とらわれ少女は皇子様のお気に入り

２６

ほらと話を振られても、急に気の利いた発言なんて出来るわけもない。ただ、ルイがこの状況を『面白くして欲しがっている』事だけは理解できた。

　ヒューマンは傲慢だ。自分達以外の種族は、エルフ以外みーんな知能が若干劣ると思っている。それは森の住人たちは「ヒューマンはひ弱だ」と考えている事で相殺されてはいるのだが。
　  
「グランスフィアの文化はまだ勉強中で、不慣れなことも多いですけどぉ」


　フェリセットはおバカではあるが、話が通じない、や卑しい、は明らかに偏見の域を超えた侮辱である。反撃しなければ女がすたると言うものだ。

「面と向かってそんな発言をする人が、皇妃にふさわしいとはとても考えられませんねぇ」

　フェリセットは努めて落ち着いた声色をつくり、語り始めた。あたりの空気が少し変わる。

　ちらと横目でルイを見上げると、紫の瞳は『続けて構わない』と伝えてくる。

「森の住民だって、もっと空気を読みますよ。威光を笠に着てやりたい放題だと、ちょっとしたことで足下をすくわれかねませんからね」

　フェリセットの煽りに、リリアージュの頬にさっと朱が差す。

　ルイはたまらず爆笑した。リリアージュは怒りで気がついていないが、背後の使用人達の驚愕した様子を見るに、ルイが声を上げて笑うのは結構珍しいことなのかもしれない、とフェリセットは判断した。

「な……」

　リリアージュは急に言い返され、言葉が出てこないらしく、口をぱくぱくとさせている。この隙に勝ち逃げすべし──とフェリセットの耳がぴん、と天を向いた。

「では、ルイさま。あたしはお邪魔虫のようなので戻りますね。部屋でお待ちしております」

　心にもないことを嫌みたっぷりに告げる。精一杯勝ち誇ったような流し目を令嬢に向け、フェリセットはすたこらと逃げ出した。

　正直、そこまで怒っているわけではない。こちらから見たリリアージュがか弱い生き物であるように、向こうから見た自分も危険な生き物なのだろう。

　自分も皇子の庇護を盾に喧嘩を売ったので、結局はどっちもどっちなのだが──と思うものの、すっきりしたのは確かであると、フェリセットはぐいと食堂にあったベリー水を飲み干した。


　フェリセットが逃走してからさほど時間は経たずに、あたりは静かになった。やがて、ルイがフェリセットの居る書斎に戻ってきた。その表情は晴れやかであった。