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四章『獣人の むら』
五十話『ひと時の わかれ』
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「… ふあ、あ…」
森の木々の間から、朝日が差し込む。
暖かなその光を浴びて、俺は背を伸ばし、白い吐息を空に吹きかける。
森の朝はもう寒さがある季節だが、昨日の眠気を覚ますには丁度いい気候だと思った。
クヌギさんのテントから外に出て、俺は森の朝を満喫する。
… 生きている。
このセカイに来て、それを実感する事ができる。
このセカイを素晴らしいと思った事はない。人質になっている学校の生徒達を一刻も早く助け出し、このセカイを終わらせたい。
…だが、このセカイが終わったら… 魔王を倒してしまったら。
このゲームの住人達の暮らしは、生命は… どうなってしまうんだろう。
ゲームの終わり。
それはつまり… このムゲンセカイが、終わってしまうという意味なのではないだろうか?
「… … …」
余計な事は、今は考えない事にした。
兎に角、魔王討伐の旅を続ける事。そしてそのために、悠希と敬一郎にいち早く再会する事。
それだけを考えよう。
そのために…。
「よっ、と」
俺は右手を前に出して、大きく開いた。
久しぶりに、自分のステータスウインドウが朝日に透けて表示される。
【ステータス】
プレイヤー:マコト
職業:僧侶(ランクC)
レベル:27(次のレベルまであと792)
HP :182
MP :110
攻撃力:69
防御力:102
素早さ:65
魔力 :118
「… おおお」
三桁のステータスが大分増えてきた事に俺は嬉しさを覚えた。
イシエルの言う、『隠しクエスト』。達成の報酬は確かに大きいな。実際… あの大型のキラーコングは、俺1人じゃ到底勝てなかっただろうし。
カエデと協力が出来た賜物だろう。俺はその結果を有難く思った。
「えーと、そういえば新しいスキルも覚えたんだっけな」
俺はスキルの欄をタッチして、表示をしてみた。
【スキル】
回復:使用MP5
回復(小)より大幅に対象者の傷を癒す事が一度にできるようになる。意識のない者もこの魔法で覚醒する事ができる。
自分と半径3m以内にいるキャラクター一人に使用可能。術者のレベルに合わせて回復量も上がる。
聖なる結界:使用MP15
術者を中心とした半径2mの地面に、光の円が描かれる。
円の中に入った魔物や敵に対して継続した光のダメージが与えられる。弱い敵なら一瞬で浄化する事ができる。
使用後1分間有効。
「…おおおおお」
使えそうなスキルが2つも。
特に聖なる結界は集団の雑魚敵を蹴散らすにはもってこいだな。
一昨日のキラーコング戦ではいちいち杖を当てなければ倒せなかったし… 第一、強い敵には銀の杖の特殊効果は発動しない。
このスキルなら弱い敵も攻撃せずとも倒せるし、強い敵にもある程度効果がある。光の聖矢とも組み合わせれば、俺1人でも十分に戦闘ができるだろう。
…1人、か。
この森を出たら… 俺1人で仲間探しの旅か。
強くなったのはいいんだけど、その仲間探しがいつまで続くのか分からないから不安だけれど… やるしかないんだ。このスキルで。
俺は杖をギュッと握って、その決意を固める。
「早いな、マコトくん。よく眠れたかな」
「あ、クヌギさん。おはようございます」
俺がウインドウを閉じると同時に、テントからクヌギさんが顔を出してこちらに近づいてきた。
「昨日は有難うございました。クヌギさんが作ってくれた特製の…なんかの肉の丸焼き。スパイスとハーブが効いててすごい美味しかったです」
「ははは、良かった。ヴォアグと言ってな、大きな牙で突進してくる獣なんだが、肉はなかなか美味だっただろう。少し前に大物を仕留められて、祝いの席で出す事ができて私も嬉しいよ」
「本当に美味しかったです。…仲間に、デブのグルメがいまして。そいつにも食べさせたかったです」
俺の少し悲しそうな顔に、クヌギさんは優しく微笑んでくれた。
「再会できるといいな。もし出来たら、いつでもこの村を訪れてくれ。獣人の伝統料理を振る舞うよ」
「… ありがとうございます。本当に、なにからなにまでお世話になりっぱなしで。こんな宝石までいただけるなんて…」
「『覚醒の宝石』か。長老も随分感謝しているんだろうな。この村に伝わる宝をキミに渡すなんて、私も思っていなかった」
「ニンゲンのキミが活躍してくれたおかげで、獣人達の結束も固まった気がするよ。…つまらない過去に引きずられず、一丸となって前を見据える事が出来た」
「…マコトくんの魔王討伐の旅。影ながらだが、応援させてもらう」
「… はい! 俺、頑張ります!」
クヌギさんのその言葉と姿に、俺はムークラウドの安田先生を思い出し、深々と頭を下げた。
「朝食を食べたら出発しよう。『扉』まで案内するから」
『扉』。いよいよその理由が分かるわけだな。俺は少し、その謎解きが行われる事に期待をしていた。
「朝食はカエデに任せようと思っている。アイツもキミに何か振る舞いたくて仕方がないらしくてな…」
「… … …」
「あの、すごく嬉しいんですけれど、量を調整してくれるように言ってもらっていいですか。ただでさえ昨日の御馳走で胃もたれしてるんで…」
「はっはっは。分かっているよ」
――― …
獣人の村の人々に別れを告げて、クヌギさんとカエデの先導で、俺は神樹の森の中へ歩きだした。
昨日の宴で別れは言ったはずなのに、多くの獣人が俺の旅立ちを見送ってくれた。
「元気にな!ニンゲン! 魔王討伐、期待しないで待ってるぜ!」
「身体に気をつけるのよ。ちゃんと日向に当たらないと、シラミが… って、ニンゲンは違うのかしら?」
「暇な時には戻って来いよ。今度は酒が呑める歳になったらな」
そしてモミジちゃんや、その母親。長老までもが、俺の見送りに来てくれた。
「マコトさん!無茶しないでね。いつでも、この村に帰ってらっしゃい」
「… ありがとうございます!きっともう一度、戻ってきます」
モミジちゃんの母親は、とびきりの猫笑顔を見せてくれた。
「達者でな、マコト。再びこの村を訪れる時がくる事を祈っておるぞ」
「… その時は、きっと魔王を倒した後になれるように… がんばってきます!」
長老に俺は深々と頭を下げて、貰った宝石をもう一度見せた。
「… … …」
モミジちゃんは、悲しげな顔をして俺達から目を背けていた。 なにやら、カエデがモミジちゃんに駆け寄り… 二言三言、会話をするとカエデは自分より小さな身体をぎゅ、と抱きしめる。
泣きだすモミジちゃんの頭をよしよし、と撫でると、カエデも瞳の涙を拭いながらこちらに戻ってきた。
モミジちゃんは涙と鼻水をすすりながら、俺に訴えかけた。
「… マコトおにいちゃん、その… なるべく早く、魔王、倒してね」
「…? あ、う、うん…。がんばるよ…」
「アタシも、待ってるから… 強く、なるから…!!」
「だから絶対、戻ってきてね…!!!」
… その言葉は、何故か俺の後ろにいる、カエデに向けられているように思えた。
「着いたぞ。 これが『扉』だ」
クヌギさんが指さすそこは… どう見ても、岩場だった。
俺達の身体より大きな岩石が、寄りそうように集まる岩場。木漏れ日に照らされてはいるが、その場所は森の中でも特に薄暗く、目立たない場所にあるように思えた。
「… これ、ですか?」
「ええと、つまり… どういう事、なんですか?」
俺の質問にクヌギさんは申し訳なさそうに苦笑をした。
「隠していたようですまないな。一応…獣人の中でもコレの存在を知るのはごく限られた者のみでな。あまり大っぴらに話すわけにもいかなかったんだ」
「… 下がっていてくれ。 『扉』を開けてくる」
クヌギさんはそう言って、岩場に近づいていく。
長老から預かった鍵を懐から取り出し… 一つの、大きな岩の方へと歩み寄る。
よく見ると、その岩にだけ… 小さな『鍵穴』がついていた。 外見だけで見れば確かにそれは単なる岩に過ぎないのに、不自然に作ったような鍵穴が、一つ。
クヌギさんがそこに鍵を差し込むと…。
ゴゴゴゴゴゴ…。
「おおおっ…!」
岩は、轟音を立てて横にゆっくりとスライドして… 岩場の中央に、『洞窟』が出来上がった。
中は暗くてよく見えないが… それは確かに、『扉』だった。
クヌギさんは俺とカエデの元に帰ってきて、説明をしてくれた。
「神樹の森から出るのには、ニンゲンや獣人の足でも何日かかかる。普段、此処で暮らしている獣人にこの森から出る目的など特にないのだが…」
「何か特別な目的がある時のみ、この『扉』の使用が許される」
「この扉は、自然発生した魔力を利用して大昔の魔法使いが作りだしたらしい、一種の『瞬間移動装置』だ」
「しゅんかんいどう…?」
「まあ、まさしく魔法そのものだな。この中をものの10分ほど歩けば、神樹の森の外へと出る事が出来る」
「ムークラウドそのものにはたどり着かないが… 道中、ちょうど神樹の森とムークラウドの中間地点にある『イオット』という村の付近に、この洞窟は繋がっているんだ」
「イオット…? でも、この森まで魔力船で来ましたけど、そんな村見つかりませんでした…」
俺の質問に、クヌギさんは頷いた。
「隠れ里だな。イオットの村は昔、ムークラウドの街から出た魔法使い達が築いた村だ。魔力の結界を張って、外界からは隠れるように存在している… 幻の村だ」
「なにやら怪しげな研究を行うため街から追い出されたらしいが… 現代ではまあ、大丈夫だろう。私も行った事がないから知らないがね」
「… それ、危ないニオイがするんですけど…」
冷や汗を滲ませる俺に、クヌギさんはあっけらかんと笑う。
「ま、マコトくんほどの実力があれば魔法使いに襲われても大丈夫だろう。第一、ムークラウドの街を目指すならわざわざイオットの村に立ち寄らなくてもいい。一週間と少しあればムークラウドまで徒歩でもたどり着けるだろう」
「… … …」
駄目だ。その村に立ち寄って物資を補給したり、移動手段を確保しなければ… 一週間以上も、時間を無駄にする事になってしまう。
第一俺達はクラガスの港町を目指していたはずなのに、ただでさえムークラウドまで逆戻りをする羽目になってしまったのだ。これ以上の時間の浪費は避けておきたい。
「… イオットの村を目指してみます」
「そうか。外界からは見えない村だとは言ったが、魔力が高い者であれば視認できるだろう。 洞窟を出て少し歩いた草原の中にある筈だ。よく探してみるといい」
「ありがとうございます、クヌギさん。 … 本当に、お世話になりました」
俺がクヌギさんに頭を下げると… 何故か、クヌギさんも俺に頭を下げている。
「…え?」
俺が頭を上げても、クヌギさんは頭を下げたままだ。地面に視線をやったまま、俺に言う。
「… 一つだけ、頼みたい事がある。聞いてはくれないだろうか」
「な、なんですか改まって。俺で出来る事なら、なんでもしますよ…!」
「… … …」
「カエデを… 私の弟子を。キミの旅に同行させてやっては、くれないだろうか」
… … …。
「え」
「ええええ―――ッ!!??」
俺が驚いている間に、カエデがクヌギさんの一歩前に出てきて、土に膝をつき… 頭を下げた。
「お願いしますっ! ボク… 決めたんです!」
「師匠の元から離れ、武者修行の旅をするって!それでもっと強くなって… 立派な守護剣士に、なりたいんです!」
「そのためにどうか… マコトさんの魔王討伐の旅の、お手伝いをさせてください!足手まといにならないように、頑張りますから!!」
悲痛な声にも似たカエデの剣幕に、俺は慌てた。
「で、でも守護剣士になるのならクヌギさんと今まで通り剣術の修行をしたほうが…」
しかし、俺の言葉にカエデはすぐに反論した。
「ボクに必要なのは…実戦の経験なんです!強い敵と出会って、生と死の狭間の中で剣を磨く… それにはきっと、マコトさんの旅に同行するのが、一番だと思ったんです…!」
「どうかお願いします!ボクを… マコトさんの仲間に、してくださいっ!!」
頭を下げ続けるカエデに、クヌギさんが付け足した。
「昨日からこう言って聞かなくてな。…弱気なカエデが、ここまでの決心をしたのは初めてで… どうしても師として、その後押しがしたいんだ」
「迷惑だろうが… お願いできないだろうか。剣の腕なら私が保証する。基礎は叩き込んだつもりだ。キミと、仲間との旅に… カエデを加えてやってくれないか」
「ある程度、でいい。カエデが剣の腕を磨き、守護剣士としての資格を得たと思ったのなら… いつでもカエデを、村に戻らせていい」
「だから…それまでの間。私の弟子を、お願いできないだろうか」
「… … …」
2人の気持ちは、俺に伝わった。
そして、口ではそう言っていても… それぞれが、別れたくないという気持ちも。
母親と、娘。ひょっとしたらそれ以上の強い絆で結ばれているかもしれない2人が… 『守護剣士』という立場があるがために、別れようとしている。
仲間が増えるのは何よりも嬉しい。まして、俺はサポートメインなのだから… 悠希と敬一郎を探す間は、カエデの剣が俺を助けてくれる事に間違いはない。
だが…。
「… … …」
2人の本心が見える。
離れたくない。別れたくない。 今までずっと一緒に暮らしていた2人の気持ちは…俺にも痛いほど伝わる。
でも、だからこそ… 2人は強くなろうと、別れるのだろう。
今ある平穏を守るため。お互いが強くなるために、ひと時の別れをしなければならない。
幼いカエデは、その決心をしたのだ。
俺は… その決意を、受け止める事にした。
「… 分かりました」
「クヌギさんのお弟子さん。お預かりします。 …絶対に、無事にこの森に帰す事を、約束します」
「… !」
俺の言葉に、クヌギさんは最後に一度、俺に頭を小さく下げた。
「… 恩に着る」
「私の弟子を… よろしく、頼む… !!」
悲しみと不安を含んだその掠れたクヌギさんの声に… 俺は大きく頷いた。
カエデは傍らに置いていたカタナを掴み、腰元に差し込む。
俺の方を向いたその表情に涙はなく… 幼い、少女の表情はなかった。
強くなろうと決意をした、一人の剣士の表情。
決して目を逸らす事なく前を向き… 俺の方へ歩み寄り 一礼をした。
「よろしくお願いしますっ!! 獣剣士、カエデ… マコトさんの魔王討伐の旅、微力ながら… お手伝いさせてくださいっ!!」
「ボク… もう絶対逃げません! 強い守護剣士になるために、頑張ります!!」
【 獣剣士 カエデ が 仲間に加わった ! 】
【ステータス】
キャラクター:カエデ(♀)
職業:獣剣士(ランクC)
レベル:10
HP :55
MP :0
攻撃力:82
防御力:38
素早さ:60
魔力 :0
【スキル】
・必殺剣・雷光:使用MP0
オーラを溜めた時間だけ威力の上がる必殺の抜刀術。最大まで溜めれば一撃のみ、数倍の威力の斬撃を放つ事が出来る。
ただし一撃を繰り出すために集中してオーラを溜めなければいけないため、その間は無防備になってしまう。
――― …
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