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六章『魔力列車は きたへ』
六十九話『二度目の たびだち』
しおりを挟む――― …
書斎に朝日が差し込み、少し経った後。
生徒会長の睡眠の術にかけられていた町長とベルクさん、カエデの術を解かせ、俺達は書斎で再び対面した。
町長は大喜びで俺達に声をかけてくれる。
「いやー!まさか再びこの街の、しかもワシの危機を救ってくれるとは!まさにマコトは、この街の…いや、セカイの勇者じゃな!」
「いやそんな…」
「… 出来ればワシの書斎はもう少し壊さずに戦ってほしかったが、仕方あるまいな!ハハハハハ」
「… すいませんでした…」
柊のデュラハンの鉄球の跡や、俺の大地の神域で出来た石壁の跡が床や壁のあちこちに残り、本棚をなぎ倒している。
… せめてものお詫びに大地の神域で石の七福神でも建てておこうかと思ったけれど、止めておいた。
「…ふむ、しかし… まさか以前のゴブリンとの戦での功労者であるソウジが今回の騒動の原因じゃったとはな」
「ワシの屋敷を根城にしてアンデッドの軍を築こうとしていたワケか」
「… … …」
杖を取り上げられ、縄で両手を縛られた柊宗司は、無表情で床に座り込んでいた。
「… ソウジのやった事は許される事ではないと思います。この街を拠点にしてアンデッドの軍を築き、町民の理解を得ぬままにムークラウドを戦火に巻き込もうとしていた…」
「ですが、その目的は俺達と同じく魔王の討伐のためでした。…どうかそこだけはご理解を頂けますか」
敬一郎は町長にそう言って、頭を下げた。
その言葉に町長も腕組みをして頷く。
「スケルトンたちは町民に危害を加えたワケではないからの。水に流す…とはいかないが、即時死罪という事もなかろう」
「ご理解いただき有り難うございます」
俺達は町長に揃って、もう一度頭を下げた。
「マコトさん…!」
「カエデ… 大丈夫か?」
目を覚まし辺りをしばらく見回して呆然としていたカエデだったが、事態を飲み込んで俺のところへ駆け寄ってきた。
「… ごめんなさい、ボク…。 何もお役に立てなくて、むしろ人質になって、足手まといに…」
「そんな事はないよ。カエデの通信がなければ俺達はここが敵の拠点だったなんて気付きも出来なかったんだし」
「本当に助かったよ。ありがとう、カエデ」
「… 助けていただいて、こちらこそ、有難うございます!マコトさん」
カエデは深く頭を下げて、上げると… 柊の方をオドオドと見つめ、そして周りを見回す。
「ええと… ボク、眠りの魔法をかけられる前… 確かあの人と、もう一人… 弓矢を持った人がいたんですけれど、その人は…?」
「… 死んだよ。勝負に負けたら、自ら命を絶った」
「…!」
敬一郎は歯がゆそうにそう言うと、拳を握りしめた。その言葉にカエデも驚く。
「…そんな…」
「俺は… 止められる距離にいたはずなのに… 間に合わなかった。気が動転して…」
… 敬一郎は、竹川先輩の自害を、ずっと悔いていた。
あの瞬間、目の前にいたのは、敬一郎だった。 その時を、誰よりも近くで見ていたのも… 止められる筈もなかったのに、それを目に焼き付けてしまったのも。
「俺がもっと、希望を見出せるような言葉を先輩にかけられていたら… こんな事にはならなかったかもしれないのに…」
「竹川先輩は… 消えちまった。 俺の目の前で。俺の… 手の届く場所で。 … 俺は… 俺は…」
俯いてそう繰り返す敬一郎。
そこに… カエデは駆け寄って、握りしめられた敬一郎の拳を、両手でそっと、握った。
「… え…?」
「… ボク… ケーイチローさんの、詳しい事情は、分かりません」
「でも… ケーイチローさんがそう思っているのなら、きっと… ケーイチローさんは、正しいことをしたはずです」
「自ら命を絶った人…。 それを止めるのは、確かに命ある者の責務なのかもしれません」
「けれど… もっと大切な事が、あるはずです」
「… もっと、大切なこと…?」
「その人の事を、想う事です」
「その人を止められたと悔やむ事。その人に手を差し伸べられた筈と後悔する事。その人の命を… かけがえない命と、本気で想う心」
「それを忘れなければ… きっと、ケーイチローさんは、大丈夫です!」
「… うまく言えないけれど… ケーイチローさんは… 間違って、いません」
「… … …」
「… ありがとう… カエデちゃん…!」
カエデに手を取られた敬一郎は、涙を拭ってそう応えた。
… 命。
両親に捨てられ、それでも獣人の村で命を必死に育み続けてきたカエデは… 俺達よりずっと、命の大切さを知っているのかもしれないな。
…もはや、これはゲームのセカイではないのかもしれない。
プレイヤーも、ムゲンセカイのキャラクターも、学校の生徒達も…。
命を、どう生かしていくか。 それを必死になって考え、行動するゲーム… セカイなんだ。
――― …
街の東門に、俺達は来た。
外に止めてあった馬車に柊生徒会長の縄を結び、敬一郎が警戒のために横につく。
馬の動かし方の基本的な事は、ここにくるまでの間にベルクさんからなんとなく教わっておいた。…うまくいけばいいけれど…。
まあ、ゲーム世界の乗馬なんだし、現実よりは簡単だろう。多分。
俺は二頭の馬の手綱を取り、馬車に乗り込んだ。
見送りには町長やベルクさんをはじめ、街の大勢の人達が駆けつけてくれた。
ベルクさんが一歩前に出て俺達に声をかける。
「もう行かれるのですか?」
「ええ。…ソウジを、この街に留めておくワケにはいきませんから。もうあんな事はしないと思いますけれど… この街を瘴気と魔物で包む能力を持っているのは確かです」
「… そうですか」
「お役に立てず申し訳ありません。町長や私のみならず、この街を二度も救っていただいて」
「本当に感謝しております。短い道中でしたが、波乱ばかりで… どうやら私は疫病神かもしれませんな」
「… はははは。そんな事ありませんよ。…多分」
まあベルクさんといる時は色々あったけれど… それはきっと、プレイヤーである俺達がイベントを引き起こしているのだろう。
ベルクさんの横に町長が並び、俺達に何か、麻で出来た袋を手渡した。
「ワシからの今回の礼じゃ。受け取ってくれ、マコトよ」
「…! こんなに…!?」
麻の袋には紙のお札が何十枚もある。ドルド… このセカイの、通貨だ。
「君達がいなければムークラウドは元の街には戻らなかったであろう。本当に感謝する」
「魔王討伐の大義があるのに、わざわざこの街を救いに戻ってくれた。… それは礼と、謝罪じゃ。ありがとう、勇者達よ」
「… 町長…」
俺はその袋を受け取り、町長と力を込めた握手をした。
「この世界に、平和を取り戻しておくれよ。魔物も、魔王の恐怖もない… 平和な暮らしを享受できる世界に」
「… はい! いつか貴方も、元の世界に戻してみせますから」
「…?」
首を傾げる校長に俺は笑い、馬を操り、向きを反転させる。
どうやら上手く言う事を聞いてくれそうだ。
「――― マコトさん!」
「! シャーナさん!」
走り出そうとしたその時。
群衆の中から、宮野沙也加が前に出てきて、俺達に大きく手を振った。
「… … …」
「ありがとう、ございました…っ!! どうか、どうかお気をつけて !!!」
旅路の邪魔をしないように。
シャーナさんは、精一杯大きな声で、俺達を送りだしてくれた。
町長に。ベルクさんに。ムークラウドの街に住む人々に。 シャーナさんに。
俺と敬一郎、悠希とカエデは、二度目の別れを、笑顔で手を振って行う。
「行ってきます!! 魔王を、必ず、倒してきます !!」
――― …
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