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最終章 明日へ

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――

 戦闘が、開始された。
 オキト城外の至る所から、その音が鳴り響く。刃と刃がぶつかり合い、盾と盾が衝突し合い、魔法と魔法がぶつかりあう爆発音。
 魔族と、人間。小規模ながら、これはその種族間の行く末を決定づける、重大な戦争であった。それを理解しているからこそ、互いの陣営は命をかけて全力を出し合う。

 攻める者と、護る者。そのどちらが、強いのかを。

「やあああーーッ!!」

「ぐああああ!!」

 城壁に、魔族が叩きつけられた。張り付くように固い壁に吹き飛んで激突したその魔族は、そのまま重力に従いずるずると地面に滑り落ちて倒れ込む。

 マグナ・マシュハートは荒い息をつきながら愛用の巨大なツーハンドソードを構え直す。その気迫に、目の前の数人の魔族はたじろいだ。

「おとなしく……降伏してくださいッ!オキト側は投降した魔族に対して危害は加えません!はぁ……はぁ……!」

「ま……マグナ……!」

 マグナの後ろには、数名の騎士団員と魔術団員のチーム。魔族相手に苦戦をしていたこのチームも、彼女と合流をした事で一気に形勢が逆転した。しかし、それでも相手は精鋭の魔皇拳使いの魔族達。まして、大義名分を背負った彼らには、逃げる選択肢も恐れる感情も存在しないのだ。

「このガキィィィッ!」

 また一人、若い男の魔族が、両手に魔法の光を宿して突進してきた。距離を詰め、右拳の正拳突きをマグナの顔面目掛けて素早く繰り出す。
 マグナは、構えていたツーハンドソードの刃を平らにし、盾のように構える。幅広の刃はその魔族の拳をしっかりと受け止めた。

「なにッ!?」

「はああッ!!」

 そのまま、剣を天に向けて思い切り振り上げる。身体ごと天空に向けて剣と一緒に持ち上げられる魔族。
 そしてそのがら空きの横腹目掛けて、マグナのハイキックが炸裂した!

「!! あ、ぎゃ……!!」

 鍛え上げられた右足の蹴りは、その魔族の意識を消し飛ばす。がくり、と膝をついて地面にうつ伏せになる魔族。
 それには目もくれず、マグナはまた剣を構える。

「はあ……はあ……はあ……!!」

「す、すまない、マグナ……!俺達のために……!」

「……気にしないでくださいッ!隙を見て、この場から退避して怪我人の治療を……ッ!!」

 背後にいる騎士や魔法使いは、既に魔族との戦闘で負傷した者がいる。それを護るために、マグナはその場から動けないのだ。
 実力は騎士団でもかなり上位にあるマグナ・マシュハート。その信頼はこの戦でも遺憾なく発揮されていた。だが……。

 死と隣り合わせの戦闘。そしてそれが続く事の疲弊は、尋常なものではなかった。

(目が、霞む……!油断をすると頭がぼやけて……。 ……いや、駄目だ!ボクが、この場を守らなくちゃ……!)

 騎士としての、忠誠と責務。それだけが、彼女を大地に踏みとどまらせていた。


 目の前に、一人の魔族がまた現れた。
 その魔族は佇まいだけで今までの者とは強さが違う事を示している。
 筋肉量、間の取り方、自信に満ちた表情…… 髭をたくわえた魔族の男は笑みを浮かべながら両拳を前に出して構える。

「人の身でありながら我ら魔族にここまでの戦いを見せるとはな……。素晴らしいぞ、女騎士よ」

「はぁ、はぁ……はぁ……」

「だが随分と疲労が見える。その状態で我と戦えば……貴様、死ぬぞ」

 恐らく相手は、今まで相手をしてきた魔族とは違う次元にいる魔皇拳使い。纏う魔力が強力なオーラとなり、辺りの景色を歪ませるほどの達人だ。
 はったりではなく、相手の言う事は本当だろう。

 だがマグナは……退けなかった。

「たとえそうであっても……ボクは……逃げませんッ!」

「……実に勿体ないぞ、女騎士。我ら紅蓮の骸に、貴様のような者が……  欲しかったぞッ!!」

 視界から、魔族が消える。
 桁違いのスピード。マグナに向けて攻めこむ相手。

 しかしマグナは、それを見切った。

「…… 後ろッ!!」

 素早く振り返り、自分の背後に回り込み、首元に突きを放つ右拳を左に跳躍して回避する。

「むうッ!?」

 動きを見極められると思わなかった魔族の男は、一瞬当惑した。そしてその隙をマグナは見逃さない。左に跳躍した身を翻し、その勢いのままツーハンドソードの斬撃を相手の肩目掛けて振り下ろす。

 ――しかし。

「遅い!!」

 相手の左拳が、マグナの腹部に直撃した。

「あ、か……ッ!!」

 カラン。
 マグナの剣が、固い地面に落ちる音が響いた。
 
 僅かに魔族の男の正拳突きが当たるほうが、速かったのだ。

 がくり、とマグナは両膝を地面に落とし、打撃を受けた腹部を押さえる。

「く、あ、あ、あ……」

「…… 直撃は、免れたか。我の動きを見切るとは、つくづく油断ならぬ騎士よ。……だが、最早、まともに動く事もできまい」

 魔皇拳を纏っていない、左拳の打撃であったが……その威力は、並のものではない。
 腹部が、臓器が悲鳴を上げるような打撃。それはマグナのような身体能力を武器にする騎士であっても、身動きがとれないほどに。
 蹲ったまま動けないマグナの頭部を、魔族の男が見下ろす。

「降伏せよ。無駄に捨てる命ではない。抵抗を止め、魔族の側につくのであれば我が便宜を…… ?」

 男は、マグナのその戦闘スキルを買ったのであろう。トドメをささずに待つ姿勢を見せていた。

 ――だが。

 マグナ・マシュハートは、震える右手をゆっくりと、地面に落ちた自らの剣の柄に伸ばそうとしていた。

「……貴様」

「……ッ。ボクは……ボクは……騎士です……ッ。這いつくばっても、泥水を啜ってでも……国のために……そして、そこにいるみんなのためにッ……全力を、尽くすんです!」

「たとえ死ぬ事になってもか?」

「…… ボクの誇りは……存在意義は、そこにしかない!! だから…… どうなっても、戦うだけなんだああああーーーッ!!!」

 喉が張り裂けそうな雄叫び。
 痛みで動かない身体を、精神力だけで奮い立たせる。もはや大剣を振り回す事も難しいが…… それでも、マグナ・マシュハートは立ち上がった。
  
「何故だ。女の身で、まして勝ち目のない戦いに……」

「うあああああーーーッ!!!」

 剣を、振り回す。正確な動きではなく振り回すだけのその斬撃を、魔族の男は軽々と避けていく。
 しかしマグナは、動きを止めない。身体が痛もうとも、血が口から滴ろうと…… 自分の後ろにいる仲間達を護るため。そして、今、戦っているリーシャのためにも。
 

「…… ならば、死ねィッ!!」

 魔族の男の両腕が光る。空を斬る大剣の切れ間に、その腕を侵入させ…… 相手の心臓目掛け、突きを放つ体勢をとった。

 ――その時。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン。

「!?」

 魔族の男はその音を聞き逃さず、後ろに跳躍してそれ・・を避ける。

 高速で飛来したそれ・・は…… 地面に、突き刺さった。
 
 冷気が上空へ霧のように立ち上る、三つの塊。

 それは…… 氷柱のような、氷塊であった。


「……まったく。フォッカウィドーから一日かけて来たというのに、オキトがこんな状況になっているだなんて……ッ」

 足音が、マグナ達に近づいてくる。
 金の髪をかきあげ、氷のような透き通る瞳で睨み付け―― 彼女は、美しい声で怒鳴った。


「とんだ有給休暇バカンスですわッ!!」


 彼女のレイピアから、氷の弾丸が勢いよく発射された!!


――
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