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五章『ムークラウドの街の いへん』
五十九話『奪還 むーくらうど』
しおりを挟む――― …
それは、俺達が見知った街の姿ではなかった。
固く閉ざされた門。
塀の中から夜空へと浮かんでは消える、紫煙の瘴気。
人の気配はなく、ただただ静寂が辺りを包む街… ムークラウド。
ベルクさんの見せてくれた懐中時計で、時刻は23時だということが分かった。
人が眠っているから静か、という事ではない。
なんの気配も、その街からは感じられないのだ。
無機質に閉じられた鉄製の大きな門は、街の中身を決して見せてはくれない。
見えない事への恐怖が、この街を覆う不穏をより大きなものにしていた。
「… 着いたな」
敬一郎が一番に荷馬車から降りて、東門に近づく。
藁の中に身を隠していた俺と悠希、カエデも顔を出して、辺りの様子を伺った。
「すごく大きな門… でも、こんなに静かなんて…。ボクの耳にも何の気配も感じられないです…」
カエデが耳をピクピクと動かして、不安そうな表情を浮かべた。
「こんな街じゃなかったはずなんだ。いつもは門番が2人以上、必ず見張っていて…」
俺も荷馬車から降りて、敬一郎の横についた。
2人で東門に近づくと、門に耳を当てて中の物音を聞いてみる。
… … …。
ひた。
ひたひた。
気配は、ある。
だが、その音。
おそらくは何かの足音なのだろうが… それが人間のものでないことは、分かった。
リズムが違うのだ。
二足で歩んだり、走ったりする人間のものとは違う。
何かを引きずったり、怪我をしてたりする人間がするような… 一定でない、不均衡な足音のリズム。
そしてその足音は… 恐ろしく小さい。まるで忍び足をしているように、静かなのだ。
俺は荷馬車の方へ戻ってベルクさん、悠希、カエデの3人にそれを伝えた。
「… 気配はある。でも街の中にいるのは… 人間じゃない」
「多分ベルクさんが言っていたように、魔物の足音のような妙な音が中から聞こえる。… どうやら、取り越し苦労ってワケじゃないらしい」
「そんな… じゃあ、街の中の人は…!?」
「… … …」
悠希が驚き、悲しげな顔で言った。
俺だって… 信じたくはない。
信じたくはないが… 現実が、門の向こうにあるのだ。何か妙なものに支配をされている…夢の街の、現実が。
キオ司祭も、ゴトー町長も… シャーナさんも、この街で生きていたはずなのに…。
それなのに… …。
… … …。
「とにかく中に入って確かめるしかない。ベルクさん、さっきのアイテムを俺達にください」
「承知しました」
ベルクさんは、ルーティアさんから貰った麻袋から三つのアイテムを取り出した。
一つは、紋章が描かれた木箱だった。
ルーティアさんの説明書きを剥がして、俺はその使用方法を確かめる。
【魔爆衝の箱】
木箱の中に爆破の属性を持つ魔力を詰めておいた。普通の爆薬と違い、極めて小さな音で爆破の衝撃を対象に与えることができる。
街に侵入するつもりならコイツを使いな。鉄くらいならバラバラに出来るだろう。
爆破したいものに張り付けて、魔法をコイツに当てれば、魔力同士が『引火』して爆発する。
そして… もう一つ。いや、五つ。
俺達はそれぞれ、円形の小さな輪投げのような木製の道具を手に持つ。
表面には呪文がびっしりと刻み込まれていた。
【消え去りの輪】
コイツを咥えたヤツの気配を消し去る魔法道具だ。唾液が引き金になって、効力が発生する。効果時間は5分程度。
ただし効果があるのは魔物のみ。しかも勘の鋭い強敵の魔物だと効果はかなり薄くなる。あくまで弱い魔物専門の道具だ。
雑魚との交戦を避けたい時に使いな。
…作戦はこうだ。
「俺、敬一郎、悠希は… 教会方面に向かいながら、街の様子を探索する」
「消え去りの輪の効果は5分。俺の速度強化の術で素早く移動すれば、効果範囲内で教会までたどり着けるだろう」
「もし街の人達が『避難』という形をとっているのなら… 大きな建物の中に逃げ込んでいる可能性が高いからな。考えられるのは、俺のいた教会だ」
「可能性はゼロじゃない。街の様子によってはルートを変えるけど、とにかく教会方面を目指そう」
俺の作戦を聞いて、ベルクさんとカエデは頷いた。
「私とカエデ様は、町長の屋敷へ向かいます」
「街で教会と同等に大きな建物は、私の勤めていた町長の屋敷ですからな。可能性はあります」
「…申し訳ありません。見ず知らずのカエデ様に、協力をしていただくことになってしまい…」
ベルクさんがカエデに頭を下げる。
カエデは慌てて首をブンブンと横に振った。
「い、いいんです。逆にボク… ベルクさんの足手まといにならないように、頑張りますから…!どうかよろしくお願いします」
「…頼りにしております。獣人の剣士様のお力を頂けるとは、百人力でございます」
そう言って微笑むベルクさんにカエデは照れくさそうにした。
…ベルクさんのあのステータスであれば、カエデを危険な目に合わせないで済むだろう。
一方のカエデも、獣人の聴力と、一撃必殺の攻撃力がある。ベルクさんをカバーするのには十分だ。
二手に分かれての行動。
そしてそれに重要なのが、三つ目のアイテムだ。
…昭和の時代の、黒電話の受話器のようなアイテム。
【携帯用通信機】
念じて使えば、通信の魔法を使用できるアイテムだ。少々馬鹿でかいが、魔力を籠めるのにこれ以下の大きさにできなかった。許せ。
使用時間も1分程度しか出来ない、お試し魔法道具だが… ないよりマシだろう。持っていきな。
これが、二つある。
この携帯電話ならぬ、通信機を俺とベルクさんで持って、連絡を取り合って必要な行動をとっていけばいい。
使用時間は1分だから… 状況が分かった時に、最低限の連絡だけをしてどこかで落ち合うのがベストだな。
教会へ行く俺と敬一郎と悠希。
町長の屋敷へ行くベルクさんとカエデ。
街の状況が飲み込めたら、どこか場所を決めて落ち合う。
…大雑把だが、この作戦でいくしかない。
俺達は荷馬車から降りて東門に近づいて…。
敬一郎が、魔爆衝の箱を、東門にセットした。
俺達五人は消え去りの輪を口に近づけ…。
俺は光の聖矢を一本だけ出して、東門の方向へ向ける。
「… それじゃあ…」
「ムークラウドの異変の解明。そして… 奪還。 まだ何も分からない現状だけど…」
「絶対に、俺達がこの街を取り戻そう…! 再びこの街を… ムークラウドを、元の街に、戻せるように…!」
「ああ。…二回目だ。 この街を、また守ろうぜ…!」敬一郎が言う。
「私も頑張るっス…! センパイ達を絶対フォローしてみせるっス…!」悠希がガッツポーズをする。
「ぼ、ボクも… がんばります…! 剣士として、ボクに、できるコトを…!」カエデが拳を握る。
「…私達のムークラウドを、よろしくお願い致します」ベルクさんが俺達に、頭を下げる。
「… それじゃあ、行くぞ…!」
「「「「「 えい えい おー … ! 」」」」」
光の矢が東門の木箱に触れ…。
静かな爆発を起こした。
――― …
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