とらわれ少女は皇子様のお気に入り

のじか

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「ささ、子猫ちゃん、こちらに……恥ずかしがらなくていいのよ。私のお部屋で遊びましょう」
「わ、私、集会に遅れてしまいますので、お許しくださいっ!」

 フェリセットはしなやかな白魚のような腕の中から、必死に逃れようともがいた。詰め所に向かうフェリセットを手招きし、自室に引きずり込もうとしているのは帝国の何番目かの姫である。──正確なところはわからない。興味がないと言った方が正しいのだが。

「そんなに可愛いあなたに労働なんて似合わないわよ?」
「いいえ、そんな! 私、労働大好きですのでっ!」
「ルイお兄様の部下って、本当に変な人ばかりよねえ……」

 姫がほうっとため息をついたのを見計らって、フェリセットは走り出した。急ぎ詰め所へ向かいながら乱れた襟元を直す。

「ほんとにこの城、ヤバい奴しかいない……」

 ルイがまともな方だと言うのは、悪い冗談かなにかだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしいと就職して日が経つごとに実感する。

 フェリセットは乱れた息のまま、なんとか会議の時間までに戻ってくることができた。

「おい、ぎりぎりだぞ」

 真面目な先輩からお小言が飛んでくる。

「申し訳ありません、姫様に捕まってしまいまして……」
「ああ……自分の護衛にしろとごねられているんだったか」
「はは……」

フェリセットの就職は概ね成功している。

 正直、最初は馬鹿にされたり、いじめられたり仕事を与えられなかったりするのではないかと思っていたが、業務自体は順調にこなせてはいる。

 今フェリセットを悩ませているのはちょっかいをかけてくる皇族の多さ、家に帰れば熱々の公爵夫妻の間に挟まれてどうしたらいいのかわからない事、そして──。

「全員揃ったようだ」

 吟遊詩人が言うところの『帝国の至宝』ことルイ皇子。一段高い台に上って部下たちの視線を集めるその姿は物語の主役である。そして一番下っ端のため部屋の片隅、ほとんどドアに近い場所に立っているフェリセットは背景の一部。

 フェリセットの方は上司であるルイをじっと見つめているのに、彼はフェリセットを見ようともしない。身分の上では大分近くなった筈なのに、今の距離はずっとずっと遠い。

「遠征が決まった」

 遠征。聞き慣れた言葉だ。昔はただ、フェリセットはひとりでルイの帰りを待つばかりだったが、今度は部下として彼について行くのだ。それはなんとも不思議な感覚だった。

「行き先は北部ゴルヴィア領」

 フェリセットはその地名にかすかに覚えがあった。確か、毎日離宮に運ばれてきた天然泉と同じ地名ではなかっただろうか?と首をひねる。

「山奥の源泉に巨大な蛇の魔物が住み着き、住民の生活に悪影響を及ぼしている。我々はそれを討伐するため、三日後に出発する。各自、身辺整理をしておくように」

 騎士の仕事は命がけだ。毎回、どんな短い距離だとしても彼らは遺言状を残しておくのだと言う。

 ──もっとも、フェリセットはルイからそんな手紙なんて、貰ったこともなかったが。


「えーと。あたしが死んだら、あー。遺族年金はオークの森に……公爵家はお金持ちだから別にいらないよね? お屋敷のものは返却して……」

 首からぶら下げているネックレスはどうしようか? とフェリセットは考える。

 ルイ皇子に返却してくださいと書くべきか? もし自分の身に何かあったらルイは悲しむのだろうか? それとも過去の事として「そんな事を公にするものじゃない」とでも言うだろうか。

 自分の中で納得する答えを導き出せず、フェリセットはため息をついた。
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