とらわれ少女は皇子様のお気に入り

７７

「やばいなこの国……」

　へなへなと、全身の力が抜けていく。あんなのが継承権の最上位だなんて、この国どころか世も末である。しかも去り際の台詞を聞くに、彼はルイと同腹らしい。どことなく条件だけを箇条書きにすれば似ていると言えるが、自分は運が良かった──もし戦場にやって来たのが別の人間だったなら、今頃もっとけちょんけちょんにされているに違いなかったのだと改めて思い知らされた。

「大丈夫？」
「あ、うん、ありがとう……」

　差し出された手を取り、フェリセットはよろよろと立ち上がった。

　なんとか呼吸を整え、ルイに向き直る。記憶よりもずっと豪華な服装をして、髪を油で撫で付けているその姿は、やはり自分とは違う世界の住人なのだとひしひしと実感させられた。


「フェリセット……どうしてここに？　公爵家に引き取られたんだろう」

　やはり、ルイは自分がどうなったか知ってはいた、のだ。居場所を知っていて、取り戻しに来なかったと言うことは、やはり面倒くさくなって、居ないならばそれで良いと思っているのだろう。

　そう思うと、フェリセットの胸は締め付けられたように苦しくなった。

「なんだか……断りきれなくて。仕事をした方がいいかなって。いままで怠けてた、から」

　フェリセットはへらへらと笑った。逃げてしまった事を謝ろうかと思ったが、言葉が喉につっかえてそれ以上続ける事ができなかった。

「そうか……新しい家族とは、仲良くやっている？」

「……」

　フェリセットは答えられなかった。肉体的には健康そのもので、公爵家の人々は皆善良で、生活にも不自由がない。自分は幸せになっていないとおかしいのに、なぜだか感謝の言葉を口にすることができない。

　だって、今の生活に、あたしは不満があるのだ──

　風が強く吹き、フェリセットの髪の毛をもみくちゃにした。ルイの手が伸び、フェリセットの心臓はルイがまた自分を捕まえてくれるのかと期待に跳ねた。

　しかし、伸びた手は二人の間で空回りして、引っ込められた。

「そんな顔をしなくても、もう何もしないから……」

　そんな顔、とはどのような顔だろう。助けに来たのはスコ先生にはいい顔をしたいからなのか──

　耳がぺたりと不機嫌そうに閉じるのを止められず、フェリセットは顔を背けた。そのまま立ち去ろうとすると、ルイはフェリセットの手に一枚の布を握らせた。