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1.婚約破棄と領地追放

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 ベルフェゴル伯爵は、わたしに“婚約破棄”を突きつけただけでなく……目の前で家族を殺した。

「いい気味だ、聖女レイエス!」
「…………ど、どうして。なぜこんなヒドイことを!」

 お父さまもお母さまも首を失い、無残な姿になっていた。こんなの人間のやることではない。あまりに惨い光景に震え、涙するしかなかった。

「答えは簡単さ。君のご両親が私との結婚を認めてくださらなかった。だから先に殺し……先に君に婚約破棄を言い渡したのさ」

 たったそれだけの理由で……。
 きっと、わたしも逆恨みで殺されるのだろう。
 悔しい。とても悔しい。
 こんな男を愛さなければ良かった……!

 たった一日前までは彼のことを必死に愛し、振り向いてもらえるよう毎日努力していたのに。あまりにヒドイ仕打ち。最低だ。

「もういいです。わたしを殺しなさい……」
「お望みどおりに。――と、いきたいところだが、お前は殺さない」

「え……。なぜ!」

「私の領地から“追放”する」
「つ、追放!?」
「そうだ。この領地を一歩外に出れば危険なモンスターが棲息している。その意味が分かるか?」

 分かっている。わたしはかつてモンスター討伐の為に聖女としての仕事をしていた。悪い魔物を浄化し、メフィストフェレス帝国の為にこの身を捧げていた。
 ここ最近はわたしの出番も減り、魔物は勢いを増しているという。だから、領地外へ出れば危険なモンスターが襲ってくる。
 旅の行商や冒険者が何十人も犠牲になっていると聞く。

「や、やめて」
「無理な相談だ。君には生き地獄を味わってもらう。それが聖女としての最期というわけだ」

 彼はわたしに目隠しを。そして手足を縛ってきた。どこかへ連れられていく。……きっと領地の外へ連れ出されてしまうのだろう。こうなっては身動きができない。
 それに、今のわたしの魔力では……モンスターに対抗できるかどうか怪しい。

 やがて馬車の荷台らしき場所へ乗せられた。

 ガタガタと不安定に揺れる馬車。
 誰かの話し声が聞こえた。いったい、誰なの……? 怖い。やめて。

 そうして抵抗できずにいると、手足と目隠しを解放された。


「…………こ、ここは」
「領地外さ。レイエス、あとは一人で精々がんばるがいい」

「こ、この人でなし!! 悪魔!!」

「なんとでも言うがいい。こちらへ戻ってくるなら容赦なく殺す」

 重装備の衛兵が複数。重そうな剣をこちらに向けていた。

 ……そ、そんな。

 いえ、今は命があるだけマシと思うしかない。この先を無事に抜けて誰かに拾ってもらう。それしか生きる道がない。

「…………ベルフェゴル伯爵。わ、わたし……あなたを絶対に許しません……! お父さまとお母さまの無念を晴らす!」

「やれるものなら……やってみな!」

 わたしをあざ笑う伯爵。なんて人なの……!

 涙が止まらなかった。
 ボロボロとあふれ出る雫。
 悔しい……すごく悔しい。
 あの悪魔を見抜けなかった、わたし自身。両親を守れなかった、わたし自身を。でも、それよりもあのベルフェゴル伯爵が一番に許せなかった。

 生きて、生きて絶対にあの男を裁く…………!

 わたしは走った。
 慣れない地面をひたすら走る。

 森の中を抜けていく。
 暗闇が続く。
 風や空気が冷たくて重苦しい。息が苦しい。背後にはただならぬ魔物の気配。わたしは逃げる。逃げ続ける。

 生きたい……。わたしはまだ生きたい。

 死にたくない…………!!

 けれど、途中でつまづいてしまった。


「…………きゃっ」


 泥まみれになった。冷たくて辛くて悲しくて……絶望しかなかった。ここは地獄ね。わたしが何をしたの。
 今まで献身的に帝国の為にがんばってきた。なのにこの仕打ちだなんて最低すぎる。

 あの領地の人たちは誰も、わたしの味方になってくれなかった。助けてくれる人は誰もいない。

 …………あぁ、もう疲れた。いっそ、このまま…………。

 泥の中でわたしは瞼を閉じ、死を感じた。
 もういい。
 このまま消えてしまいたい。


 だけど、それ以上のことが待ち受けていた。……さすがのわたしでもモンスターの気配に気づいた。魔物だ。
 あれは『カイム』という怪鳥。とても鋭いクチバシを持ち、剣のように振るう。過去に何度か討伐しているので熟知していた。

 それが三体も。

 まずい、不利すぎる。魔力のほとんどない今のわたしでは、三体も相手するのは不可能だった。
 例え魔力が十分にあっても、三体の敵を相手にするのは厳しい。前は三人から五人のパーティを組み討伐に当たっていた。
 今はたったのひとり。
 身も心もズタズタの、ボロ雑巾のような聖女わたし

 抵抗をしても無駄。そう感じてしまった。


『――――キィ』


 恐ろしい奇声を発するカイム。赤い瞳をギロリと向け、やがてクチバシを向けてきた。……終わった。わたしは血にまみれ、ここで孤独に死ぬのだ。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 だれか、たすけ――。


『……ザンッ』


 なにかを斬るような音が響く。耳元の近くだったから、鼓膜がキンとした。……いったい、なにが起きたの?

 泥を振り張ってみると、そこには大きな人影があった。でもあれは確実に人間のものだった。

 いったい、誰が?


「噂は本当だったのか」
「え……」
「君を助けに来た。レイエス」
「わたしを……ご存じなのですか?」

 そう聞き返すと男性は、素早い動きで『斧』を振るっていた。で、でかい……斧。あんな重そうなの軽々と持ち、カイムの首を切り落としていた。


『…………ギャアアッ!』


 風のように、嵐のようにあっという間にカイムを滅ぼす男性。その装備からして、彼は騎士なのだと理解した。
 そして、森に光が差すと彼の素顔が見えた。

 優しい顔立ち。この世のものとは思えない神秘的な深緑の瞳。高身長の体躯。その服には『辺境伯』を表す徽章バッジが。

 彼は剣を鞘におさめ、わたしの元に腰を下ろした。

「はじめまして。俺はこの先にある“城塞都市”の『ジークフリート』という領地を任されているバルムンク。この通り、辺境伯の爵位も賜っている。サンダルフォン辺境伯と呼んでくれても構わないが――出来ればバルムンクと」

 その方が嬉しいと彼は微笑んだ。
 あまりに穏やかな笑みだったものだから、わたしは安心して自然と涙が出た。


「………………っ」
「大丈夫かい。君の名前はレイエスで間違いない?」
「はい。聖女レイエスです。ベルフェゴル伯爵に酷い目に遭わされ、こんなことに……」
「やはりそうだったか。悪いウワサが広まっていたからね。詳しいことは我が領地で話そう。それより、この暗黒の森を抜けるぞ」

 彼はわたしが泥まみれなのにも拘わらず、お姫様抱っこしてくれた。……うそ、優しい。こんなズタボロのわたしを拾ってくれるなんて、なんて親切な人なの。

 優しく馬に乗せてくれて、なんとか森を抜けることができた。

 道中、彼は斧でモンスターを一撃で倒していた。凄く強い人。こんな強くて凛々しくて、勇敢な騎士がいたなんて知らなかった……。


 暗闇を突破し、更に谷を抜けると街並みが見えてきた。


「あれは……」
「ああ、あれこそが『城塞都市ジークフリート』だ。魔物から都市を守るために高い壁で囲われている。そして、様々な兵器を設置している」

 美しい街並みが広がっていた。
 太陽の反射のせいか、黄金に輝く高い壁がどこまでも続き、ひとつの領地を囲っていた。これがジークフリート。凄い、こんな綺麗な領地があったなんて知らなかった。

 そこはまるで天国のようだった。
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