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第17話 恐怖を抑え込んで
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第17話 恐怖を抑え込んで
カリステモンとクラレットの都市の境にある峡谷を進む私たちの前に数十体のアンノーンと盗賊が現れ、私たちを取り囲むようにしていた。
「さっきの商隊の人が襲われったっていうのはこの辺りみたいね。」
マレーがいう通り、この辺りには商隊の馬車と思われる積荷が散乱していた。そんな周りの様子を確認していると、峡谷の崖の上から盗賊が滑り降りてきて、アンノーンは大ジャンプをして私たちに襲いかかってきた。私はすぐに飴玉を生成して、マレーに投げ渡すと、後方に下がって戦況を逐一マレーに報告し、自分のところにもアンノーンがやってくると、腰から短剣を抜き放って、なんとか退ける…というルーティーンで戦闘に入った。
私の隣には、私と同じく後方支援がメインとなる魔法を使う、アメリアがいた。彼女の魔法属性は私と同じ身体強化の色であるオレンジとこの世界では珍しいとされるラベンダーの音属性の魔法を使う。自分の楽器であるバイオリンをケースから取り出すと、彼女は優雅にバイオリンを弾き始めた。彼女の奏でるバイオリンの音色はとても優しく、それでいて力が湧いてくる心強い魔法だった。
私たちのパーティーは世間からすればアンバランスで、前線で戦うことができるのがマレーしかいないので、私は戦況を見て、時折マレーの実家の道場で磨いた体術を持ってして、盗賊を次から次へと倒れさせた。ところが崖という地形の影響もあり、私は最近仲間になったばかりのアメリアの体術のスキルがないことを忘れていて、彼女の守りを手薄にしてしまった。
「こっちの女がガラ空きだぜ!」
「アメリア!!」
盗賊がアメリアに向かって短剣を振り翳した瞬間に私は彼女に向かって、手を伸ばして短剣の刃を素手で掴んだ。ざっくりと皮膚が切れる感覚があったが、すぐにその刃を持って盗賊を投げ飛ばした。“グエッ“という声と共にアメリアに襲いかかってきた盗賊は伸びていた。私はその様子を確認すると、その盗賊に縄を回して縛り上げようとした。だが、手のひらを切っていることもあり、上手く結べずにいてもたもたしていると、私は背後に誰かの気配を感じた。
「ッ!」
寸前のところで私は前転して攻撃を避けることができた。その攻撃をしてきた人物は…。
「どうしたの、アメリア!」
「アイリスさん、避けないでください!」
「何を言ってるの、アメリア!その短剣を下ろして!」
アメリアは先程私が投げ飛ばした盗賊が持っていたもので、いつの間にかアメリアが震える手で短剣をギュッと握って、私に刃を向けていた。私は心の中で、こうなるかもしれない、と思っていた。でも、信じたくはなかった。そんな複雑な思いを抱えながら、私はアメリアと対峙した。
「アメリア、どうしてこんなことを!」
「いいから、さっさと捕まってください!あなたたちを捕まえることで私たちが生きられるんです!」
「なっ…!」
アメリアははっきりと私に“捕まってほしい“と口にした。あの酒場で会った自信がなさげな、臆病な女の子ではなく、私には誰かを守ろうという強い意志の元、怖い思いを抑え込んでいるように見えた。そんなアメリアの気持ちを知ろうと積極的に話しかけた。だが、そんな私の体に異変が生じた。
「(あ、れ…?)」
私は目の前がクラクラと歪み始め、立っているのもやっとなほどの眩暈に襲われた。そこで私は気づいた。先程素手で掴んで受け止めた盗賊の短剣に毒が塗られていたのだと。私は体内回る毒をどうすることもできずに、そのままばたりとその場に倒れた。
「アイリス!?」
マレーが私を呼ぶ声と、アメリアの困惑する顔が私の脳内に焼きつかれたまま、私は意識を手放した。
――――――
(マレー視点)
私はアイリスの困惑する声を聞いて、思わずアイリスとアメリアがいる後方を確認すると、ちょうどアイリスがよろめいたかと思えば、地面に倒れ込んでしまったので、私はアイリスの名前を叫んだ。。
「アイリス!?ちょっと…、そこを退きなさい!!!」
私はプルウィウス・アルクス王国からレディカの街まで一緒に旅をしてきた相棒がここで初めて倒れ込んだ瞬間を見て、一瞬だけ理性がちぎれかけた。だが、ここで私が理性を失い、アイリスを助けようと無茶な行動を取れば、目を覚ましたアイリスに怒られるのは目に見えているし、今の戦況で強行突破するのは難しいと思った。だから、私は自分の前にいる、盗賊をアンノーンのいる場所に投げ飛ばすと、先に貰っていたアイリスの魔法の飴玉を舐めて、身体強化の魔法をかけて、一瞬でアメリアと縄を解いて立ち上がった盗賊の元へと駆け抜けた。
「アメリアから話を聞くのは後にするとして…。まずはあなたたちを殲滅しないといけないようね。」
私は灼熱の拳を右手に作り出すと、空いている左手で盗賊の首を持って締め上げ、右手の灼熱の拳を盗賊の顔に近づけた。
「ヒ、ヒィ…っ!」
「お前の顔に大火傷を負わせようか。」
私の喉から発せられる声がいつもよりも低いことに私は心の中で“こんな声、出せるんだ…“とのんびり考えていると、目の前の盗賊はあまりの恐怖に失神していた。私はその男の首からパッと手を離して、地面に転がすと、近くにいた盗賊たちにも灼熱の拳を見せつけた。
「大人しくしてろよ?」
にっこりと笑顔でいうと、私がそんなに怖い顔をしていたのか、盗賊たちは震えあがり盗賊全員はその場に正座をさせられ私は一人一人を商隊の襲撃犯として警察に引き渡すべく、奴らの体を縄で縛り上げた。その間に私ははチラリとアメリアを見たが、彼女は顔を真っ青にしてアイリスのことを見ていた。私がはぁ…とため息を吐いて彼女に近づくと、彼女は先程の私の笑顔を思い出したのか、短い悲鳴をあげて、私から後ずさった。それが何気なく心に刺さるのを感じながら、私はアイリスの傷の様子を見た。手のひらの傷はさほど深くはなく、毒も進行性の遅いものなのか、アイリスの呼吸はまだそんなに早くはなっていなかった。私はアイリスの体内に回り始めている毒を排出するために、解毒薬を彼女の口元に持っていった。
「アイリス、解毒薬だよ。これを飲んで。」
「う…。」
私の声がかろうじて聞こえているようで、彼女はほんの少し口を開けてくれた。私はそのわずかな隙間に解毒薬を流し込んで、嚥下するように促した。そして、数秒もすれば体内に周り初めていた毒が解毒薬の効果で打ち消されたらしく、アイリスの顔色が良くなった。私はとりあえずの山場は超えられたかな、と思い後ろで正座をしている盗賊たちを引き取ってくれるよう、カリステモンの警察署に魔力鳩で連絡して、それからようやくアメリアの方を見た。
「アメリア。話を聞くから、とりあえず今はカリステモンに帰るよ。」
「…はい。」
私の言葉に力無く頷く彼女を見て、私はそんなに怖がらせてしまっただろうかと思いながら、アンノーンがのさばる峡谷に盗賊たちを置いておき、私はアメリアと解毒薬を飲んで休んでいるアイリスを背負って、カリステモンの街へ帰ったのだった。
カリステモンに着くと、私はすぐに病院に駆け込み、アイリスの容態と使った解毒薬の種類などを看護師に伝えて、アイリスの処置をお願いした。その間もアメリアは状況を知る貴重な人物なので、病院の先生から時折質問を受けて、震える声で返事をしていた。病院の医師はアメリアの様子も心配していたが、彼女は“大丈夫“との一点張りだったので、医師の方が諦めて、処方箋を出してくれるだけで止まっていた。医師として諦めて良いものなのかと思ったが。
その後、私たちはそれぞれシングルで宿屋の部屋を取り、チェックインだけして、すぐに飲食店街に繰り出して、夕食をとることにした。私が激辛料理が好きなので、カリステモンの中でも一番の激辛料理を提供してくれるお店に入り、私とアメリアはテーブル席に向かい合って座った。料理を注文した後、私は先に運ばれてきたジュースを飲みながら、“さてと…“と話を切り出した。
ここまで長引かせてしまったことは謝るが、その間を使ってアメリアには弁明の言葉を考える時間を与えたということになる。だが、彼女は戦闘の最後に見せた笑顔が相当なダメージだったようで、終始怯えた様子を変えずに、私の一言一句に震えていた。
「アメリア、正直に全部話してちょうだい。私はちゃんと最後まで聞くから。」
「…は、はい。」
ややあってアメリア力無く返事をするのを見てから、私は彼女が話し始めるまで、静かに待った。その間に料理が来てしまったので、料理を食べながら、私はアメリアの言動を注視していた。すると、私が選んだ激辛スープのピリ辛バージョンを注文し、スプーンで掬っていた手を止めて、アメリアは話し始めた。
「マレーさんは初めから私が信用できる人物か、疑っていましたか?」
「うーん、少しだけね。なんか影があるかなーってくらい。」
「そう、でしたか…。でも、私が偽物のフォンツベルンの下働きをしていたのは本当です。私の音属性の魔法が珍しいので、自分たちの名声のために使えると思ったんでしょうね。私たち家族は静かに暮らしていたのに、あの偽物のフォンツベルンが来て、私を拉致してから、私の人生は狂い始めました。そして、せっかくアイリスさんたちが偽物のフォンツベルンを牢獄に入れてくれたおかげで、晴れて自由の身になったと思えば、私が下働きとして拉致されている間に私の家族が盗賊に人身売買で売られていて…。私もすぐに音属性の魔法の情報を掴んだらしい盗賊に人身売買で取引されました。そして、盗賊たちが今度目をつけたのは、あの偽物のフォンツベルンを牢獄に入れたという、珍しい飴玉を作るアイリスさんでした。私の臆病な雰囲気から私がアイリスさんやマレーさんに近付く仕事を言いつけられて、失敗したら、お前の家族には2度と会えないと思え、と言われて恐怖に支配されながら、私は盗賊の言うことを聞くしかありませんでした。」
アメリアはそこまで話すと、今まで止めていた手を動かして、ピリ辛スープを一口飲み込んだ。少し喉にくる辛さだったのであろう、そばに置いてあった水を含むとゆっくりと飲み込んで、“ふう“と一息吐いた。そんな彼女の一挙一動を注視しながら私も激辛スープを飲んで、その痺れる辛さに満足していると、アメリアは話を再会した。
「私はアイリスさんの力を欲する盗賊たちに逆らうなんてことは考えもしませんでした。いつか解放される日が来る…なんて他力本願で私は自分から行動を起こそうとはしませんでした。盗賊たちの作戦に頷くしかない私のことをアイリスさんは明るく受け入れてくださった…。この人になら、私の状況を打破してくれるかも…またそんな他人に頼ることしかできない私に嫌気が差していました。そんなときに盗賊たちから峡谷に誘い込むように指示があって…。私はそこで初めて反抗しました。そうしたら、まぁ…アイリスさんたちには見た目でバレないように服で隠れる場所にたくさんの痣を付けられるほどの暴力を受けて…だから私は峡谷で家族のため、私が生きるためにアイリスさんを捕まえようと…。」
アメリアはそこまで話すと今まで我慢してきた恐怖が襲ってきたのか、涙を流し始めた。そんな彼女の涙は本物なのか。今の私はそれすらも疑ってしまうほどだった。ここにアイリスがいれば、間違いなく、アメリアの手を握って大丈夫だよと安心させる言葉をかけることだろう。だけど、私にはそれはできない。いくら彼女の家族を人質に取られていたとはいえ、大切な友人を殺されかけたのだ。怒らないはずはない。
「だけど…、盗賊たちは私に話した作戦とは違うことをしました。」
「違うこと…?」
私が言葉を返すと、アメリアはコクリと頷いた。そしてスープを飲んでから話し始めた。
「それはアメリアさんがかかった毒です。私に話した内容では毒の使用については話にありませんでした。盗賊たちは最初から私にアイリスさんを捕まえることなど期待はしておらず、さらには命まで奪おうとしていたんです。」
「盗賊がやりそうなことね。でも、アメリアはあの時アイリスに短剣を向けても、すぐには刺さなかった。それはなぜ?」
「それは…、アイリスさんとマレーさんの様子が眩しかったから…ですかね。」
そう言ってアメリアは力無く笑った。悲しい笑顔に私が言葉を濁していると、アメリアはがたりと席を立ってお店を出ようとしていた。そんな彼女に私は最後に“アイリスは待っていると思うから!“と声をかけて、寂しげにお店を出る彼女を見送ったのだった。
カリステモンとクラレットの都市の境にある峡谷を進む私たちの前に数十体のアンノーンと盗賊が現れ、私たちを取り囲むようにしていた。
「さっきの商隊の人が襲われったっていうのはこの辺りみたいね。」
マレーがいう通り、この辺りには商隊の馬車と思われる積荷が散乱していた。そんな周りの様子を確認していると、峡谷の崖の上から盗賊が滑り降りてきて、アンノーンは大ジャンプをして私たちに襲いかかってきた。私はすぐに飴玉を生成して、マレーに投げ渡すと、後方に下がって戦況を逐一マレーに報告し、自分のところにもアンノーンがやってくると、腰から短剣を抜き放って、なんとか退ける…というルーティーンで戦闘に入った。
私の隣には、私と同じく後方支援がメインとなる魔法を使う、アメリアがいた。彼女の魔法属性は私と同じ身体強化の色であるオレンジとこの世界では珍しいとされるラベンダーの音属性の魔法を使う。自分の楽器であるバイオリンをケースから取り出すと、彼女は優雅にバイオリンを弾き始めた。彼女の奏でるバイオリンの音色はとても優しく、それでいて力が湧いてくる心強い魔法だった。
私たちのパーティーは世間からすればアンバランスで、前線で戦うことができるのがマレーしかいないので、私は戦況を見て、時折マレーの実家の道場で磨いた体術を持ってして、盗賊を次から次へと倒れさせた。ところが崖という地形の影響もあり、私は最近仲間になったばかりのアメリアの体術のスキルがないことを忘れていて、彼女の守りを手薄にしてしまった。
「こっちの女がガラ空きだぜ!」
「アメリア!!」
盗賊がアメリアに向かって短剣を振り翳した瞬間に私は彼女に向かって、手を伸ばして短剣の刃を素手で掴んだ。ざっくりと皮膚が切れる感覚があったが、すぐにその刃を持って盗賊を投げ飛ばした。“グエッ“という声と共にアメリアに襲いかかってきた盗賊は伸びていた。私はその様子を確認すると、その盗賊に縄を回して縛り上げようとした。だが、手のひらを切っていることもあり、上手く結べずにいてもたもたしていると、私は背後に誰かの気配を感じた。
「ッ!」
寸前のところで私は前転して攻撃を避けることができた。その攻撃をしてきた人物は…。
「どうしたの、アメリア!」
「アイリスさん、避けないでください!」
「何を言ってるの、アメリア!その短剣を下ろして!」
アメリアは先程私が投げ飛ばした盗賊が持っていたもので、いつの間にかアメリアが震える手で短剣をギュッと握って、私に刃を向けていた。私は心の中で、こうなるかもしれない、と思っていた。でも、信じたくはなかった。そんな複雑な思いを抱えながら、私はアメリアと対峙した。
「アメリア、どうしてこんなことを!」
「いいから、さっさと捕まってください!あなたたちを捕まえることで私たちが生きられるんです!」
「なっ…!」
アメリアははっきりと私に“捕まってほしい“と口にした。あの酒場で会った自信がなさげな、臆病な女の子ではなく、私には誰かを守ろうという強い意志の元、怖い思いを抑え込んでいるように見えた。そんなアメリアの気持ちを知ろうと積極的に話しかけた。だが、そんな私の体に異変が生じた。
「(あ、れ…?)」
私は目の前がクラクラと歪み始め、立っているのもやっとなほどの眩暈に襲われた。そこで私は気づいた。先程素手で掴んで受け止めた盗賊の短剣に毒が塗られていたのだと。私は体内回る毒をどうすることもできずに、そのままばたりとその場に倒れた。
「アイリス!?」
マレーが私を呼ぶ声と、アメリアの困惑する顔が私の脳内に焼きつかれたまま、私は意識を手放した。
――――――
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私はアイリスの困惑する声を聞いて、思わずアイリスとアメリアがいる後方を確認すると、ちょうどアイリスがよろめいたかと思えば、地面に倒れ込んでしまったので、私はアイリスの名前を叫んだ。。
「アイリス!?ちょっと…、そこを退きなさい!!!」
私はプルウィウス・アルクス王国からレディカの街まで一緒に旅をしてきた相棒がここで初めて倒れ込んだ瞬間を見て、一瞬だけ理性がちぎれかけた。だが、ここで私が理性を失い、アイリスを助けようと無茶な行動を取れば、目を覚ましたアイリスに怒られるのは目に見えているし、今の戦況で強行突破するのは難しいと思った。だから、私は自分の前にいる、盗賊をアンノーンのいる場所に投げ飛ばすと、先に貰っていたアイリスの魔法の飴玉を舐めて、身体強化の魔法をかけて、一瞬でアメリアと縄を解いて立ち上がった盗賊の元へと駆け抜けた。
「アメリアから話を聞くのは後にするとして…。まずはあなたたちを殲滅しないといけないようね。」
私は灼熱の拳を右手に作り出すと、空いている左手で盗賊の首を持って締め上げ、右手の灼熱の拳を盗賊の顔に近づけた。
「ヒ、ヒィ…っ!」
「お前の顔に大火傷を負わせようか。」
私の喉から発せられる声がいつもよりも低いことに私は心の中で“こんな声、出せるんだ…“とのんびり考えていると、目の前の盗賊はあまりの恐怖に失神していた。私はその男の首からパッと手を離して、地面に転がすと、近くにいた盗賊たちにも灼熱の拳を見せつけた。
「大人しくしてろよ?」
にっこりと笑顔でいうと、私がそんなに怖い顔をしていたのか、盗賊たちは震えあがり盗賊全員はその場に正座をさせられ私は一人一人を商隊の襲撃犯として警察に引き渡すべく、奴らの体を縄で縛り上げた。その間に私ははチラリとアメリアを見たが、彼女は顔を真っ青にしてアイリスのことを見ていた。私がはぁ…とため息を吐いて彼女に近づくと、彼女は先程の私の笑顔を思い出したのか、短い悲鳴をあげて、私から後ずさった。それが何気なく心に刺さるのを感じながら、私はアイリスの傷の様子を見た。手のひらの傷はさほど深くはなく、毒も進行性の遅いものなのか、アイリスの呼吸はまだそんなに早くはなっていなかった。私はアイリスの体内に回り始めている毒を排出するために、解毒薬を彼女の口元に持っていった。
「アイリス、解毒薬だよ。これを飲んで。」
「う…。」
私の声がかろうじて聞こえているようで、彼女はほんの少し口を開けてくれた。私はそのわずかな隙間に解毒薬を流し込んで、嚥下するように促した。そして、数秒もすれば体内に周り初めていた毒が解毒薬の効果で打ち消されたらしく、アイリスの顔色が良くなった。私はとりあえずの山場は超えられたかな、と思い後ろで正座をしている盗賊たちを引き取ってくれるよう、カリステモンの警察署に魔力鳩で連絡して、それからようやくアメリアの方を見た。
「アメリア。話を聞くから、とりあえず今はカリステモンに帰るよ。」
「…はい。」
私の言葉に力無く頷く彼女を見て、私はそんなに怖がらせてしまっただろうかと思いながら、アンノーンがのさばる峡谷に盗賊たちを置いておき、私はアメリアと解毒薬を飲んで休んでいるアイリスを背負って、カリステモンの街へ帰ったのだった。
カリステモンに着くと、私はすぐに病院に駆け込み、アイリスの容態と使った解毒薬の種類などを看護師に伝えて、アイリスの処置をお願いした。その間もアメリアは状況を知る貴重な人物なので、病院の先生から時折質問を受けて、震える声で返事をしていた。病院の医師はアメリアの様子も心配していたが、彼女は“大丈夫“との一点張りだったので、医師の方が諦めて、処方箋を出してくれるだけで止まっていた。医師として諦めて良いものなのかと思ったが。
その後、私たちはそれぞれシングルで宿屋の部屋を取り、チェックインだけして、すぐに飲食店街に繰り出して、夕食をとることにした。私が激辛料理が好きなので、カリステモンの中でも一番の激辛料理を提供してくれるお店に入り、私とアメリアはテーブル席に向かい合って座った。料理を注文した後、私は先に運ばれてきたジュースを飲みながら、“さてと…“と話を切り出した。
ここまで長引かせてしまったことは謝るが、その間を使ってアメリアには弁明の言葉を考える時間を与えたということになる。だが、彼女は戦闘の最後に見せた笑顔が相当なダメージだったようで、終始怯えた様子を変えずに、私の一言一句に震えていた。
「アメリア、正直に全部話してちょうだい。私はちゃんと最後まで聞くから。」
「…は、はい。」
ややあってアメリア力無く返事をするのを見てから、私は彼女が話し始めるまで、静かに待った。その間に料理が来てしまったので、料理を食べながら、私はアメリアの言動を注視していた。すると、私が選んだ激辛スープのピリ辛バージョンを注文し、スプーンで掬っていた手を止めて、アメリアは話し始めた。
「マレーさんは初めから私が信用できる人物か、疑っていましたか?」
「うーん、少しだけね。なんか影があるかなーってくらい。」
「そう、でしたか…。でも、私が偽物のフォンツベルンの下働きをしていたのは本当です。私の音属性の魔法が珍しいので、自分たちの名声のために使えると思ったんでしょうね。私たち家族は静かに暮らしていたのに、あの偽物のフォンツベルンが来て、私を拉致してから、私の人生は狂い始めました。そして、せっかくアイリスさんたちが偽物のフォンツベルンを牢獄に入れてくれたおかげで、晴れて自由の身になったと思えば、私が下働きとして拉致されている間に私の家族が盗賊に人身売買で売られていて…。私もすぐに音属性の魔法の情報を掴んだらしい盗賊に人身売買で取引されました。そして、盗賊たちが今度目をつけたのは、あの偽物のフォンツベルンを牢獄に入れたという、珍しい飴玉を作るアイリスさんでした。私の臆病な雰囲気から私がアイリスさんやマレーさんに近付く仕事を言いつけられて、失敗したら、お前の家族には2度と会えないと思え、と言われて恐怖に支配されながら、私は盗賊の言うことを聞くしかありませんでした。」
アメリアはそこまで話すと、今まで止めていた手を動かして、ピリ辛スープを一口飲み込んだ。少し喉にくる辛さだったのであろう、そばに置いてあった水を含むとゆっくりと飲み込んで、“ふう“と一息吐いた。そんな彼女の一挙一動を注視しながら私も激辛スープを飲んで、その痺れる辛さに満足していると、アメリアは話を再会した。
「私はアイリスさんの力を欲する盗賊たちに逆らうなんてことは考えもしませんでした。いつか解放される日が来る…なんて他力本願で私は自分から行動を起こそうとはしませんでした。盗賊たちの作戦に頷くしかない私のことをアイリスさんは明るく受け入れてくださった…。この人になら、私の状況を打破してくれるかも…またそんな他人に頼ることしかできない私に嫌気が差していました。そんなときに盗賊たちから峡谷に誘い込むように指示があって…。私はそこで初めて反抗しました。そうしたら、まぁ…アイリスさんたちには見た目でバレないように服で隠れる場所にたくさんの痣を付けられるほどの暴力を受けて…だから私は峡谷で家族のため、私が生きるためにアイリスさんを捕まえようと…。」
アメリアはそこまで話すと今まで我慢してきた恐怖が襲ってきたのか、涙を流し始めた。そんな彼女の涙は本物なのか。今の私はそれすらも疑ってしまうほどだった。ここにアイリスがいれば、間違いなく、アメリアの手を握って大丈夫だよと安心させる言葉をかけることだろう。だけど、私にはそれはできない。いくら彼女の家族を人質に取られていたとはいえ、大切な友人を殺されかけたのだ。怒らないはずはない。
「だけど…、盗賊たちは私に話した作戦とは違うことをしました。」
「違うこと…?」
私が言葉を返すと、アメリアはコクリと頷いた。そしてスープを飲んでから話し始めた。
「それはアメリアさんがかかった毒です。私に話した内容では毒の使用については話にありませんでした。盗賊たちは最初から私にアイリスさんを捕まえることなど期待はしておらず、さらには命まで奪おうとしていたんです。」
「盗賊がやりそうなことね。でも、アメリアはあの時アイリスに短剣を向けても、すぐには刺さなかった。それはなぜ?」
「それは…、アイリスさんとマレーさんの様子が眩しかったから…ですかね。」
そう言ってアメリアは力無く笑った。悲しい笑顔に私が言葉を濁していると、アメリアはがたりと席を立ってお店を出ようとしていた。そんな彼女に私は最後に“アイリスは待っていると思うから!“と声をかけて、寂しげにお店を出る彼女を見送ったのだった。
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