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フェリセットがのろのろと着替えている間に、ルイはさっさと浴室へ行ってしまった。前合わせの羽織は獣人用のものらしく、背後に大きな切り込みが入っており、尻尾がきちんと出る様になっている。
「フェリセット、おいでー」
浴室から明るい声が響く。渋々向かうと、巨大な円形の浴槽の中にルイがいた。
「おや、ちゃんと来たね。逃げてしまうかと思ったよ」
「ちなみに、逃げてたらどうなってた?」
「んー、裸のまま庭で放し飼いにするとか?」
フェリセットの脳内に、全裸で太陽の下を駆け回る自分の姿が浮かんだ。あながち冗談とも言えないところがこの男の恐ろしい所である。
いきなり隣に座るのも気が引けるので、フェリセットはひとまずは浴槽の端に腰掛けた。ルイが手を伸ばしてきたので、ばしゃんと足でお湯をかける。
「人から水をかけられたのは初めてかもしれないな……」
「ふーん」
フェリセットは立ち上がり、大きすぎる浴槽の縁をぐるぐるとまわり始めた。何しろ非常に広々としたつくりで、七、八人ぐらいは入るのではないか? と思えるほどなのだ。
「こちらにおいでよ」
ルイが甘ったるい声で呼びかけてくる。この声は「まだ反抗してもよい」とフェリセットは判断し、さらにぐるぐると縄張りを確認するかのように、周回を続ける。
何回目かのルイの背後を通り抜けようとしたその時、浴槽に引きずり込まれ、フェリセットは水中に転落する。
「にゃあーーっ!!」
子供の頃、池の上で船がひっくり返って以来の衝撃である。フェリセットは起き上がった勢いでルイに掴みかかる。
「何するにゃあーーっ!!」
「だって、フェリセットが来てくれないから仕方なく……」
「信じられない! 暴力的過ぎる!」
フェリセットはぷりぷりと怒りながら浴槽の反対側へ向かおうとしたが、あえなく捕獲されてしまい、ルイの腕の中にすっぽりおさまる形になった。
「むぅ」
「このお湯は、北部の温泉地から大型の魔獣を使って毎日運搬しているらしい」
確かにただの水ではなく、湯には若干とろみがついていた。温泉と言われれば、納得である。
「はぁ、それは大変なことだね……」
権力者と言うものは、やることなすこと大がかりで無駄が多すぎる──とフェリセットは思った。
「そこには大きな湖があって、湖畔の砂を掘ると温泉が湧くんだ。足を湯につけながら景色を眺める事ができる」
ルイの語る旅の話に、フェリセットは静かに耳を傾ける。森から滅多に出ない彼女にとって、外の世界の様子は新鮮な驚きに満ちていた。かと言って、連れ出してくれたルイに感謝をしているかと問われるとそうでもないのだが……。
「行ってみたい?」
「……別に」
「良い子にしていたら、色んな所に連れて行ってあげるよ」
「それって、ただ単に愛人として遠征に連れ回すってだけじゃん」
「そうとも言う。ぜひ、そうしたいね」
いつの間にかじっと見つめられていた事に気がつき、フェリセットはぷいと視線を逸らした。お湯はぬるくて、いつまで経っても暖まらないと思っていたが、急にのぼせてきたようだ──とフェリセットは感じた。
ルイはフェリセットの耳に唇を寄せた。唇はそのまま首筋を伝っていき、鎖骨の窪みで止まった。触れられている箇所が妙に熱く、体全体がざわざわとした薄い膜に包まれているような感触がする。
──湯あたりしている。それか、本能的に身の危険を感じているのかの、どちらか。
フェリセットはそう信じたかった。
「こっちを向いて」
「やだ」
フェリセットは、きゅっと体を丸めた。とにかく流されてはいけないと、素直に言うことを聞いたら負けになってしまうと、ずっと自分に言い聞かせている。
だって、こんなに早く堕ちてしまったら、それこそ女騎士にはふさわしくない……とフェリセットは考えているのである。
「そんな風にびくびくされちゃうと、良心が痛むなあ……」
「う、ううう嘘つけ!」
「本当だって。フェリセットとは仲良くしたいと思っているし」
ルイはそんな事を言いながらも、フェリセットの控えめな胸を下からすくい上げるようにぽよぽよと弄ぶ。
「真面目に考えてたら絶対こんな事しないし!」
黙っていると、またあの自分が自分ではなくなってしまう感覚になってしまいそうで、フェリセットは平常心を保つために必死に声を荒らげる。
「大丈夫だよ。今日は初日だから、これ以上の事はしないから」
あやす様な甘ったるいささやきに、なら明日はどうなるのだ、とフェリセットは聞き返す事ができなかった。
「フェリセット、おいでー」
浴室から明るい声が響く。渋々向かうと、巨大な円形の浴槽の中にルイがいた。
「おや、ちゃんと来たね。逃げてしまうかと思ったよ」
「ちなみに、逃げてたらどうなってた?」
「んー、裸のまま庭で放し飼いにするとか?」
フェリセットの脳内に、全裸で太陽の下を駆け回る自分の姿が浮かんだ。あながち冗談とも言えないところがこの男の恐ろしい所である。
いきなり隣に座るのも気が引けるので、フェリセットはひとまずは浴槽の端に腰掛けた。ルイが手を伸ばしてきたので、ばしゃんと足でお湯をかける。
「人から水をかけられたのは初めてかもしれないな……」
「ふーん」
フェリセットは立ち上がり、大きすぎる浴槽の縁をぐるぐるとまわり始めた。何しろ非常に広々としたつくりで、七、八人ぐらいは入るのではないか? と思えるほどなのだ。
「こちらにおいでよ」
ルイが甘ったるい声で呼びかけてくる。この声は「まだ反抗してもよい」とフェリセットは判断し、さらにぐるぐると縄張りを確認するかのように、周回を続ける。
何回目かのルイの背後を通り抜けようとしたその時、浴槽に引きずり込まれ、フェリセットは水中に転落する。
「にゃあーーっ!!」
子供の頃、池の上で船がひっくり返って以来の衝撃である。フェリセットは起き上がった勢いでルイに掴みかかる。
「何するにゃあーーっ!!」
「だって、フェリセットが来てくれないから仕方なく……」
「信じられない! 暴力的過ぎる!」
フェリセットはぷりぷりと怒りながら浴槽の反対側へ向かおうとしたが、あえなく捕獲されてしまい、ルイの腕の中にすっぽりおさまる形になった。
「むぅ」
「このお湯は、北部の温泉地から大型の魔獣を使って毎日運搬しているらしい」
確かにただの水ではなく、湯には若干とろみがついていた。温泉と言われれば、納得である。
「はぁ、それは大変なことだね……」
権力者と言うものは、やることなすこと大がかりで無駄が多すぎる──とフェリセットは思った。
「そこには大きな湖があって、湖畔の砂を掘ると温泉が湧くんだ。足を湯につけながら景色を眺める事ができる」
ルイの語る旅の話に、フェリセットは静かに耳を傾ける。森から滅多に出ない彼女にとって、外の世界の様子は新鮮な驚きに満ちていた。かと言って、連れ出してくれたルイに感謝をしているかと問われるとそうでもないのだが……。
「行ってみたい?」
「……別に」
「良い子にしていたら、色んな所に連れて行ってあげるよ」
「それって、ただ単に愛人として遠征に連れ回すってだけじゃん」
「そうとも言う。ぜひ、そうしたいね」
いつの間にかじっと見つめられていた事に気がつき、フェリセットはぷいと視線を逸らした。お湯はぬるくて、いつまで経っても暖まらないと思っていたが、急にのぼせてきたようだ──とフェリセットは感じた。
ルイはフェリセットの耳に唇を寄せた。唇はそのまま首筋を伝っていき、鎖骨の窪みで止まった。触れられている箇所が妙に熱く、体全体がざわざわとした薄い膜に包まれているような感触がする。
──湯あたりしている。それか、本能的に身の危険を感じているのかの、どちらか。
フェリセットはそう信じたかった。
「こっちを向いて」
「やだ」
フェリセットは、きゅっと体を丸めた。とにかく流されてはいけないと、素直に言うことを聞いたら負けになってしまうと、ずっと自分に言い聞かせている。
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「う、ううう嘘つけ!」
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ルイはそんな事を言いながらも、フェリセットの控えめな胸を下からすくい上げるようにぽよぽよと弄ぶ。
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