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27 フェリセット、罠にはまる
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「やっと解放された」
ルイはだだっ広い部屋の中、わざわざフェリセットの隣に腰掛けた。体を引き寄せ、膝の上に乗せようとしてくる。フェリセットはなんとか逃れ、窓から外に出る。
「待っていてくれると言ったのに」
「ああ言った方がよりむかつくだろうな、と思っただけ」
フェリセットはちょこちょこと芝生の上を歩く。今日の散歩がまだなのである。
「いやあ、今日のフェリセットには惚れ直しちゃったよ……」
ルイは早足で近づき、後ろからフェリセットを抱き寄せた。唇が耳に触れるのがくすぐったい。
「結局あれは誰だったの? 許嫁?」
仮に向こうが正式なお相手だった場合、フェリセットがまさしく泥棒猫になってしまうと、今更ながらに思い立つ。「あたしはふさわしくないのでルイ皇子を説得してください」と頼み込んだ方がよかったのでは、と考えるが時すでに遅しであった。
「候補、でしかない。ランスタッド公爵家はね、皇帝の妹の嫁ぎ先だから。つまりは従姉妹ってことになるかな。血筋は良いけどね。血筋は」
とは言っても、姫が二十人いるらしいので、リリアージュの身分はもっと下なのであろう。そんなのいちいち数えていられないな、とフェリセットは思う。
「へえー。じゃあ、もっとへりくだった方が良かった?」
「まさか。身分はともかく、あれじゃいない方がマシだ。追い払ってくれて助かったよ、邪険にも出来ないから困っていたんだ。あの様子じゃ、フェリセットより賢くなるまでは、もう来ないだろうな」
ルイはひとしきり機嫌良く笑った後、首からスカーフを外し、ぼいっと投げ捨てた。
「こら! ゴミを捨てるな! ヒューマンがそういう事するから森が汚れるんだぞ!」
フェリセットは風に煽られてひらひらと飛んでいくスカーフをつかみ取った。
いらないなら、首に巻いておこうか。フェリセットはいそいそと、スカーフを首に巻いた。洒落たやり方はわからないので、半分にたたんで方結びしただけではあるが。怪我したときに包帯として利用できそうでもあり、捨てるにはあまりにも惜しかった。
「ああ、それ……まあ、いいか。ものはいいしね」
ルイは含みありげな目でフェリセットを見つめた。それに気が付かないフェリセットはすべすべした絹の感触にご機嫌であった。
ルイの外出が立ち消えになったため、夕食はいつも通り二人で過ごすことになった。
デザートのカシスのシャーベットを口に含んだフェリセットは違和感を覚えた。体が熱いのである。
「なんか……ぽやぽやする」
部屋が暑いのかと、首のスカーフを外す。熱は収まらない。スープによって血行が良くなったのかと考えたが、どうやらそうではないようだ。
甘いデザート用のワインのせいで悪酔いしてしまったのだろうか──とフェリセットは首をひねる。さっさと入浴を済ませて眠ってしまおう──とスプーンで溶けかけのシャーベットを掬った時、ふいにルイが口を開いた。
「そのスカーフには非常に巧妙な魔術が仕掛けてあって」
ルイはテーブルの上で指を組み、神妙な様子だった。フェリセットは橙色の明かりに照らされた長いまつげが頬に影を落とすのをぼーっと眺める。
「性欲が高まるんだ」
「性欲が高まる……」
フェリセットはオウムのように繰り返した。
「贈り物とあれば、身につけないわけにはいかないからね。それで、夕食時まで一緒にいれば効果が出ると踏んだのだろうけど。多分向こうも忘れて帰ったんだろうね」
ルイはそう言って、手を伸ばし、くいっとフェリセットの顎を持ち上げた。
既成事実を作るための罠が仕掛けてあった。それに巻き込まれてしまったのだと言う。
そんなバカな話があるか、とフェリセットは言いたかった。
「これはすごいよ。時間差で魔術の痕跡が完全に消えるようになっている。細工した職人は褒めるべきだな」
「ううっ……なんで教えてくれなかったのぉ」
フェリセットが聞きたいのは魔術に関する蘊蓄ではなく、この状態をどうするか、と言う解決策であった。
「個人差があるから、てっきり効かないと思って油断していたよ」
「ひどい……」
さすがのルイも、これは自分の監督不行き届きで、悪ふざけが過ぎたと反省している様子だった。それはそれで怒りのやり場がないと、フェリセットは落ち着きなく太股をこすり合わせた。
「ごめんね。ただちに命に別状はない」
「長期的になると危険があるってこと!?」
「年老いた男を暗殺する時に使うとか……」
「そっ……、それ、犯罪じゃない……?」
「その通り。重罪だ。でも、既成事実を作ってしまえばその点はうやむやになるね」
ルイはだだっ広い部屋の中、わざわざフェリセットの隣に腰掛けた。体を引き寄せ、膝の上に乗せようとしてくる。フェリセットはなんとか逃れ、窓から外に出る。
「待っていてくれると言ったのに」
「ああ言った方がよりむかつくだろうな、と思っただけ」
フェリセットはちょこちょこと芝生の上を歩く。今日の散歩がまだなのである。
「いやあ、今日のフェリセットには惚れ直しちゃったよ……」
ルイは早足で近づき、後ろからフェリセットを抱き寄せた。唇が耳に触れるのがくすぐったい。
「結局あれは誰だったの? 許嫁?」
仮に向こうが正式なお相手だった場合、フェリセットがまさしく泥棒猫になってしまうと、今更ながらに思い立つ。「あたしはふさわしくないのでルイ皇子を説得してください」と頼み込んだ方がよかったのでは、と考えるが時すでに遅しであった。
「候補、でしかない。ランスタッド公爵家はね、皇帝の妹の嫁ぎ先だから。つまりは従姉妹ってことになるかな。血筋は良いけどね。血筋は」
とは言っても、姫が二十人いるらしいので、リリアージュの身分はもっと下なのであろう。そんなのいちいち数えていられないな、とフェリセットは思う。
「へえー。じゃあ、もっとへりくだった方が良かった?」
「まさか。身分はともかく、あれじゃいない方がマシだ。追い払ってくれて助かったよ、邪険にも出来ないから困っていたんだ。あの様子じゃ、フェリセットより賢くなるまでは、もう来ないだろうな」
ルイはひとしきり機嫌良く笑った後、首からスカーフを外し、ぼいっと投げ捨てた。
「こら! ゴミを捨てるな! ヒューマンがそういう事するから森が汚れるんだぞ!」
フェリセットは風に煽られてひらひらと飛んでいくスカーフをつかみ取った。
いらないなら、首に巻いておこうか。フェリセットはいそいそと、スカーフを首に巻いた。洒落たやり方はわからないので、半分にたたんで方結びしただけではあるが。怪我したときに包帯として利用できそうでもあり、捨てるにはあまりにも惜しかった。
「ああ、それ……まあ、いいか。ものはいいしね」
ルイは含みありげな目でフェリセットを見つめた。それに気が付かないフェリセットはすべすべした絹の感触にご機嫌であった。
ルイの外出が立ち消えになったため、夕食はいつも通り二人で過ごすことになった。
デザートのカシスのシャーベットを口に含んだフェリセットは違和感を覚えた。体が熱いのである。
「なんか……ぽやぽやする」
部屋が暑いのかと、首のスカーフを外す。熱は収まらない。スープによって血行が良くなったのかと考えたが、どうやらそうではないようだ。
甘いデザート用のワインのせいで悪酔いしてしまったのだろうか──とフェリセットは首をひねる。さっさと入浴を済ませて眠ってしまおう──とスプーンで溶けかけのシャーベットを掬った時、ふいにルイが口を開いた。
「そのスカーフには非常に巧妙な魔術が仕掛けてあって」
ルイはテーブルの上で指を組み、神妙な様子だった。フェリセットは橙色の明かりに照らされた長いまつげが頬に影を落とすのをぼーっと眺める。
「性欲が高まるんだ」
「性欲が高まる……」
フェリセットはオウムのように繰り返した。
「贈り物とあれば、身につけないわけにはいかないからね。それで、夕食時まで一緒にいれば効果が出ると踏んだのだろうけど。多分向こうも忘れて帰ったんだろうね」
ルイはそう言って、手を伸ばし、くいっとフェリセットの顎を持ち上げた。
既成事実を作るための罠が仕掛けてあった。それに巻き込まれてしまったのだと言う。
そんなバカな話があるか、とフェリセットは言いたかった。
「これはすごいよ。時間差で魔術の痕跡が完全に消えるようになっている。細工した職人は褒めるべきだな」
「ううっ……なんで教えてくれなかったのぉ」
フェリセットが聞きたいのは魔術に関する蘊蓄ではなく、この状態をどうするか、と言う解決策であった。
「個人差があるから、てっきり効かないと思って油断していたよ」
「ひどい……」
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