とらわれ少女は皇子様のお気に入り

のじか

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屋敷はほど近くの貴族街にあると言う。たまたま買い物に出かける所だった──とジューンが話すのを聞きながら、フェリセットはルイが自分を探しているのではないかと、馬車の窓からちらちらと外を確認する。

 ──あんなにちんたらしていたのに、追いつかないって事は、やっぱり居ても居なくてもいいって事なのかな。

 フェリセットが窓枠に顎を乗せて物憂げに考えこんでいる間も、ジューンは興奮した様子で話を続ける。

「社交シーズンのために領地から出てきたの。本当に、信じられないわ……」
「ママはこの国の貴族だったの?」

 フェリセットの問いにジューンは力なく首を振った。

「いいえ。私はあなたを探して、ずっと北の方から南下してきたの。そこで働きながら手がかりを探していたのだけれど、まったく何もなくて……。疲れてしまったの。そうして、気持ちが落ち着くまでずっと待っていると言ってくれた人と四年前に再婚したの」

 ごめんね、とジューンはフェリセットの頭を撫でた。自分は自分で楽しくやっていたのだから気にしなくてもいいのに──と考えるが、素直に甘えておくこととする。

「再婚、って……あたしのパパは?」
「あなたが生まれる前に死んでしまったわ」

「そうなんだ」

 大変だなあ、とフェリセットはまるで人ごとのように思った。見た目を逆算すると、ママの年齢はフェリセットの倍ぐらいだろう。その年齢で夫を失って、子供が誘拐され、一人で旅をする……おそらく、ひどい目にも沢山あっただろう。

 たかだか家出して号泣していたフェリセットとはえらい違いである、と幸薄そうな微笑みを見て思う。

「毛並みも艶々ね。元気に暮らしていたのね」

 穏やかな表情にフェリセットはなんともこそばゆい気持ちになった。

 
 貴族街はまるで不思議の世界に迷い込んだみたいだ──とフェリセットは馬車を降りて思った。屋根の上では金ぴかの風見鶏がくるくると周り、屋敷そのものは身長より高い塀のはるか遠く。

「ここがグロッシー公爵邸。今の私の家よ」
「公爵?」

 公爵ったら、皇族の下でねーか。フェリセットは思わず田舎訛りが出そうになった。

「お、奥様。そちらのご令嬢は?」

 身なりの良い、眼鏡を掛けた紳士──おそらく執事と言うものだろう──が慌てた様子で白い敷石の上を跳びはねるように駆け寄ってきた。出かけたはずの夫人が速攻で戻ってきて、あげく見知らぬ女を引き連れてきたら誰でも訝しげな表情になってしまうのは仕方のない事だろう。

「ああ、ギグルさん、聞いて頂戴。この子が私のフェリセットよ。旦那様にも伝えて」

「な、なんですとーーーーー!!」

 執事は後ろにひっくり返りそうな声で叫んだ。以前見かけたランスタッド家の召使い達とは違い、随分と感情が豊かである。つまりここは良い職場なのであろうとフェリセットはひとり納得した。
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