上 下
51 / 80
四章『獣人の むら』

四十八話『イシエルと せかい』

しおりを挟む

――― …

黒鳥は、見下ろす。ただ真っ直ぐに、真の方向を。

『キミを失う事はこのセカイにとって大きな損失だからね。生き延びてくれているのが本当に嬉しいよ』

「… … …」

こちらはさっぱり嬉しくはない。強ボスにぶち当たったり空から落ちたり、何度も死にかけてるんだ。そしてそのゲームの運営は、木の上のこの鳥。

だが再びコイツに出会えたという事は、歓喜こそしないが少しは喜ぶべき事なのだろう。
このゲームの住人になってから、イシエルは一度も顔を出していない。現実という時間を人質にされて、その誘拐犯に話を聞けないというのは不安が募る一方だった。

俺はとにかく、この鳥が出てきた理由を聞いてみる事にした。

「… 今まで顔も出さなかったクセに、急にどうしたんだ?」

『無事に『クエスト』をクリアしたようだからね。その説明と、報酬の確認をしにきたのさ』

「クエスト…?」

俺が聞き返すと、イシエルは右の翼だけ大きく広げた。

そして、俺の目の前にウインドウが表示される。


【 神樹の森クエスト 『獣人の村を守れ!』 クリア 】

【 達成おめでとうございます。 クリア報酬として 経験値:1500 を取得しました 】

 パッパパーパパパパー!!♪♪

【 マコトは スキルを覚えた! 】

「…1、500…!?」

レベルアップの音と共に、その圧倒的な数字に気圧されてしまう。
クエスト報酬…?しかし、クエストを受注した記憶はないぞ?どういう事だ?

その答えを、イシエルはすぐに答えた。

『ムゲンセカイの中には、こうやってキミたちプレイヤーが介入できる『クエスト』が数多に存在する。隠しクエストとでも言っておこうかな』
『例えば、街の住人の困りごと。大型の魔獣の撃退。自然災害を未然に防ぐ、など… このセカイには、それだけの『出来事クエスト』がある』
『ゲームの中だから、それが起こる事は必然。そこにプレイヤーが介入し、その運命を良い方向に変える事で、その報酬を受け取る事が出来るのさ』

「運命を、変える…」

つまりは… キラーコングを撃退した報酬という事か。
運命を、俺は変えられたのか。つまり、この場合の運命というのは…。

『カエデと言ったよね。そのハーフ獣人の女の子は、キミが介入しなければ魔物に殺されていただろうね』

「… !!!」


「… あの、マコトさん…?あの黒い鳥、どうかしたんですか?さっきからじっと見つめて話してますけど… だ、大丈夫ですか…?」

「え、声… 聞こえないのか…」

カエデやクヌギさん、モミジちゃんには、イシエルは語り掛けていないらしい。…あくまでアイツは、プレイヤーにしか話さないつもりらしいな。
それもそうか。ここにいる3人は、ゲームの中の『ムゲンモブ』。そして俺は、『プレイヤー』…。ゲームの進行に関係があるのは、あくまで俺だけだから…。

…しかし、という事は…。

『加えて、この森の中にある獣人の村はキラーコングに滅ぼされる運命だった。それを、キミが介入して防いだというワケさ』
『どうだい。これが『ムゲンセカイ』。リアルタイムで進行していくイベントを、プレイヤーのキミ達が自在に介入し、その運命を好きな方向に変える事ができる』
『現実世界では味わえない興奮だろう。…そして、この広大なセカイは、やがて魔王に全てを滅ぼされる…。 その運命をどうするかも、キミ達次第というワケさ』

俺達プレイヤーが何もしなければ、このセカイは…。

破滅する。


大きかろうと小さかろうと、魔物の脅威はセカイに蔓延っている。それにこのセカイの様々な種族の生き物が関わり… 戦っている。
そこにどう関わっていくかは、俺達次第…。

背筋に寒気が走る。

じゃあ… 俺がもし、この神樹の森に落ちなければ… カエデ達はみんな、死んでいたという事なのか… !


「… 一つ聞きたい」

『なんだい?』

「このセカイは、お前が作っているのか…?お前が魔王を作りだし、この獣人たちや人々を…滅ぼそうとしているのか…?」

俺の憎悪を向ける表情と声色に対し、イシエルはきっぱりと言った。


『違うよ』


「え… 違う…?」

『ボクはあくまでゲームマスター。このゲームの案内役。プレイヤーのみんなにこのゲームを楽しんで欲しい。その言葉に嘘偽りはない』

… 確かに、コイツが今まで俺達に嘘をついた事はない。良かろうと悪かろうと、ゲームの出来事を説明するだけの存在…。今まで、ずっとそうだった。

『多くを語るつもりはないけれどね。ボクは必要な情報だけを伝えるだけだから』

そう俺の頭の中に言って、イシエルは翼を広げた。 どうやら必要な情報は俺に伝え終えたらしい。

「ま、待て…! まだ聞きたい事が山ほど…!」

『必要な事は伝えたよ。このセカイの事。そしてその中にある出来事クエストの事。そしてその介入と、報酬の事』
『またボクに伝えるべき事ができた時は、現れるから。聞きたい事は自分で答えを探すのが、ゲームの楽しみだからね』
『ゲームクリアは 『魔王の討伐』 。それだけが、このゲームの目的だから』


イシエルは、空に飛び立った。

神樹の森の木々を縫うように、上へ。翼をはためかせ、黒い羽を落としながら、優雅に舞っていく。

俺はその背中に叫んだ。


「悠希は…!敬一郎は! 無事なのか!?それだけ教えてくれ!! 頼む…!!」

俺の叫びに、イシエルは最後の言葉を俺の脳内に言った。


『自分で見つけてごらん』

『肉体か、死体かを』


イシエルの姿は、木々の葉に隠れて、見えなくなった。


――― …

「… … …」

膝をついて項垂れる俺の肩に、カエデがそっと手を触れた。

「… マコト、さん…」
「あの、ボク、なにがなんだか分からないです。あの黒い鳥のことも、さっきマコトさんが叫んでいたことも。…でも…」
「ボク達、マコトさんの力になりますから…!」

「… … … え …」

「ボク達を助けてくれたマコトさんの力に、なりたいんです!…お手伝い、したいんです!」
「だから、何でもいいから、話してください!ボク… 助けられるばかりじゃ、駄目だと思うんです!今度は…」
「マコトさんを、助ける番なんです!」

俺の顔を覗きこむ銀色の髪の猫耳少女は、まだ幼く、可愛らしい顔だちをしていた。

しかし、その表情は、まるで歴戦の勇者のように凛々しく、頼もしいものに変わっていた。

俺はその言葉に、思わず涙を一筋流した。

「… ッ…。 あり、がとう…!」

「大丈夫です! …お友達も、きっと…無事ですから…!」

にっこりと笑って俺を元気づけようとするカエデの後ろで、クヌギさんも微笑む。

「兎に角、キミがいなければ私達は… いや、この集落は、駄目だったかもしれない。マコトくんは、返しきれないほどの恩を私達にくれたんだ」
「長老にこの事をしっかりと伝えに帰ろう。…ニンゲンだから、なんて台詞はもう言わせない。私の意地にかけてでも説得をして、獣人全員でキミの力になるようにしよう」

「おにーちゃん、ありがとう!! アタシも、おにーちゃんのためになにか力になるからね!!」

モミジちゃんも、俺に元気にそう言ってくれた。

俺は…。

獣人たちの暖かいその様子に、笑顔のまま涙を流した。



俺… 名雲真は、僧侶としてこのゲームのセカイに生きる決意をした。

このセカイは広大で、恐ろしく… だが、そのセカイの中には、暖かい心を持った、ゲームのキャラ達が沢山存在する。

それは、もはやゲームのキャラではない。

俺達と同じように、生命を持ち、心を持った 『生き物』 なのだ。


プレイヤーとして、僧侶として俺は、このセカイを生き抜く事を誓った。

だが、生き抜くという事は… 生きるという事は、ただ単に死なない事を指すのではない。

サポートジョブだから。俺は、人を助ける力を、このセカイで手に入れた。

そして、その人達に、俺は今は助けられようとしている。


生き抜くという事は… 人を助け、そして助けられて… 強くなっていく事を意味する。それがこのセカイのルールであり、俺の役割である事を今、感じた。


この神樹の森で、沢山の命を救えた。

それが、今の俺の何よりの心の支えだった。



悠希。
敬一郎。

かけがえない親友も… きっといつか、救える。そう信じて。


――― …


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...