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最終章 明日へ
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「……何故だ。何故、貴様がこの場に立っていられる……?」
自分の見ている光景に、ドラクは驚愕の表情を隠せない。
魔皇拳の最高奥義の一つ『呪毒手』によって死の呪いをかけた筈の女騎士が、今、平然と自分の目の前に立って剣を構えているのだから。
「呪毒手に解除方法は存在しないッ!!なのに、何故…… 貴様はここにいるのだ!?」
信じられない現実を振り払うように、ドラクは右腕を大きく横に振った。
困惑する相手に、ルーティアは不敵に笑って言う。
「治った!!」
「だから、解除方法はないと言っておるだろう!膨大な魔力を消費し相手に打ち込む奥義なのだぞ!」
「知らん!とにかく、安静にしてたら治った!」
「あ……安静にしたら治るレベルの呪いではないのだぞ!?どんなカラクリがあるのだ貴様!!」
「お粥食べて、水分いっぱいとって、ぐっすり寝たら治った!」
「風邪の治し方じゃねーか!!そんな方法で解除できる呪いではないッ!!」
「それで治ったんだから私にも分からん!!」
「嘘をつけええーーーッ!!」
堂々巡りをするルーティアとドラクのやりとりに、先ほどまでの周囲の緊張感は一気に解ける。なんだかドラクまで威厳を失い、子どものような怒り方をしていた。
怪我をしているリーシャやランディルまで、呆れた表情で汗を流すのみである。
「ランディルさん、大丈夫?コレ、回復薬。痛みが少し引くと思うよ」
「あ?……あ、ああ……マリルか。すまない」
二人のやりとりを呆然と見ていたランディルの隣に、いつの間にかマリルが飲み薬を持って座り込んでいた。
瓶を開けて一口飲み、ランディルはマリルに尋ねる。
「……なあ。本当に、風邪の治し方しただけで治ったのか?あの女騎士は」
「うん。お粥たくさん食べて、水分たくさんとって……十時間くらい寝たかな?あの人普段そんなに睡眠とることないから、体力満タンになってると思うよ」
「ほ、他になにか特別なことはしていないのか?」
「朝にキノコうどんたくさん食べさせて、お風呂で汗をサッと流して…… そしたらもうほとんど今まで通りっていうか、よく寝た分今まで以上に元気っていうか」
「…… 化け物だな、本当に」
「あははは」
魔法抵抗力、などという言葉で説明がつくのかどうかも怪しいルーティアの様子に、関心を通り越して呆れるしかない魔皇拳使いであった。
「ど……ドラク様ぁぁッ!!」
「申し訳ありません!よ……予想外の戦力が……!!」
その時、数名の魔族達がドラクの元へ駆け寄ってくる。
皆、腕や脚に怪我を負ったものばかりで、命からがら逃げ出してきたという様子だ。
ルーティアが現れただけでも混乱するドラクであったのに、仲間達が負傷をして逃げ出してきたという様子にドラクの混乱はより強まった。
「こ……今度はなんだ!?なにが起きた!?」
「そ、それが、我々の知り得ない戦力が……!」
「高度の魔法剣使いが急に現れて、我々では太刀打ちが出来ず……!!」
「こちらにはなにやら大きな獣が……!あ、あれは古い書物で見た神獣に近いものであったと錯覚するほどの……!」
「魔法剣使いに、神獣だと……!?」
「魔法剣に……神獣?」
ドラクは信じられない表情をしているが、ルーティア達には覚えのある言葉であった。
自分達は、それに近い属性を持つ者と刃を交えたことがある。もし、その勘が当たっていたのならば……。
「おねえさまあああああーーーッ!!」
「……げ」
それは、リーシャにとっては悪い予感が的中した瞬間であった。
自分を「お姉様」という嬉々とした甲高い叫び声。それがどんどんとこちらに近づいてくる気配を感じる。
そして気付いた時には、自分に衝突するように抱きついて頬ずりをする女子がいるのだ。
「会いたかったですわああああ!!リーシャお姉様あああああッ!!」
「ぎゃあああああーーーッ!!」
イヴァーナ・ウォーレックは心底嬉しそうな、狂気をはらんだ笑みを浮かべてリーシャに抱きついていた。
その後ろから、大きな獣が駆けてくる。
白く美しい体毛を靡かせて走る大きな獣の上には、銀髪の少女。シェーラ・メルフォードは相棒の神獣・フェンリルの上に跨がり、マリルと国王の隣に止まる。
「マリル。久しぶり」
「し……シェーラちゃん!?ど、どうしてここに……!?」
「有給休暇、とったの。イヴが『お姉様を驚かせるためにサプライズでオキトに旅行にいきますわよ!』っていうから」
「ふ、フォッカウィドーからの援軍とかじゃないの……!?」
「全然。なんだか着いたら、オキトのお城が攻め込まれてたから。なんだか、応戦してみた」
「なんだか、って……」
あまりのタイミングの良さに言葉を失うマリル。
同じようにポカン、とした表情のオキト国王は大きな狼の上に跨がる少女を指さしてマリルに問いかけた。
「えーと、この女の子と、あちらのリーシャに纏わり付いている女の子は……?」
「あ、そうですよね。こちら、フォッカウィドーの戦士のお二人で……狼の上にいる子がシェーラちゃんで、あのリッちゃんにベアハグしてるのがイヴちゃん」
「ああ、あの……先日はウチの子達がどうも」
「こちらこそ」
ぺこり、と会釈を交わすオキト国王とフェンリル上のシェーラ。
一方、状況の空気などまるで読まないイヴはリーシャを抱きしめ続けている。
「なんなんですのこの状況はーッ!しかもお姉様、怪我をされているではありませんかッ!こ……このむさくるしい大男の魔族がやったのですわね!?許さない……許せませんわッ!!」
「あ……アンタが怪我、悪化させてるのよ……ッ!!お、お願いだから離して、はなじでえええ……!!」
必死にイヴを引き剥がそうと藻掻くリーシャ。
その二人に割って入るように、マグナが全力で駆けてきた。
「な……なにしてるんですかーーッ!!リーシャ様に手を出さないでくださいッ!!」
イヴの肩を後ろから掴み、無理矢理二人を離すマグナ。
「お、お姉様って、リーシャ様のことだったんですか!?ど、どうして……!?」
「リーシャお姉様は、ワタクシの凍てついた心を溶かしてくれた恩人にして運命の方なのですわ♪ね、お姉様」
マグナに肩を押さえられ、身動きのとれないイヴだったがそれでも久しぶりの再会に視線はリーシャの方へと釘付けになっていた。
そんな様子のイヴに、リーシャは怪我の痛みも忘れてただただ後ずさりをして距離をとるしかない。
「少なくともアンタに運命なんて感じてないわよ!」
「そんなあ!フォッカウィドーから遠路はるばるオキトに来てお姉様を驚かせようと思って来たら……なんだか城が攻め込まれているという大ピンチで。それをお救いしたワタクシを、運命の相手ではないと!?」
「アンタが勝手に来たんでしょ!?知らないわよッ!!」
「ふええええッ!!わ、ワタクシの健気なこの愛を感じてくださらないのですのぉ!?」
「健気とか自分で言うヤツは健気じゃないのよ!!」
しかしそんな様子のイヴとリーシャに、今度はマグナが突っかかってくる!
「う……運命だかなんだか知りませんけれど、ボクの上官に近づかないでくださいッ!迷惑してるでしょう!?」
上官。その言葉に、イヴは自分を背中から掴む女騎士をじろりと睨む。
「……あらやだ。貴方は、お姉様の部下……?」
「は、はいっ。だから、リーシャ様に勝手に近づいたり抱きつくのは、ボクが許しませんッ!」
「何故貴方の許しがいるのですか?ワタクシはお姉様に直接お話があるのですわ。部下の貴方ごときの許しなど必要ないはず」
「と……とにかく、駄目なものは駄目なんですっ!それに今、そんな状況じゃないでしょう!?」
「えー。そんなことないですわよねー?折角の再会、肌と肌を寄せ合って喜び合いたいではありませんか、お姉様♪……ぐ。あ、貴方結構、力強いですわね……この、この」
マグナの馬鹿力によって身動きのとれないイヴ。必死にそこから脱出を試みるも、マグナも彼女を脱出させまいと必死だ。
その様子にリーシャも後ずさりしながら叫ぶ。
「マグナッ!お、お願いだから絶対にそいつ離しちゃ駄目よ!!お願いね!?」
「……えーと」
緊迫感も、緊張感も吹き飛んでしまった、オキト城正門前。ポリポリと頬をかいて、ルーティアはドラクに少々申し訳なさそうに言う。
「こんな状態なのだが…… 続けるか?」
「…………」
ルーティアの帰還に次いで、自分たちの存在など全く無視をするような賑やかな場。
オキト城に攻め込み、この国を征服しようという野望を掲げてきたドラク。だが今や…… そんな野望すら、情けなく感じるほどの和やかな雰囲気。
わなわなと、怒りに身を震わせ歯ぎしりをしながら静かな声で言う。
「貴様らは……じ、自分達の城が攻め込まれているという危機感は、ないのか……?」
「一応、さっきまではあったと思うんだがなあ。私もこんな風になるとは思わなくて……なんだか、すまんな」
「……ぐ……ぐぐぐぐ……」
城壁で戦っていた騎士団員や魔術団員も、続々と正門前に集合し始めている。
それは、各地区での防衛戦が終了した合図であった。自分の元に戻ってくる魔族も数名いるが、戻ってこない魔族はきっと拘留をされている。
女騎士の帰還。予期せぬ援軍の到着。情けなく自分の後ろに逃げ込む紅蓮の骸の魔族達。加えて……もう戦闘が終わったかのような、自分を無視する和気藹々とした雰囲気。
その全てに、ドラクの怒りは頂点に達した。
「 城ごと破壊してくれるわああああーーーーッ!!!! 」
魔皇拳の魔力を一気に最大まで高め、身体に身に纏うドラク。どうやら、完全にキレてしまったらしい。
一方のルーティアは冷静にその様子を見て剣を前に構える。そして、自分の少し後ろにいるリーシャに声を掛けた。
イヴから離れ、自然とルーティアの隣に来る彼女。二人はドラクの方を見ながら、会話を始める。
「リーシャ」
「なによ」
「怖いか?」
「……全然」
「そうか。……怪我は大丈夫か?」
「当たり前でしょ。アンタに手柄は譲らないわよ」
「……フッ。そうか。……それでは、一緒にやるか?」
「……そうね。たまには、悪くないかもね」
ルーティア・フォエルとリーシャ・アーレイン。
オキトの二人の女騎士は隣同士、剣を構えて目の前の金色の魔族の方を向く。
表情に、殺気も、怒りも、恐怖もない。僅かな笑みを浮かべながら、二人は戦いの開始を待った。
「うおおおおおおおーーーーッ!!」
ドラク・ヴァイスレインは怒りに身を任せて二人の方へと突進してくる。
かつてない魔力、かつてない殺意をもって突進してくる相手にも、二人は冷静な笑みを浮かべていた。
そして偶然、二人は同じ言葉を言い、相手に向かっていく!
「「 とっとと終わらせよう! 」」
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