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「ほら、何でも好きなものを取るといい」
ルイが白いクロスを取り去ると、フェリセットの前に「ごちそう」が現れた。うず高く積まれた果物に、真っ白なパン。魚の燻製や肉を焼いたもの。その中から、フェリセットは魚のフライが挟まれたパンを手に取り、一口かじりついた。
「おいしい!」
彼女の貧困な語彙ではまったく表現できないが──とにかく複雑な味がするのだと、フェリセットは考えた。白い酸味のあるクリームが食べ慣れないが、美味しいものは美味しいのである。
「それは良かった。たくさんお食べ」
ルイはサラダボウルを差し出した。生野菜の上に、砕いたナッツが散らばっている。ゴクリと喉を鳴らしフォークを手に取るが、ふと思い当たることがあり、手を止める。
「ふ……太らせてから食べるつもり?」
今は亡き育ての母アマンダがしつけのために考えた作り話──美味しいご馳走につられてやってきた子供にたらふく食べさせ、太らせてから食べてしまう。その話を思い出したフェリセットは思わず身じろぎをした。
「太る前に食べちゃうけど」
「ふぇ」
フェリセットは一気に食欲がなくなり、カトラリーを皿の上に置いた。
「食べても食べなくても結果は変わらないんだから、人生楽しんだ方が得じゃないのかなぁ」
「……」
腹立たしい男ではあるが、ひとまずその通りであると、フェリセットは食事に集中することにした。
「あちち……」
食後にルイが入れた茶は、猫舌のフェリセットには熱すぎた。ふーふーと息を吹きかけ、冷ました頃にようやく「実は氷があるんだよね」と銀色の容器の中にある砕いた氷を見せてきた。
「何それ最悪。きらーい!」
フェリセットはルイに出会ってから五十回目の悪態をついた。
「ごめんごめん。あんまりにも仕草が可愛かったものだから。……ほら、苺をあげるから」
ルイはフェリセットの鼻先に、大粒の苺を持ってきた。
真っ赤な宝石のような見た目と野苺とは全く違う甘い香りにフェリセットは強く惹かれる。受け取ろうとするが、どうやら「自分の手から食え」と言うことらしく、苺はフェリセットの顔の前をふらふらと漂っている。仕方なしにかじりつくと、果汁が口いっぱいに広がった。
「うまっ」
「良かった良かった。グランスフィア城に納品するために空調を整えて一年中同じ作物を生産できるようにしてあるんだよ」
ルイが説明しているのは、つまり冬でも夏の果物が食べられる、と言う仕組みの話である。
金持ちはすることが大がかりだなー、とフェリセットは三つ目の苺をつまみながら考えるのであった。
ルイはフェリセットにひとしきり果物を与えて満足したあと、芝生の上に寝転がった。
「……」
沈黙が訪れた。ルイは眠っている。フェリセットは自由の身である。
フェリセットはそっとルイに触れ、仰向けになっているルイをうつ伏せにしてひっくり返した。その様子はさながら行き倒れである。
「……よし」
フェリセットは靴を脱いだ。近くの小川へ行き、足を洗い、ルイの所に戻ってくる。何をするか? もちろん、あの晩の仕返しである。
「よっと!」
フェリセットはルイの上に立った。あの夜に、甲冑越しとは言え踏まれた事を、彼女は忘れていないのである。
ふみ、ふみ、ふみ。フェリセットはルイを踏みつけていた。背中、腰、そして肩。
「はっはっはっ」
村では、父親の背中に乗って足でマッサージをする事があった。しかし、平均より小柄で痩せ型のフェリセットとは言え、人一人の重さはひ弱なヒューマンにはこたえるであろう──フェリセットはルイの背の上で高笑いをした。
「皇子を攻撃する敵対勢力を発見。排除しますか?」
「ひょえっ!」
突然背後から聞こえてきた声に驚き、フェリセットは慌ててルイの背中から降りた。振り向くと土で作られた不格好な人形の様な物体がふわふわと浮いている。これが「魔導ゴーレム」なのだろう。ゴーレムはフォンフォンと聞き慣れない音を立て、カートを押して去って行った。
「はわわ……」
戦慄するフェリセットをよそに、狸寝入りをしていたルイは爆笑した。
「何をするのかと思って様子をうかがっていれば……踏まれるって言うのは初めての体験だったね」
「えっ、起きてたの!」
「それはそうでしょう。いやあ、フェリセットは面白いね」
それだけ言うとルイはまた笑い始めたので、フェリセットは反対に不機嫌になるのだった。
ルイが白いクロスを取り去ると、フェリセットの前に「ごちそう」が現れた。うず高く積まれた果物に、真っ白なパン。魚の燻製や肉を焼いたもの。その中から、フェリセットは魚のフライが挟まれたパンを手に取り、一口かじりついた。
「おいしい!」
彼女の貧困な語彙ではまったく表現できないが──とにかく複雑な味がするのだと、フェリセットは考えた。白い酸味のあるクリームが食べ慣れないが、美味しいものは美味しいのである。
「それは良かった。たくさんお食べ」
ルイはサラダボウルを差し出した。生野菜の上に、砕いたナッツが散らばっている。ゴクリと喉を鳴らしフォークを手に取るが、ふと思い当たることがあり、手を止める。
「ふ……太らせてから食べるつもり?」
今は亡き育ての母アマンダがしつけのために考えた作り話──美味しいご馳走につられてやってきた子供にたらふく食べさせ、太らせてから食べてしまう。その話を思い出したフェリセットは思わず身じろぎをした。
「太る前に食べちゃうけど」
「ふぇ」
フェリセットは一気に食欲がなくなり、カトラリーを皿の上に置いた。
「食べても食べなくても結果は変わらないんだから、人生楽しんだ方が得じゃないのかなぁ」
「……」
腹立たしい男ではあるが、ひとまずその通りであると、フェリセットは食事に集中することにした。
「あちち……」
食後にルイが入れた茶は、猫舌のフェリセットには熱すぎた。ふーふーと息を吹きかけ、冷ました頃にようやく「実は氷があるんだよね」と銀色の容器の中にある砕いた氷を見せてきた。
「何それ最悪。きらーい!」
フェリセットはルイに出会ってから五十回目の悪態をついた。
「ごめんごめん。あんまりにも仕草が可愛かったものだから。……ほら、苺をあげるから」
ルイはフェリセットの鼻先に、大粒の苺を持ってきた。
真っ赤な宝石のような見た目と野苺とは全く違う甘い香りにフェリセットは強く惹かれる。受け取ろうとするが、どうやら「自分の手から食え」と言うことらしく、苺はフェリセットの顔の前をふらふらと漂っている。仕方なしにかじりつくと、果汁が口いっぱいに広がった。
「うまっ」
「良かった良かった。グランスフィア城に納品するために空調を整えて一年中同じ作物を生産できるようにしてあるんだよ」
ルイが説明しているのは、つまり冬でも夏の果物が食べられる、と言う仕組みの話である。
金持ちはすることが大がかりだなー、とフェリセットは三つ目の苺をつまみながら考えるのであった。
ルイはフェリセットにひとしきり果物を与えて満足したあと、芝生の上に寝転がった。
「……」
沈黙が訪れた。ルイは眠っている。フェリセットは自由の身である。
フェリセットはそっとルイに触れ、仰向けになっているルイをうつ伏せにしてひっくり返した。その様子はさながら行き倒れである。
「……よし」
フェリセットは靴を脱いだ。近くの小川へ行き、足を洗い、ルイの所に戻ってくる。何をするか? もちろん、あの晩の仕返しである。
「よっと!」
フェリセットはルイの上に立った。あの夜に、甲冑越しとは言え踏まれた事を、彼女は忘れていないのである。
ふみ、ふみ、ふみ。フェリセットはルイを踏みつけていた。背中、腰、そして肩。
「はっはっはっ」
村では、父親の背中に乗って足でマッサージをする事があった。しかし、平均より小柄で痩せ型のフェリセットとは言え、人一人の重さはひ弱なヒューマンにはこたえるであろう──フェリセットはルイの背の上で高笑いをした。
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「はわわ……」
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「何をするのかと思って様子をうかがっていれば……踏まれるって言うのは初めての体験だったね」
「えっ、起きてたの!」
「それはそうでしょう。いやあ、フェリセットは面白いね」
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