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許せない気持ち

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 せ細った中年の男性が現れ、平謝りしてきた。
 この男、議員の『ディミトリー』じゃないか。前皇帝……つまりアントニン(親父)の腹心である。さすがに何度か顔を合わせたことがあった。


「陛下、これは申し訳ありません。クラウス殿を推薦すいせんしたのはこの私……。ですが、彼は有能です。どうか寛大かんだいなお心で彼を許してあげてください。もし気に障ったのでしたら、この私を代わりに処分ください」

 クラウスの肩を持つとはな。
 しかも、ディミトリーがこの男を議員に押し上げたのかよ。知らなかったぞ。
 つか、自身の立場すらいとわないとはな。なぜそこまでかばうんだか。

 妙な感じがした。

 ここまで言われては判断が難しくなる。しかし、ヨハンナさんがあまりにも不憫ふびんだ。

 ここはディミトリーを無視してでも――。


「ラスティ様、クラウスのことはいいのです……」


 俺の行動を察したのかヨハンナさんは止めた。その表情は悲しみに暮れていた。辛そうじゃないか。


「陛下、彼女がそう言っているんです。もういいでしょう」


 勝利を確信したかのような笑みを浮かべ、クラウスは俺の横を素通りしていく。……コイツ。
 今は処分保留だ。だけどな、お前のやろうとしている悪事を必ず暴いてやる。

 この男は絶対になにかを企んでいる。


 深いショックを受けたヨハンナさんは、気分が優れないようで帰った。大丈夫かな。


「なんだか許せないです」


 さきほどの状況に憤慨するスコル。俺もそれには同意だ。クラウスはどうかしている。人の気持ちをもてあそび、ゲームだなんて。


 許せない気持ちが強くなる中、ようやくテレジアと会うことが叶った。



「お待たせしました」
「さっそくだが、クラウスがマルクスの意思を受け継いでいる可能性がある」


 そう伝えるとテレジアは納得していた。


「でしょうね」
「なにか心当たりがあるのか?」
「私は元老院議員として活動していましたので、マルクスやクラウスの考えを目の当たりにしていました。……そうですね、彼らは前皇帝の『支配』を強く支持していました」

 なるほどな。親父の考えを真に受けてしまったんだな。あれは“魔王の考え”だ。決して人々が幸せになる思考ではない。

 俺は、テレジアにマルクスのことも話した。
 世界聖書ウルガタのこと。
 第七スキル『破壊と再生メメントモリ』のことを。

 だからクラウスは危険だと。追放すべきではないかと俺は打ち明けた。テレジアは首を横に振った。

「なにか懸念けねんがあるのか」
「彼を追放したところで意味などありません。むしろ、予測不能な行動を起こすでしょう。ならば、そばに置き監視する方がよろしいかと」

 一理あった。そうだな、見えないところで色々やられるのが一番厄介でもある。
 クラウスのことなんてほとんど知らないし、考えていることも分からない。なら、そのままヤツの行動を見張る方が得策か。


「そうだな、そうしよう。テレジア、お前も注視してくれ」
「分かりました。では、そろそろ私は戻らねばならないので」

 仕事熱心だなぁ。まさかテレジアがここまで元老院議長をこなしてくれるとは思わなかった。案外真面目なんだなと俺は思った。


「じゃ、俺も戻るよ」
「――ああ、そうでした。聖央教会のアレグロ枢機卿がスコル様に会いたがっております」
「そうか。じゃ、寄っていくよ」
「お願いします。では」


 今度こそテレジアと別れた。スコルも深々お辞儀をした。


「テレジアさん、がんばってますね」
「会ったときは敵だったんだけどね。彼女は強い者の味方らしい」


 廊下にいても仕方ないので、アレグロ枢機卿を探すことに。テレジアによると広間にいるということだった。
 やたら広い通路を歩いて向かう。

 広間が見えて、俺もスコルも足を止めた。

 ……戦慄せんりつの意味で。


「きゃ……きゃあああああああああ!!」


 悲鳴をあげたのはスコルだった。
 それも当然だ。広間には無惨な姿となったアレグロ枢機卿が倒れていたのだから。こ、これは……。
 鮮血が地面へ広がっていく。

 さ、殺人事件か……!
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