れたそうだな。彼女を上手く使え」

 あの太った男性貴族はいったい。
 それに、バルムンクはなんの話を……? わたしを上手く使う? ま、まさか、最初からそのつもりで……?

「断る。そもそも、ベルフェゴル伯爵はなぜ黄金を量産しなかった」
「彼女の両親が断ったんだ。――で、その結果が殺害コレだ」

 首を斬るようなジェスチャーをする男性貴族。……あの方、なにか知っているの……?

「やはりそうか。アリオク方伯、あなたは伯爵に加担していたのではないか?」
「なにを言う。証拠がどこにある」

 キセルのタバコを噴き出すアリオク方伯。やっぱり、なにか知っているのね。というか、思い出した。一度だけ彼と伯爵が話しているところを。
 ということはアリオク方伯は、黄金を狙って伯爵と共謀を? だとしたら絶対に許せない。
 でも、確かに彼が言うように“証拠”がない。
 なんとかして探し出さないと。

「……話は以上。アリオク方伯、お帰りを」

「バルムンク。聖女レイエスをこの私に預けろ……! 私が聖女と結婚し、幸せにしてやろう。そして黄金で莫大な財を築き上げる。そうすれば帝国以上の国を作れるぞ。そうだな、お前は我が右腕にしてやってもいいぞ」

 その瞬間、斧がアリオク方伯の首筋にギリギリに止められていた。

「貴様、皇帝陛下を裏切る気か!」
「お前だってこの城塞都市ジークフリートをここまで肥やしたではないかッ」
「陛下の命だ」
「フンッ! なにが陛下だ。なにが帝国だ。今に帝国は崩壊するぞ! バルムンク、よ~く考えろ。お前なら分かっているはずだ。帝国の運命がどうなるか……!」

 え、どういうこと? 帝国が崩壊? それって滅びるってこと?
 それを聞いて、わたしは戦慄した。
 そんなことがあってはならない。
 多くの人々が住む国を滅ぼすだなんて。

「それはありえん。なぜなら、俺がお前のような下衆貴族を許さんからだッ!」
「ひ、ひいいぃぃ!! やめてくれ!」

 物凄い殺気を感じ、アリオク方伯の首が飛ぶかと思った。でも、バルムンクは脅すだけだった。……ほっ、良かった
 アリオク方伯は青ざめて逃げ出した。

 安心した。バルムンクは、わたしを利用するわけではないのね。というか、黄金を量産って……。確かに、わたしは聖女との能力として『黄金』を作る力がある。
 だけど黄金は、魔物を倒す武器として使っていた。人々を守るために。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

今さら帰ってこいなんて言われても。~森に移住した追放聖女は快適で優雅に暮らす~

ケンノジ
ファンタジー
「もうお前は要らない女だ!」 聖女として国に奉仕し続けてきたシルヴィは、第一王子ヴィンセントに婚約破棄と国外追放を言い渡される。 その理由は、シルヴィより強い力を持つ公爵家のご令嬢が現れたからだという。 ヴィンセントは態度を一変させシルヴィを蔑んだ。 王子で婚約者だから、と態度も物言いも目に余るすべてに耐えてきたが、シルヴィは我慢の限界に達した。 「では、そう仰るならそう致しましょう」 だが、真の聖女不在の国に一大事が起きるとは誰も知るよしもなかった……。 言われた通り国外に追放されたシルヴィは、聖女の力を駆使し、 森の奥で出会った魔物や動物たちと静かで快適な移住生活を送りはじめる。 これは虐げられた聖女が移住先の森の奥で楽しく幸せな生活を送る物語。

聖女にしろなんて誰が言った。もはや我慢の限界!私、逃げます!

猿喰 森繁
ファンタジー
幼いころから我慢を強いられてきた主人公。 異世界に連れてこられても我慢をしてきたが、ついに限界が来てしまった。 数年前から、国から出ていく算段をつけ、ついに国外逃亡。 国の未来と、主人公の未来は、どうなるのか!?

私をこき使って「役立たず!」と理不尽に国を追放した王子に馬鹿にした《聖女》の力で復讐したいと思います。

水垣するめ
ファンタジー
アメリア・ガーデンは《聖女》としての激務をこなす日々を過ごしていた。 ある日突然国王が倒れ、クロード・ベルト皇太子が権力を握る事になる。 翌日王宮へ行くと皇太子からいきなり「お前はクビだ!」と宣告された。 アメリアは聖女の必要性を必死に訴えるが、皇太子は聞く耳を持たずに解雇して国から追放する。 追放されるアメリアを馬鹿にして笑う皇太子。 しかし皇太子は知らなかった。 聖女がどれほどこの国に貢献していたのか。どれだけの人を癒やしていたのか。どれほど魔物の力を弱体化させていたのかを……。 散々こき使っておいて「役立たず」として解雇されたアメリアは、聖女の力を使い国に対して復讐しようと決意する。

「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...