とらわれ少女は皇子様のお気に入り

６３

ちょっと、いたずらで──

　場を取り繕うための言い訳が喉に引っかかったまま出てこない。

　ルイがゆっくりと通りに出て、立ちすくんでいるフェリセットに近寄ってきた。フェリセットは走り出す。すぐそばにあった十字路を越えて、道の反対側に辿り着いてから振り向く。

　十字路を馬車が通りすぎても、ルイはまだ向こう側に立っていた。今更交通安全がどうこう言うような人物ではない。彼はフェリセットを追わないと決めているのだ。

　時が止まり、フェリセットから全ての音が遠ざかった。きっと、自分は今ものすごく情けない顔をしているだろう──と、頭の片隅の冷静な部分が愚かな行動をあざ笑った。

「──」

　ルイが口を開いた。何を言ったのか、フェリセットは聞き取ることができなかった。

　フェリセットはそのまま、背を向けて走り出す。

　息が切れ、足がもつれた所で立ち止まり、あたりを見渡す。追ってはおらず、フェリセットは見知らぬ土地でただ一人だった。

　簡単に追いつけるはずなのに、ルイは追ってこなかった。むしろ見送るような素振りさえあった。

　つまりは、そういう事、なのだ。

　事実がはっきりしてくると、フェリセットの目からぽろぽろと涙がこぼれた

　いざ一人になってみると、まるで「お前はもういらない」と突き放されたような気分になった。自分勝手だと思う。しかし、フェリセットは追いかけてきて欲しかったのだと、はっきり分かった。

　──自分は、賭けに負けたんだ。

　とぼとぼとあてもなく歩くフェリセットの横を豪奢な馬車が通り過ぎていく。土埃が顔にかかり、フェリセットは馬車を睨み付けた。

「ふん……」

　苛立ちがフェリセットのしぼんだ心を奮い立たせた。泣いていても仕方がない。森で身につけた経験を生かせば、一人故郷へ帰ることはそう難しくない事のはずだ。あんな男の事はもう忘れよう──切り替えの早いところが自分の長所だったはずだと、フェリセットは踵を返した。少なくとも、王都の出口側に向かおうと思ったのだ。

「フェリセット！」

　その時、背後からフェリセットを鋭く呼ぶ声がした。