とある聖女の黄金のスローライフ

桜井正宗

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2.聖女レイエスの黄金

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 城塞都市ジークフリートに繋がる唯一の長橋を進む。
 たくさんの人たちとすれ違う。こんなに多くの人たちがいるだなんて。

 正門までたどり着くと、そこには多くの衛兵が駐留していた。都市の中へ入るには厳重な検査があるようだけれど……大丈夫なのかな。

「おかえりなさいませ、サンダルフォン辺境伯。失礼ですが、そちらの泥まみれの女性は……」
「この方は大切な客人であり、聖女レイエス様だ。丁重に扱うのだ」
「そ、そうでありましたか! 大変失礼いたしました。お通りください」

 素直に去っていく衛兵。
 よかった。これで安心して都市へ入れる。
 馬に乗ったまま奥へ。次第に大きな建物が見えてきた。人の往来や活気があって、まるでお祭りのようだった。……凄い。これが城塞都市なんだ。

「ここがジークフリートなのですね、バルムンク様」
「そうか、君はこの領地ははじめてなんだね」
「はい。ベルフェゴル伯爵の領地で長いこと暮らしていました。伯爵は、わたしが領地の外へ出ることを嫌がっていましたので」

 伯爵とは三年ほど一緒に過ごしていた。領地内で静かな毎日が続いた。自由な外出や旅行は許されなかったけど、それでも幸せだった……なのに。

「伯爵は君を束縛していたようだね」
「そうですね。あまり自由はありませんでした。けど、愛していました。少し前までは……。今は両親を伯爵に殺されて復讐心が芽生えています。本当はいけないのに」

「今は体と心を癒すんだ。俺の城なら安全だし、不自由もさせない」

 また優しい瞳を向けられ、わたしは泣きそうになった。でも、グッと堪えた。辛いけど、今この場で涙を流しても笑われるだけ。


「アハハハ! なんだよ、あの女」「おいおい。辺境伯様ってば泥女を拾ってきたぞ」「ダハハハッ……! ボロ雑巾じゃねえか」「うわ、ひでぇな~」「あの顔、どこかで見覚えがあるんだよな」「大丈夫かよ、アレ」「奴隷の女か?」「あんな泥まみれでどうしたんだよ」「かわいそうに」


 ……気づけば周囲から注目が集まっていた。
 人々は、泥にまみれたわたしを怪訝な顔をして見つめていた。そんな目で見つめないで欲しい。恥ずかしいだとか気が重いだとか、そういう感情が入り混じって、わたしは眩暈めまいがした。
 辛い、そう感じているとバルムンクが冷静な口調で人々に語り掛けた。

「この方は聖女レイエス様だ。ベルフェゴル伯爵の暴虐により、彼女は家族を……全てを失った。いいか、彼女を笑うものはこの俺が許さん。これ以上の狼藉ろうぜきは死罪に値すると思え」

 キッパリと言い放つと、人々は口をつぐんだ。
 よかった。ただでさえ精神的に参っているのに、更なる追い打ちだなんてもう無理だった。
 ――ああ、でももう意識が……。

 ここまでずっと無理をしていた。
 朦朧もうろうとする中で闇に襲われ、わたしは気絶した――と思う。


 ◆


 ふと目を覚ますと、ふかふかのベッドの上にいた。
 広くて温かみがあって柑橘かんきつ系の良い香りがした。そっか、わたしは意識を失って……。

「……バルムンク様」
「残念ですが、私はバルムンク様ではありません」

 目の前に猫がいてわたしは驚いた。言葉を話す三毛猫だった。とても珍しい。精霊の類、かしら……。

「あなたは?」
「私はシェムハザ。ご覧の通り猫です」
「言葉を話せるのね」
「そんなことよりも、あなたは聖女レイエス様でしょう。そっちの方が驚きです」
「知っているのですか?」
「有名人ですからね。ベルフェゴル伯爵と婚約していたとか」

 まさか三毛猫に知られているとは思いもしなかった。そんな有名だったんだ。わたしと伯爵の関係って。

「でも彼は、わたしに酷いことを……」
「なるほどなるほど。レイエス様はご家族を殺されたのですね」
「なぜ、それを?」

 シェムハザはベッドから降りた。
 トコトコと扉の方へ向かいながらも理由を教えてくれた。

「人の心が読めるんです。一日に三回までですけどね」

 キャットドアから飛び出していくシェムハザ。そうなんだ、あのコにはそんな力があるんだ。だから、わたしのことを。
 ……いえ、感心している場合ではない。
 今自分の置かれている状況を確認。

 服は……変わっていた。誰かが着替えさせてくれていた。まるでお姫様みたいな豪華なドレス。もう泥まみれではなくなっていた。

 ということは、気絶してからバルムンクのお城に連れてこられたということね。ここまで丁寧に扱ってくれるなんて感謝しかない。

 そうだ。彼に感謝の気持ちを伝えなきゃ。

 ベッドから降りて扉を開けて進む。広い廊下が続いていて、どちらへ進めばいいか分からない。直観で歩いて進む。
 なんて広さなの……これがお城なんだ。
 伯爵の邸宅も凄い広さではあったけれど、このお城はもっと広大だった。

 少し歩くと話し声が聞こえてきた。


「――黄金だ。メフィストフェレス帝国には黄金が必要なのだ。サンダルフォン辺境伯、聖女レイエスを招き入れたそうだな。彼女を上手く使え」

 あの太った男性貴族はいったい。
 それに、バルムンクはなんの話を……? わたしを上手く使う? ま、まさか、最初からそのつもりで……?

「断る。そもそも、ベルフェゴル伯爵はなぜ黄金を量産しなかった」
「彼女の両親が断ったんだ。――で、その結果が殺害コレだ」

 首を斬るようなジェスチャーをする男性貴族。……あの方、なにか知っているの……?

「やはりそうか。アリオク方伯、あなたは伯爵に加担していたのではないか?」
「なにを言う。証拠がどこにある」

 キセルのタバコを噴き出すアリオク方伯。やっぱり、なにか知っているのね。というか、思い出した。一度だけ彼と伯爵が話しているところを。
 ということはアリオク方伯は、黄金を狙って伯爵と共謀を? だとしたら絶対に許せない。
 でも、確かに彼が言うように“証拠”がない。
 なんとかして探し出さないと。

「……話は以上。アリオク方伯、お帰りを」

「バルムンク。聖女レイエスをこの私に預けろ……! 私が聖女と結婚し、幸せにしてやろう。そして黄金で莫大な財を築き上げる。そうすれば帝国以上の国を作れるぞ。そうだな、お前は我が右腕にしてやってもいいぞ」

 その瞬間、斧がアリオク方伯の首筋にギリギリに止められていた。

「貴様、皇帝陛下を裏切る気か!」
「お前だってこの城塞都市ジークフリートをここまで肥やしたではないかッ」
「陛下の命だ」
「フンッ! なにが陛下だ。なにが帝国だ。今に帝国は崩壊するぞ! バルムンク、よ~く考えろ。お前なら分かっているはずだ。帝国の運命がどうなるか……!」

 え、どういうこと? 帝国が崩壊? それって滅びるってこと?
 それを聞いて、わたしは戦慄した。
 そんなことがあってはならない。
 多くの人々が住む国を滅ぼすだなんて。

「それはありえん。なぜなら、俺がお前のような下衆貴族を許さんからだッ!」
「ひ、ひいいぃぃ!! やめてくれ!」

 物凄い殺気を感じ、アリオク方伯の首が飛ぶかと思った。でも、バルムンクは脅すだけだった。……ほっ、良かった
 アリオク方伯は青ざめて逃げ出した。

 安心した。バルムンクは、わたしを利用するわけではないのね。というか、黄金を量産って……。確かに、わたしは聖女との能力として『黄金』を作る力がある。
 だけど黄金は、魔物を倒す武器として使っていた。人々を守るために。
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