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◆義妹との距離感が縮まった

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 ゲームの余韻よいんが続くけれど――急に現実リアルに引き戻された気分だ。

 ……いや、そうでもないか。

 お互いに干渉しなかった無機質な生活が、今では知花と共にゲームを楽しみ、一緒に住むアパートでも会話が続いていた。


「兄様は、MMORPGをやられたことがあるんですね」
「中学校の頃、友達に誘われてね。親にネット回線をねだって、中古のパソコンを買ってプレイした。二年ほどだったけど楽しかったな」

 そう、当時はパソコンでプレイするものだった。
 それが今は拡張現実ARだ。

 目に特殊なコンタクトレンズ『Providenceプロビデンス』を入れるだけでネットやゲームが楽しめるようになった。

「中学校の頃に。わたしと同じですね。
 ここ一年くらいは、スマホでゲームしていましたけど」

「ああ……もうスマホすら不要になったな。東雲さん、これ使っていいって言っていたし」

「はい、このまま装着していれば仮想のパソコンになりますからね。ネットを見たり、動画を視聴したり……音楽を聞いたり、ビデオ通話なども可能なんです」

「凄いコンタクトレンズだよ。でもさ、なんで静内の高校が実験対象(?)になったのかな」


 ちょっと不思議だ。
 普通、東京とか都心で実験をするものだろう。
 わざわざ北海道を選ぶ意味は?
 なぜ静内なんだ。
 しかも、なぜ二年限定なんだ。


「さあ、どうしてでしょうね。わたしも気になって東雲さんに聞いた事があるんですが……教えてくれませんでした」

「そうなのか」


 気になるところだけど、今はありがたく遊ばせてもらおう。稼げるし。


「では、わたしはお風呂へ行ってきます。動きすぎて汗を掻いたので」
「分かった。じゃあ、また」


 知花は笑顔を俺に向け、風呂場へ向かう。

 ……あれ、なんだろう。

 楽しいって思えた。


 * * *


 ――翌朝。

 朝支度をしていると、制服姿の知花が駆け寄ってきた。

「おはようございます、兄様」
「あ、ああ……。おはよう」

 目を合わせてまともに挨拶するのは――初めてかもしれない。

 一か月間も同じ部屋で暮らしていたのにな。

 昨日からSFOを始めてから、知花との距離感が縮まった気がする。

 なんで遠ざけてしまっていたんだろう。俺の馬鹿。

 自責の念に駆られていると、ピッと電子音が響いた。


【通知あり】


 ――ああ、そうだ。

「コンタクトしたままだった。やっば……目に良くないんだよな」
「それなら大丈夫ですよ、兄様。その『プロビデンス』は、目に優しい特殊な素材で出来ているそうです。一ヶ月に一度、専用の洗浄液に浸せば大丈夫だとか」

 そこまで技術が進歩していたのか。
 このコンタクト、いったいどこの天才が開発したんだろうな。

 俺は『通知』をタップ。

 すると、内容はこう書かれていた。


【東雲:いくつか注意点を話していなかった。帰りに寄ってくれ】


 というメールだった。
 注意点ねえ、まあいいか。
 どのみちクエストの受注もしたいし。


 俺と知花は家を出た。


 こうして共に学校へ向かうだなんて……信じられないな。

 いつもどちらかが先に出ていた。
 でも今日は違う。

 肩を並べて同じ学校を目指していた。


 でも、何を話して良いのか分からない。
 今まで一緒に登校なんてしてこなかったから、話題が思いつかない。
 固まっていると、知花が口を開いた。


「……兄様、気にしています?」
「な、なんのことだ」

「今までのことです」
「それは……その、すまなかった。俺が悪かった」

「いえ、いいんです。わたしは兄様の気持ちを尊重したかったので。……でも寂しかった」

「これからは一緒だ」
「嬉しい。わたし、ずっと兄様とこうやって学校まで歩いてみたかったんです」


 爽やかな笑みを向けられ、俺は胸が高鳴った。
 こんなにドキドキして、ワクワクする朝は初めてだ。

 知花といると、こんなに楽しいんだ。知らなかった。


 * * *


 学校に到着し――、各々の教室へ。

 アクビの出る退屈な授業が進み、昼休み。


【大:知花、一緒に昼どうだ?】
【知花:はい、ぜひ】
【大:じゃあ、食堂で】
【知花:向かいますね】


 教室でチャットを打っていると、不思議そうに見ていた女子が話しかけてきた。


「あれ、佐藤くん……なにしてるの?」
「……ッ!」


 そうだった。
 拡張現実ARを知らない人から見れば、俺の行動は奇行すぎるな。
 この女子だけじゃない、他の同級生も何事かとチラチラ見てきている。

「いや、その……これはチャットをしていたんだ」
「え? チャット?」

 信じてもらえるわけないよなあ。
 キモがられてないだけマシかな。

 さっさと教室を出ようとすると、その女子はこう言った。


「佐藤くん、もしかして……SFOやってる?」
「な、なんで知ってるの!?」
「私の一個下の妹がやってるから。ほら、二年はテストプレイしてるって」

「そうだったのか! ……えっと」

「あ、もしかして私の名前分からない?」
「すまん。クラスメイトの名前を覚えるのは苦手で」

「私は白糸しらいと白糸しらいと まりよ」
「白糸さん」

「うん、よろしくね。じゃあ、また詳しく聞かせて」


 くるっと背を向ける白糸さんは、手を振って友達の元へ向かっていった。

 あんな女子が話しかけてきてくれるなんて、今日は良い日だ。


 ――教室を飛び出す。


 すると、なぜか知花がいた。


「…………」
「知花、迎えに来てくれたのか」

「兄様……今の女、誰」

「女って……ただのクラスメイトだよ。なんか目が据わってるけど、大丈夫か?」

「お願いだから、わたし以外の女の子にデレデレしないでください」
「お、おう」


 もしかして妬いていたのか。
 嘘だろ……。

 知花は義理の妹だけど……いや、義理だからこそか。

 でも、俺を思ってくれるのは嬉しいな。
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