追放された引退勇者とメイド魔王のスローライフ

桜井正宗

文字の大きさ
上 下
2 / 6

第2話 さらば帝国

しおりを挟む



「さて……どうしようか」

結局、琥珀色の小狼はエルピスの街に架かる橋まで着いて来てしまった。

「クゥン」

琥珀色の小狼は俺の足元に擦り寄る。

このままエルピスの街に入っては悪目立ちし過ぎる。

「なんだ、そうか」

変に考え過ぎることはなかった。
もし、このもふもふ小狼が魔物なら、魔防壁のあるエルピスの街に入ることは不可能。

「この辺だな」

橋を歩いて行き、ちょうど半分くらいの位置。エルピスの街の魔防壁は橋のちょうど半分の位置から長方形型の街をぐるりと囲んでいる。

「クウン?」

俺が足を進めないから気になったのか、首を傾げている。

「じゃあな」

俺は魔防壁がある範囲へと足を進めた。これでもう着いて来られないだろう。
魔物には珍しく可愛らしかったが、悪く思わないでくれよ。

……だが、魔防壁がある場所からは何も聞こえて来ない。魔防壁に魔物が接触すれば邪のエネルギーを感知し、たちまちその魔物は消滅してしまう。

まさか、と、俺の後ろから橋を歩いて来る音が聞こえるのは気のせい……

「クゥン」

じゃなかった。
そこには、何の傷痕もないもふもふの小狼がいた。

「……お前、魔物じゃないのか?」

屈んでもう一度、よおく見てみた。
狼……ではあるのだが、動物の方じゃない。そもそも、動物の狼が魔物だらけの草原で一匹だけで生き残れる方が奇跡に近い。
毛は琥珀色。こんな生物、聞いたことも見たこともない。
新種の何か、そう考えるのが妥当。

「俺は知らないからな」

着いて来るのだから、俺にはどうしようもない。
俺はお構いなしにエルピスの街の巨大門へ向かう。

「おい! あれ見ろ!」

そう言って騒ぎ始める男に気づき、周りにいた人々も何事かと視線を向ける。

ああ……もう、俺は何も知らないからな。

外見は魔物の様な奴が、いきなりエルピスの街に入って来たんだ。注目の的になること請け合いだ。

俺は速技を解放して即座にその場から離脱した。





「此処まで来れば……」

俺は今、民家の路地裏にいる。周りを見ても、もふもふ小狼の姿は見当たらない。

撒いた。
まったく、なんだったんだ? あのもふもふ小狼は。

「……」

何か、強烈に視線を感じる。

「お前……」

民家の屋根の上からひょっこりと顔を覗かせて俺を見るのは、琥珀色の巨大な狼。もふもふ感は収まっているが、それでも前の状態の面影が残っている。
跳んでスタッと地面に着地するなり、俺の前に座る。

「クゥン」

巨大になった影響からか、その鳴き声は少しばかり低くなったようだ。

「騒がしいな。……お前」

エルピスの街の騒ぎの原因は十中八九、今、俺の前に座るこいつだ。
俺がそう断定したのは、街の方から魔物が忍び込んだだとか、巨大化したなどと、もう分かりやすいほどの人々の声が聞こえてくるからだ。

「クウン?」

首を傾げる琥珀色の巨大狼。自分が原因だと分かっていないのだろう。

「……仕方ない」

俺は民家の壁にもたれ、騒ぎが収まるのを待つことにした。
目の前には俺に何をどうして欲しいのか、訴えかけるような瞳をした琥珀色の狼。

シュルルル、と可愛らしい方のもふもふ小狼に戻った。
そっちの方が巨大化前より目立ちにくいからまだいい。と言っても琥珀色なんていくら路地裏が暗いと言っても目立ってしまう。まだ午前中の明るい時間帯。

見つかるのも時間の問題だな。
それによくよく考えれば、この小狼をエルピスの街に入れたのは俺だった。

……ふぅ。

いや、もう入れてしまったのだ。そこは認めざるを得ない。
さて、どうこの場を切り抜けようか。
もう暫く、騒ぎの様子が収まるのを待つのもいいが……

「居たぞお!!」

「ちっ!」

見つかってしまった。

ぞろぞろと7人ばかりの街の者たちが走って来る。

「また巨大化を!? お前! その化け物の仲間か!?」

「違う! 俺はコイツとは何の関係も」

いつの間にか巨大化していた小狼は俺の股下に入って背中に乗せた。

「逃げる気か!? ーー消えた」

消えたーー男の言葉の意味が分からなかった。

現に民家も、街の者たちも見える。

俺はというと、巨大化した琥珀色の狼に跨らされている。

「クウン」

「……まさか、お前何かしたのか?」

よく分からない状況。それは街の者たちも同じようで、頭をかきながら何処かへ行ってしまった。

助かった、と、そう言いたいところだが、さっき来た街の者たちには俺の顔はもうばれているし、そもそも街に戻って来た時点で何人かにも俺の顔は見られてしまっている。
ひとまずメアたちがいる場所に戻りたいところだが……このまま、行っていいものか。

ばっと琥珀色の狼から地面に降りた。

「クゥン」

そう鳴き声は聞こえるのだがおかしい。琥珀色の狼の姿が見えなくなった。
俺の目がおかしくなったか?

「やっぱり、お前の力だったのか」

琥珀色の狼の姿が見えなくなる現象。琥珀色の狼の力と考えるのが妥当。

琥珀色の狼の姿が、何もなかったはずの場所にパッと現れた。
こんな能力があるのなら、無理してエルピスの街に入る必要もなかった。だがまあ、それはもう終わった話。

「……これは使えるな」

ならば、姿を消す力を使わない手はない。
問題は俺の言うことを聞いてくれるかどうか。

「なあ? また、姿を消せるか?」

俺も、魔物でもない謎の生物に何を話しかけているのか。俺の言葉を理解出来るなら、苦労はしない。

……消えた。

だが、俺の予想を上回り、琥珀色の狼の姿は俺の言葉を理解したのか、ものの見事にパッと消えた。

なるほど、街の者たちが驚いたのがよく分かる。
消えた、その表現がしっくり当てはまる。

俺は、琥珀色の狼がいるであろう場所に手をかざしてみる。が、触れることは出来ない。
これは、ますます凄い力だ。

「もういいぞ」

と俺が言うと、再びパッと姿を現した。
なんて便利な力だ。

となると疑問も湧いて来た。
街の者たちの反応からするに、俺の姿も見えなかったようだが。

柔らかい琥珀色の毛並み。

「……姿を消してくれ」

どうだろう。俺は俺自身の姿は見えるし、琥珀色の狼の姿も見える。

俺は琥珀色の狼に触れたまま、路地裏から出た。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~

秋鷺 照
ファンタジー
 強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

ダンジョンでLv.999温泉経営 ~聖女からもらった【温泉開発スキル】でダンジョンに温泉を作ってスローライフ~

桜井正宗
ファンタジー
帝国を追放された元貴族のソルは、ひとりぼっちで地下迷宮ダンジョンを彷徨っていた。 ある場所で聖女・アニマを救う。 聖女を助けるとダンジョン内に温泉を作る能力『温泉開発スキル』(スプリング)を授かった。ソルは、その力を使って冒険者のよく出入りする地下ダンジョンに有料の温泉を作っていく。 回復力のある温泉と噂が広まると、需要が一気に高まるようになった。 温泉経営で稼いで大儲けの成り上がりへ――!!

処理中です...