とらわれ少女は皇子様のお気に入り

のじか

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90 フェリセット、話をする

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フェリセットが驚いたのも無理はなかった。何しろ、ルイがむっつりとした顔で扉の前に立っているのだ。訓練をしようがしまいが、有事の際には叫んでしまうのは仕方のない事だとフェリセットは思う。

「静かに」

 ルイは手の平でフェリセットの口を押えた。自分のものとは異なる硬い手の感触に、無性にかじりつきたい気持ちになったフェリセットはかちかちと歯のかみ合わせを確認した。

「別に何もしない」

 ルイはフェリセットの様子をみて、恐怖で歯の根が鳴っていると思ったらしい。獲物を前にして牙を研ぐ獣の気持ちが──獣人の本能からくる仕草だとわからないから、そんな「とんちき」な事を言うのだと面白くなってしまい、次は笑いをこらえるために口がむずむずする始末だった。

  「で、殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」

   「いいわけない」

 ルイは上司で王子で先輩であるので、とりあえず挨拶をしなければいけないとフェリセットは令嬢の決まり文句を口にしたが、それはまったく彼の心には響かなかったらしい。

 やっぱりルイのご機嫌は今でも斜めなようだ。一体彼の機嫌は何時になったら良くなるのか? とフェリセットは誰かに問いかけたい気分だった。

「はあ、左様でございますか」

 ルイにあてがわれた部屋に行くためにはこの廊下を通らねばならないのだから、ルイがここに居ること自体は別におかしな事ではなかった。ただルイは完全にこちらを向いていたので、そこが不自然といえば不自然ではあるのだが。

「祝勝会の主役がこんなところにいていいの?」

 フェリセットはまだルイが誰も選んでいなかった事にほっとしつつも、もしかして目処がついたから戻ってきたのだろうか──なんて事を考えてしまう。

 ──あるいは?

「随分退席が早かったね」

 フェリセットの思考はルイの言葉によって遮られる。質問に質問で返すと研修では怒られたが、彼にはそんな事お構いなしなのだ、なぜなら泣く子も黙る皇子だから。

「まあ、今日はもう、いいかなと……」
「ああいう祝勝会とか、好きかと思ったんだけどね」

 フェリセットは唇を尖らせた。普段ならそうなんだけど──と、緊張のせいかあまりうまく言葉が出てこない。

「ちょっと、用事が……」

 ルイがちょうどフェリセットの行く手を遮るような体勢で扉の前に立っているため、フェリセットはどこにも行く事が出来ない。もっとも、奥の部屋で艶事が行われないのなら、別に気持ちを晴らすために運動をする必要もないのだが。

「あいつのところに行くのか?」

 ルイは射抜くような視線をフェリセットに向ける。その表情は険しいのにどこか幼く見えて、フェリセットはまじまじとルイを見つめた。

「あいつって誰?」

 ルイはフェリセットの手首を掴むとやや強引に室内に押し入った。フェリセットはなし崩しに、壁際に追い詰められてしまう。

「ゴルヴィア男爵令息」

 短く言われて、フェリセットは上目遣いに目をぱちぱちと瞬かせた。

「あいつの所に行くな」

「それって……命令?」

 さすがのフェリセットにも状況が分かった。ルイはフェリセットの姿が見えなくなったことで、ネイサンのもとへ逢引きに行くのだと誤解して慌てて追いかけてきたのだ。

「……お願い」

 ルイはぐっと息をこらえたあと、なんとも言えない表情で──例えて言うなら、最後に宝石店で別れた時に見た顔に似ているかも──とフェリセットが思うような表情で、言った。

「お、おねがい……!?」

 お願い。お願いだって。ルイがあたしに頼み事を? 今まで冗談で言われたことは何度もあった。しかしそれはお願いの体をした命令と言うか、すべてルイの思い通りになって当然、の意味だった。

 驚くべきことに、今ルイは真実フェリセットに向かって他の男のところに行かないでくれ、と頼み込んでいるのだ。

 夜襲をしかけたフェリセットを一撃で地面にめり込ませ、首輪を付けて引きずりまわしたり、檻に入れたり、浴槽の中に引きずりこんだり、ひんむいて絵のモデルにさせたり、その他、いろいろ、いろいろ好き勝手にやってきたルイがあたしに『お願い』だって!

「……だめ?」

 ダメとか、そんな事をルイが聞くのか! とフェリセットはある意味驚愕してしまう。急にそんなに素直になられても、こちらとしては心の準備が整っていないのだ。一体全体どうしてしまったと言うのか。

「グランスフィアの至宝であられるルイ殿下が私のような卑しいけだものに懇願など、してはなりません……」

 フェリセットは再び空気を戻そうと画策して、昔言われた悪口を交えて自分を卑下しようとした。しかしルイはフェリセットが真面目に臣下らしく振る舞おうとすると、今度は悲しげな表情になるのだった。

 ──どどど、どうしよう。

「ふざけてる場合じゃない。僕は真剣に言っている」

 両手首を壁に押し付けられたまま、フェリセットは息を飲み込んだ。

「こっちは真面目になろうとしているのに、フェリセット、君ときたら僕の事を揶揄ってばかりで……復讐のつもりか?」

「真面目に……ってそれはこっちのセリフだし……あたしにだって公爵令嬢とか騎士の身分が……」

 ふざけてはいけない。つまり、ルイはここで決着をつけるつもりなのだ、自分達の関係に。

 そう思うと、いよいよフェリセットの全身がむずむずしてくる。全身の毛が逆立って、血がどくどくして、今すぐにでも走り出したい気持ちなのに、今フェリセットはルイの腕の中にいる。持て余した衝動がどんどんと体の中で膨らんでゆき、心臓がぐちゃぐちゃになってしまいそうになる。

「そもそもね……その話は、もう、断った後なんだよね……」

 フェリセットはぺろりと唇を舐めると、先制攻撃をする事にした。
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