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八話 炎熱の石版《岩盤浴》
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「炎が、効かない……!」
「これが、伝説の氷龍……!」
魔術団員達の表情に、絶望の色が浮かぶ。
氷龍に有効かと思われていた炎魔法が、通用しない。加えて大きな翼の羽ばたきによる突風は、弓矢や投石も受け付けない。団員達が用意してきた氷龍への攻撃の手が、殆ど封じられてしまったのである。
「……ッ!! 来るぞ!!」
騎士団員の一人が、叫ぶ。
狛犬のように座りこちらの様子を伺っていたドラゴンが、体勢を低くした。
それは、飛び立つための準備。
低くした体勢を伸ばすように跳躍をすると、龍は氷のベッドから飛び降りた。
巨大な二つの翼を振り下ろし、振り上げる。
数十メートルの巨体はその一振りで浮き上がり、龍には狭い洞窟内でも壁にぶつからないように器用に滑空を始めた。
洞窟から逃げ出すためではない。
オキトの団員達にどう攻撃を仕掛けようか見定めるように、氷龍は洞窟内を飛び回り始めたのだ。
「魔術団員!全員で炎の障壁魔法を展開!」
ルーティアの素早い指示で、ドラゴンの威圧に圧倒されていた団員達は目を覚ますように魔法の詠唱に転じた。
隅の方で体育座りをしていたマリルも、急いでその用意に取りかかる。
「 グアアアアアアアアッ!! 」
ドラゴンの大きな口から、団員達に向け息が吹き付けられる。
その息吹は、龍の口から離れた瞬間に空気中の水分を凍てつかせていき――
一瞬で、何もない空間を凍らせた。
キィィィン!!
その冷気に、団員達を四方から守る障壁魔法が反応し、凍り付くのを防いだ。
寄り添うように固まる団員達の周りをオレンジ色の透明のヴェールが包み、微かな暖かさを帯びた。円形のドーム状に広がる大きな障壁魔法は、氷の攻撃から身を守る。魔術団員全員で形成したその炎の壁は、ドラゴンのブレス攻撃を防いだ。
――しかし。
「く……ッ!!」
「こ、これだけの障壁魔法でも……!!」
凍てつく息吹を受けた障壁。
その壁の中では氷点下の洞窟の中ですらほのかな暖かさを感じた。
だが、そのブレスを受けた瞬間に……安全な筈の障壁の中に、冷気を感じる。障壁が破られかけている証拠だった。
魔術団員全員で作った魔法の壁でさえ、氷龍は一度の息吹だけでどうにか耐えられる。
これを連続で受けたら―― その恐ろしい考えが、団員達全員の脳裏を過った。
一方のドラゴンは洞窟の天井付近を高速で飛び回る。
大きな氷柱も壁も器用に避け、泳ぐように旋回するその姿。騎士団員達の放つ矢もその動きには全く対応できず、迫り来る攻撃は全て羽ばたきにより逸れてしまう。
そして―― 二度目の息吹攻撃。
今度は団員達の横を掠めるように飛行したドラゴンが、すれ違いざまに息を吹きかけた。
「うわあああッ!!」
「きゃあああああッ!!」
団員達の悲鳴が聞こえる。
円形の障壁魔法の周りを取り囲むように、空間が凍る。
かろうじて障壁の中には入らないが、空気が固まって出来たその氷は見る見るうちに巨大になっていき、団員達を凍り付かせようとした。
またしても、障壁魔法がそれを防いだ。
だが―― その内部の温度は、更に下がる。既に団員達が吐く息が、白くなってきているのだ。
あと数回も、このバリアは持たないだろう。
団員達の心に、絶望が蔓延り始めた、その時――。
「……!!ルーちゃん!?」
ルーティア・フォエルは一人、その炎の障壁魔法から歩み出る。
外部からの魔法攻撃を防ぐためのバリアは、内部から出て行こうとする者に対して炎のダメージは与えない。
最期の暖かさを彼女に与え、送り出すように。
風に、ルーティアの金の髪が揺れた。
凍てつく洞窟内で、ガアの毛で作った防寒用のフェイスマスクを鼻まで引き上げる。
腰の鞘から抜いたロングソードが、銀の洞窟内で煌めいた。
「ルーティア!?い、いくらお前でも……!」
「無茶よ、早く障壁の中に……!!」
団員達の制止も聞かず、ルーティアは飛行するドラゴンの動きに視線を合わせる。
その動きを捉え、パターンを読む。
自分があの龍であるならば…… どのように相手を凍り付かせようとするか。
それを、考えるように。
「ルーちゃんッ!!」
ルーティアの背中から、マリルの声がかかる。
自分の小さな魔力で、精一杯の魔法バリアを張りながら、彼女はルーティアに問うた。
「…… 勝てるの?」
「…… ああ」
ルーティアは、立てた親指を背後にいるマリルに見せた。
それを見て、汗を流すマリルはにっこりと微笑んで、頷いた。
「いってらっしゃい!!」
「…… いって、きます!!」
ルーティアは、駆けだした。
洞窟を飛び回る氷龍とは関係なく、ただただ速く、出来るだけ無茶苦茶に。
障壁の外にいる人間がいると、アピールをするように。
「!!」
それに気付いた氷龍は、その人間の後を追いかけるように飛行する。
旋回し、ルーティアの背後につくように飛ぶドラゴン。
そしてその人間を凍り付かせようと―― 大きな口を開き、息吹を吐き出す!
「はァッ!!」
それを見切ったように、ルーティアは、跳ぶ。
常人では考えられないほど高いそのジャンプ。単に上に飛び上がったのではなく、後ろに向かって飛び込み、空中で美しくブリッジを作るようなその跳躍は…… 後方転回であった。
「グルゥッ!?」
低空飛行で、ルーティアの後を追いかけていた氷龍は一瞬彼女の姿を見失う。
低く飛んでいたとはいえ、自分の上を人間が跳ぶなどという経験は、ドラゴンには存在しないのだ。
気付けば、後方転回をするルーティアの身体を氷龍は追い越していた。
ただ単にバク転をしたのではない。
跳びながら…… 氷の大地に刃の先を向け、ドラゴンの首筋から背中にかけて、その勢いを利用して斬撃を放つ。
低空飛行するドラゴンと、後方転回をするルーティアの身体、そして下に向けて半円を描くように動いたロングソードの刃先は、パズルのピースをはめたように連動して当て嵌まり…… ドラゴンの身体を背を斬り、血を噴き出させた!
「やったあああッ!!さっすがルーちゃん!!」
安堵し、喜ぶマリル。そして他の団員達。
騎士団員の一人が、ぽつりと呟いた。
「…… アイツ、どんどん人間辞めていってるなぁ……」
「 グアアアアアアッ!! 」
しかし、傷は浅く致命傷ではない。
ダメージを受けた事で怒り狂う氷龍は、今度は同じ手は受けないとばかりに旋回し…… 一気に洞窟の天井近くまで浮上しようと、翼を広げた。
「 !!?? 」
しかし、その時にはもう遅かった。氷龍は、驚愕する。
いつの間にか龍の視界の先には、剣を上段に構えたルーティアがいたからだ。
自分を追い越して飛行したドラゴンを、今度は逆に追いかけ……
そして、ドラゴン自らが作り出した、ブレスによる氷の壁を『踏み台』にしてジャンプをしたのだ。
洞窟の端付近の壁で旋回をしたドラゴンの…… 『左の翼』を、斬るために。
閃光が、洞窟内で走ったように見えた。
音速の太刀筋はドラゴンの翼の真ん中を斬り、団扇状に広がっていた翼膜を裂く。
浮上しようとしていた氷龍はそのバランスを失い、高速旋回した勢いそのままに地面に叩きつけられ、滑る。
高く跳躍をしたルーティアは、地面に叩きつけられた氷龍の巨体を蹴り上げ、もう一度跳躍。
垂直にジャンプをしたルーティアは…… 剣を、真下にいるドラゴンの頭に目掛けて、振り下ろすのだった。
「はァァァァッ!!」
「 ギアアアアアアアアッ!! 」
命乞いのような叫びを氷龍が出した時には、もう遅い。
正確に、彼女の剣先はドラゴンの頭を捉えており――。
そして、鋭い刃は、その頭頂部へ突き立てられた。
ザザザザザザザッ!!
氷に覆われた洞窟の地面を、氷龍の巨体が滑り進む。
障壁の中にいる団員達に一直線に滑走していく、氷龍。
思わず目を瞑る、マリル。
もう障壁の目の前まで迫っているドラゴンの身体が…… ぴたり、と止まった。
「あ……」
ドラゴンは、ぴくりとも動かない。
ロングソードは刃が見えないほど深く、氷龍の頭部に突き立てられており…… どうやら刃は、その急所まで達していたようだ。
そのドラゴンの頭の上に、荒く息をつく女騎士が一人いる。
消えゆくドラゴンの冷気を微かに受けて鎧や小手に霜がついているが……どうやら、傷は負っていないようだ。
ガナーノ国の氷山に巣くう、氷龍。
オキトの稲光が、その巨大な魔物を討伐した瞬間であった。
とても、人間業には見えないルーティアの戦闘。
殆どの団員達が呆気にとられている中、マリル・クロスフィールドは明るく、氷龍の上に乗る騎士に声をかけた。
「お疲れ様、ルーちゃん!!」
「ああ。 ……へっくし。……あー、寒かった」
ルーティア・フォエルは一つくしゃみをして身を震わせて、マリル達団員に、笑顔を見せた。
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