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ミルルは自らが仕える騎士、クロードの執務室で資料を漁っていた。
「クロードさま、ごめんなさい……」
彼女は主人として使えるクロードの敵対派閥、その一員であるカルヴァン男爵の手先として、4ヶ月前にクロード付きのメイドとして潜りこんだ工作員だ。
艶のある細く柔らかな髪の毛に、白い肌、控えめなグレーの瞳。
彼女の容姿は控えめながらも男性の興味をそそるもので、面接官はミルルの身持ちを心配し、冷徹だが真面目な仕事ぶりのクロード・ゲオルギューの新しいメイドとして雇い入れたのだった。
ミルルは誠心誠意、真面目に仕事をした。メイドとしての業務をこなしている間は、クロードに対する後ろめたい気持ちを忘れる事ができた。
『ヤツの動きを観察し、こちらに探りを入れている様子があれば逐一報告しろ』
そう男爵にせっつかれていたが、彼女は何の成果も得る事ができなかった。
ミルルは孤児である。
カルヴァン男爵は表向きは慈善家として孤児院を経営している。ミルルはそこで育ち、メイドとしての教育を受けた。もちろん職業訓練ではなく、工作員としてである。
『お前が使い物にならなければ、娼館に売り飛ばす』
ミルルはそうされた友人たちをたくさん見てきた。
『お前は特別見た目がいいから、今まで手をつけずに置いてやった。クロード・ゲオルギューに色仕掛けをして情報を引き出すんだ』
そう言われて送り出され、働き始めたミルルに対し、クロードは親切に振る舞った。彼女はいつしか、彼に対し親愛の情を超えた想いを抱くようになっていった。
ミルルは給金を何も知らない孤児院の弟妹たちへの仕送りにほとんど注ぎ込んでいる。
花も盛りの18歳であるのに、装飾品の一つも持っていないミルルの誕生日、クロードはそんな彼女に贈り物をした。
──ミルルは、心からそれを嬉しく思った。裕福な男性にとっては大したことのない贈り物かもしれないが、彼女にとっては灰色の人生をまばゆいほどに彩る宝物であった。
遊びかもしれない。でも、それでも構わない。
自分のことを分かっていて、探りを入れているのかもしれない。そう思いながらも、ミルルはごく軽い、触れ合うだけの口付けを受け入れた。
──しかし、それは泡沫の夢。
『このグズが。何の役にも立たんな。次の報告までにろくな情報が仕入れられなければ、お前はクビだ。せめて、媚薬を使って襲わせるぐらいの事はやってみせろ』
──そんなことは、したくなかった。
『お前のかわいがっているマリーとリアン、二人まとめて買い取りたいと言う得意先が見つかってね』
男爵の下卑た笑いが耳に残る。
「どうしたらいいの」
ミルルはどうすればよいのかわからず、その場にうずくまった。
長年染み付いた恐怖と、罪悪感と、孤児院に残して来た仲間たち。
ミルルの心は揺れている。クロードに洗いざらい吐き出せば、カルヴァン男爵の派閥をつぶして貰えるかもしれない。でも、そうしたところで次は他の悪い奴らに食い物にされるだけだ。
「ううっ」
胃の辺りを押さえ込む。
クロードを売るか。
自分を売るか。
それとも──。
「クロードさま、ごめんなさい……」
「謝るぐらいなら、最初からしなきゃいいのにね」
ミルルがばっと振り向くと、ドアのあたりに主人であるクロードが腕を組み、斜に構えた様子で立っていた。
「クロードさま、ごめんなさい……」
彼女は主人として使えるクロードの敵対派閥、その一員であるカルヴァン男爵の手先として、4ヶ月前にクロード付きのメイドとして潜りこんだ工作員だ。
艶のある細く柔らかな髪の毛に、白い肌、控えめなグレーの瞳。
彼女の容姿は控えめながらも男性の興味をそそるもので、面接官はミルルの身持ちを心配し、冷徹だが真面目な仕事ぶりのクロード・ゲオルギューの新しいメイドとして雇い入れたのだった。
ミルルは誠心誠意、真面目に仕事をした。メイドとしての業務をこなしている間は、クロードに対する後ろめたい気持ちを忘れる事ができた。
『ヤツの動きを観察し、こちらに探りを入れている様子があれば逐一報告しろ』
そう男爵にせっつかれていたが、彼女は何の成果も得る事ができなかった。
ミルルは孤児である。
カルヴァン男爵は表向きは慈善家として孤児院を経営している。ミルルはそこで育ち、メイドとしての教育を受けた。もちろん職業訓練ではなく、工作員としてである。
『お前が使い物にならなければ、娼館に売り飛ばす』
ミルルはそうされた友人たちをたくさん見てきた。
『お前は特別見た目がいいから、今まで手をつけずに置いてやった。クロード・ゲオルギューに色仕掛けをして情報を引き出すんだ』
そう言われて送り出され、働き始めたミルルに対し、クロードは親切に振る舞った。彼女はいつしか、彼に対し親愛の情を超えた想いを抱くようになっていった。
ミルルは給金を何も知らない孤児院の弟妹たちへの仕送りにほとんど注ぎ込んでいる。
花も盛りの18歳であるのに、装飾品の一つも持っていないミルルの誕生日、クロードはそんな彼女に贈り物をした。
──ミルルは、心からそれを嬉しく思った。裕福な男性にとっては大したことのない贈り物かもしれないが、彼女にとっては灰色の人生をまばゆいほどに彩る宝物であった。
遊びかもしれない。でも、それでも構わない。
自分のことを分かっていて、探りを入れているのかもしれない。そう思いながらも、ミルルはごく軽い、触れ合うだけの口付けを受け入れた。
──しかし、それは泡沫の夢。
『このグズが。何の役にも立たんな。次の報告までにろくな情報が仕入れられなければ、お前はクビだ。せめて、媚薬を使って襲わせるぐらいの事はやってみせろ』
──そんなことは、したくなかった。
『お前のかわいがっているマリーとリアン、二人まとめて買い取りたいと言う得意先が見つかってね』
男爵の下卑た笑いが耳に残る。
「どうしたらいいの」
ミルルはどうすればよいのかわからず、その場にうずくまった。
長年染み付いた恐怖と、罪悪感と、孤児院に残して来た仲間たち。
ミルルの心は揺れている。クロードに洗いざらい吐き出せば、カルヴァン男爵の派閥をつぶして貰えるかもしれない。でも、そうしたところで次は他の悪い奴らに食い物にされるだけだ。
「ううっ」
胃の辺りを押さえ込む。
クロードを売るか。
自分を売るか。
それとも──。
「クロードさま、ごめんなさい……」
「謝るぐらいなら、最初からしなきゃいいのにね」
ミルルがばっと振り向くと、ドアのあたりに主人であるクロードが腕を組み、斜に構えた様子で立っていた。
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