78 / 92
78
しおりを挟む
「これを持っていくといい」
渡されたのは彼が首に巻いていたスカーフだった。理由は分からないが、きっと何か意味のある事なのだろう──とそれを受け取る。
「ありがとう。その……色々」
礼を言われるような事ではない、とルイは短く答えた。フェリセットはやはり何もわからなくなる。一体どちらが悪いのか、どうすれば上手くいったのだろう──と馬車の中でずっとそればかりを考えていた。
フェリセットが持ち帰ったスカーフによって、夜更けのグロッシー公爵家は騒然となった。
なんと驚く事に、ルイが手渡してきたスカーフは皇子の寵愛を示す物だと言う。皇族にはそれぞれの紋章があり、本人以外が身につける事は基本的に許可されていない。本人の許しを──特に親密な間柄にある者のみが紋章の入ったスカーフを所持することができる。
つまりフェリセットはルイの庇護下にあり、スカーフが手出し不要の印と言う訳だった。夜勤のために起きている使用人たちの間に「お嬢様が皇子に見初められたらしい」との話が止める間もなく拡散されていく。
「あ、えーと、そう言うのじゃ、ないんです、よ……」
フェリセットはしどろもどろになりながらも、第一皇子にご無体を働かれたことを報告した。
説明の仕方が悪かったのか、夫妻の中ではジェラールとルイがフェリセットを巡って争いになった──と壮大な物語が展開されてしまい、その誤解を解くのにフェリセットは苦心した。
結局、このスカーフは親切心から託されたもので、その様な意図があるわけではない──と納得してもらう頃にはすっかり日付が変わっていた。
「申し訳ない。困った方だとは重々承知していたつもりだったが……」
「いえいえ……」
グロッシー公爵からテーブルに頭がめり込みそうなほど謝罪され、フェリセットは首を振った。夫妻にはまったく悪気がなかったのは理解しているし、おそらく皇子に誘われてついていかない自分が異端である事は会場の雰囲気から薄々察してはいた。
「もう済んだ事ですから、気にしていないです。でも……今日の事があったからって訳じゃないんですけど……やっぱり、森に帰ろうと思います……。お嬢様は、ちょっと向いてないかなと」
フェリセットはこれ幸いとばかりに、夫妻に対して帰郷したい旨を切り出した。ルイと再会したところで、何も変わらなかった──自分達の関係はもう終わりで──フェリセット自らが手放してしまったのだ。
そうなると、ますます自分がグランスフィアに居る意味が分からなくなってくる。
その申し出に、公爵夫妻は明らかに落胆した顔を見せた。それは政略の手駒ではなく、純粋に好意から来るものだと理解しているからこそ心苦しくはあるのだが、このままだとまた何かの拍子に再会してしまいかねない。そうなると、今度は自分がどうなるのかまったく想像も出来なかった。
「そんな……せっかく再会できたのに……」
ジューンはうつむいた。しかしすぐに何かを思いついた様に顔を上げる。猫耳が楽しげにぴくぴくと動き、フェリセットもまた、それにつられる。
「私、いい落とし所を見つけたの」
「とは?」
ジューンの自信に満ちた表情にフェリセットは思わず首をひねる。
「お嬢様が嫌なら──せっかくなら、働いてみるのはどう? この前言っていたじゃない、育てのお母様から女騎士の話を聞いて憧れていたって」
「お……女騎士!」
それはフェリセット本人ですら最近すっかり忘れていた野望であった。
「試験を受けて合格すれば誰でもなれるのよ。もちろん厳しいけれど──一般教養なら私も手伝うわ。貴女なら、きっと出来るはず」
ジューンの力強い言葉を聞き、フェリセットの胸になんとも言えない感動が湧きあがる。何故今まで気がつかなかったのだろう?
──最初の目標通り、都会に出てきたのだから本物の騎士になってしまえばいいのである。それは非常に素晴らしい思いつきに感じられた。
「や……やる! あたし、女騎士を目指す!」
こうしてフェリセットは、紆余曲折ありながらも女騎士を目指すことになった。
渡されたのは彼が首に巻いていたスカーフだった。理由は分からないが、きっと何か意味のある事なのだろう──とそれを受け取る。
「ありがとう。その……色々」
礼を言われるような事ではない、とルイは短く答えた。フェリセットはやはり何もわからなくなる。一体どちらが悪いのか、どうすれば上手くいったのだろう──と馬車の中でずっとそればかりを考えていた。
フェリセットが持ち帰ったスカーフによって、夜更けのグロッシー公爵家は騒然となった。
なんと驚く事に、ルイが手渡してきたスカーフは皇子の寵愛を示す物だと言う。皇族にはそれぞれの紋章があり、本人以外が身につける事は基本的に許可されていない。本人の許しを──特に親密な間柄にある者のみが紋章の入ったスカーフを所持することができる。
つまりフェリセットはルイの庇護下にあり、スカーフが手出し不要の印と言う訳だった。夜勤のために起きている使用人たちの間に「お嬢様が皇子に見初められたらしい」との話が止める間もなく拡散されていく。
「あ、えーと、そう言うのじゃ、ないんです、よ……」
フェリセットはしどろもどろになりながらも、第一皇子にご無体を働かれたことを報告した。
説明の仕方が悪かったのか、夫妻の中ではジェラールとルイがフェリセットを巡って争いになった──と壮大な物語が展開されてしまい、その誤解を解くのにフェリセットは苦心した。
結局、このスカーフは親切心から託されたもので、その様な意図があるわけではない──と納得してもらう頃にはすっかり日付が変わっていた。
「申し訳ない。困った方だとは重々承知していたつもりだったが……」
「いえいえ……」
グロッシー公爵からテーブルに頭がめり込みそうなほど謝罪され、フェリセットは首を振った。夫妻にはまったく悪気がなかったのは理解しているし、おそらく皇子に誘われてついていかない自分が異端である事は会場の雰囲気から薄々察してはいた。
「もう済んだ事ですから、気にしていないです。でも……今日の事があったからって訳じゃないんですけど……やっぱり、森に帰ろうと思います……。お嬢様は、ちょっと向いてないかなと」
フェリセットはこれ幸いとばかりに、夫妻に対して帰郷したい旨を切り出した。ルイと再会したところで、何も変わらなかった──自分達の関係はもう終わりで──フェリセット自らが手放してしまったのだ。
そうなると、ますます自分がグランスフィアに居る意味が分からなくなってくる。
その申し出に、公爵夫妻は明らかに落胆した顔を見せた。それは政略の手駒ではなく、純粋に好意から来るものだと理解しているからこそ心苦しくはあるのだが、このままだとまた何かの拍子に再会してしまいかねない。そうなると、今度は自分がどうなるのかまったく想像も出来なかった。
「そんな……せっかく再会できたのに……」
ジューンはうつむいた。しかしすぐに何かを思いついた様に顔を上げる。猫耳が楽しげにぴくぴくと動き、フェリセットもまた、それにつられる。
「私、いい落とし所を見つけたの」
「とは?」
ジューンの自信に満ちた表情にフェリセットは思わず首をひねる。
「お嬢様が嫌なら──せっかくなら、働いてみるのはどう? この前言っていたじゃない、育てのお母様から女騎士の話を聞いて憧れていたって」
「お……女騎士!」
それはフェリセット本人ですら最近すっかり忘れていた野望であった。
「試験を受けて合格すれば誰でもなれるのよ。もちろん厳しいけれど──一般教養なら私も手伝うわ。貴女なら、きっと出来るはず」
ジューンの力強い言葉を聞き、フェリセットの胸になんとも言えない感動が湧きあがる。何故今まで気がつかなかったのだろう?
──最初の目標通り、都会に出てきたのだから本物の騎士になってしまえばいいのである。それは非常に素晴らしい思いつきに感じられた。
「や……やる! あたし、女騎士を目指す!」
こうしてフェリセットは、紆余曲折ありながらも女騎士を目指すことになった。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる