62 / 80
五章『ムークラウドの街の いへん』
五十九話『奪還 むーくらうど』
しおりを挟む――― …
それは、俺達が見知った街の姿ではなかった。
固く閉ざされた門。
塀の中から夜空へと浮かんでは消える、紫煙の瘴気。
人の気配はなく、ただただ静寂が辺りを包む街… ムークラウド。
ベルクさんの見せてくれた懐中時計で、時刻は23時だということが分かった。
人が眠っているから静か、という事ではない。
なんの気配も、その街からは感じられないのだ。
無機質に閉じられた鉄製の大きな門は、街の中身を決して見せてはくれない。
見えない事への恐怖が、この街を覆う不穏をより大きなものにしていた。
「… 着いたな」
敬一郎が一番に荷馬車から降りて、東門に近づく。
藁の中に身を隠していた俺と悠希、カエデも顔を出して、辺りの様子を伺った。
「すごく大きな門… でも、こんなに静かなんて…。ボクの耳にも何の気配も感じられないです…」
カエデが耳をピクピクと動かして、不安そうな表情を浮かべた。
「こんな街じゃなかったはずなんだ。いつもは門番が2人以上、必ず見張っていて…」
俺も荷馬車から降りて、敬一郎の横についた。
2人で東門に近づくと、門に耳を当てて中の物音を聞いてみる。
… … …。
ひた。
ひたひた。
気配は、ある。
だが、その音。
おそらくは何かの足音なのだろうが… それが人間のものでないことは、分かった。
リズムが違うのだ。
二足で歩んだり、走ったりする人間のものとは違う。
何かを引きずったり、怪我をしてたりする人間がするような… 一定でない、不均衡な足音のリズム。
そしてその足音は… 恐ろしく小さい。まるで忍び足をしているように、静かなのだ。
俺は荷馬車の方へ戻ってベルクさん、悠希、カエデの3人にそれを伝えた。
「… 気配はある。でも街の中にいるのは… 人間じゃない」
「多分ベルクさんが言っていたように、魔物の足音のような妙な音が中から聞こえる。… どうやら、取り越し苦労ってワケじゃないらしい」
「そんな… じゃあ、街の中の人は…!?」
「… … …」
悠希が驚き、悲しげな顔で言った。
俺だって… 信じたくはない。
信じたくはないが… 現実が、門の向こうにあるのだ。何か妙なものに支配をされている…夢の街の、現実が。
キオ司祭も、ゴトー町長も… シャーナさんも、この街で生きていたはずなのに…。
それなのに… …。
… … …。
「とにかく中に入って確かめるしかない。ベルクさん、さっきのアイテムを俺達にください」
「承知しました」
ベルクさんは、ルーティアさんから貰った麻袋から三つのアイテムを取り出した。
一つは、紋章が描かれた木箱だった。
ルーティアさんの説明書きを剥がして、俺はその使用方法を確かめる。
【魔爆衝の箱】
木箱の中に爆破の属性を持つ魔力を詰めておいた。普通の爆薬と違い、極めて小さな音で爆破の衝撃を対象に与えることができる。
街に侵入するつもりならコイツを使いな。鉄くらいならバラバラに出来るだろう。
爆破したいものに張り付けて、魔法をコイツに当てれば、魔力同士が『引火』して爆発する。
そして… もう一つ。いや、五つ。
俺達はそれぞれ、円形の小さな輪投げのような木製の道具を手に持つ。
表面には呪文がびっしりと刻み込まれていた。
【消え去りの輪】
コイツを咥えたヤツの気配を消し去る魔法道具だ。唾液が引き金になって、効力が発生する。効果時間は5分程度。
ただし効果があるのは魔物のみ。しかも勘の鋭い強敵の魔物だと効果はかなり薄くなる。あくまで弱い魔物専門の道具だ。
雑魚との交戦を避けたい時に使いな。
…作戦はこうだ。
「俺、敬一郎、悠希は… 教会方面に向かいながら、街の様子を探索する」
「消え去りの輪の効果は5分。俺の速度強化の術で素早く移動すれば、効果範囲内で教会までたどり着けるだろう」
「もし街の人達が『避難』という形をとっているのなら… 大きな建物の中に逃げ込んでいる可能性が高いからな。考えられるのは、俺のいた教会だ」
「可能性はゼロじゃない。街の様子によってはルートを変えるけど、とにかく教会方面を目指そう」
俺の作戦を聞いて、ベルクさんとカエデは頷いた。
「私とカエデ様は、町長の屋敷へ向かいます」
「街で教会と同等に大きな建物は、私の勤めていた町長の屋敷ですからな。可能性はあります」
「…申し訳ありません。見ず知らずのカエデ様に、協力をしていただくことになってしまい…」
ベルクさんがカエデに頭を下げる。
カエデは慌てて首をブンブンと横に振った。
「い、いいんです。逆にボク… ベルクさんの足手まといにならないように、頑張りますから…!どうかよろしくお願いします」
「…頼りにしております。獣人の剣士様のお力を頂けるとは、百人力でございます」
そう言って微笑むベルクさんにカエデは照れくさそうにした。
…ベルクさんのあのステータスであれば、カエデを危険な目に合わせないで済むだろう。
一方のカエデも、獣人の聴力と、一撃必殺の攻撃力がある。ベルクさんをカバーするのには十分だ。
二手に分かれての行動。
そしてそれに重要なのが、三つ目のアイテムだ。
…昭和の時代の、黒電話の受話器のようなアイテム。
【携帯用通信機】
念じて使えば、通信の魔法を使用できるアイテムだ。少々馬鹿でかいが、魔力を籠めるのにこれ以下の大きさにできなかった。許せ。
使用時間も1分程度しか出来ない、お試し魔法道具だが… ないよりマシだろう。持っていきな。
これが、二つある。
この携帯電話ならぬ、通信機を俺とベルクさんで持って、連絡を取り合って必要な行動をとっていけばいい。
使用時間は1分だから… 状況が分かった時に、最低限の連絡だけをしてどこかで落ち合うのがベストだな。
教会へ行く俺と敬一郎と悠希。
町長の屋敷へ行くベルクさんとカエデ。
街の状況が飲み込めたら、どこか場所を決めて落ち合う。
…大雑把だが、この作戦でいくしかない。
俺達は荷馬車から降りて東門に近づいて…。
敬一郎が、魔爆衝の箱を、東門にセットした。
俺達五人は消え去りの輪を口に近づけ…。
俺は光の聖矢を一本だけ出して、東門の方向へ向ける。
「… それじゃあ…」
「ムークラウドの異変の解明。そして… 奪還。 まだ何も分からない現状だけど…」
「絶対に、俺達がこの街を取り戻そう…! 再びこの街を… ムークラウドを、元の街に、戻せるように…!」
「ああ。…二回目だ。 この街を、また守ろうぜ…!」敬一郎が言う。
「私も頑張るっス…! センパイ達を絶対フォローしてみせるっス…!」悠希がガッツポーズをする。
「ぼ、ボクも… がんばります…! 剣士として、ボクに、できるコトを…!」カエデが拳を握る。
「…私達のムークラウドを、よろしくお願い致します」ベルクさんが俺達に、頭を下げる。
「… それじゃあ、行くぞ…!」
「「「「「 えい えい おー … ! 」」」」」
光の矢が東門の木箱に触れ…。
静かな爆発を起こした。
――― …
0
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

2回目チート人生、まじですか
ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆
ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで!
わっは!!!テンプレ!!!!
じゃない!!!!なんで〝また!?〟
実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。
その時はしっかり魔王退治?
しましたよ!!
でもね
辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!!
ということで2回目のチート人生。
勇者じゃなく自由に生きます?
おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる
シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。
※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。
※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。
俺の名はグレイズ。
鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。
ジョブは商人だ。
そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。
だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。
そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。
理由は『巷で流行している』かららしい。
そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。
まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。
まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。
表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。
そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。
一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。
俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。
その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。
本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる