とらわれ少女は皇子様のお気に入り

のじか

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91 フェリセット、確信する(最終話)

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──こんなに表情が変わる事、ある?

 フェリセットは自分は思っている事が顔に出やすい性質だと理解している。反対にルイはヘラヘラしているか怒っているかの二択で、喜んでいるのか社交辞令を言っているのかよくわからない所があったのだが──。

「そんな嬉しそうな顔、できるの?」

 フェリセットが思わず尋ねると、ルイは手首を戒めていた手を外して、今度はフェリセットの目を覆ってしまった。

「今のは見なかったことにして。……いつ?」
「午前中」
「なら、今どこへ行こうと?」

「散歩だけど……」

 ルイは盛大なため息をつき、フェリセットの肩に頭を乗せた。

「……酔ってる?」
「トラウマだからあれ以来酒を飲まないことにした」

 その言葉にフェリセットはどうにも可笑しくなって、そっと手を伸ばしてルイのふわふわの髪の毛を手で梳いた。懐かしい匂いがして、フェリセットはこっそりと深く息を吸った。

「君の襲撃は帝国に深刻な打撃をもたらした。僕の頭がバカになったんだ」

「おバカも結構楽しいよ?」
「君はそうかもね」

 肩に乗っていたルイの頭がわずかに動いて、鎖骨のあたりに移動する。そこには赤い石のついた首飾りが下がっているから、ちくちくして収まりはたぶん良くないだろう。しかしルイはフェリセットからぴったりとくっついて離れない。

「君がいなくなってから、夜は眠れないし日中は苛々するしでまったく調子が上がらない。……帰ってきてほしい」

「そんな事言うぐらいなら、早く迎えにきてくれれば良かったのに」

 妙な沈黙があった。ルイの頭はフェリセットの顎の下にあるので表情を伺い知ることはできない。

「追いかけてこなかったし、庭園で会った時も引き留めてくれなかったし、執務室で二人きりになっても何もなかったし……だから、もう、いいのかと思って……」

「そんな微妙な心の機敏があるとは考えていなかった」

 それはちょっと女を口説くにはバカ正直すぎるんじゃないか──いやいや、本当にルイはバカになってしまったのだ、それこそあたしと同じくらいに。

 文句を言おうとしたフェリセットの唇をルイの唇がふさいだ。舌が口内に侵入し、歯列をなぞり、口蓋をくすぐられる。久しぶりに与えられた性的な刺激に、腰のあたりにぞくりとした感触が集まってゆく。

「んう……っ」

 息継ぎのさなかにフェリセットはルイの肩を叩き、なんとか顔をずらした。

「ちょっと、まだ話してるでしょ!」
「自分のバカさ加減に耐えられなくなってきた。てっきり、計画的な逃走だとばかり……」
「そんな高評価を受けているとは思わなかったよね……」

 仕方のない男だなあとフェリセットがふっと笑うと、ルイのまとう空気が柔らかくなっていくのを感じた。軽く見つめあって、それからフェリセットは背伸びをしてつむじをルイの額に軽くぶつけた。

「………この動きは一体なにを意味しているの?」

 フェリセットはますます可笑しくなった。ルイは獣人が親愛の情を示すとき、頭をこすりつけたくなる事も知らないのだ! それと同時に、フェリセットもルイの事を変なやつだとばかり思っていて、人並み程度の遠慮の感情がある事を知らなかったのだけれど。

「秘密」
「君は誰にでも優しいけれど、僕に対してはいじわるだ」
「一応……今までの仕返し、的な?」
「まいったね」
「降参する?」

「する。君の勝ちだ。……今度は僕が捕虜にならないといけないらしい」

 フェリセットは両手を挙げ、降伏の体勢を取ったルイに抱きついた。全身の血が沸き立つような喜びがある。

 ……どうやらあたしは、すべての戦いに勝利したようだ!

「話はもう、後でいいや」

 フェリセットの言葉を今度は正しく了承の合図と受け取ったのか、ルイはふたたびフェリセットに自分の唇を重ねた。唇を噛むわずかな音でさえ頭の中に大きく響いて、フェリセットの感情を高まらせる。

 軽く舌と舌がふれあい、離れ、次はもっと深く絡み合う。何度も何度も唇を合わせて、角度を変え、深さを変えて貪りあう。フェリセットが呼吸のために顔をわずかに傾けると、逃がしはしないとばかりに髪の毛や耳、頬や肩の上に口づけの雨が降ってくる。

「んぅっ……」

 ほんのわずか、髪の毛一本が刺さったような感触にフェリセットはわずかに動いた。ルイがはだけた胸元を強く吸い、印をつけたのだ。

「跡、付けちゃ、だめ……」

「君は僕のものだ」

「……逆でしょ?」

 フェリセットはルイのシャツの襟に噛みついて彼を引っ張った。ルイの体は重力に逆らわず、フェリセットの上に降りてくる。

 そのまま二人はもつれ合いながらベッドに倒れ込む。不敵な言葉にルイの奥からくっくっと笑いが漏れる。彼は今、ご機嫌なのだとフェリセットは思った。そうしてまた、自分も。

 ルイはフェリセットをシーツの海に沈めてしまいそうなほど強く自らの体を押しつける。その重みがたまらなく心地よい。

「んっ……あっ……!」

 ルイの手がやさしく撫でるような動きで首筋を伝い、シャツの隙間から指が入り込んだ。白蝶貝で作られたボタンはすっかり外され、手の平にすっぽりと収まる程度の大きさのフェリセットの胸元があらわになる。

「これ、よく考えたらお揃いだね……」

 二人が着ているのはなんの変哲もない支給品の白いシャツだが、確かに品自体は騎士団の支給品で、同じものだ。

「そう言われるとなんだか脱がせるのが惜しくなってきた」

 ルイはそのまま、服の様々な隙間から手を差し込んでフェリセットの全身を撫で始めた。フェリセットはくすぐったさに鈴を転がすような声でくすくすと笑い、身をよじらせた。

 ふと目線をあげると、ルイの肩越しにカーテンの隙間から美しく輝く月が覗いていた。

 ──そういえば、あの夜もこんな満月だったっけ?

 今まで過ごした日々がなんだか随分昔のことの様に思えてきて、フェリセットはぼーっと魅入られたように月を見上げた。

「ねえ、フェリセット」

 耳元でささやかれる声はひどく甘い。

「フェリセット」

 ルイはもう一度フェリセットの名前を呼んだ。言葉の代わりに、片方の耳をピンと立てる。

「こっちを見て?」

 ルイの唇がフェリセットの耳を軽く挟んで、甘噛みをする。

 フェリセットは静かに目を閉じて、指の一本一本、吐息が肌をすべるところまで、余すことなく全身でルイを感じようとしている。ウエストのホックが外れ、ファスナーが下がる音すらもどかしいと感じはじめた時、ルイの指が隠されていた秘所に触れた。

「ひゃんっ……あ、んぅ……っ」

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの快感に襲われて、フェリセットは思わず声を上げた。

 ルイはフェリセットの悦いところなんて全部分かっているとばかりに、体の奥底に封じ込められていた感覚を呼び起こしていく。

 体が熱くなり、勝手に体が跳ねて、自分が自分じゃなくなっていくような感覚に、かつては少しの怖れを抱いていた。でも、今は自分の心が変わっていく事に、心地よさを感じている。

「んっ……もう……」

 フェリセットは耐えきれなくなって、甘い、ねだるような鳴き声をあげた。

「本当にいいんだね?」
「うん……」 

 ルイは両手をフェリセットの脇の下に差し入れ、抱きかかえた。膝の上で正面から抱き合う形になり、お互いの心臓の音が聞こえてしまいそうなほどに近くなる。

 ルイの手がまるで導くように脇腹から腰へと向かってゆく。フェリセットはルイの上半身に自らの体を寄せ、その流れに合わせるようにゆっくりと腰を下ろし、二つの体は最初から誂えていたようにぴったりと寄り添う。

「……はっ、んっ……」

 久しぶりに感じる熱量に、フェリセットの体がびくりと跳ねた。

「大丈夫?」
「へいき……」

 フェリセットがルイの肩口に頭を預けると、下から緩やかなリズムで突き上げられる。

「はっ……ああ……っ」

 いままで体験した情事よりずっとゆっくりで、ふわふわとした感覚なのに、フェリセットはあっと言う間に快感に飲みこまれてゆく。

 時折ルイが「フェリセット」と余裕なく呼ぶ声が聞こえて、それがまた快感を増してゆき、フェリセットはより一層ルイにしがみつき、背中に爪を立てた。

「……フェリセット……好きだよ……」
「んっ……うん……」

 その言葉を合図にしたかのようにルイの動きはさらに激しくなり、快感の波が押し寄せ、フェリセットの意識をさらってゆく。

 やがてルイの体からほとばしった熱がえも言われぬ甘美な震えとなってフェリセットの全身に広がってゆき、フェリセットは幸福感に包まれながら静かに目を閉じた。
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