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特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》

四日目 vs国王(4)

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――

腕輪より出でる、青く輝く光輪。
二つの光の輪はルーティアの両肩に吸い込まれるように定着しようと動き出した。
僅かに回転し続ける光輪は、まるでギアのように正確に、一定のリズムで回り続け――。


「くくく…… ルーティア殿の『青の魔装具』の力、見せてもらおうではないか。 しかしワシはまだ、2分弱はこの状態でいられるぞ。ちと発動するには早いのではないかな?」

国王の笑みは、ルーティアの魔装具の力を期待しての笑みだ。
トン、トンと軽くステップを踏みながら、右の人差し指をくい、と二回ほど自分の方に動かし挑発をする。

「どのみち、このままの勝負が2分も……いえ、1分も続けば私は負けてしまいます。最後の悪あがきとでもお思いください、国王」

「……残念だよ、ルーティア殿…… このまま永遠に闘い続けられれば、どれだけいい事か、のう?」

しかし、ルベルト国王のその問いかけにルーティアは笑みを浮かべながら、首を僅かに横に振るのだった。


「 私は 休みあしたに進ませてもらいます 」


そして青の光輪がルーティアの肩に…… 定着をした!!



ギュイイイイイッ――!!


「な……!!」

「なに、あれ……!」

イヴが、シェーラが、そして道場内の兵士達が……静けさに包まれていた道場内に、驚きの声を上げ始める。

国王との距離、およそ2m。
魔装具の力を使ったルーティアの身体が…… 消えた。

正確には、消えたのではない。
1秒もたたないうちに、彼女はファイティングポーズをとる国王の背後へと回り込んだのだ!

風を切り裂く音。加速に対して停止が間に合わず、地面を靴が擦れる音。
それらは、ルーティアの行動の『後に』観客の耳へと届くのだった。

「む……!!」

しかし…… 国王は、その動きを見極めていた。
跳躍をしての、蹴り。顔面目掛けて放たれた高所からのキックは、国王の右腕によって防がれる。

「た……対応できるの!?あの動きに!?」

魔装具の力を使った経験のあるリーシャは驚愕した。
『加速』の魔法の加護を受けたルーティアの動きを、国王は眼で追い、防御をする。
次いで…… キックを受け止めた方とは逆の、左腕で素早くルーティア目掛けて強烈なフックを放った!

ブォンッ!!

しかし、そこに既にルーティアはいない。

防御をされた右腕を『地面』にして後方に一回転し、跳躍。
再び回り込み、またしても国王の背後へと瞬時に移動した。

もはや、その動きを捉える事ができるのは道場内ではリーシャやイヴといった強豪の剣士…… そして、ルベルト国王しかいない。

「後ろかッ!!」

動体視力。それに対応する身体能力。そして何より…… フォッカウィドーをその拳で開拓してきた武人としての経験。
国王は素早く、ルーティアが回り込んだ後方へと向きを変える。

動きを悟られたからであろうか、ルーティアは攻撃する事はせず、再び移動をする。
跳躍をして上空、体勢を屈めて低空、距離をとる、距離を縮める…… 僅か1,2秒のうちにルーティアの身体は国王の周りを何カ所も移動し、攪乱をさせる。

しかし、そのどれもを国王は見極める。
瞳を動かし、顔を向け、対応をしようと姿勢を作る。
先ほどの老人だった時とは違い…… 今の国王には、この速度をもってしても、『隙』というものが全く生じていない。

「ふははは!!攻撃をせねば決着はつかぬぞ!! このまま30秒、虫のようにそうやって舞い続けるつもりかね!?」

攻撃をしなければ、決着はつかない。追い詰められているのは国王ではなく、ルーティアの方であった。
確かにこのスピードで攻め込めば、先ほどのように国王の攻撃を受ける事はない。
しかし、反対にこちらが攻撃を仕掛けても、その攻撃は見極められ、防御されてしまう。
しかも今のルーティアは武器を失っており、打撃で致命傷を与えるというのは今の状態の国王にはまず不可能である。

そして…… 魔装具の効果切れの30秒が、どんどんと迫ってくるのであった。


「る……ルーちゃん……!!全然、攻撃出来ないって事なの……!?」

「……。加速の魔装具にあれだけ対応ができる人間がいるのが、予想外だったのか……。ああやって攪乱をし続けて隙を見つけようとしているのだろうけれど…… そんな事している間に、30秒になっちゃうわよ……!」

動きは全く見えてはいないが、マリルにも状況だけは掴める。
高速で国王の周りを攪乱するルーティアと、それを追い続け常に構えをとる国王。そしてルーティアが、攻めあぐねている事も。

リーシャは腕組みをしながら、歯がゆそうにその状況を見続ける事しか出来ない。

(ルーティア……。アンタ、本当に何の考えも無しに…… ただ加速さえすれば、国王に勝てるとでも思ったっていうの……!?)

……しかし、リーシャはそう思った瞬間、気づいた。

自分の知っているルーティア・フォエルという騎士が…… そんな事をするはずは、絶対にないと。

必ず行動の裏に勝算があり、そこに突き進むために行動をしているのだと。

(…… なんだ。それなら、なにも心配する事ないじゃない……!!)

気づけば、リーシャ・アーレインの口元は、にやけていた。
ルーティアが、何を考え、これから何を仕掛けるつもりなのか…… その顛末を見届けられる事が、楽しみで仕方ないのだから。


( さあ、見せてみなさい、ルーティア・フォエル! どうやってアンタは、あの最強の国王に勝つつもりなの!? )



「はァッ!!」

国王の左ストレートが、ルーティアに向けて放たれる。
しかし、加速をしているルーティアは一瞬にしてそれをサイドステップで回避。残像が残るような速度での横への移動をしつつ……。

その身体を、一気に国王へと詰める!

「むッ!!」

その速さで、国王は対応を一歩遅れる。
国王の胸元にまで迫ったルーティアは更に、上空へと跳躍。

国王の頭部目掛けて、渾身の右キックを――!!


 「 捉えたぞッ!! 」


ガシィッ!!

その影を見た国王は、瞬時に左右の腕を、その筋肉を使って迅速に捉えた。


左右から迫る岩石のような掌は…… ルーティアの両肩を、がっちりと掴んでしまった。


「「あああっ!!」」

マリルとリーシャが、再び絶望の悲鳴をあげる。

ルーティアの肩を掴み、軽々とその身体を持ち上げた国王は高々と笑った。

「はははははッ!!こうなってはもはや、回避も攻撃もしようもあるまいな、ルーティア殿ォッ!!」

足は、地面の遥か上。
踏ん張ることのできないルーティアは、もはや国王のその両手から逃げる事は出来ない。

ルーティアは…… もはや諦めたのか、藻掻く事すら、しない。


そして…… 魔装具の効果の証である、両肩の青の光輪が…… 消滅した。


「お……おわっ、ちゃっ、た……!そんな……!」


30秒。
国王は、加速の魔装具を使ったルーティアの攻撃に耐え続け…… そして、彼女を捕らえたのだった。


「残念だったな、ルーティア殿……!! どうするね?これを致命傷とみなし、試合を終わらせることもできるが……?」

「…………」

ルーティアの両肩を左右から持つ国王の手は、決してそれを離す事はない。
つまりは、これは試合の終了を意味する。
捕らえられ、腕も使えず、武器も使用できない。このまま国王が少し力を入れれば、それだけで…… ルーティアの肩は、身体は、粉砕されてしまうであろう。そういった意味を込めた言葉であった。


「…… いいえ。勝ちは、私にあります。ルベルト国王」


「なに……?」

国王は、耳を疑った。そして、目を疑う。

上空で捕らえられ、動く事すらできず、両肩をホールドされた状態のルーティアが…… 笑みを浮かべているからであった。


「私は、あえて・・・この状態を選んだという事です。国王のパンチも、キックも、加速状態になる私には当たる事はありません。同じように私の打撃技も全て国王は見切り、防御をしていました」


「あえて…… じゃと?」

「そのような拮抗状態が続けば、必ず国王はこう考えていただけると思っていました。 『此奴の動きを止めれば』と。 だからこそ、私はあえて国王に接近しました」

「……ほう。 それが今の状態、という事じゃな」

国王が口元を歪ませる。

すなわち、ルーティアはこれを致命傷とはしない。両肩を長身の国王に掴まれ、身動きも出来ず宙ぶらりんになったこの状態を…… 『あえて』作ったというのだ。

「それでは…… 申し訳ないが、このまま両肩を、粉砕させてもらおう……ッ!!」

国王が、歯を食い縛る。
ルーティアの肩を押さえる両手の血管が浮き出て、上腕二頭筋が隆起した。降参をしない事を選んだ騎士への、唯一の餞と、国王は無礼のないよう、全開の力を込めようと――。

「……ぬ……!!」

国王は、気付く。

ルーティアが、魔装具を使用する時。
彼女は、確か……手に『折れた木刀の剣先』を握っていた筈だ、と。

そして彼女の両手には今、何も握られていないという事を。


「お主…… 木刀を、何処へやった……ッ!?捨てたというわけではあるまい!?」

「…………」

折れた剣先。
壊れた武器を交換せず『あえて』そのまま試合を続行したという理由。
魔装具の加速中に目立った攻撃をせず『あえて』自分を捕らえさせた理由。

そしてその理由を説明するために、ルーティアは申し訳なさそうに言った。


「 私の勝ちです。この体勢では国王は…… 私の攻撃を、防御できません 」


「あ……」

国王からは、全くの死角。しかし、離れて観戦をしているリーシャに、その状況が理解できた。

両肩を掴まれて宙に脚を浮かせるルーティア。
よく見れば…… その右膝は後ろへと曲げられ、背中にくっつくようになっている。

いつの間に、そうなっていたのだろう。
ルーティアは器用にも、右足の親指と人差し指の間に…… 先ほどの『折れた木刀の剣先』を挟んでいたのだった。
全身を鍛えていた彼女にとっては、容易な事なのだろうか。その剣先はしっかりと固定され、ブレる事はない。

一方の国王は、仁王立ちでルーティアの両肩を掴んでいる状態。
すなわちそれは、両手を完全に使用しているという状態であり、防御に回す事は今だけ不可能になっている。


そして…… 曲げられたルーティアの足が、ゆっくりと動き出す。
太股から、膝へ。まるで大きな振り子が綺麗な半円を描くように、それは徐々に…… スピードを上げていく。

「…… ご無礼をお許しください、国王……!」

仁王立ちの国王。掴まれ持ち上げられたルーティア。そして……そこから、曲げられた膝が半円を描くように、蹴りを放たれる。足先には…… 折れた木刀の、剣先。実戦を仮定するのであれば、鋭く尖った刃の先端となる。


そこは…… いかに筋肉を鍛えようとも鍛えられない、頭部と同じ、『急所』。

そこに向けて、今、ルーティアのつま先の木刀が ――!!


「 ノオオオオオオーーーーーーッ!!!! 」


国王は、絶叫した。

そしてその痛みを知る、観戦をしていた男の兵士達は、自然と内股になった。

なにかの、金属音が…… 聞こえたような、そんな気分になりながら。


勝負は、決したのだった。



――



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