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79 フェリセット、就職する
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「……うぅ」
フェリセットは唸った。手の中の辞表がくしゃりと音を立てる。
中には「フェリセット・グロッシーを騎士見習いとし配置す」と書いてある。
フェリセットは定期的に行われている騎士登用試験を受け、意外なことにまあまあの成績で合格した。身体能力や野営での手際の良さを評価され、このたび本物の女騎士(見習い)として新しい一歩を踏み出す……はずだった。
しかし公爵が気を効かせたのか、はたまた欲を出したのか、それともただの運命のいたずらか。配属先は第七皇子であるルイの部隊であったのだ。
「……どーすんだよこれ。こいつが補充人員って」
デュークは投げやりにフェリセットと──椅子に腰掛けたまま一言も言葉を発しないルイを見た。
「辞職します……」
フェリセットはうつむいたまま、それだけ呟いた。執務室の入り口まではぴんと立ち上がっていた猫耳も、今ではへにゃりと折れている。
「……そうだね、それがいい」
「普通に考えたら、王女の護衛とかっすよね」
夕方の鐘が鳴った。
「それでは……しつれ」
「じゃあ、退勤しまーっす」
フェリセットが挨拶するより先に、デュークはさっさと部屋を出て行ってしまい、執務室にはルイとフェリセットの二人だけが残される。
「……」
「……」
「あの……」
「……人事異動の時期は過ぎた。これ以降は『よほどのこと』がなければ個別に対応される事はない。もちろん申し立てする事は可能だが、それには噂が付き纏う」
「仕事が覚えられなくて首になった、とか……」
フェリセットとてこれ以上不名誉な称号はつけられたくないのだが、いざとなれば仕方がない。このまま他人のフリをして上司と部下になる事は、フェリセットにとって非常に困難だと思われた。
「試験の点数を水増ししたわけじゃなく、きちんと合格している。それは難しい。何より……スコ先生を悲しませるわけにはいかない」
フェリセットは、その言葉を聞いてズキリ、と胸が痛んだ。就職祝いにと買って貰った白い革の手袋がぎゅっと嫌な音を立てた。
「そう……ですね」
「そうだよ」
翌日。まさか顔を合わせるのが嫌だとは言えず、フェリセットはごく普通の顔をして公爵邸から王宮に出勤した。
「フェリセット・グロッシーです。よろしくお願いいたします」
フェリセットの真面目な挨拶にルイの部下達はからかったり嘲けるるわけでもなく、ごく普通の──まるで初対面の人間に対するように振る舞った。
名前と顔が完全に一致しているわけではないが、戦争の時に見た顔がちらほらと見受けられるのだが、彼らは完全に「そのこと」については沈黙を貫いており、フェリセットは自分が公私混同しすぎているのかもしれない、と考えた。
「まずは基本的な仕事の流れを覚えて貰う。君は戦闘能力が心許ないから、野外活動での裏方作業や、遠征先で地元民との潤滑油になってくれる事を期待している」
「はい」
先輩騎士、すなわちオークの言葉で言うと「歴戦の勇士」である。説明を聞き逃すまいと真剣に耳を傾ける。
フェリセットに与えられた仕事は遠征用の積荷の発注や確認であった。
騎士と言うものは立派な鎧を着て剣をぶら下げ、なんだかわからないが高貴な人に忠誠を誓い、主人の危機に駆けつける──漠然とそのそのような印象を抱いてはいたものの、実際は村の自警団と何ら変わりはなく、ただ規模が大きくなっただけであった。
あっと言う間に夕暮れがやってきて、フェリセットが詰め所で本日学んだ内容をノートに書き残していると、どこかから自分を見つめる視線がある事に気がつく。気取られぬよう慎重に確認すると──それはルイではなく、デュークだった。
「よう、調子はどうだ。てか、お前文字が書けたんだな……」
バカにしやがって、とフェリセットは思ったが、就職した以上は上司であると、愛想笑いを貼り付け、敬礼をした。
「本日の業務時間は終了だってのに、思いの他真面目だな。……俺に関しては、別にかしこまらなくていい。イトコ同士だしな」
「えっ?」
フェリセットは突然の言葉に耳を疑う。
「俺はグロッシー公爵の甥なの。つまり俺とお前は親戚同士」
「マジ?」
「マジだよ」
世間が狭すぎる──とフェリセットは思った。確かに、この若さでルイの副官をやっているのだから彼もそれ相応の家柄であるには違いないだろうが、いつのまにか親戚ができていたとは思わなかった。
「そこまで分かってるなら、最初からこんな事にならないように気を配ってくれればよかったのに」
「……それなんだけどさぁ」
「まあ、でも過去は過去、仕事は仕事だし……頑張るよ」
業務時間外は無礼講と言うのなら、別にデュークにへいこらする必要はないのだと、フェリセットは何か言いたげなデュークを置き去りにして帰宅した。
フェリセットは唸った。手の中の辞表がくしゃりと音を立てる。
中には「フェリセット・グロッシーを騎士見習いとし配置す」と書いてある。
フェリセットは定期的に行われている騎士登用試験を受け、意外なことにまあまあの成績で合格した。身体能力や野営での手際の良さを評価され、このたび本物の女騎士(見習い)として新しい一歩を踏み出す……はずだった。
しかし公爵が気を効かせたのか、はたまた欲を出したのか、それともただの運命のいたずらか。配属先は第七皇子であるルイの部隊であったのだ。
「……どーすんだよこれ。こいつが補充人員って」
デュークは投げやりにフェリセットと──椅子に腰掛けたまま一言も言葉を発しないルイを見た。
「辞職します……」
フェリセットはうつむいたまま、それだけ呟いた。執務室の入り口まではぴんと立ち上がっていた猫耳も、今ではへにゃりと折れている。
「……そうだね、それがいい」
「普通に考えたら、王女の護衛とかっすよね」
夕方の鐘が鳴った。
「それでは……しつれ」
「じゃあ、退勤しまーっす」
フェリセットが挨拶するより先に、デュークはさっさと部屋を出て行ってしまい、執務室にはルイとフェリセットの二人だけが残される。
「……」
「……」
「あの……」
「……人事異動の時期は過ぎた。これ以降は『よほどのこと』がなければ個別に対応される事はない。もちろん申し立てする事は可能だが、それには噂が付き纏う」
「仕事が覚えられなくて首になった、とか……」
フェリセットとてこれ以上不名誉な称号はつけられたくないのだが、いざとなれば仕方がない。このまま他人のフリをして上司と部下になる事は、フェリセットにとって非常に困難だと思われた。
「試験の点数を水増ししたわけじゃなく、きちんと合格している。それは難しい。何より……スコ先生を悲しませるわけにはいかない」
フェリセットは、その言葉を聞いてズキリ、と胸が痛んだ。就職祝いにと買って貰った白い革の手袋がぎゅっと嫌な音を立てた。
「そう……ですね」
「そうだよ」
翌日。まさか顔を合わせるのが嫌だとは言えず、フェリセットはごく普通の顔をして公爵邸から王宮に出勤した。
「フェリセット・グロッシーです。よろしくお願いいたします」
フェリセットの真面目な挨拶にルイの部下達はからかったり嘲けるるわけでもなく、ごく普通の──まるで初対面の人間に対するように振る舞った。
名前と顔が完全に一致しているわけではないが、戦争の時に見た顔がちらほらと見受けられるのだが、彼らは完全に「そのこと」については沈黙を貫いており、フェリセットは自分が公私混同しすぎているのかもしれない、と考えた。
「まずは基本的な仕事の流れを覚えて貰う。君は戦闘能力が心許ないから、野外活動での裏方作業や、遠征先で地元民との潤滑油になってくれる事を期待している」
「はい」
先輩騎士、すなわちオークの言葉で言うと「歴戦の勇士」である。説明を聞き逃すまいと真剣に耳を傾ける。
フェリセットに与えられた仕事は遠征用の積荷の発注や確認であった。
騎士と言うものは立派な鎧を着て剣をぶら下げ、なんだかわからないが高貴な人に忠誠を誓い、主人の危機に駆けつける──漠然とそのそのような印象を抱いてはいたものの、実際は村の自警団と何ら変わりはなく、ただ規模が大きくなっただけであった。
あっと言う間に夕暮れがやってきて、フェリセットが詰め所で本日学んだ内容をノートに書き残していると、どこかから自分を見つめる視線がある事に気がつく。気取られぬよう慎重に確認すると──それはルイではなく、デュークだった。
「よう、調子はどうだ。てか、お前文字が書けたんだな……」
バカにしやがって、とフェリセットは思ったが、就職した以上は上司であると、愛想笑いを貼り付け、敬礼をした。
「本日の業務時間は終了だってのに、思いの他真面目だな。……俺に関しては、別にかしこまらなくていい。イトコ同士だしな」
「えっ?」
フェリセットは突然の言葉に耳を疑う。
「俺はグロッシー公爵の甥なの。つまり俺とお前は親戚同士」
「マジ?」
「マジだよ」
世間が狭すぎる──とフェリセットは思った。確かに、この若さでルイの副官をやっているのだから彼もそれ相応の家柄であるには違いないだろうが、いつのまにか親戚ができていたとは思わなかった。
「そこまで分かってるなら、最初からこんな事にならないように気を配ってくれればよかったのに」
「……それなんだけどさぁ」
「まあ、でも過去は過去、仕事は仕事だし……頑張るよ」
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