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[2]視点の国と知恵の国
10.白猫の王子
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メリアが慌てて前を向くと、そこに白猫の姿は無かった。まずい。白猫から意識を離してしまった。メリアがそう思った瞬間、後ろに気配を感じ、メリアは咄嗟に跳び退いた。
「ちっ、今度は気づきやがって。」
カルミアと呼ばれた白猫だ。狙いはタイムが倒れたことでメリア達に移ったらしい。メリアは力を使われないよう白猫から距離を置き走り回るが、白猫の素速い動きに翻弄される。前にいたはずなのに後ろにいる。メリアが力を使う前に白猫は力を使おうとしている。思い通りに動けない。周りを見る余裕が無い。
背を向けて逃げることは出来ない。その瞬間に押さえ付けられるだろう。しかし、ただ正面から突撃して倒せるような相手ではない。
「どうしたらっ…!」
カルミアが後ろからメリアに跳びかかった。メリアは高く跳び上がり、攻撃をかわす。体を捩り、後ろを振り返ると、カルミアもメリアを追い跳び上がった。カルミアの鋭い爪がメリアの鼻先を掠める。
カルミアはメリアをぐっと睨むと、カカカッと口から音を発した。「確実に仕留める」というカルミアの意思。カルミアの脚力は明らかにメリアを上回っている。メリアの首にぞくっと悪寒が走った。
「っ!」
カルミアの黄金の目が光を帯びる。メリアの体がカルミアに吸い寄せられた。メリアは目に強い光を宿し、自分をカルミアの元へ押しているメオを反対方向へ向けようとする。カルミアの力に反発し、メリアの中に残っている力を全て注ぎ込んだ。カルミアから出来るだけ遠くへ離れなければ。殺される。
「っ!タイム!」
その時、メリアの視界にタイムの姿が映った。ロベリアの前で手足をだらんと下げて浮いているタイムの姿が。
メリアはカルミアと反対方向へ向けようとしていたメオを再びカルミア、その先のロベリアに向け、一気に自分の後ろ足を押した。
必死に焦点を合わせロベリアの真上に来ると、前足の指を目一杯広げ、ロベリアの鼻先に思い切り叩きつけた。
タイムが地面に落ちた音が聞こえた。メリアはそのままロベリアの横に倒れ込む。重たい首を持ち上げてロベリアを見ると、霞む視界の中でロベリアは驚いたように目を見開いていた。
ロベリアに一発与えただけで、状況はほとんど何も変わらない。このままではタイムが捕らえられてしまう。メリアは何とか頭を持ち上げ、タイムに足を伸ばした。後ろから近づいて来る足音が微かに聞こえる。駄目。タイムは、私達は、やっと一歩を踏み出したところなのに。
草を踏む音が近づいて来る。メリアの伸ばした前足が空を掻いた。
「チュラカ!」
どこからか、少し前に出会った白と灰の猫の声が聞こえた。続けて、いなくなったと思っていた三毛猫の大きな声が辺り一帯に響き渡った。
「困った時は助けに行くよっ!チュラカ、さーんじょーう!」
次の瞬間、目の前を光の帯が通り過ぎた。バチバチッと大きな音が鳴り、メリアの視界に光の粒が弾ける。
「うわっ、なんだこれ!」
カルミアの声が聞こえたが、その眩しさにメリアの視界は半分奪われていた。目をぱちぱちと瞬きながら何とか周りを見ると、その場にいる全員の動きが止まっていた。三毛猫を除いて。
まるで草原の上を飛ぶトンボのように俊敏で予測の出来ない動き、それも超える速さで跳び回るチュラカと呼ばれた三毛猫は、楽しそうに笑っていた。
「カルミア、カトレア。今日は引きますよ。」
「はあっ!?」
「妥当な意見だ。賛成する。」
「カトレアまで何言って…おい!」
気がつくと白猫達の姿は消えていた。メリアはよろけながらも立ち上がると、タイムの顔を覗き込んだ。呼吸は荒く、苦しそうだ。
マトリカリアも駆け寄ってくる。全員一応は無事なようだ。
「グルドの白猫三匹を一度に相手したなんて…体に負担がかかり過ぎる。」
マトリカリアがタイムを見ながら言った。マトリカリアは一見いつも通りに見えるが、呼吸の音が少し苦しそうだ。確かカトレアと呼ばれていた、三匹目の猫を相手にしていたのだろう。メリアよりも明らかに余裕のある佇まいに、グルドの猫と互角に渡り合う事が出来ていたのかと、メリアは思わず溜息を吐いた。
メリアが再びタイムに目を向けると、前足にかかる息の温度がいつもより高いことに気がついた。
「マトリカリア!息が熱いわ。熱があるみたい。」
すると、マトリカリアの後ろから白と灰の猫が顔を出した。
「暴走熱だ。無理をして力を使ったときに体に負担がかかり、発熱する。熱を下げる方法は今のところ見つかっていない。頭を冷やすことによって悪化することはないが、それによって熱が下がるという証明もされていない。体を冷やすことは逆効果だ。」
「とりあえず、安静にしてろってこと?」
「そうだ。」
マトリカリアの言葉に白と灰の猫は頷いた。メリアはその知識に驚きながらも感謝した。自分では正しい対処法が分からない。間違えて体を冷やしてしまったかもしれない。悪い想像をして、メリアはぶるっと体を震わせた。
「タイムは…大丈夫なの?このまま悪化することは…」
「呼吸が普段通りに出来ているなら、今のところ問題ないだろう。あとは、その白猫の王子次第だ。俺達に出来ることは無い。」
白と灰の猫は淡々とした口調で言った。「出来ることは無い」。メリアは雑草の生えた地面にぎゅっと爪を立てた。
「そう、なの…」
メリアは顔を上げると、白と灰の猫をしっかりと見つめて言った。
「ありがとう。…あの、名前を聞いても良いかしら。」
「ラタ!」
三毛猫が大きく跳び上がって叫ぶ。白と灰の猫はそれに重ねるように素早く口を開いた。
「プラタナスだ。ラタじゃない。プラタナスだ。プラタナスと呼んでくれ。こいつは」
「チュラカだよ!チュラカって呼んでね!」
「プラタナス」をやたらと強調するプラタナスの隣に小柄な三毛猫が着地した。
「私はメリア。こっちはマトリカリア。それから…タイムよ。ありがとう、プラタナス。助かったわ。…安静にしていればいいのよね。後は、私達が見ているから。何か用があってここに来たんでしょう?」
「いや、ここには別れを告げに来ただけだ。」
「別れ?」
メリアが首を傾げると、プラタナスがタイムを見て口を開いた。
「その白猫の王子は仲間なのか?」
メリアはすぐに頷いた。
「そうよ。タイムは敵じゃないわ。私達の大切な仲間よ。」
「…珍しい白猫もいたものだ。その力…実に興味深い。」
「え?」
「…外より中で見ていた方が良い。もうすぐ雨が降るぞ。」
「えっ。」
メリアが慌てて上を向くと、いつのまにか空は灰色の雲に覆われていた。
「俺達も同行しよう。白猫の王子に用がある。それから、この国では名を尋ねないのが礼儀だ。覚えておくと良い。」
「ご、ごめんなさい。」
メリアは知識の豊富なプラタナスがいてくれる事に安心したが、同時にもっと勉強しなければと焦りを覚えるのだった。
プラタナスはメリアに背を向けると、いつのまにか虫を追いかけ走っていたチュラカに声をかけた。
「チュラカ!予定を変更する。この猫達に同行するぞ。」
「やったー!みんないっしょだ!よろしくね!」
チュラカはその場でぴょんぴょん跳びはねた。と思ったら、次の瞬間には虫を捕らえていた。
「とりあえず移動しよう。雨が降るんでしょ?」
マトリカリアの冷静な言葉に、メリアは頷いた。マトリカリアはいつでも落ち着いている。プラタナスもだ。メリアも必死に落ち着こうとしたが、「必死に」なんて無理に決まっていた。
「出来るだけ急いだ方が良い。宿は“茶色い花の猫”の所か?」
プラタナスの発言にメリアは驚いた。宿の話なんて全くしていないのに。確かにメリア達が泊まっている宿には、“茶色い花の猫”がいた。茶色いぶちのある猫で、それが花の形に見えるというだけなのだが。
「そうよ。どうして…」
「それなら間に合うだろう。最短距離を案内する。王子を連れて付いて来い。」
「え、ええ。ありがとう。」
メリアがタイムを持ち上げようと目に光を宿すと、マトリカリアが制した。
「これくらいなら僕一匹でいいから、後ろ見てて。」
「え、でも」
「そんな状態で力を使ったら、君まで熱を出すよ。」
マトリカリアはメリアが口を挟む間も無くはっきりと言うと、タイムを立っているように見える形で持ち上げた。足はぶらりと垂れ下がっているが、寝ているままの姿勢よりは目立ちにくいだろう。
「…分かったわ。」
マトリカリアはメリアの黄緑色の瞳を一瞬見ると、浮いているタイムの後ろをプラタナスについて歩き出した。メリアもそれに続く。
草の生えていない道を行くと、小石が傷ついた肉球に痛んだが、メリアはなんだかそれが自分の足ではないような気がした。
度々後ろを振り返ったり耳を澄ましたりしていたが、後ろからの気配は無く、ほとんど猫も見かけなかった。というのも、メリア達が通って来なかったような、細く目立たない道をプラタナスが通っていたのが大きな原因かもしれないが。天気も一つの原因だろう。
空気が湿っている。それは、もうすぐ雨が降り出すことを示していた。メリアはじめじめした空気をゆっくりと肺いっぱいに吸い込むと、吸い込むときと同じようにゆっくりと吐き出した。湿った空気、土と草、そして沢山の知らない猫の匂いがした。
メリアは深呼吸をしても一向に落ち着く様子のない心臓を諦め、マトリカリアにしか聞こえないよう、小さく話しかけた。
「マトリカリア。方向は合っているわよね?」
「合ってるよ。距離もさっきより短い。」
「そう、良かった。」
プラタナスとチュラカがあまりにも迷いなく知らない道を進んで行くので、逆にメリアは不安になったが、マトリカリアの答えを聞いてひとまず不安が一つ消えた。それでも一つだけだ。メリアは前を浮いて進むタイムを見つめた。
首が下を向いたままで苦しくはないだろうか。今のところ呼吸はいつも通りに出来ているようで、一定の速さでマント越しの背中が上下している。
「お喋りが黙ってると変な感じがする。」
マトリカリアが呟いた言葉にメリアはぎこちなく笑った。
「私、いつもそんなにお喋りだったかしら。」
「あそこの三毛と同じくらいにはね。」
プラタナスの隣ではチュラカが楽しそうにプラタナスに話しかけながら、軽い足取りで歩いている。くりくりとした明るい茶色の目をぱっちりと開いたりぎゅっと閉じたり、表情がコロコロ変わる。どんな顔も楽しそうなことには変わりなく、見ていると気持ちが少し明るくなった。
マトリカリアとタイムの二匹に出会ったのは、もう随分と前のような気がする。三匹で並んで歩いた学校までの道が、とても懐かしく感じた。
「きっと、誰かと話せることが嬉しかったのね。タイムも、マトリカリアも、私の話を聞いてくれた。それが、とっても久しぶりのことだったから…嬉しくて、楽しかったの。」
言いながら、 メリアはチュラカを見てふと思い出した。
「あの光は何だったのかしら。」
チュラカが走りながら放っていた光。メリアが今まで見たことの無いものだった。そして、それは白猫達も同じようだった。マトリカリアも知らないのだろうか。メリアが尋ねると、マトリカリアは前を向いたまま首を横に振った。
「あんなの見たこと無かった。聞いたことも、本で読んだことも無いよ。…後で聞いておいた方が良いかもね。」
メリアは自分から聞いておきながら、マトリカリアの話に上の空で頷き、もう何度目かになるタイムとグルドの白猫、ロベリアの会話を頭の中で再生していた。二匹は顔見知りのようだった。タイムはロベリアについて、「グルドの猫」ということ以外も知っているかもしれない。そしてもう一つ、タイムが城を抜け出した王子だということ。
タイムが身分を隠していたのは、当然のことだ。白猫ではない猫でも正体が知られれば、その身に更に危険が及ぶかもしれない。メリアとマトリカリアとタイムの三匹が出会った日も、今日だって、タイムは白猫に追われていたのだ。
それに、タイムは王子という高い身分を自慢するような猫ではない。むしろ、タイムは白猫であることを嫌がっているように見えた。
『ただの猫だよ。』メリアはもう随分前に思えるタイムの言葉を思い出した。白猫とも、王子とも言わず、「ただの猫」と言ったタイムは、ただの猫になりたかったのだろうか。
「着いたぞ。宿泊証明札を出してくれ。」
プラタナスが言った。結局、何事もなく宿に着くことが出来た。マトリカリアは前足のポーチから、一枚の木の札を取り出す。メリアが四匹に続いて宿の中に入った時、ざあっと大きな音と共に雨が降り出した。メリアのすぐ後ろを雨粒が跳ねる。雨に濡れずに来ることが出来た事に、また一つ不安の種が消え、メリアはほっと息を吐いた。
「思ったより早かったな。もう少し余裕があると思ったが…まあ、間に合ったのだから問題ない。」
プラタナスは外を見て呟いた。入り口のすぐ横で、“茶色い花の猫”が欠伸をしながら五匹に声を掛ける。
「札を持ってる?見せて頂戴。…十二番ね。はい、どうも。ごゆっくり。」
茶ぶちの猫は、再び毛布の上で目を閉じた。
「部屋はもう空いていないようだな。」
プラタナスが壁に部屋番号の木札が一つも掛かっていないのを見て言うと、茶ぶちの猫は片目を開けて答えた。
「今のところ空室は無いわよ。明日になったら空くかもしれないけどね。」
この宿は最低限のものしかないが、最低限のものはある。そして安い。それなりに人気のある宿だった為、メリア達で部屋が全て埋まってしまったのだ。
「そうか。同室で構わないか?」
プラタナスが前を向いたまま言った。メリアはマトリカリアと一瞬視線を合わせて頷く。
「ええ、大丈夫よ。」
部屋は寝るだけなら十匹泊まれるくらいの広さな為、三匹だとむしろ落ち着かなかった。五匹いた方が安心出来るかもしれないと、メリアは思った。
五匹はすぐ側の三段の階段を上がると、細い廊下を進んだ。柵はなく、二匹並ぶと一匹は落ちる幅だ。落ちたところで簡単に着地出来る高さだが。
「そういえば、プラタナス、どうして私達がこの宿に泊まっているって分かったの?」
「あの場所から最も近い宿を言っただけだ。」
「そう、だったの。」
マトリカリアが廊下の端に立っている見張りの猫に木札を見せる。他の猫の部屋に入ったり、荷物を盗まないようにする為の見張りだ。なぜかいつでも目をしっかりと開けて立っているので、そっくりな猫が二匹交代で見張りをしているのではないかとメリアは思っている。プラタナスは入り口の上に「十二」と書いてある部屋の厚い布を一番先に潜ると、ずっと後ろに浮いていた荷物の袋を部屋の隅に降ろした。
マトリカリアはタイムを置いてあった荷物の側に寝かせると、そのまま荷物の隣に腰を下ろす。メリアも近くに腰を下ろすと、安堵の溜息を吐いた。帰って来た安心感に、全身の力が抜けていく。生きている。全員。良かった。薄い木の壁にもたれ掛かり、その場にへたり込んだ。肉球が痛むので、そっと舐める。
「王子が起きるまで、しばらくここに居させてもらう。」
プラタナスの言葉に頷いたメリアだったが、一つ気になることがあった。
「タイムに用って…それは…何のこと?」
言ってから、メリアは先程のプラタナスの言葉を思い出した。『この国では名を尋ねないのが礼儀だ。』それなら、何の用か尋ねるのも失礼だっただろうか。しかし、プラタナスはまるで尋ねられることがわかっていたかのように、すぐに答えた。
「白猫の国の中で暮らしていたなら、俺達が知らなくて、その王子が知っていることは沢山あるだろう。俺の知らないことがあるのなら、聞かないという選択肢は無い。それに…」
「ラタは何でも知らないと気が済まないんだよー。」
プラタナスによじ登っていたチュラカが口を挟む。プラタナスはチュラカを振り落とすと続けた。
「忘れた訳ではないだろう。白猫について知るのは旅の大きな目的だ。ここで聞かなくてどうする。」
チュラカはごろんと寝そべると、プラタナスの灰色の尻尾に軽くパンチを放った。
「分かってるよー。」
チュラカはぴょんと跳び起きると、頭一つ分上にあるプラタナスの頭を見上げた。
「らたー。」
「何だ。」
「呼んだだけ。」
「…」
二匹はそのやり取りを何度か繰り返すと、その内プラタナスは一言も話さなくなった。チュラカは流石にその遊びに飽きたようで、メリアとマトリカリアをじっと見つめて言った。
「メリア!マト!遊ぼう!」
「マトって…」
隣でマトリカリアが小さく呟く。
「マトリカリアって少し長いものね。私もマトって呼ぼうかしら。」
「何して遊ぶー?」
少しの沈黙の後、メリアの言葉にマトリカリアが言った。
「…好きにすれば。」
「じゃあ、僕も…マトって呼んでもいいかな。」
「タイム?」
メリアは驚いて立ち上がると、振り返る。タイムが体を起こしていた。
「起き上がっても大丈夫なの?」
メリアが心配をそのまま尋ねると、タイムはしばらく目の前の床を見つめ、それからメリアの瞳を見た。
「ええっと…ここは?僕は…どうしたんだっけ…」
「宿の中よ。あなたは力を使い過ぎて熱を出したの。二匹が私達を助けてくれて…」
「あ、ああ!あのときの……メリアは、マトリカリアは、怪我していない?無事かい?」
「大丈夫よ。タイムの方が…熱があったのよ。もう良いの?」
タイムはメリアとマトリカリアの顔を見て、心底安心したように微笑んだ。
「僕なら大丈夫だよ。助けてくれたって…」
メリアはプラタナスとチュラカを紹介しようとしたが、その前に二匹はタイムの前に出た。
「俺の名前はプラタナスだ。プラタナスと呼んでくれ。」
「チュラカはチュラカだよ!チュラちゃんでもいいよ!」
いきなり壁際に追い詰められたタイムは、たじろぎながらも名乗った。
「ぼ、僕は、タイム。プラタナス、チュラカ。助けてくれてありがとう。本当に、感謝してもしきれないよ。…それに、無関係な君達に危険な目に遭わせてしまった。これからも危険な目に遭うかもしれない。責任は全て僕にある。その責任は取るつもりだ。…僕に出来ることなら。」
プラタナスは待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「それなら、話を聞かせて貰いたい。それだけで良い。」
「話?」
「そうだ。君は白猫達の中心で生活していたのだろう?それを詳しく教えて貰いたい。それから、君のその能力について。俺達が知らないことを全て話して貰おう。」
「…」
「君が王子だということは知っている。俺達がそれ以上知っても、知らなくてもその事実は変わらない。だが、俺達にとってそれ以上のことを知ることはとても重要だ。ならば話しても問題ない上、巻き込まれて危険な目に遭った俺達に借りを返すことが出来る。責任とやらを果たせるだろう。以上の理由から、君は俺達に話を聞かせるべきだ。」
タイムはメリアとマトリカリアを見ると、その顔に影を落とした。
「…そうだね。そんなことで良いなら。でも、今日よりも危険な目に遭うかもしれないよ。…メリアも、マトリカリアも、あのときの話、聞いていたよね。僕はまだ、二匹に言っていないことがある。」
タイムは幾分か声を弱くして言うと、四匹の顔を順に見た。
「ここで、話すよ。全部。聞いてくれるかい?」
メリアはタイムの深い青の瞳を見ると、頷いた。
「ちっ、今度は気づきやがって。」
カルミアと呼ばれた白猫だ。狙いはタイムが倒れたことでメリア達に移ったらしい。メリアは力を使われないよう白猫から距離を置き走り回るが、白猫の素速い動きに翻弄される。前にいたはずなのに後ろにいる。メリアが力を使う前に白猫は力を使おうとしている。思い通りに動けない。周りを見る余裕が無い。
背を向けて逃げることは出来ない。その瞬間に押さえ付けられるだろう。しかし、ただ正面から突撃して倒せるような相手ではない。
「どうしたらっ…!」
カルミアが後ろからメリアに跳びかかった。メリアは高く跳び上がり、攻撃をかわす。体を捩り、後ろを振り返ると、カルミアもメリアを追い跳び上がった。カルミアの鋭い爪がメリアの鼻先を掠める。
カルミアはメリアをぐっと睨むと、カカカッと口から音を発した。「確実に仕留める」というカルミアの意思。カルミアの脚力は明らかにメリアを上回っている。メリアの首にぞくっと悪寒が走った。
「っ!」
カルミアの黄金の目が光を帯びる。メリアの体がカルミアに吸い寄せられた。メリアは目に強い光を宿し、自分をカルミアの元へ押しているメオを反対方向へ向けようとする。カルミアの力に反発し、メリアの中に残っている力を全て注ぎ込んだ。カルミアから出来るだけ遠くへ離れなければ。殺される。
「っ!タイム!」
その時、メリアの視界にタイムの姿が映った。ロベリアの前で手足をだらんと下げて浮いているタイムの姿が。
メリアはカルミアと反対方向へ向けようとしていたメオを再びカルミア、その先のロベリアに向け、一気に自分の後ろ足を押した。
必死に焦点を合わせロベリアの真上に来ると、前足の指を目一杯広げ、ロベリアの鼻先に思い切り叩きつけた。
タイムが地面に落ちた音が聞こえた。メリアはそのままロベリアの横に倒れ込む。重たい首を持ち上げてロベリアを見ると、霞む視界の中でロベリアは驚いたように目を見開いていた。
ロベリアに一発与えただけで、状況はほとんど何も変わらない。このままではタイムが捕らえられてしまう。メリアは何とか頭を持ち上げ、タイムに足を伸ばした。後ろから近づいて来る足音が微かに聞こえる。駄目。タイムは、私達は、やっと一歩を踏み出したところなのに。
草を踏む音が近づいて来る。メリアの伸ばした前足が空を掻いた。
「チュラカ!」
どこからか、少し前に出会った白と灰の猫の声が聞こえた。続けて、いなくなったと思っていた三毛猫の大きな声が辺り一帯に響き渡った。
「困った時は助けに行くよっ!チュラカ、さーんじょーう!」
次の瞬間、目の前を光の帯が通り過ぎた。バチバチッと大きな音が鳴り、メリアの視界に光の粒が弾ける。
「うわっ、なんだこれ!」
カルミアの声が聞こえたが、その眩しさにメリアの視界は半分奪われていた。目をぱちぱちと瞬きながら何とか周りを見ると、その場にいる全員の動きが止まっていた。三毛猫を除いて。
まるで草原の上を飛ぶトンボのように俊敏で予測の出来ない動き、それも超える速さで跳び回るチュラカと呼ばれた三毛猫は、楽しそうに笑っていた。
「カルミア、カトレア。今日は引きますよ。」
「はあっ!?」
「妥当な意見だ。賛成する。」
「カトレアまで何言って…おい!」
気がつくと白猫達の姿は消えていた。メリアはよろけながらも立ち上がると、タイムの顔を覗き込んだ。呼吸は荒く、苦しそうだ。
マトリカリアも駆け寄ってくる。全員一応は無事なようだ。
「グルドの白猫三匹を一度に相手したなんて…体に負担がかかり過ぎる。」
マトリカリアがタイムを見ながら言った。マトリカリアは一見いつも通りに見えるが、呼吸の音が少し苦しそうだ。確かカトレアと呼ばれていた、三匹目の猫を相手にしていたのだろう。メリアよりも明らかに余裕のある佇まいに、グルドの猫と互角に渡り合う事が出来ていたのかと、メリアは思わず溜息を吐いた。
メリアが再びタイムに目を向けると、前足にかかる息の温度がいつもより高いことに気がついた。
「マトリカリア!息が熱いわ。熱があるみたい。」
すると、マトリカリアの後ろから白と灰の猫が顔を出した。
「暴走熱だ。無理をして力を使ったときに体に負担がかかり、発熱する。熱を下げる方法は今のところ見つかっていない。頭を冷やすことによって悪化することはないが、それによって熱が下がるという証明もされていない。体を冷やすことは逆効果だ。」
「とりあえず、安静にしてろってこと?」
「そうだ。」
マトリカリアの言葉に白と灰の猫は頷いた。メリアはその知識に驚きながらも感謝した。自分では正しい対処法が分からない。間違えて体を冷やしてしまったかもしれない。悪い想像をして、メリアはぶるっと体を震わせた。
「タイムは…大丈夫なの?このまま悪化することは…」
「呼吸が普段通りに出来ているなら、今のところ問題ないだろう。あとは、その白猫の王子次第だ。俺達に出来ることは無い。」
白と灰の猫は淡々とした口調で言った。「出来ることは無い」。メリアは雑草の生えた地面にぎゅっと爪を立てた。
「そう、なの…」
メリアは顔を上げると、白と灰の猫をしっかりと見つめて言った。
「ありがとう。…あの、名前を聞いても良いかしら。」
「ラタ!」
三毛猫が大きく跳び上がって叫ぶ。白と灰の猫はそれに重ねるように素早く口を開いた。
「プラタナスだ。ラタじゃない。プラタナスだ。プラタナスと呼んでくれ。こいつは」
「チュラカだよ!チュラカって呼んでね!」
「プラタナス」をやたらと強調するプラタナスの隣に小柄な三毛猫が着地した。
「私はメリア。こっちはマトリカリア。それから…タイムよ。ありがとう、プラタナス。助かったわ。…安静にしていればいいのよね。後は、私達が見ているから。何か用があってここに来たんでしょう?」
「いや、ここには別れを告げに来ただけだ。」
「別れ?」
メリアが首を傾げると、プラタナスがタイムを見て口を開いた。
「その白猫の王子は仲間なのか?」
メリアはすぐに頷いた。
「そうよ。タイムは敵じゃないわ。私達の大切な仲間よ。」
「…珍しい白猫もいたものだ。その力…実に興味深い。」
「え?」
「…外より中で見ていた方が良い。もうすぐ雨が降るぞ。」
「えっ。」
メリアが慌てて上を向くと、いつのまにか空は灰色の雲に覆われていた。
「俺達も同行しよう。白猫の王子に用がある。それから、この国では名を尋ねないのが礼儀だ。覚えておくと良い。」
「ご、ごめんなさい。」
メリアは知識の豊富なプラタナスがいてくれる事に安心したが、同時にもっと勉強しなければと焦りを覚えるのだった。
プラタナスはメリアに背を向けると、いつのまにか虫を追いかけ走っていたチュラカに声をかけた。
「チュラカ!予定を変更する。この猫達に同行するぞ。」
「やったー!みんないっしょだ!よろしくね!」
チュラカはその場でぴょんぴょん跳びはねた。と思ったら、次の瞬間には虫を捕らえていた。
「とりあえず移動しよう。雨が降るんでしょ?」
マトリカリアの冷静な言葉に、メリアは頷いた。マトリカリアはいつでも落ち着いている。プラタナスもだ。メリアも必死に落ち着こうとしたが、「必死に」なんて無理に決まっていた。
「出来るだけ急いだ方が良い。宿は“茶色い花の猫”の所か?」
プラタナスの発言にメリアは驚いた。宿の話なんて全くしていないのに。確かにメリア達が泊まっている宿には、“茶色い花の猫”がいた。茶色いぶちのある猫で、それが花の形に見えるというだけなのだが。
「そうよ。どうして…」
「それなら間に合うだろう。最短距離を案内する。王子を連れて付いて来い。」
「え、ええ。ありがとう。」
メリアがタイムを持ち上げようと目に光を宿すと、マトリカリアが制した。
「これくらいなら僕一匹でいいから、後ろ見てて。」
「え、でも」
「そんな状態で力を使ったら、君まで熱を出すよ。」
マトリカリアはメリアが口を挟む間も無くはっきりと言うと、タイムを立っているように見える形で持ち上げた。足はぶらりと垂れ下がっているが、寝ているままの姿勢よりは目立ちにくいだろう。
「…分かったわ。」
マトリカリアはメリアの黄緑色の瞳を一瞬見ると、浮いているタイムの後ろをプラタナスについて歩き出した。メリアもそれに続く。
草の生えていない道を行くと、小石が傷ついた肉球に痛んだが、メリアはなんだかそれが自分の足ではないような気がした。
度々後ろを振り返ったり耳を澄ましたりしていたが、後ろからの気配は無く、ほとんど猫も見かけなかった。というのも、メリア達が通って来なかったような、細く目立たない道をプラタナスが通っていたのが大きな原因かもしれないが。天気も一つの原因だろう。
空気が湿っている。それは、もうすぐ雨が降り出すことを示していた。メリアはじめじめした空気をゆっくりと肺いっぱいに吸い込むと、吸い込むときと同じようにゆっくりと吐き出した。湿った空気、土と草、そして沢山の知らない猫の匂いがした。
メリアは深呼吸をしても一向に落ち着く様子のない心臓を諦め、マトリカリアにしか聞こえないよう、小さく話しかけた。
「マトリカリア。方向は合っているわよね?」
「合ってるよ。距離もさっきより短い。」
「そう、良かった。」
プラタナスとチュラカがあまりにも迷いなく知らない道を進んで行くので、逆にメリアは不安になったが、マトリカリアの答えを聞いてひとまず不安が一つ消えた。それでも一つだけだ。メリアは前を浮いて進むタイムを見つめた。
首が下を向いたままで苦しくはないだろうか。今のところ呼吸はいつも通りに出来ているようで、一定の速さでマント越しの背中が上下している。
「お喋りが黙ってると変な感じがする。」
マトリカリアが呟いた言葉にメリアはぎこちなく笑った。
「私、いつもそんなにお喋りだったかしら。」
「あそこの三毛と同じくらいにはね。」
プラタナスの隣ではチュラカが楽しそうにプラタナスに話しかけながら、軽い足取りで歩いている。くりくりとした明るい茶色の目をぱっちりと開いたりぎゅっと閉じたり、表情がコロコロ変わる。どんな顔も楽しそうなことには変わりなく、見ていると気持ちが少し明るくなった。
マトリカリアとタイムの二匹に出会ったのは、もう随分と前のような気がする。三匹で並んで歩いた学校までの道が、とても懐かしく感じた。
「きっと、誰かと話せることが嬉しかったのね。タイムも、マトリカリアも、私の話を聞いてくれた。それが、とっても久しぶりのことだったから…嬉しくて、楽しかったの。」
言いながら、 メリアはチュラカを見てふと思い出した。
「あの光は何だったのかしら。」
チュラカが走りながら放っていた光。メリアが今まで見たことの無いものだった。そして、それは白猫達も同じようだった。マトリカリアも知らないのだろうか。メリアが尋ねると、マトリカリアは前を向いたまま首を横に振った。
「あんなの見たこと無かった。聞いたことも、本で読んだことも無いよ。…後で聞いておいた方が良いかもね。」
メリアは自分から聞いておきながら、マトリカリアの話に上の空で頷き、もう何度目かになるタイムとグルドの白猫、ロベリアの会話を頭の中で再生していた。二匹は顔見知りのようだった。タイムはロベリアについて、「グルドの猫」ということ以外も知っているかもしれない。そしてもう一つ、タイムが城を抜け出した王子だということ。
タイムが身分を隠していたのは、当然のことだ。白猫ではない猫でも正体が知られれば、その身に更に危険が及ぶかもしれない。メリアとマトリカリアとタイムの三匹が出会った日も、今日だって、タイムは白猫に追われていたのだ。
それに、タイムは王子という高い身分を自慢するような猫ではない。むしろ、タイムは白猫であることを嫌がっているように見えた。
『ただの猫だよ。』メリアはもう随分前に思えるタイムの言葉を思い出した。白猫とも、王子とも言わず、「ただの猫」と言ったタイムは、ただの猫になりたかったのだろうか。
「着いたぞ。宿泊証明札を出してくれ。」
プラタナスが言った。結局、何事もなく宿に着くことが出来た。マトリカリアは前足のポーチから、一枚の木の札を取り出す。メリアが四匹に続いて宿の中に入った時、ざあっと大きな音と共に雨が降り出した。メリアのすぐ後ろを雨粒が跳ねる。雨に濡れずに来ることが出来た事に、また一つ不安の種が消え、メリアはほっと息を吐いた。
「思ったより早かったな。もう少し余裕があると思ったが…まあ、間に合ったのだから問題ない。」
プラタナスは外を見て呟いた。入り口のすぐ横で、“茶色い花の猫”が欠伸をしながら五匹に声を掛ける。
「札を持ってる?見せて頂戴。…十二番ね。はい、どうも。ごゆっくり。」
茶ぶちの猫は、再び毛布の上で目を閉じた。
「部屋はもう空いていないようだな。」
プラタナスが壁に部屋番号の木札が一つも掛かっていないのを見て言うと、茶ぶちの猫は片目を開けて答えた。
「今のところ空室は無いわよ。明日になったら空くかもしれないけどね。」
この宿は最低限のものしかないが、最低限のものはある。そして安い。それなりに人気のある宿だった為、メリア達で部屋が全て埋まってしまったのだ。
「そうか。同室で構わないか?」
プラタナスが前を向いたまま言った。メリアはマトリカリアと一瞬視線を合わせて頷く。
「ええ、大丈夫よ。」
部屋は寝るだけなら十匹泊まれるくらいの広さな為、三匹だとむしろ落ち着かなかった。五匹いた方が安心出来るかもしれないと、メリアは思った。
五匹はすぐ側の三段の階段を上がると、細い廊下を進んだ。柵はなく、二匹並ぶと一匹は落ちる幅だ。落ちたところで簡単に着地出来る高さだが。
「そういえば、プラタナス、どうして私達がこの宿に泊まっているって分かったの?」
「あの場所から最も近い宿を言っただけだ。」
「そう、だったの。」
マトリカリアが廊下の端に立っている見張りの猫に木札を見せる。他の猫の部屋に入ったり、荷物を盗まないようにする為の見張りだ。なぜかいつでも目をしっかりと開けて立っているので、そっくりな猫が二匹交代で見張りをしているのではないかとメリアは思っている。プラタナスは入り口の上に「十二」と書いてある部屋の厚い布を一番先に潜ると、ずっと後ろに浮いていた荷物の袋を部屋の隅に降ろした。
マトリカリアはタイムを置いてあった荷物の側に寝かせると、そのまま荷物の隣に腰を下ろす。メリアも近くに腰を下ろすと、安堵の溜息を吐いた。帰って来た安心感に、全身の力が抜けていく。生きている。全員。良かった。薄い木の壁にもたれ掛かり、その場にへたり込んだ。肉球が痛むので、そっと舐める。
「王子が起きるまで、しばらくここに居させてもらう。」
プラタナスの言葉に頷いたメリアだったが、一つ気になることがあった。
「タイムに用って…それは…何のこと?」
言ってから、メリアは先程のプラタナスの言葉を思い出した。『この国では名を尋ねないのが礼儀だ。』それなら、何の用か尋ねるのも失礼だっただろうか。しかし、プラタナスはまるで尋ねられることがわかっていたかのように、すぐに答えた。
「白猫の国の中で暮らしていたなら、俺達が知らなくて、その王子が知っていることは沢山あるだろう。俺の知らないことがあるのなら、聞かないという選択肢は無い。それに…」
「ラタは何でも知らないと気が済まないんだよー。」
プラタナスによじ登っていたチュラカが口を挟む。プラタナスはチュラカを振り落とすと続けた。
「忘れた訳ではないだろう。白猫について知るのは旅の大きな目的だ。ここで聞かなくてどうする。」
チュラカはごろんと寝そべると、プラタナスの灰色の尻尾に軽くパンチを放った。
「分かってるよー。」
チュラカはぴょんと跳び起きると、頭一つ分上にあるプラタナスの頭を見上げた。
「らたー。」
「何だ。」
「呼んだだけ。」
「…」
二匹はそのやり取りを何度か繰り返すと、その内プラタナスは一言も話さなくなった。チュラカは流石にその遊びに飽きたようで、メリアとマトリカリアをじっと見つめて言った。
「メリア!マト!遊ぼう!」
「マトって…」
隣でマトリカリアが小さく呟く。
「マトリカリアって少し長いものね。私もマトって呼ぼうかしら。」
「何して遊ぶー?」
少しの沈黙の後、メリアの言葉にマトリカリアが言った。
「…好きにすれば。」
「じゃあ、僕も…マトって呼んでもいいかな。」
「タイム?」
メリアは驚いて立ち上がると、振り返る。タイムが体を起こしていた。
「起き上がっても大丈夫なの?」
メリアが心配をそのまま尋ねると、タイムはしばらく目の前の床を見つめ、それからメリアの瞳を見た。
「ええっと…ここは?僕は…どうしたんだっけ…」
「宿の中よ。あなたは力を使い過ぎて熱を出したの。二匹が私達を助けてくれて…」
「あ、ああ!あのときの……メリアは、マトリカリアは、怪我していない?無事かい?」
「大丈夫よ。タイムの方が…熱があったのよ。もう良いの?」
タイムはメリアとマトリカリアの顔を見て、心底安心したように微笑んだ。
「僕なら大丈夫だよ。助けてくれたって…」
メリアはプラタナスとチュラカを紹介しようとしたが、その前に二匹はタイムの前に出た。
「俺の名前はプラタナスだ。プラタナスと呼んでくれ。」
「チュラカはチュラカだよ!チュラちゃんでもいいよ!」
いきなり壁際に追い詰められたタイムは、たじろぎながらも名乗った。
「ぼ、僕は、タイム。プラタナス、チュラカ。助けてくれてありがとう。本当に、感謝してもしきれないよ。…それに、無関係な君達に危険な目に遭わせてしまった。これからも危険な目に遭うかもしれない。責任は全て僕にある。その責任は取るつもりだ。…僕に出来ることなら。」
プラタナスは待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「それなら、話を聞かせて貰いたい。それだけで良い。」
「話?」
「そうだ。君は白猫達の中心で生活していたのだろう?それを詳しく教えて貰いたい。それから、君のその能力について。俺達が知らないことを全て話して貰おう。」
「…」
「君が王子だということは知っている。俺達がそれ以上知っても、知らなくてもその事実は変わらない。だが、俺達にとってそれ以上のことを知ることはとても重要だ。ならば話しても問題ない上、巻き込まれて危険な目に遭った俺達に借りを返すことが出来る。責任とやらを果たせるだろう。以上の理由から、君は俺達に話を聞かせるべきだ。」
タイムはメリアとマトリカリアを見ると、その顔に影を落とした。
「…そうだね。そんなことで良いなら。でも、今日よりも危険な目に遭うかもしれないよ。…メリアも、マトリカリアも、あのときの話、聞いていたよね。僕はまだ、二匹に言っていないことがある。」
タイムは幾分か声を弱くして言うと、四匹の顔を順に見た。
「ここで、話すよ。全部。聞いてくれるかい?」
メリアはタイムの深い青の瞳を見ると、頷いた。
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